第18話 金太郎の秘密
(一)
僕たちは奈良を後にし、いよいよ丹後にある大江山を目指して出発した。奈良から丹後へ陸路で向かうには、生駒山経由で摂津逢坂に出て、さらに丹波の山々を越えていかねばならない。考えたくない道のり、この時代どうせ道なんか満足に整備されてない。山道となるとなおさらだ。僕はすでにげんなり疲れていた。
一方、他のみんなは元気だ。綱さんと金太郎、千鳥ちゃんはすっかり打ち解け、ふざけあいながら歩いている。この時代の人は本当に呑気というかなんと言うか、命をかける鬼との決戦の前だというのに、よく明るくしていられるなあと感心する。じいさんもヤロウも別に注意したりしないことが、待ち受ける決戦の厳しさを物語っている気がする。
「金太郎さんの頭って、どうして幼子みたいに頭頂を剃り上げているの?もっと別の髪型の方が若々しくて格好いいのに…。」
千鳥ちゃんが無邪気に聞く。
「ばっちゃんに、ずっとこれでおれと言われたからじゃ。なんでも、わしの中におる暴れ神を押さえるためじゃと…。」
千鳥ちゃんは頭をかしげる。
「中に暴れ神…どういうことかしら?金太郎さんって、ざっとした性格のように思うから、ズボラにならないように、おばあ様がわざと言っていらっしゃるんじゃないかしら。」
金太郎が首を振った。
「おらには難しいことわかんねえ。ばっちゃんに言われたことは守らにゃならん。それだけだ!」
千鳥ちゃんは微笑ましい顔
「金太郎さんは、本当におばあ様が好きなのね。」
金太郎は鼻下を人差し指でこすった。
「捨て子じゃったおらを拾って育ててくれたからの…。」
人のいい綱さんが拳で涙をぬぐった。
「そうか…人にはそれぞれ事情があるもんじゃなぁ。」
ほんわかとした空気のなか、ヤロウだけが暗い目をして何か考え込んでいた。
(二)
「あきぼうちゃん…どーこに隠れたのかなぁ。」
いつものかくれんぼ
今日は一人だけなかなか見つからない。
あの子怖いもの知らずだからなぁ…
鬼を怖がらずに山の上に行っちゃったんじゃ…
ふいに心配になった彩芽は上へ上へと登っていった。
「おーいあきぼうちゃん!」
鬼への、逃げたり変なことをしようとしていないアピールもあって、彩芽は大声出しながら探し回った。
結局、ここまで来ちゃった…。
頂上に近い廃寺の本堂が鬼たちの本拠であるのは知ってる。酒呑童子はいい鬼だが、他の鬼はなんか信用できない。だから日頃は近づかないようにしているのだ。
バシーンッ!ガラガラガッシャン!
本堂から大きな音が聞こえてきた。
いったい何が…彩芽は吸い寄せられるように本堂へ向かった。
「いくらでも殴るがいいっ!いっそ殺してみるかい!」
これ、あの女鬼の声ね……。
そーっと近づき窓から中を覗いた。
酒呑童子が茨木童子の髪をわしづかみにしてる。
「頼光らは放っておけと言っただろう…、なぜ勝手なまねをした!」
茨木童子は血の混じった唾をぺっと吐いた。
「あたしはね…手下がやられて仇もとらない腰抜けじゃないからさ。」
「それで狼童子まで失っては話にならんだろう!」
「何もしないよりは百倍ましだよ…あんた、気づいてないだろう!手下どもの不満がたまっていることに…。」
「どういうことだ?」
茨木童子はニッと笑った。
「あたしら鬼だよ…その本性は暴れたい、力を見せたい、喰らいたい、そして殺したいのさ!そこに理由なんかないね…。暗黒の魂の叫びなんだ。それなのに、頭のあんたが暴れるな、食らうな、殺すなって言う。鬼のあたしらにしてみりゃたまらないね…。」
「生まれで差別されない、民が平らかで幸せに暮らせる理想の国を作るためだ。」
茨木童子は笑い出した。
「はははは…そんなこと本気で思ってんのは、おめでたいあんただけさ!差別されない国だってえ…貴族が特権を手離すもんか…実現させようと本気で思うなら朝廷をぶっ潰すしかない。帝も貴族も武士も、みんなみんな殺し尽くすしかないね!」
