第19話 有馬の湯

(一)

「やっぱり、ここにいたんだぁ!」

山頂の岩に座って物思いに耽っている様子の酒呑童子に

彩芽が後ろから声をかけた。

「何を考えていたの?」

横にちょこんと座りながら言う。

「…まれびとの世のことだ。あと1000年もすれば生まれによって差別されない平和な時代が来るのだなあと…。」

彩芽は酒呑童子の方を向いて首をかしげた。

「法律上はね…実際は格差問題とかいろいろあるわよ。世界には平和じゃない国もあるしね。」

ふぅー

酒呑童子は深いため息をつく。

「いつの世になっても理想の達成は難しいか…。ましてや今の世においては…。わしは無駄なことをしているのかもしれんな。」

彩芽がぶるぶる首を振る。

「歴女から言わせてもらえば無駄じゃないわよ。達成できない理想も人の思いとして受け継がれる。受け継がれた理想は、何度も何度も達成されようとしては失敗を繰り返し、いつの日か達成されるときが来るの。そうやって人は空を飛べるようになったし月にも行けるようになった。もし理想を実現しようとする者が現れなければ、その理想は夢のまま…。」

酒呑童子の顔が微笑んだように見えた。

「理想の実現には時間がかかるか…。そうだとすると…わしのやっていることは無駄ではないのだな。」

彩芽も岩の上から地面を見つめながら微笑んだ。

「それだけじゃない…。たとえいっときでも理想を目指すこと自体が幸せだし…もし歴史を変えることができれば…。」

酒呑童子が驚く

「歴史を変えることなど出来るのか?」

「わかんない…。そんな考えもあるってだけ…。歴史が変わったところを誰も見ていないし、変わったことなんてわからないよ。だって、誰も未来を知らないんだからさ。」

「まれびとは分かるじゃないか…。」

「そうだね…あたしは分かる。きっと…」

酒呑童子が視線を落として笑った。

「もうやめよう…理想の世などわしが願っているだけだ。手下の鬼ども、茨木ですらそんなことは望んでおらん。ましてや民など…。」

「あたしは願ってる!誰も望んでなくても、あたしは望んでる!あんたの理想をあたしは応援してる…だめ、これじゃあ?」

酒呑童子はびっくりしたように彩芽を見た。

「ねぇ…だめ?」

酒呑童子は微笑んで頭を振った。

「いや…心強い。ありがとう…。」

目の前にニコッとした彩芽の顔があった。

ちゅっ…

太い首に手が回され唇と唇が重なる。

「えへへ…。」

きょとんとする酒呑童子を尻目に、彩芽は笑い声を残してどこかに走っていってしまった。


(二)

がさがさ…

繁みを割って青い巨体が現れた。

「お暑いねえ…いつの間に出来ちまったんだいっ?」

酒呑童子は彩芽が消えた方を向いたまま

「そんなことじゃない…。」

茨木童子はフフンと笑った。

「どうでもいいさ…あの娘があんたに惚れてんのは確かだ。この際…抱いちまったらどうだい!あの娘にとっても、願ったり叶ったりだろうさ。」

酒呑童子は茨木を横目でちらと見た。

「馬鹿を言うな…抱いてどうなる。子でもなせればともかく…。」

茨木は呆れたような顔をする。

「相変わらず堅物だねぇ…。ふんっ、抱くことに意味があったらどうするさ?」

「どういう意味だ?」

「まだ言えないよ…確証がないからね。でもさ、もしあたしの考えのとおりなら…あんたの言う理想の国とやら、あたしにとっても手下の鬼どもにとっても意味がないわけじゃなくなる。」

「どういうことだ?」

「せかすんじゃないよ…もうじき、もうじきはっきりするさ。」

そう言って茨木童子は踵をかえした。

「どこへ行くんだ?」

振り返った茨木はニッと笑った。

「あたしは忙しいんだよ…まぁ待っときなって。」

そう言って勢いよく空に飛び上がった。

待っておくがいい…理想の世…鬼の世がもうじき誕生するんだ。


(三)

はぁ…はぁ…はぁ

あたしは何をやってるんだろう…

山道をめちゃくちゃ走ったのでここがどこだか…

ああっ、もう頭ぐちゃぐちゃになっちゃった…

あたしって好きになるとこうなる…

後先考えられなくって…もーーうっ!

あれ…なんか洞穴ない…?

格子がはまって牢屋みたい…

中に誰かいるの?

洞穴の中、土の床に艶やかな十二単が落ちている。

いや…中身あった。

もぞもぞ動いてるっ!

長い黒髪…女の子?

そういえば、貴人の娘が山頂の牢に捕まっているって噂になってた。

「だ…れ…か?」

弱々しい声が聞こえた。今にも死にそうな声…

「こんにちは…あたし彩芽。」

こんなときになに言ってんの…あたしって本当に馬鹿

「お…に…か?」

目が見えてないのかしら…それとも、鬼とちゅうしたから鬼っぽくなってきた?

