第17話 古都燃ゆる

(一)

 どーん どーん バリバリバリバリ

道といわず池といわず青い電光が落ちまくる。

 ごごごごごごごごごご

巨大な竜巻が寺の建物を破壊し石灯籠をなぎ倒す。

六角棒を手に鬼に向かっていく僧兵が、朱に染まって次々に倒れる。

「ははははは…暴れな暴れな、四天王とやらを引きずり出すんだ。派手にやってやろうじゃないか!」

空中に薄暮に溶け込みそうな青い身体が浮かんでいる。

 しゅしゅしゅしゅ

 風を斬って白銀の矢が向かってきた。かろうじてかわした茨木童子は矢の飛んで来た方をきっと睨んだ。

「小娘がっ…ひょっとしてお前が虎童子をやったのかい!」

 バリバリ

 振り上げた青い掌の上に球雷が集まる。

「黒焦げになりなっ!」

 雷を球のようにぶんと投げた。

 球雷は凄まじい勢いで千鳥を襲う。

 よけきれないっ…

 覚悟した千鳥は眼を閉じた。

「この地におわす水波能売命様、水柱となりて我らを護りたまえ!」

 間に合ったよ千鳥ちゃん

 助けたのはヤロウだけど…

地面が割れ勢い良く吹き出した大量の水が雷を吸収した。

千鳥ちゃんは水の隙間から矢を放つ。

「ちぃいいいいっ!」

 茨木童子は、悔しそうに舌打ちしながら空中で身体をひねった。

「神弓使いに陰陽師かい…、二人同時に相手するのはさすがにキツいね。さて狼童子の奴は…。」

 金太郎が竜巻に向かって何度もまさかりを叩きつけている。綱さんも太刀を抜きつつそこに向かっている。

「あっちも手一杯になるね…さて、どうするかい!」


(二)

「竜巻を狙っても刃こぼれするだけだ!竜巻の中に入り込まないと狼童子は倒せんぞ!」

 綱さんが叫び、金太郎は頷いた。

 しかし、これだけ激しい竜巻の中にどうやって入り込む?金太郎はラグビー選手よろしく頭を低くして突っ込んでいくが、猛烈な風に木の葉のように飛ばされた。

 竜巻、つむじ風かぁ…どんなに激しい風でも、台風の目のように確か中心は無風だったはず!

 竜巻の上方を見る。思った通りだ!自然発生のものと違い高さは5メートルほどしかない。

「綱さん上だ!竜巻の真上からなら中に入れる!」

 僕の叫びに綱さんも上を向いた。

「真上だと……しかし、どうやって入る?」

南大門やお堂の屋根から飛べれば入れそうだが、ここからは遠すぎる。

じっと竜巻を見ていた金太郎の目がきらりと光ったように見えた。

両手をバレーボールのレシーブのように組み合わすと、綱さんに叫ぶ。

「こっちだ!おらが飛ばしてやる!」

太刀をくわえた綱さんが全速力で片膝をついている金太郎に向けて走る。

ぬぅおおおおおおおおおおおお

組み合わせた拳をどんと踏むと、金太郎は膝を伸ばしながら両腕を天に振り上げた。

綱さんがロケットのように打ち上がる。


(三)

「見えたっ!」

竜巻の中心に狼男の姿…

綱さんはくわえた鬼斬丸を外し、右上段に構えると狼童子に向かって降下していく。

死角に入った綱さんを狼童子は見失っていた。

「狼童子っ、上だ…上だよっ!」

茨木童子の叫びにやっと上を見た狼童子は、鬼斬丸の白銀の輝きに目をしばたいた。

ずぅおおっ!

