第26話 大団円

(一)

僕はビックリだったけど、話を聞いた詮子ちゃんは意外に冷静だった。

「そうか、父君ならありそうなことよな…。このように流行り病が酷くてはやむを得んのかもしれぬ。」

彩芽によると人柱って生け贄ってことらしい。こんなに幼いのに死ぬのが怖くないのかな?

「ふむ…ご立派なお覚悟ではある。民ばかりでなく我が愛娘も差し出される大臣のお覚悟もご立派。もはや流行り病を鎮めるには、どうしても若き女子を神仏への供物とせねばならんのかのう…。」

じいさんの言葉に珍しく彩芽が憤慨した。

「馬鹿げてるっ!いくらなんでも…酷い病気でもただの病気じゃないっ。関係ない人の命を捧げてどうこうなる問題じゃないっ!」

しかしね彩芽さん…この時代じゃどうしようもないだろ。

「そうですね…熊野神社含め様々な神社仏閣で疫病退散の祈祷はさんざん行われていますが、収まるどころか猛威は増すばかりです。晴明様が人柱を使って行う祈祷は最後の手段なのかもしれませんね。」

死にかけて見えた千鳥ちゃんは少し回復したようだ。

「この時代に流行っていたって確か麻疹(はしか)のはずよ。碓井クン、あんたの携帯の百科事典は確かHDに入っていたよね。治し方を調べてよっ!」

へいへい、彩芽さんってば凄い勢いやね。

これが酒呑童子の最後の願いとは言え…。


(二)

京の都の西方、貴船山中。

太古から神とつながる儀式の場と密かに伝えられてきた鏡岩の前

祭壇が築かれ榊や果実などが供えられている。

祭壇の横でかがり火が燃え、玉砂利が敷き詰められた周囲で陰陽師たちが忙しく動き回っている。

祭壇の後ろには、縦横深さ共に三十丈を超える巨大穴が掘られていた。

祭壇の上には衣冠束帯で正装した晴明が座っている。

がやがやがや

ざわめきが近づいてきた。

丹後国司とその兵に連れられて、大江山に捕らわれていた女や子どもたちがやってきたのだ。

不安な様子でやってきた彼女ら

きゃーっ きゃーっ あーん あんあーん

掘られた穴を見つけると何かを悟ったのか、ざわめきは悲鳴や泣き声に変わった。

丁寧だった兵たちの態度はガラリと変わり、まさに鬼の表情で女子どもを穴へと追い立てた。

「神への捧げ物ぞ…粗略に扱うでないっ!」

壇上から晴明が一喝し、国司が指示して兵は丁寧に戻った。やることは同じだが…。

「全員滞りなく穴へと入りました。後は詮子様のご到着を待つばかりです。」

配下の陰陽師が報告し晴明は頷いた。

「遅い…民の方が早く着いてしまうとは。季武め、いったい何をやっておるのか?」

晴明は季武が来るであろう東の方を見つめた。

パカッパカッパカッパカッ

数頭の駒音…徐々に近づいてきた。

やっと来たか…。

音の方を見つめる晴明の前に

馬に乗った季武

そして綱、金太郎、千鳥が現れた。


(三)

「卜部よ…遅かったな。詮子様はどうしたのだ!」

陰陽師の一人が叫んだ。

「………」

晴明は静かに問う。

「季武よ…これは天下国家のため必要なこと。お前も理解しておったはずだが…。」

季武は下馬して平伏した。

「ははっ!しかし…。」

「おのれっ、晴明様に口ごたえするかっ!大江山の功は大きいとしても、それは増長ぞ季武!」

先ほどの陰陽師が怒鳴るのを晴明が手で制した。

「詮子様はどこぞ季武。」

恐縮する季武に代わって綱が答えた。

「詮子様は参られませぬ。」

晴明が視線を向けた。

「こんな儀式やらせねえど!」

金太郎が兵たちを威嚇しながら叫ぶ。

「これは頼光殿ご存知のことか…場合によっては帝への大逆ぞ!三族誅滅されても償えぬ大罪じゃ。」

晴明の声に綱は怯まない。

「覚悟の上!」

鬼斬丸を引き抜いて正眼に構えた。金太郎はまさかり、千鳥は八咫烏を引き絞る。

「季武!お前も一味同心かっ…。」

晴明の叫びに弾かれるように立ち上がった季武は印を結んだ。

「お許しを……やはりこのようなやり方は…自分としても。」

ごうっ…

森の中を風が巻いた。

「それはこの安倍晴明を敵とすること…それでいいのだなっ!」

パカッパカッパカッパカッ

そのとき、さらに数頭の駒音が近づいてきた。

「!」

そこに現れた姿を見て晴明は驚愕した。


(四)

