第3話 タイムスリップって言われても
(一)
う…っ。
頭がガンガンする。
身体が動かない。
目は…赤い光がゆらゆらしている。
何度かパチパチして、やっと焦点があった。
広場のようなところで炎が揺れている。
手足が動かない。荒縄で胴ごとぐるぐる巻き、木か何かにくくりつけられてる。
そうだ…彩芽、彩芽はどこだ?
真っ暗な周囲を見回す。
炎に照らされて、白Tの一部が見えた。
僕と同じように木に縛られているようだ。首はうなだれたまま。
周囲に人影は見えない。
「お…い、彩芽。あやめっ!」
小声で呼び掛けた。
「うーん。お母さん、まだ眠い…。」
むにゃむにゃ言ってやがる。呑気なもん、誰がお母さんだ!
「起きろって…おいっ。」
声が少し大きくなった。
「いやーん。ばかぁ…。」
縛られたまま体をくねくね、なんちゅう色っぽい声を出すんだ。
「おい彩芽、いい加減起きろっ!」
声が何かに反響した。しまったっ…
「目がさめたようじゃの…。」
闇からしわがれた声
数名の影を炎が照らす。
真ん中の人物が杖をつきつつ近づいてきた。
歳は七十を越えているだろうか、腰が曲がったはげ頭、白髭のじいさん。他の男どもとは違いこぎれいな身なり、身分の違いを示すように袴を帯で結び、足袋に草履を履いている。
じいさんは前までくると、手にした杖を僕の頬にぐりぐり押し付けがら言った。
「お前らは鬼か?いや鬼であろう。奇妙きてれつな格好、得体のしれん持ち物が証拠じゃ。そうに違いない…あーんっ!」
(二)
このじじい…アルツか?それともサイコ?
鬼、鬼ってなんだよ。あの鬼?漫画とかの…。
角があって…。
馬鹿馬鹿しい、現実にいるわけないだろ。
いずれにせよ、このじじい正気じゃない。
この時代錯誤の格好こそが証拠
こっちのセリフだ。
周囲の男たちを見回す。
あーあ、こりゃだめだ。
一様に血走って、じいさん以上にいっちゃってる目、話できる分このじじいがましか…
「あのー、動けないんだけど。この縄ほどいてもらえません?」
呑気な声が響いた。このタイミングで起きるのかよ
「あのー、聞こえてます?日本語ダイジョウブ?」
バカヤロウ、刺激すんじゃないよ。どう見ても相手はサイコ集団でしょうが
「おい、あや…。」
ばんっ!
老人が杖で地面を強く叩いた。
「お前らの言葉、ところどころわからん。にほんご?日の本ではないのか?」
彩芽があっという顔をした。何かわかったのか?
「うん日の本。古い言い方するねおじいちゃん。あたしが話してるのは日の本の言葉だよ。それを日本語って言うの。」
老人が話にのってきた。いいぞ彩芽
「そうか、お前ら鬼の世界ではそう言うのかっ。」
彩芽はその大きな目をくるくる回した。
「鬼、鬼がいるの?」
受け入れちゃったよ…
「何を言う。お前が鬼であろう。わしをたばかろうてか!」
彩芽は聞いていない。何か考えているようだ。
「おじいちゃん、今は何年?」
おいっ!サイコをこれ以上馬鹿にして刺激すなっ!
「何を言っとるだ…長徳元年と改元あったばかりじゃろうが…。」
なんか、ははーんって顔してますけど。サイコの言うこと間に受けてるのか?今は令和だからね彩芽さん…
「じゃあ関白は藤原道隆さん?それとも道兼さん?」
じじいの顔が変わってきた。やや和んだような、良い変化か?
「これは時勢に詳しき鬼かな。先の関白道隆様はこの四月に身まかられ、お継ぎになった弟君道兼様も七日ほどで空しくなられた。今は次の関白を巡って、道隆様の御子で内大臣の伊周様と末の弟君で権大納言の道長様がお争いじゃ。この間はこともあろうに御両所御家来衆が陣座で、帝のお近くでいさかい起こされたとか。赤斑瘡という流行り病で民がばたばた死に、鬼どもは闇を跋扈しておるというに、尊き御方はいったい何をお考えやら…。」
さっぱりわからん。何を盛り上がってるんだ?
その後も二人でなにやらごしょごしょ話してる。
内容はわからん。けど
じじいの顔が明らかに緩んできている。
男たちに何か指示した。
こっちに群がる。
何をするんだよ!
思わず目を閉じた。
ぱさ
身体の拘束がとけ地面に座り込んだ。
助かったのか…。
いつの間にか縄を解かれた彩芽が、呑気にヒップをプリプリさせてスキップしてくる。
腕を後ろに組み、ちっぱいをつんと突きだして
「碓井クン、全部わかったよ!」
なーにがっ!
