第15話 大江山の真実

(一)

 あたしがここに連れてこられてから

 もう何日たったっけ?よくわかんない。

 居心地は悪くないけど…一体何の目的なんだろね?

 あたしの身体?慰みものってやつ…

 そうするつもりならとっくに乙女を散らしてるよね。

 エサって訳でも無さそうだし

 そもそも鬼って何も食べないしね。

 お腹すかないのかな?

 どうやって栄養とってんだろう?

 鬼たちは怖いけどもう慣れたし

 首領の酒呑童子、結構いい男だよね。

 ごりマッチョだけど…。

 碓井クン生きてんのかなぁ、

 結構しぶといから大丈夫だよねきっと…。

 ああ見えて要領いいしさ。

「お姉ちゃん一緒に遊ぼうよ!」

 子供たちがワラワラ寄ってきた。

「あー、ちょっと待ってね。今日は何しょうか?石けり、かくれんぼ?それとも…」

「この間教えてもらったのがいい!」

口々に言う。

「この間…ああ、けいどろね!」

「そう、けいどろー」

「よしっ、じゃやろうか!」

子供たちはわーっと走っていく。

本当に、鬼に捕まっているなんて思えない自由さだな…。

あらためてこの状況の不思議さが頭をよぎった。

「お姉ちゃん早くっ!」

子供たちが叫ぶ。

「ああ、ごめんごめん!」

彩芽は慌てて声の方へ走っていった。


(二)

ひとしきり遊んでいると、山の上の方から半鐘の音が聞こえてきた。

「お昼ごはんだっ!」

子供たちは一目散に音の方へ走っていく。

ここは日に3度、ちゃんとした食事が出る。

彩芽には普通だが、子供たちは飢饉もあって1日1食が当たり前だったものも多く、それだけでここを天国と言う者もいる。

元々修験の山だったここは宿坊跡が無数にあり、捕らえられた女子供はそこで寝泊まりしているし、食事もそこで食べる。

捕らえられた者たちの出自は、百姓や商人、職人や遊芸の徒、武家や公家など様々であるが、分け隔てなく同じ暮らしをさせられている。

子供たちは基本的に自由であるが、女たちには仕事が与えられる。農作業や糸・縄・布など日用品作り、炊事、洗濯、掃除などで、彩芽のように子守りをさせられる者も多い。

決められた仕事をすれば山の中は自由に歩き回れる。むろん、逃げさえしなければだが。

ただ、麓には柵が張り巡らされ、空堀や落とし穴などの仕掛けもあり、とても逃げられるような状況ではない。

昼間は鬼たちの姿を見ることは少ない。逃げようとすれば別だが…。

夜は森の中を見回っているようだ。鬼は逃げようとしなければ何もしないが、子供たちは気配を感じれば、怖がって布団を被って震えている。

逃げようとした者がどうなったか知らない。

噂では頂上近くに牢がありそこにいるのではないかという。緩い情報セキュリティだが、最近捕らえられた貴人の娘もそこにいると女たちの間で噂になった。


(三)

「虎童子の気配が消えて久しい。信じられないがやられたんじゃないかい。牛鬼童子も手傷を負わされ、熊童子の配下も随分やられたしね!たった四人とは言えあの連中、油断できない敵だよ。」

大江山山頂付近の廃寺のお堂

茨木童子がイライラ動き回っている。

「何で黙ってるんだい。大事な手下がやられたかもしれないんだよ!こうなったら、こっちから攻めようじゃないか。いや、あたし一人で十分さ、あんたさえ承知なら頼光四天王とやら全員黒焦げにしてやるよ。」

酒呑童子は腕を組んだまま、眼を閉じ考えている。

「何を考えているんだい!朝廷を倒して世の中を変えるんだろう。そのためにゃあ邪魔する者は全部叩き潰すんだよっ!」

茨木童子は酒呑童子の肩をがっと掴む。酒呑童子は片眼を開けてじっと茨木の顔を見た。

「新しい国を造るには、いろいろ考えねばならんことがある。」

茨木童子は地面にぺっと唾を吐いた。

「新しい国、理想国家…あんたまだ新皇様のつもりかい!何十年前のことをいつまで引きずっているんだよ。新しい国じゃなくて、今度こそ鬼の国を…鬼が支配する国を造るんだよ!」