(三)
「あんた、そもそも50年前の朝廷への恨みはどうしたのさ!殺されただけじゃなく身体をバラバラにされて、強い恨みのあまり鬼として甦ったはずだろう!」
50年前…身体をバラバラ…鬼として甦った…朝廷に恨み、そうすると酒呑童子って…。
「恨みから良いものはできない…鬼とはいえもう一度生きる機会を得たのだ。やりたいことをやるのは普通だろう。」
やっぱりそうか…あたしフアンなのよね。昔のドラマさんざん見たし…
「あんたの国ってやつには賛成さ。あたしは朝廷に復讐出来ればいいんだし…問題は、その国がなんで鬼の国じゃないんだよっ?」
「鬼は生み増やすことが出来ぬ…鬼になるものがいなければ滅びる存在だ。そして鬼になるには恨みや力への強い渇望が必要…それは理想の国、平和で幸せな国とは相容れないことだ。」
茨木童子はまた笑い出した。
「はははは、理想の国を作って自分は滅びるってか…つくづくおめでたいあまちゃんだね。だから強大な力を持ちながら50年前は殺されちまったんだよ。だいたい、あたしをはじめ手下がなんであんたに従ってると思うんだい?もちろん、あんたの理想のためじゃないよ。あんたが強大な力を持っているから…ただそれだけさ。」
酒呑童子は視線を落とした。
「ひとつだけ…あんたは間違ってるよ。おそらくね…。」
「間違ってる?」
茨木童子は外に向かって歩き出した。
いけない…隠れないと…。
「鬼になるには恨みや力への強い渇望が必要ってとこ…そうでなくて、鬼になれるものがいたらどうだい。」
「そんなものがいるのか?」
「まだわからない…でも、あたしはそうじゃないかと睨んでるね。」
「どこへ行くんだ!」
「心配いらないよ…もう勝手はしない。あんたに殺されるのはごめんだからね。古くからの知り合いに会うのさ…腐れ縁のね。」
(四)
関東、足柄山の奥深く、一軒の小屋が立っている。
中ではひとりの老婆が湯を焚き、野草を煮ている。
老婆は眼が不自由らしく、辺りを探りながら作業している。
「…金太郎かい?」
入り口に人の気配を感じ老婆は声をかけた。
ざっざっ
入ってきた雰囲気は明らかに愛息と異なった。老婆は緊張して身構える。
「誰だ!」
空気が動いた。相手が笑っているのがわかる。
「誰だい、こんな山奥に…物盗りなら何もないよっ!」
「情けないねぇ…これが安達ケ原の鬼婆と呼ばれた女の末路かい…。」
老婆の顔色が変わった。白い長髪がぞわぞわ動き出す。
「それを知るお前は誰だい!」
「お忘れとは情けなや…紅姫姉様。妹の…末の妹の苅屋でございますよ。」
「苅屋…ふん、最近は茨木童子とか名乗っているそうじゃないか。」
「よくご存じ…姉様こそ、人の子供なんかお育てになって…。父様の恨みなどとっくにお忘れになったのでしょうや?」
「…恨みに生きても空しいだけと気づいたのさ。あんた何の用事だい。あたしゃこう見えても忙しいんだ。とっとと用事すまして帰っとくれ!」
茨木童子はふんと鼻をならした。
「こっちも長居する気はないね…聞きたいことがあるんだ。姉様の愛しい我が子のことだよ。」
老婆の見えぬ眼が一瞬光って見えた。
「その事で話すことはない。帰りな!」
「いいじゃないか…自分の子じゃないんだろう。拾ったのか、さらったのか、いずれにせよ姉様自分の乳をやって育てたんじゃあないのかい?」
「なんでそんなこと聞きたい?」
「やっぱりね…もういいよ、答えたも同じだ。もうひとつだけ…。」
老婆の喉がごくっと鳴った。
「ひょっとして、姉様が出会ったときあの子…既に死んでいたんじゃあないのかい?」
振り返った老婆が人ならぬ速度で襲いかかった。
振り乱した白髪、鋭い爪は長く伸び、額に長い角が浮かぶ。しかし…
ははははははは…
消えた茨木童子の笑い声が、山中にいつまでも響いていた。
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