狼童子の肩口から吸い込まれた太刀は、鬼の身体をへそ下まで真っ二つに斬り下げた。

ぶしゅうーっと青い血が辺りに降り注ぐ。

二つになった狼童子の身体が光りはじめた。そして光が収まっていくと共に、その身体は溶けるように無くなっていった。

「やったか!」

綱さんと金太郎がハイタッチする。

おいおい…それやるなら僕もでしょう。

まったく誰のおかげだと思って…

「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうっ!よくも…よくもやりやがったな。」

茨木童子の顔が憎しみに歪む。

その間に、綱さんと金太郎は千鳥ちゃんたちに合流した。全員が青鬼に向け武器を構える。

敵の優勢が強まって茨木童子は完全にきれ我を忘れた。

天に向かって呪文のようなものを唱える。

もくもくと巨大な雷雲が集まって古都を覆った。


(四)

どぅおーーん、バリバリバリバリ

古都のあちこちに無秩序に雷が落ち、方々で火災が起こった。

外に飛び出した寛朝さんが、僧兵たちに火事を消すよう指令した。

襲ってきた数匹の鬼は、いつの間にかじいさんが僧兵を指揮して全て倒していた。

やるやんじいさん…

武略に優れるという評判は本当だったのかと綱さんが感心している。

僧兵たちは火事の周囲の家を崩して延焼を防いでいるが、まるでもぐら叩きみたいで、このどっかんどっかん落ちる雷が止まない以上はどうしようもない。

雷の原因である茨木童子は、空高くけし粒のように見えるだけでここから手を出しようがない。

「菅原道真公は死して火雷天神になられたと聞きますが、その娘が鬼となりて雷を操るのは…思えば道理といえば道理ですなぁ。」

ヤロウが呑気なことを言う。

「季武様、あなたの術で雷を止められないのですか?」

いいぞ千鳥ちゃん。

「無理ですな…普通の雷と違う。鬼の能力で起こしたものは、その鬼を倒さぬ限り…。」

ヤロウせっかく可愛い千鳥ちゃんが言ったのにもっと考えろよ、しれっと出来ないって冷たく言うな。

「術で空の茨木童子を倒せんのか?」

「残念ながら…。」

こいつ、じいさんに対しては申し訳なさそうだな。権力になびくタイプか…。

「このままでは、古都奈良が…そして東大寺など歴史ある伽藍が全て焼けてしまう。何か手はないか?」

人のいい綱さんらしい意見だが、ヤロウ即座に首振りやがった。ちょっとは考えろや!

僕は空をおおう黒雲をぼんやり眺めて思った。

確かに自然の雷じゃない。

だって雷だけ鳴るって珍しいもんな。

普通は雨が降って……んっ!

そういや雲は水蒸気が固まってできたもののはず

雷雲でも同じ、と言うことは…


(五)

「なんじゃと…あの雲を利用して雨を降らすじゃと!」

僕の提案にじいさんが驚く。

「そんなことが可能なのか?」

綱さんがヤロウに聞いた。

「確かに…雲を呼び雨を降らす術は確かにあり申す。この雲の大きさなら大雨を降らすこともでき申そう。ただ、茨木童子に操られ支配下に置かれたままでは無理でございます。」

なんだ…やっぱり可能性があった。

「茨木童子の支配を外れる方法はないのですか?」

千鳥ちゃんの問いに今度はヤロウがまともに答えた。

「少しの間でもあやつの気をそらすことが出来れば…ただあんなに空高くいるので…。」

空高く…気をそらす…うんっ?

今日は冴えてる。また閃いたぞ。

「僕が茨木童子の気をそらします。その間に…。」


「ははは…燃えろ燃えろ、狼童子の弔いの火じゃ!炎よ奈良を燃やしつくせ!」

ぶーーーーーん

上空で高笑いしていた茨木童子に勢いよく迫るものがあった。

「なんじゃ…鳥か?」

ぶん、ぶーん

茨木の顔近くまで飛んできた物体は、その周辺を回り出した。

「面妖な…なんじゃこれは、鉄の…鳥?」

僕の操縦するドローンは、絶妙なコントロールで鬼の気をそらす。

「今です!」

「天の雲に宿りし水端巫女、我が願いを聞き雨を振らしたまえ!」

どっとバケツをひっくり返したような大雨

あっという間に地上の火を消していく。

悔しいがヤロウの力は本物だ。

性格は悪いけどね…。

その頃、天空では茨木童子が悪態の限りを尽くしていた。

「ちくしょうっ…覚えておおきっ!次会うときは、お前ら全員八つ裂きにしてやるっ…生きながら目をくりぬき、手足を一本一本引きちぎってやる。必ず、必ずだよ…そのときまで震えて待ちなっ!」










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る