第2話 ここはどこ?お前は誰?

(一)

 頭がズキズキする。


 あれ、どうしたんだっけ?


 目を開けた。赤い大きな満月が中天に輝く。

 こんな月は見たことない。まるで血の色だ。


 ここはどこだ?


 頭を振って記憶を戻そうとする。

 風が止んでる…?

 何もなかったかのように静まりかえって


 そうだ…彩芽、どこだ?


 半身起こして辺りを見回す。

 月明かりで森は真っ赤だ。


 いた!


 3mほど向こうに、身体を九の字に曲げた彩芽が倒れている。


 無事かな?


 慌てて立ち上がろうとしてクラクラした。這いながら彩芽の方へ向かう。


「うーん…。」

 彩芽が寝返りをうって仰向けになった。鼻筋の通った美人ってのはこういう顔だろうな。ぽってりした厚めピンクの唇が僕を誘う。

 もう少し、もう少しです。お父さん、お母さん、今日まで育ててくれてありがとう。18歳、遅ればせながら僕は男になります。

 バチーン!

 目の前で派手に火花が散った。

「なにすんのよっ!」

 いや、だからね。まだ何もしてません。してませんてば…。

 立ち上がった彩芽が身体じゅうチェックしている。

 ひどいっ!人をエロエロ大魔王みたいに…

「エロエロ大魔王そのものじゃない!」

 お前は超能力者かっ!

「それにしてもさ…。」

 真顔になって彩芽が言う。

 んっ?一瞬にして機嫌治ったのか…。

「ここ、どこよ?」

 覚えてないのか?ここは貴船山、鏡岩の…んっ!

 違う。どこにも鏡岩が無い。いやあの大木も…。

「穴へ吸い込まれて、どっか反対側の入り口に出たのかしら?」

 そうかもしれない。森には違わないが、穴へ吸い込まれる前までいた杉林じゃない。ここに生えているのは松やくぬぎだ。いったいどこだろう?そうだ…。

 キョロキョロと周囲を探す。

 あった…。自撮り棒とiPhone発見。

 画面を触ると点いた。よかった壊れてない。

 地図アプリを…うんっ!?

 表示しない。

 

 圏外


 相当な山奥へ来てしまったのか。

 僕は不安そうな彩芽に向かって大げさに肩をすくめた。

「この役立たず!ただのエロエロ大魔王っ!どうすんのよ、夜になっちゃったよ。ねぇ何とかしなさいよ。」

 そう言われましても…。うーん困ったぞ。


(二)

 こういう時は慌てず騒がず、夜明けを待って…。


 おーい、どこ行くの?


 彩芽がすたすた歩きだす。

 あれ、彩芽の周りに白い光がつきまとってる。

 オーブ?

 よく見ると紋白蝶、森の中だからいて不思議ないけど

 ひらひらひらひら

 まるで品定めするように、頭から足先まで飛び回る。

 気にならないのかな?

 そんなに頭に血を昇らせて良いことないよっ。

「待って、待てってば。闇夜に山中を歩き回るのは自殺行為だってば…!」

 えっ!ここは…

 あっという間に松林を抜けると

 明らかに道だ。土の道…。

 振り返った彩芽

 どうだという得意気な顔がむかつく!

 それにしても、今どきリヤカーでも通ったのかな、

 轍がいく筋も刻まれている。

 まぁ相当な田舎だから、当たり前ちゃ当たり前かな。

 でも変だな。

 鏡岩があったのは貴船の相当山奥、

 いくら洞穴か何かを抜けたにしても、

 山麓に出るのは物理的にあり得ない。

 それに、麓に出たにしてはiPhoneは未だに圏外だ。  まぁ録画には関係ないけどね。

 極上ヒップが前方で左右に揺れる。

 ああ、もう何の撮影だかわからん。

 これだけは確か…僕のプライベート映像だ。

 もったいなくて公開なんか出来ない。

 ぷるん

 前方でヒップが、いや彩芽が止まった。

「どうした?」

「あれ…、あれ何っ?」

うん…。

遠くに光が揺らめく。…懐中電灯?いや違う。

「あの揺らめきは炎だな。灯りまでレトロ、松明ってやつかな?」

よく見ると灯りは一つではない。二つ三つ、いや無数の炎が明らかにこちらへ向かってくる。僕らが帰って来ないんで捜索隊でも出たかな。いや、何か変だ。

僕は勘が鋭いほうではない。むしろ真逆で鈍いほうだ。しかし今、心のなかで何かが叫んでいた。


やばいよやばいよ。


出川かよ。

自分で突っ込みを入れながら彩芽の肩を叩く。

「何よエロエロ大魔王?」

まだ言うか、執念深いやつ

「隠れよう。」

「何でよ?」

「何でもいいから…」

「ダメ、あんたまたエロいこと考えてんでしょう!」

「そんなことないって…。うっ!」

遅かった。いつの間にか僕らは松明に囲まれていた。


(三)

何だこいつら…。

手に手に松明を掴んだ男たち。

何かの本で読んだ昔の農民の姿。

ぼろぼろの直垂、腰の部分を荒縄で縛り、下袴をつけず泥に汚れた下帯がむき出し。顔はみんな一様に泥だらけ

「あっ、わかった!ほら映画の撮影する…。」

彩芽の声が呑気に響く。

あのな、太秦まで何キロあると思っているんだよ。

「でもさ、ロケとか。」

どこにスタッフやカメラがある?そもそも、時代映画のロケに紛れこんだら、とっくにカットがかかるだろうさ。

「どっきりとか…。」

だから、どこにカメラがあるの!

「あっ、コスプレだ!」

コスプレするなら、もっとメジャーな格好があるでしょ。誰が好き好んで昔の農民の格好するの!

 この漫才のようなやり取りを、男たちは笑いもせず不気味な沈黙で聞いている。

 さすがに変な空気に2人とも気づいた。彩芽が男たちに愛想を振り撒く。

「こ…こんばんはー。あの地元の方ですかぁ?」

 反応が全くない。こりゃまずいかな。 

「すみません。僕ら道に迷っちゃつたみたいで、あの、ここってどこいら辺ですか?」

 みんな黙っている。およ…言葉が通じてないのか?

 一様に暗い顔、悪夢でこんな光景見たような…

 もしかして夢?だとして、どっから夢?

 まごまごするこちらの様子を見て、男たちが目配せしたようだ。

 ざっ…

 取り囲まれた!

「何、なに、何なのよ!」

 彩芽が悲鳴を上げる。

 ばっ

「なっ…!」

 抵抗する間もなく、僕ら二人は縛りあげられてしまった。

 男たちが初めて声を上げる。

「この鬼め!目にもの見せてくれるだ!」

 おに…鬼、何のことだ?

 がんっ!

 頭に強い衝撃が走り、目の前が暗くなっていった。


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