酒呑童子の片眼がまた閉じた。

「鬼は子供を残せん…そうであれば鬼の国など泡沫(うたかた)だ。続かない国、実現しない夢の国にすぎん。」

茨木がニヤリと笑った。

「フフフ…そうだよ。鬼はなるもんで生まれるもんじゃない。その成り立ちから子供は鬼になれない、ならないもんだと。だけどね…最近、面白いやつを見つけたんだ。ひょっとしたら、あんたが無理と思ってる鬼の国が実現するかもしれないよ。」

酒呑童子の目がかっと開いた。

「どういう意味だ?」

茨木童子は、ふふんと鼻をならすとクルリと後ろを向いて出口へ向かった。

「まだ内緒さ…楽しみに待っているがいいよ。」


(四)

 山頂付近の洞穴、

 格子で閉ざされ牢として使われているこの場所に、

 似合わぬ艶やかな十二単。

 詮子はこけた頬をしてぼんやり宙を見つめていた。

 何度めかの日が暮れる。

 父君は助けを出さぬのか?

 あの冷徹な父なら見捨てることも十分あり得る。

 くーと腹がなったとき、大きな影が差した。

「飯を食うておらんそうだな…。」

 夕陽より赤いたくましい肌

誰だか確認して、詮子は傍らの食事の入った器を蹴飛ばした。

焼いた川魚、むき栗、粟飯などが地面に散らばる。

「わらわは、このような卑しき食はとらぬ!」

 酒呑童子はため息をついた。

「食わねば死ぬぞ…。」

 詮子は柳眉を逆立て、きっと酒呑童子を睨み付けた。

「鬼めが…大事な人質に死なれたくなくば、都から料理人でもさらってくるのじゃな!」

 酒呑童子はもう一度大きなため息をついた。

「それだけ元気なら大丈夫だな、姫よ…飯は食えよ。」

 そういい残すと大きな影は洞穴を後にした。

 

「おしっこ…」

寝ている彩芽の肩を、子供たちがつんつんとつついた。

「はいはい…。」

この時代、貴人の館以外にトイレはない。

ここでなくても、庶民は外で用を足すものだ。

夜の外は、まして山中は子供にとっては恐怖の対象以外の何者でもない。毎晩起こされ、トイレに付き合わされるのは日常だ。

数人の子供を起こしトイレに連れ出す。この方がお互いに怖くないだろうし何度も起こされずに済む。

あたしって、バイト先でも要領いいって誉められんのよね…。

子供たちは茂みの前で並んで用を足している。

ああ、平和だな。

捕まった当初は元の時代に帰りたくてしょうがなかったが、今は慕ってくれる子供たちもいるので、このままここで暮らすのも悪くないかもと思っている。

「きゃあーっ!」

子供たちの悲鳴

「どうしたのっ!」

茂みから真っ赤な巨体が現れた。まったくもう…

「またあんたっ…毎回毎回、気をつけてくんないかな!子供たちが怖がるでしょっ!まったくデリカシー無いんだからっ。」

酒呑童子はボリボリ頭をかきながらすまんと言った。

「いいわよ、今日は何の用事…?」

酒呑童子は木の切り株に腰を下ろした。

「また…未来の話を教えてくれないか?」

彩芽はその隣に腰を下ろす。

「いいわよ…どんな話がいいの?この間の続きしよっか。」

酒呑童子が、まるで子供のように頷く。

「いいな…人はみんな平等で国の支配者はいない。国の行く末は選挙で選ばれた代表が決める。その話をもっと詳しく教えてくれないか。」

彩芽がにかっと笑った。

「いいわよー、ただ…長い話になっても知らないよ。」

用を足した子供たちも輪になって座る。

夜は長い……十六夜の月の下、彩芽の身振り手振り加えた熱弁が今日も幕を開けた。

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