(三)
広場の隣のひときわ大きな屋敷
他の家は中が見えそうなほど壁板が隙間だらけ
青草が生えた茅葺きの屋根
入り口には莚が吊ってある粗末な造りだが
この屋敷は、茅葺き屋根こそ他の家と同じだが
周囲を塀で囲まれ、門構えもあるという
格違いを見せびらかすような嫌味さがある。
彩芽が言っていたが
あのじじいは村長ってやつらしい。
「いや失礼した。」
板の間に直に座る僕らの前には
木を彫って作ったらしい皿の上に
痩せこけた干し魚が2尾
くるみか何かの実
それと刻んだ菜っ葉の浮かんだ汁椀
「山の里ゆえ大したおもてなしは出来ませぬが、心尽くしでございます。どうかお召し上がりを。」
彩芽が顔の前でぱちんと両手を合わす。
「いただきまーす!あー、お腹へっちゃった。」
ぱくり
干し魚に噛みついてみた。
苦っ!人間の食いもんかこれは…
横で彩芽がものすごい勢いで料理を平らげる。
味覚、ばかになってない?
ずうー
汁を吸ってみた。
薄っ!野菜入りのお湯じゃん。
「料理を楽しんでいただき光栄に存じまする。みどもと致しましても、貴人を我が家にお招きできこの上なき幸せ。どうかご無礼の段、ひらにご容赦を…。」
「このじいさん、何を言ってんの?」
彩芽が干し魚をバリバリ食いながらニッと微笑む。
「うん、あたしが庶民では知る者が少ないときの関白の名前を並べたもんだから、なんか偉い人に違いないって思ったみたい。はは…とんだ勘違いなのにね。」
なんじゃときの関白?さっぱりわからん。
なに言ってんの、頭でも打った?
「理系の僕にわかるように説明してよ。関白って高校で習った秀吉?」
はぁーんっ?
彩芽の呆れ顔
「関白は朝廷の特別職、秀吉だけじゃないよ。一番有名なのは…。」
歴女の話が長くなるパターン、思わず遮った。
「今でも関白っているんだぁ。知らなかったなぁ。」
また彩芽が呆れた。
「象徴天皇制なのに後見がいるわけないじゃん。あ、摂政制は残っているけどね。」
「だって、ときのって…それ今ってことだろう?」
彩芽が頷く。
「あっ、そうか。君はまだ事態が呑み込めていないんだ。理系だから…」
理系、バカにするなよ文系。
「理系の碓井君にもわかるように言うね。令和に関白はいません。今の時代に関白はいます。だって平安時代だから…」
はぁ、文系バカにすんのもいい加減にしろよ。
「もしもーし、去年から令和だろうがよっ!」
彩芽がため息、幸せが逃げるぞ。
「勘が悪いなぁ。じゃあ言い方変えるね。ここは平安時代でーす。」
言うにことかいて、なんちゅうことを
「平安時代っ?タイムスリップでもしたのかよ。」
にまーっと彩芽は笑う。
「うん、そうらしいね。」
何だって!
(四)
彩芽の説明は理路整然としていたが、理系の僕でもにわかには受け入れられないものだった。
岩穴に吸い込まれた僕らは、時空の歪みの作用でタイムスリップし平安時代に飛ばされた。
証拠は僕の前で愛想笑いしているじいさんや村人たち
長徳元年や関白のこと、そして鬼。
彩芽はMMORPGのヘビーゲーマーだ。家にいるときは世界中の仲間とチャットしながら異世界で遊びまくっている。そういう人なら、鬼の存在までコミコミであっさり受け入れられるんでしょうがね。普通の神経ならムリムリ、壮大なドッキリか夢オチとしか思えないよ。
「理解できたぁ?」
出来るか!この呑気もの
「こういうの順応できないと、すぐ死んじゃうよ。」
あのな、RPGと違うんだよ。ま、危うく死ぬとこだったけどな。
「でもさ、鬼…いるらしいよ。」
いるかっ、仮にここは平安時代としても生物学的にありえんだろう。サイコどもの戯言だろうよ。
不毛な議論に疲れたのか、彩芽はじいさんに向かって言った。
「あたしたちの荷物、返してくれません。」
荷物っつたってお前は手ぶらだろうよ。返してほしいのは僕のスマホとリュックだ。
これは失礼、じいさんは恐縮しながらパンパンと手を叩いた。数名の男が恭しくリュックを掲げてやってきた。
中を開ける。うん、無くなったものはなさそう。スマホもある。相変わらず圏外だけど…。
「あのさ…。」
なに?
彩芽がとびっきり可愛い顔をする。
「朝になったら、この村を出て京都の街のほうへ戻ってみようよ。」
「いいね!平安の都大路を歩いてみたい。」
はいはい、ヘビーゲーマーのタイムスリップごっこには付き合わないっと。
とにかく、このサイコ村を早く出たい。首の後ろがチクチク嫌な予感しかしないし、僕はずっと感じていた違和感の正体に気付いてしまった。
いないのだこの村には
女と子供が…
理由を聞くなと何かが遮る。
とにかく、このままじゃやばい。
どーーーーーーん!
外で爆発音!
男たちの怒声と悲鳴
じいさんの顔が青ざめた。
怒声の内容が気になる。何が…。
ひとりの男が慌てて駆けこんできた。
「お、お、お、お、鬼だす。村長おにがっ!」
ぶ………んっ!
羽虫が飛び回るような音が近づいてきた。
ぶしゅつ!
廊下に立つ男の腹から毛むくじゃらの巨大な腕が生えた。男は口から赤い液を吹き出しながら、きりきり回ってどうと倒れた。倒れた男の腹で巨大な拳がグーパー動いてる。
何これ
鬼、もしかして本当に
ぐっと手が引かれた。
「何やってんの!逃げるよ。」
彩芽さん格好いい。本当に頼りになるわんっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます