第13話 大蜘蛛の襲撃
(一)
五月山を後にした僕たちは、紀伊国の熊野(今の和歌山県熊野地方)へと向かった。晴明さんからの知らせで鬼を倒す弓が那智大社にあると知ったからだ。
姫様や彩芽は一刻も早く救いたいが、5人で強大な鬼たちに挑むには戦力を少しでも上げる必要があった。
喧嘩したあとで仲良くなるという話は聞いたことがあったが、あの後で綱さんと金太郎はすっかり仲良くなった。今も前方で馬を並べて進みながら、他愛ない話をつらつらと続けている。
「金太郎よ、お前年は15じゃそうだが、なぜ幼子のように頭頂を剃り上げておるのだ?」
金太郎は青々とした頭をぺしぺし叩いて笑った。
「ばっちゃんがこうしておけと言うたからじゃ。決して頭のてっぺんに髪を生やさぬよう毎日剃れとな。」
綱さんは馬上で首をかしげた。
「どうして髪を生やしてはならんのか?」
金太郎は何かを思い出すように遠い目をしている。
「ばっちゃんは…暴れ神を抑えるためと言っとったなあ、お前の中にはとんでもない暴れ神が眠ると。髪をボサボサにすればその神が喜んで暴れだす。頭のてっぺんは天の神とつながる大事な場所だから、暴れ神を抑えるために常につるつるにしとけと言っておったぞ。」
「ばっちゃんとはお前の祖母か?」
「ばっちゃんは、おらのばっちゃんだ。なんか変か?」
そうかと呑気そうな綱さんに比べ、質問を投げたヤロウは何か考え込んでいる。
かぁかぁ あーあー
カラスの多い山道だ。辺りも暗くなってきてなんか薄気味悪いと思っていると、じいさんが馬を寄せてきた。
「カラスは熊野大社の使い、熊野の護りなんじゃ。」
へぇー、知らなかった。
「ほう、後の世からきたまれびとでも知らぬことがあるのか…。」
すみませんね無知で…
(二)
那智大滝の近くに、地元民や修験者が使う湯治場がある。このまま行っても、那智大社を訪問するには遅い時間になりそうなので、僕たちはその湯治場に向かって今日は休むことにした。
大滝近くの谷あい、大滝から流れる那智川のほとりにその湯治場はあった。近づくともうもうたる白煙が見え、河川敷の大岩に囲まれた大きな湯船には、宵闇迫るなか地元民なのか多数の頭が見えた。
「おおおおっ!」
こりゃ混浴だよ混浴っ!
男に混じって、ばあさんも子供もいるけど、むちむちぷりんのお姉さんも遠目に見えたよ!
馬の歩みが自然に速くなる。早く行かなきゃお姉さんが上がっちゃうよ!
「おおっ…貞光よ、馬の扱いが上手くなったな。」
綱さんは僕をまれびとと呼ばなくなった。仲間と認めてくれたのかもしれない。それだけに、真面目な綱さんになぜ急いでいるかは言えないけどね。
湯治場につくと、僕は服を脱ぎ散らかしながら湯船へと走った。
むちむちぷりん、むちむちぷりん、むちむちぷりん
どぼんと湯船へイン…
ぷはーと頭を出すとキョロキョロ周囲を伺う。
いたっ!
たった一人だけど、むちむちぷりんのお姉さん
メロンを二つくっ付けたようなまん丸おっぱい
ざばっと立ち上がると、ぼんきゅっぼんの身体
むちむち太もも付きのすらり長いおみ足。
外人モデルなみのナイスバディ
えへへへ
おっ…こっちによってきたぞ。
顔も綺麗…艶のある黒髪につり上がり気味の目、フランス人みたいなツンと上を向いた鼻、日本人にしては白すぎる肌…あれれ、この美人どっかで見たような
「うふふふ…坊や、可愛い顔してるじゃない。」
頬をつーっと撫でられた。全身の力がへなへな抜ける。
「おい、どうしたんだ?」
後ろから金太郎に話しかけられ我に帰った。
あの美人は?
