第25話 鬼のいぬ後

(一)

バァン

入り口の扉が弾け飛んだ。

「酒呑童子っ!」

真っ裸で身体じゅう粘液でべとべと

そんなあられない格好で彩芽が叫んだ。

「茨木っ、いったい何をやってるんだ!」

茨木はニヤリと笑って振り返った。

「おや、早かったねえ。もう片付けたのかい?それとも愛しい女の操の危機だと、戦いを放り出して駆けつけたのかい!」

「………。」

「何にも言わないところを見ると後者かい…。酒呑童子ともあろうものが腑抜けたもんだねえ。」

「茨木、彩芽から離れろっ!」

「いやだね…。」

彩芽に巻きついた舌がうねうねっと動く。

「なんだと…。」

「ふん、あたしはもうじき滅するんだ。だからもう、あんたなんか怖くないよ。死ぬ前に鬼の未来の可能性を見たいだけだ!」

「………。」

「あんたやあたしが死んでも、この大江山が滅んでも鬼は居なくならない。人の恨みや怒りがある以上、人が人に惨いことを続ける以上、どこからでも鬼は生まれてくるさ。ただそういう生まれである以上、偶然にしか生まれない存在の鬼は栄えない。一生闇を這いずり影をうろつく存在さ。しかしね、鬼として生まれ変わった以上、鬼の天下というものを見たいじゃないかっ!鬼が必然的に生まれる方法があれば、鬼の天下は夢じゃなくなるんだ!」

「………。」

「あんたがこの娘に精を入れないならあたしの精を入れる。そうすりゃこの娘はあたしの娘も同じだ。鬼になったこの娘が別の人間に精を与えれば、あたしの血脈はどんどん続いていくんだ。」

れろんと舌は動き、彩芽がびくんと震えた。


(二)

「茨木っ、もういい、もうやめろ、我らはここまでだっ!」

「なんだい。じゃあんたが精を流し込むのか?」

「違う…やはり我らはここで滅ぶ運命だ。歴史はそうなっているんだろう彩芽っ!」

彩芽は身悶えしながら、コクコク頷いた。

「黙って歴史とやらに従うのか!あたしはごめんだよ。」

「思い出せ、我らが何故鬼となって甦ったのかを…。ときの権力者が己が欲望のため非道をなし、自分や大事な家族が犠牲になった。それへの怒りや恨みのため、復讐をなし前世の思いを遂げるためだ。それを己が欲望のため何の関係もない者を犠牲とするなら、やっていることは我らが憎んだ権力者と変わらぬ!」

茨木の力が緩んだ。酒呑童子が彩芽から引き剥がす。

「酒呑童子っ…あたしはっ!……………。」

ずずっ…

酒呑童子の右手が茨木童子の左胸を貫いた。

「こ…こ…。」

「もういい…お前は十分やった。もう眠ろう。」

茨木の目がだんだん白くなった。

ぴくぴく痙攣して動かなくなった茨木の目を、酒呑童子は指でそっと閉じた。

「彩芽…。」

後ろを向いたまま酒呑童子が呼んだ。

「はいっ…何?」

破れた服の切れ端で身体を隠しながら彩芽は立ち上がった。

「わしの最後の頼みを聞いてくれないか。」

えっ、と思ったとき

ずにゅうううううううう

酒呑童子が自らの右手で己が左胸を貫いた。

「いやぁああああああああ!」

吹き出す血が辺りを染めた。


(三)

僕らがお堂に駆けつけて見たものは

命尽きて倒れている酒呑童子と茨木童子

真っ裸で座り込んで泣いている彩芽の姿だった。

「碓井クン!」

おいおい人前だよーん。

ちっぱいが直に僕の胸に当たる。

悪くないじゃん。小さくても…。

彩芽からの情報で詮子姫はすぐ助けられた。

鬼は全滅か…。何かあっけないね。

現金なもので、鬼が支配していたときは近寄りもしなかったろう丹後国司が、どこからか大江山殲滅の報を聞いて兵を率いて駆けつけ、捕らわれていた女子どもを故郷に送り届けることを申し出た。

いつの時代も要領のいい人はいるんだなあ。

大江山を出ようとしたとき、彩芽が二人きりで話があると言った。

なにっ…離れて僕の良さが分かった?

彩芽はいつになく神妙な表情で言った。

「酒呑童子がね…あたしに託した最後の願い。碓井クンにも聞いて欲しいの。」

なんだ…そういうこと。

拍子抜けして軽くいいよと言ったが、僕は自分の表情がみるみる固くなるのを感じた。


(四)

大江山の森の中

季武が白い蝶に向かって何か話している。

いやっ、蝶も何か喋っている。

「丹後国司のご手配…ありがとうございましたお師匠様。お言いつけどおり、詮子様を含む全ての人柱を無事に救いだしました。」

蝶はまるで頷くようにクルリと回った。

「うむっ…疫病の勢いは留まるところを知らず、一刻も早く鎮めの儀式をせねばならぬ。疫病が酷ければ酷いほど、神に捧げる贄の数、その質ともに必要じゃ。酒呑童子め、どこから嗅ぎ付けおったか儀式を防ごうと人柱の予定の者を拐いよった。詮子様なぞ、道長公のご英断をやっと得られたというに…取り戻したから良かったものの、一時はどうなるかと思ったわい。」

その声はどこかで聞いたものだ。

「あの二人のまれびとも、結果として随分役に立ってくれました。」

「うむ、あの者たちがこの御代に流れ着いたも、これひとえに神の御心、天の配剤よ。季武よ、わしはさっそく貴船に行き儀式の準備をする。お前は頼光殿たちからうまく離れ、詮子様をお連れして儀式までに合流せよ。」

そう言うと蝶はヒラヒラ飛びさった。

季武は辺りを警戒しつつ森を出た。

「おいっ!」

突然、後ろから大声で呼ばれ肩がびくっとした。

平静を保って振り返ると、綱が立っている。

「いま、何をしておった?」

季武はニコリとして言った。

「恥ずかしながら小用でございます。」

横の茂みから金太郎が現れた。

「嘘をつくな…何者かと話しておったろう!」

「いいえ、そのようなことは…。」

ヤロウ、しらきってんじゃないぞ。

じいさんと僕らが前に出た。

「頼光さまっ…。」

じいさんは不敵な笑いを浮かべた。

「季武よ人柱とは何のことか、わしに分かるように説明してもらおうか!」

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