再び丹後大江山

手拭いで顔を隠した頼光、綱、金太郎、季武、そして千鳥が新たに立てられた家々を巡って忙しく働いている。

「葛の根がもう少ししかありません…。」

千鳥が抱えた籠の中を覗き込んで言う。

「おらが探してこよう!」

「わしも行こう!」

綱と金太郎が走った。

周囲では以前大江山に捕らわれていた女、子どもたちも手拭いで顔を覆って忙しく働いている。

その背中を見つめながら千鳥が遠い目をした。

「今頃、碓井様たちは自分の世へ帰っているころでしょうか?」

季武が頷いた。

「晴明様であれば必ず…。」

千鳥も頷きながら言った。

「私には思えてなりません。あの方たちは八百万神がこの世に遣わした御使いだったと…」

詮子に真相を話した後、頼光が貞光(光)と彩芽を伴って走ったのは道長の館だった。

驚く道長に彩芽は疫病の対処法を一気に話した。

ウィルスによる感染症であること

高熱と合併症が死ぬ原因であること

一定期間で自然と抗体が出来、治癒できること

この時代の対処法は感染拡大を防ぐための隔離

飛沫や直接接触など感染防止対策

徹底した消毒と投薬による解熱の四つであること

目を白黒させていた道長は彩芽の話す内容がほとんど理解出来なかった。

ただし、そのやり方で疫病に対抗できることは即座に理解した。

道長の行動は早かった。

頼光らを伴って貴船に急行し儀式を止め

摂関家の財力でいわいる隔離病棟を都から離れた大江山に作った。

さらに兵や検非違使を動かして、疫病にかかった者は身分に関わりなく大江山に送った。

大江山での患者の世話は、本人たちの希望もあって以前捕らわれていた女・子どもたちを当てた。

摂関家の豊富な財力を背景に

手拭いや手袋で防備を固め、酒で身体や建物を消毒し

解熱作用のある野草を服用しつつ、栄養のある鰻や鯰、鯉などを与えて免疫力を高める。

この時代でとり得る最良の体制に、疫病は徐々に収まっていった。

頼光、そして他の四天王や千鳥だけでなく、もちろん碓井や彩芽も大江山での治療を手伝っていたが、晴明から帰す方法を見つけたと連絡があったのだ。


(五)

「この蝶についていく…ただそれだけで帰れるんですか!」

彩芽は不審に思っているようだ。まぁ晴明さん、やむを得ないとは言え生け贄なんか出そうとしたからね。

「そうだ。今宵この貴船に時の道が開かれるのを調べ当てた。わしの式神・フナ虫はその道を感じ取れる。お主らがこの時代に来たことをいち早く知ったのもその力ゆえだ。ついていけば必ず元の時代に帰れよう。」

蝶はヒラヒラと僕らの周りを飛び回っている。

「さっ…急がぬと道が閉ざされるぞ。」

晴明の言葉で僕は彩芽を促した。

「いろいろあったけど、…お世話になりました。」

僕は本当にいろいろあったと思いながら、晴明にペコリと頭を下げた。

「こちらこそ、本当に世話になった。」

晴明も頭を下げ、ついでに彩芽もペコッと頭を下げた。

蝶が僕らを急かすようにヒラヒラ舞う。

薄暮が迫る中、貴船の細い山道を僕らは白い蝶の後をついていった。

「ねえ…。」

「なんだよ?」

「あの千鳥ちゃんさ、可愛いかったね…。」

なんだよ、こんなときにジェラシーかよ。

「ああ、それがどうした?」

「ううん…心残りなのかと思って。」

ばーか、あの娘は今から綱さんと金太郎の間で大変なことに…

「お前こそ、心残りあんのかよ?」

彩芽はこっちを向いてペロッと舌を出した。

「内緒っ!」

だっと前に走り出す。おいおい…蝶を抜いたらまずいよっ!

それにしても、相変わらずのプリけつとぷりぷり太ももだが…気のせいか色気が増したような?どうも気になる。

「何かあったのか…彩芽っ、これ彩芽さん!」

僕もたまらず走り出す。

いつの間にか蝶の姿は消えていた。

「わあーっ!」

僕らの眼前、山の下には大都会京都の輝く夜景が広がっていた。

           完


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大江山異聞 宮内露風 @shunsei51

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