すれ違ったのは温泉の真ん中なのに、不思議なことにキョロキョロ探しても、むちむちぷりんはどこにもいなかった。
(三)
「綱さん、その格好は…さすがに。」
綱さんは頭の上に鬼斬丸をくくりつけて湯に浸かっている。
「いいんだ。いつ敵が襲ってくるかわからん。それにこの太刀は帝からお預かりした大切なものだ。」
一方、金太郎は丸腰だ。あのまさかりは普通の人間が持つには重すぎ盗まれる心配はないし、武器が無くとも百人力の金太郎は十分に強い。
「あのー、頼光様は…?」
じいさんは書き付けを取り出して、かがり火の前で何やら考え込んでいるらしい。
そしてヤロウは周辺を見回ってくると消えたらしい。本当に得体の知れない男だ。やっぱり好きになれそうもない。
空には真っ赤な満月が浮かぶ。大きな月だが血のような気味悪い色が不安をあおる。綱さんと金太郎、豪気な二人はお湯に浸かりながら鼻歌三昧、本当に呑気なもんだ。他の湯治客も、ほっこりした様子で各々楽しんでいるようだ。でもなんか違和感がある。なんだろうな…?
「あっ…、あああっ!」
「どうしたんだ!」
周囲を見回して気がついた。簡単な間違い探しさ。この湯を遠目に見たときあったものが無くなってる。いや、いた人が居なくなったという方が正しい。
あのむちむちぷりんだけじゃない。他に若い女や子供たちも見えたはず。僕の両目視力は2.0以上、特にエロエロ能力で若い女を見間違えるわけがない。それなのに湯に入ってからは、むちむちぷりんを例外として若い女や子供の姿を見ていない。若い女や子供が消えるというと…
「綱さんっ!」
湯からざばっと立ち上がった僕の顔色を見て、綱さんの顔も緊迫した。
しゅるるるるるる
「これ、何の音だ!」
金太郎も立ち上がる。
「ぐわっ!」「ぎゃっ!」
湯に浸かっていた人々の悲鳴が上がった。
白い紐のような物を首に巻き付けて、人々は一人また一人と湯に沈んでいく。
しゅるるるるるる
僕に巻き付こうとした白い紐を、金太郎が怪力で引きちぎる。
「なんだこれ、べたべたしてまるで…。」
ばしゃあーん!
お湯に巨大な何かが飛び込み、大きな水しぶきが上がった。
(四)
「か、か、か、か、怪獣!」
僕はその姿を表現する言葉をこれしか知らない。
お湯に飛び込んできた巨大な影は、グロテスクな姿をしていた。
角ある頭は牛だが、牙持つ口は耳まで裂け
胴体から6本足の生えた巨大蜘蛛
体長は6~8メートルというところか
「出たな牛鬼童子っ!」
綱さんが鬼斬丸を抜き放つ。
「童子ってことは…。」
「そうだ、酒呑童子配下の四大童子、その一匹の牛鬼だっ!」
綱さんは太刀を構えたままばしゃばしゃと横へ、牛鬼との間合いをとっている。
牛鬼の身体は大きいが軽いのか、お湯に浮かんですいすいと泳いでいる。
しゅるるるるるる
糸が飛んできて太刀に絡まった。それを金太郎が急いで引きちぎる。
「くっ、ここでは足場が悪すぎる。」
次々に飛んでくる糸をかろうじてかわしながら綱さんが叫んだ。
「おらが囮になるっ!その間に…。」
そう言うと金太郎は猛然と牛鬼に突っ込んだ。その顔面に向かって大量の糸が吹き付けられる。
「………!」
金太郎の頭部はみるみる糸に包まれた。両手で引きちぎるが、糸は次々に吐き出され、もがいていた金太郎の身体がピクピク痙攣し出した。
「やばいよ綱さん!」
やっと湯から上がった綱だが、太刀で戦うには牛鬼との距離がありすぎる。
「くっ!」
「綱っ、そこをどけっ!」
いつの間にか現れたじいさんは弓を引き絞っている。
牛鬼に狙いを定め矢をちょうと放った。
しかし、蜘蛛の胴体は意外に硬く矢は空しく跳ね返される。
「…………。」
金太郎の動きが徐々に弱くなってる。やばいよこれ…
そのときだ。ヤロウの声が聞こえてきた。
「この地におわす火之迦具土の神、我に力を貸し魔を払いたまえ!」
突然、地面が割れて火柱が上がった。その火はまるで蛇のように牛鬼に襲いかかる。
おおおおおおん!
身体を焼かれた牛鬼が吠えた。まるで悲鳴のように
しゅるるるる…ばしゃあーん!
空中に糸を伸ばした牛鬼は、そのまま天高く飛び上がった。
「逃がすかっ!」
じいさんが牛鬼の腹を狙って矢を放つ。命中し悲鳴が上がるが牛鬼はそのまま上昇して見えなくなった。
湯の中では綱さんが金太郎を助けている。
僕は絶望と共に思った。
熊童子といい牛鬼童子といい、どんだけバケモンがいるんだよ!
こんな奴ら相手に彩芽たちを助けられんのかよ!
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