第16話 鬼の正体

(一)

僕たちは奈良に入った。

目的地は東大寺、僕は歴史に詳しくないので綱さんの受け売りです。

 聖武天皇が創建したこの寺は、今や南都八宗の取りまとめをする仏教の中心であり、その長官にあたる別当は先の帝の孫にあたる真言宗の寛朝さんが務めているんだって。自分で説明しながらよくわかんないけど…まぁ、その偉い人に会いに行きまーす。

「寛朝様は若きころより秀才の誉れ高く、真言の荒行もこなされ、この世の理の外にもお詳しき方、必ずや酒呑童子を討ち滅ぼす方法をご存知であろう。」

 じいさんはそう言うけど、偉い帝のお孫さんなら実力以上に誉められてるんじゃないの。

 趣ある市街地を抜けると、大きなお寺が見えた。

有名な鹿は……このころはいないんだね。

 巨大な南大門をくぐって僧房で案内を乞う。僧房には多くの僧侶が忙しく動き回り、やっと要件が通じて、大仏殿奥の講堂に案内されたのは4時間くらい待たされた後だった。

 しかも女人禁制ということで千鳥ちゃんは本堂に入れないと。綱さんは憤慨したが、千鳥ちゃんは結局金太郎と外で待つことに

 大変だったのはそこから、お茶も出ずに寒々とした講堂で3時間。この時代は悠長というか、何をするにも待たすね本当に。

「別当様、お出ましっ!」

 堂内に甲高い声が響く。

 金の袈裟を着た偉そうな坊さんが、数名の坊さんを従えて本堂に入ってきた。


(二)

 第一印象と違い、寛朝さんは丁寧で上品、柔らかな物腰が実に感じのいい人だった。頭は超いいんじゃないかとは思ったけどね。

「みなはんは酒呑童子の手から捕まった姫を助けだしたいと、こうお思いなのでっか?」

 寛朝さんの都言葉は柔らかい印象を高めている。じいさんが頷いてる。もちろんだよ、どうやったら助けだせるんだよ。

「それ、難しおっせ。」

 そんなこたぁわかってんだよ。だからここに来たのっ!

「無理でございましょうや?」

 ヤロウっ、出来ない理由を探すんじゃねぇよ!

「…無理とは言うておへん。難し言うただけや。」

 難しくてもやらないといけないんです!

「我らどんな困難も恐れません。お教えくだされ寛朝様、なにとぞ!」

 綱さんが床に頭を擦り付ける。寛朝さんの顔が引き締まった。

「それを知るには、鬼の成り立ちから知らなあきまへん。あんさん、鬼がどこから来るか知っていやはります?」

 えっ、あんさんて僕?どこから来るかって?

「どうやって出来るかと言い直してもよろし…。」

 へっ、出来る…生まれるじゃなくて?

「おお、まれびと言うんは、なかなか勘がよろしな。そうです…鬼は生まれてくるもんちゃいます。そう言う意味では鬼は生きもんちゃいますわ。まさに化けもんですなぁ。」

 ああ上手、でも言葉遊びしてる暇ないんですけど。

「遊びちゃいま、ごく真面目でございます。鬼は化け物、鬼は生まれずして成るもの。」

 生まれない……成るものって?

「そうです…熊やら虎やらちゅうた一部の例外を除いて、ほとんどの鬼はもともと人間や。…もちろん、酒呑童子とてなぁ。」


(三)

 鬼はもともと人間…、あの腕とれたり、空飛んだり、火を吐いたり雷操るのに?

 寛朝さんはヤロウを見つめながら言った。

「何の不思議もおへん。人は修行次第で空も飛べるんや、なあ陰陽師はん。」

 ヤロウがしたり顔で頷いた。

「それでは、鬼は元々修行をつんだ人間なので?」

 綱さんの顔が上がった。

「そうとばかりは言えへん。何事にも例外はある。ただ仏の教えに従う者には嘆かわしことに、手下の鬼どもはほとんど修験者のなれの果てや。衆生と向き合って徳を詰まず、荒行で己の法力ばかり求めた結果の姿やがな。もっと強い力、強い力と思えば思うほど心が歪んで、人が内なる力を放出する額に獣の象徴の角が生えてくる…そうやって人は鬼に近づくんや。」

