第14話 神弓・八咫烏
(一)
「何と言われるか…これは帝の勅命であるぞ!」
珍しくじいさんが激昂している。
「たとえどなたの命令であろうと出来ぬものは出来ませぬ!」
那智大社の宮司・菅原実元さんは一切譲らない。
「差し出せとは言わぬ。いっとき借りるだけじゃ、これでもダメか!」
「出来ませぬ。この神弓は熊野全体を鎮護するもの、熊野から出すことなど出来ようはずがない!」
「こちらも帝の勅命を戴く以上絶対に引けぬ。刀にかけても神弓を持っていくがそれで良いか!」
「そちらが命がけならこちらも命がけ。たとえ死すとも、魂魄となって神弓を守ってみしょう!」
相手にここまで言わせたらこっちの負け、一回仕切り直すしかないと思う。
「頼光様、これからどうなさる?」
那智大社を出たところで、綱さんがじいさんに話しかけた。
「神弓が無ければ話にならぬ。相手がどうしても出さぬと言うなら、こちらとしては盗みだすしかあるまい。」
じいさんがヤロウとアイコンタクトを交わしたように見えた。そうか、ヤロウの術なら簡単に盗めるかもね。
「そのような不正義、帝の名誉にかけて黙って見逃すわけには行き申さん!」
じいさんが舌打ちした。綱さん、確かに融通が効かなすぎるよ。
「使命を果たすため、どうしても神弓が必要じゃ。じゃが相手が死んでも渡さんと言う。綱よ、盗んでもならぬと言うならこの難問どう裁くのか?」
「もう一度、拙者が参って誠心誠意説得し申す!」
じいさんがため息
「無駄じゃと思うがの…。」
綱さんは、じいさんに一礼すると那智大社へ引き返した。僕は金太郎と共に慌てて後を追った。
(二)
僕たちは社殿に引き返したが、宮司の姿はどこにも見当たらなかった。しばらく境内を探し回っていると、後ろから声をかけられた。
「あのー、何かご用でしょうか?」
こういうの鈴を転がすような声って言うのだろうか?
アニメ声とはちょっと違う。
僕たちは一斉に振り返った。
おお可愛い巫女さん……こりゃ萌える!
身長は150センチくらいかな
まん丸の顔も小さく、背は低くてもスラッと均整とれて足も長い。
艶のある腰までの黒髪は日にきらめき
肌は白いというより、やや日に焼けた小麦色
一重で細いけど凛々しい黒目勝ちの眼
八の字の困り眉に、つんと高い小ぶりの鼻
下唇がぽてっと厚く、何とかいう女優によく似てる。
可憐なという形容詞がぴったりの娘
「あのー?」
じっと見ている僕たちに巫女さんはもう一度聞いた。
「失礼いたした!」
顔を真っ赤にした綱さんが、巫女さんがびっくりするような大声で言った。
わかりやすい……この娘、ストライクなのね。
(三)
「そうですか…ごめんなさい。うちの父は頑固ですものね。」
境内の敷石に腰を下ろして巫女さんが言った。
巫女さんは宮司の娘で千鳥ちゃんという名、年齢は僕より下で17歳、この時代ではとっくに結婚している歳だけど、神に仕える彼女は一生独身なのだという。
つまりは………あっ、綱さんが睨んでる。神聖な境内でエロは控えよう。
どこから来たのか、虎縞の子猫がニイニイ鳴きながら現れた。千鳥ちゃんは手を伸ばして胸に抱きしめる。トランジスタグラマーってやつ…ああ、猫になりたい。
「鬼がこの紀州、この熊野でも暴れまわっているのは私たちにも聞こえています。帝が何度か軍を送って敗れたことも……。神に仕える身として見てみぬふりなど出来ようもありません。」
千鳥ちゃんは子猫を抱いたまますくっと立った。
「せっかく都から熊野まではるばる、怪物退治で名高い渡邊綱様が来られているのです。私が父を説得します。任せてください。」
綱さん有名人なんだ…。そのおかげで、あの頑固親父説得してくれるって、良かったなぁ。
千鳥ちゃんはお尻をぷりぷり歩いていく。いいなぁ、彩芽といい勝負だなぁと思って見ていると、綱さんにぎゅっと耳たぶ掴まれた。
(四)
「まだわからぬか!我らの役目は熊野の護りぞ。」
社殿、神弓の前。実元と千鳥が激しく言い争っている。
「熊野の護りとはどこを守ることですか?この神社ですか?それとも本宮含む熊野三社のことですか?こうしてる間にも氏子のみなさんは鬼に襲われているんです。社だけ守って何が熊野の護りですか!」
実元は娘の初めての反抗に驚いていた。娘の言うことに筋は通っているが、神弓を神の元から動かさないというのは熊野本宮の決定である。
「お前がどれだけ言おうと我一存では決められぬことでもある。あきらめよ!」
そう言って実元は奥へ引っ込もうとした。
「父様、お待ちください!」
追いすがろうとしたとき、胸に抱いていた子猫がスタンと床に降りた。
にゃあにゃあ鳴きながら子猫は神弓の方へ
「これっ、不浄なるものを神器に近づけてはならん!」
実元は手をひらひらさせて、子猫を追い散らそうとした。そのとき…
ぐんっ ぐんっ ぐぐんっ!