「鬼じゃないわよ…鬼に見える?」

女の子は弱々しくこちらに顔を向けた。

「目が…かすんで…よく見えない…のだ。」

まだ小さい…でもきれいな顔…

「あなた…名前は…?」

くぅー お腹がなった。

「まぁ…お腹が空いているの?」

真っ白だった女の子の顔が、一瞬で真っ赤になった。


(四)

僕たちは丹波にある有馬の湯にいた。丹後へ至る険しい山越えの前に今までの疲れをリセットしなければならない。このようなことをじいさんが言ったからだ。

「名高い有馬の薬湯で戦いの傷を癒せるのはありがたい。」

綱さんは単純に喜んでいる。

金太郎もこういうときは本当に子供みたいにはしゃぐ。

僕は別の意味で楽しみ

なぜなら…この時代の温泉は例外なく混浴だからっ!

そして、この時代の人は混浴に抵抗ないからっ!

男女七歳にして…とかいう道徳はもうちょっと後の時代らしく、この時代の男女関係は随分おおらからしいよ。

チャンスがあれば、むちむちぷりんのお姉さんと僕も…

いやいやそれより、トランジスタグラマの千鳥ちゃんさ。巫女さんとはいえ温泉には入るっしょ!

むふふふふふふふ

エロ全開の僕を、千鳥ちゃんは不思議な生き物でも見るようにしてる。

有馬の湯は熊野と比べてさすがに人が多い。

うほほ、若いお姉さま方もたくさん来ていらっしゃるよー。

僕は全速力で湯治場に向かい、服を脱ぎ散らかすとザブンと湯船に飛び込んだ。

いるいる…男は視線が勝手に避ける。子供やおばあさんも避けまくり、お姉さま方にロックオン…ひいふうみい…もう数えきれないほどのピチピチ、うーん鼻血でそう!

ボカッ

頭を軽く殴られた。あっ…綱さん。

「目線が下品すぎるぞっ!我らの品位まで低く思われるじゃろうが…」

放っておいてくださいよ…鬼との戦いで死ぬかもしれないんだから、楽しめるうちに楽しまないと…

金太郎とじいさんが入ってきた。ヤロウは…またどっか行ったのか。

それはいいけど千鳥ちゃんは………!!!

美しい……一糸まとわず、何も隠さず、堂々とされると全然エッチじゃない。小麦色の肌も、桃が二つついているようなおっぱいも、腰のくびれも張りの良いお尻も、うーん、女神像見ているみたいで神々しい。いいもん見たけどなんか残念…分かるかなぁこの気持ち。


(五)

本当にいいお湯だ。疲れも吹き飛びそう…

思わずエロを忘れそうになるくらい

みんなトロンと和んでいるなぁ。

あれあれ…金太郎にお姉さまが近づいてきたぞ。

背が高くてモデル並のナイスバディ…どっかで見たような

「いいお湯ねえ…あなたが金太郎さん?」

千鳥ちゃんが桃なら小玉スイカだね胸…お湯にたぷたぷ揺れている。

「誰だ…なんでおらの名前を知ってるんだ?」

そういやそうだな…ナイス金太郎。

お姉さまが微笑む。

「知っていて当然さ…だってあたしはお前の叔母にあたるもの…」

「えっ!」

「お前、足柄のおばばに育てられたんだろう…あたしはその妹…。」

「そうなのか…でも、どうしておらがここにいるって…。」

「お前のこと何でもわかるさ…だって身内だものねぇ。」

お姉さまは金太郎を抱き寄せた。小玉スイカが顔に当たってトロンとなってやがる。うらやましい…代わってくれい!

「金太郎さん離れて!その女の人なんかおかしい。」

千鳥ちゃんが叫んだのと同時だった。

バシャーン

お湯が割れて中から巨大な蜘蛛が飛び出す!

「牛鬼童子っ!」

綱さんが頭に結わえた太刀に手をのばす。

しゃーっ

口から吐かれた糸は、一瞬で金太郎をぐるぐる巻きにした。

「はははは…足柄山の金太郎、この茨木童子が確かに貰っていくよ!」

宙に浮かび上がったお姉さんの肌が青い。

どっかで見たおっぱいだと思った…

「綱さまっ…どいてっ!」

いつのまにか、お湯の中の千鳥ちゃんが神弓を構えている。

「おっと…させないよ!」

茨木童子が左手を振るとお湯に稲妻が走る。

「きゃぁあああああ!」

ち…ど…り…ちゃん、いかん…僕も身体が…痺れて

牛鬼も金太郎を吊り下げたまま天高く飛び上がった。

哄笑する茨木、牛鬼そしてぐるぐる巻きの金太郎の姿は

みるみるうちに見えなくなった。









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