 じいさんが興味深げな顔を見せる。

「酒呑童子などは違うのですかな?」

 寛朝さんは頷いた。

「そないです。修行と無関係に、ことさらに強い恨みや強い思いは人を鬼に変えてしまう。酒呑童子や茨木童子は、そうやって鬼になった者たちですわ。」

 じいさんが腕を組んだ。

「強い恨みですか…一体どれほどの恨みが人を鬼に変えるのでござろう?」

 寛朝さんは眼を閉じ首を振った。

「それは本人でなくばわからぬこと…ただ、この二人ともに恨みの対象が同じでございますな。酒呑童子と茨木童子はこの一点でつながっておるのかもしれませぬ。」

 ヤロウは何かを悟った顔で聞いた。

「その恨みの相手とは……?」

 寛朝さんは手を合わせ北西に一礼して言った。

「おそれ多くも朝廷であらせられますな…。」

「!」

 僕以外のみんなに緊張が走った。


(四)

「いったい帝に…、朝廷にどのような恨みが…?」

 じいさんの顔色は変わっている。

「それは…詳しく説明せずとも、両者の鬼となる前の名を知ればおのずとお分かりになりましょう。」

 ごくりと誰かが唾をのむ音がした。

「酒呑童子の人たるときの名は…まさかど、あの平将門でござりますな。」

 僕でも知ってる名前、確か関東で朝廷に反乱を起こし新国家を立てようとしたんだっけ。でも捕まって処刑されたんじゃ…東京のどこかで首塚って見た気がするし…。

「茨木童子の人たるときの名は苅屋姫…。朝廷を恨んで亡くなり、怨霊にならはったという菅原道真公の末の御息女であらしゃります。」

 菅原さんって太宰府天満宮の…政争に敗れて左遷された人ってことくらいしかわからない。しかし、みんなは二人の名を聞いて納得しているみたい。ということは、少なくともその二人に関しては、恨まれても仕方ないことを朝廷がやったということかな。

「鬼になりようは異なり、将門は一度死んで鬼として甦り、苅屋姫は生きながら強い恨みで鬼となったようですな。まあ、なりようが異なろうと鬼になってしまえば同じ、二人とも人であったときの恨みを晴らそうとしておるのでしょうな。」

 じいさんがずいと膝を乗り出す。

「して、鬼の正体がわかったところで、言われた困難な方法でありますが…。」

 寛朝さんもじいさんに近づいて小声になった。

「あります。鬼は人間を超えた存在や…一人一人強いが倒せんわけではない。手強いんは結束しよるからや。元々は己の法力を高めることにしか興味がない鬼が結束するのは、より強力な存在に逆らえんからや。」

 綱さんがそうかという顔をした。

「つまり、酒呑童子と茨木童子の二人を除かれれば、鬼どもの結束は無くなり大江山は瓦解してしまうやろ。ただ、最強の鬼二人を倒すことは困難を極めるちゅうことです。配下の多数の鬼が守りを固めておるよって、近づくだけでも困難極まりない…。」

 僕は珍しく興奮した。不可能と困難は違う。可能性が無いと思っていたが、わずかでも可能性は残っているんだ。

「要するに、酒呑童子たちに近づければ倒せる可能性があり、近づく方法が問題というわけですよね。」

 近づけば魔を滅する鬼斬丸も神の力を宿す八咫烏もある。百人力の金太郎もいるしヤロウの陰陽術もある。勝てる可能性が出てきたぞ彩芽…。

 どうやって近づく…どうやって?


 どーーーーーん!


 突然、講堂が地震のように揺れた。

「どうしたん!」

 寛朝さんのお付きの僧たちが右往左往している。

 堂の外から寺を守る荒法師が走り込んでくる。

「鬼の…鬼の襲撃にございます!凄まじい雷と巨大なつむじ風と共に数匹の鬼どもが雪崩れ込んで参りました。我ら必死で食い止めておりますが、もはや大仏殿まで侵入され残念ながらじきにこの講堂にいたるものかと…別当様、はやく、はやくお逃げくだされ!」

 荒法師が話し終わる前に綱さんたちは動いた。講堂の外、襲いくる鬼の方へ…



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