「!」
子猫の身体がみるみる大きくなった。
後足で立ち上がった。
社殿の天井に届くほど大きい。いや、その姿はもはや猫ではない。虎だ。角のある大虎
ごがぁあああああああああああ
前足を一閃すると実元が血しぶいて転がった。
虎の咆哮に千鳥の悲鳴が混じる。
「虎童子だったのかあの子猫…その能力、変幻自在と知っていながら抜かったわっ!」
社殿に走り込んだ綱さんは鬼斬丸を抜き放つ。
身長3メーター以上あるじゃん。
これも四大童子…?どいつもこいつも、とんだ怪獣じゃありませんか!
まさかりで殴りかかる金太郎を左前足で受け止め、綱さんの渾身の太刀を右前足で受け止めた。金太郎も綱さんも全力を込めているが虎童子は余裕の表情だ。なんちゅう馬鹿力なんだ!僕も四天王だが見ていることしか出来ない。なんか、出来ることは…。
「そこっ…どいてください!」
えっ…
いつの間にか、千鳥ちゃんが神弓を引き絞っている。
気づいた虎童子の表情が強張る。必死で綱さんと金太郎を引き離そうとするが外れない。
「千鳥殿、今だっ!」
「早く、おらたちが押さえている間に!」
千鳥ちゃんは虎童子を見据え、弓をきりきり引き絞ったまま、何事かぶつぶつ呟いている。
「熊野三社におわす神々、高天ヶ原におわす神々、この弓に宿りし神々よ。我が力となりて神の敵、魔を払う力を与えたまえ!」
びょうと放った矢は金色の軌跡を描いて大虎の胴体へと吸い込まれた。刺さるのではなく、文字通り
虎童子はひとつ大きく身体を痙攣させる。
「!」
矢が吸い込まれた胸の辺りから外に光が放出された。
その光はどんどん大きくなり、虎童子を覆うと四方に弾けた。
そして、社殿は何事もなかったかのような静寂に包まれた。
「虎童子は…死んだんですか?」
綱さんに尋ねたが、答えは千鳥ちゃんから
「魔は死にません。魔は滅するのです。」
意味はわからんけど…とにかく倒したんだ。
しかしあの弓、絶対必要じゃん。
(五)
「さぁ、みなさん出発しますよ!」
神弓を背負い馬にまたがった千鳥が張り切って言う。
頼光さんも綱さんも、他の二人も複雑な顔をしている。
なんでこうなった?まぁ仕方ないとこあるけど
実元さんは幸い命に別状なし
鬼の驚異も骨身にこたえたらしい。
千鳥ちゃんの説得も効果的、完璧なロジックだった。
神弓は熊野から離せないが、熊野の神に身を捧げた自分が持っている以上熊野から離したことにならない。
現実的要請と完璧理論に挟まれて、さすがの頑固親父・実元さんも折れた。
頼光さんは最初こそ嫌がったが神弓が得られるならと妥協した。
綱さんは平静を装っているが全身からうれしさがにじみ出てるよ。
「思えば私の名も、この神弓を扱う宿命を表したものかも…。」
初めて熊野を離れる千鳥ちゃんは上機嫌だ。
「弓に名前があるのかい?」
珍しく興味を引かれたのか金太郎が千鳥に話しかけた。
「ええ…。綱様の太刀同様にね。」
神弓の名は八咫烏、熊野の護りであるカラスの頂点に立つ鳥神と同じ名前だと…。
「やっと大江山へ行くんですか?」
じいさんに聞いたがヤロウが割り込んできた。
「違う、もう一ヶ所寄ってからだ。」
晴明さんからまた指令があったらしい。
次の目的地は奈良、旧の都、いわいる古都だ。
東大寺にいる偉い坊さんが、鬼のことを詳しく知っているらしい。
僕たちは北東へ、一路奈良を目指して歩きだした。
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