第22話 各々の覚悟
(一)
崖をゴロゴロ転がりながら太刀を振るって鬼二匹を真っ二つにした綱は、どんと着地した衝撃に耐えつつ残りの二匹を切り倒した。
「皆はっ?」
見上げた崖の上から雨のように鬼たちが降ってくる。
綱は太刀を右上段に構えて叫んだ。
「どんどんかかってこい!全員まとめてなますに刻んでくれる!」
ずばっ ずばっ ずばっ
辺りに仲間の血が飛び散る。それでも鬼たちは怯まず突っ込んでくる。
これがわしの…古より魔を狩る役目の渡邊党、その頭たる我が家の宿命なのだ。
「ほほほほ…綱よ。この母の言い付けを守れないのかい。」
嘲笑する白髪の老婆の前で、若き綱は拝領したばかりの鬼斬丸を抜き放って叫んだ。
「おのれっ、鬼よ…母上を…母上をどうしたのだっ!」
老婆の口が耳まで裂けニュッと牙が伸びる。
「匕匕、年とって筋は固かったが、肉はまぁまぁ柔らしうて旨かったぞ!」
額から角が伸び、次第に若々しくなる肌が青ざめる。
長い舌がチロチロと蛇のように蠢く。
ごっ…
風を巻いて飛び込んできた綱に、茨木童子は不意を突かれた。
ばしゅっ…
左腕が血をしぶいて胴から離れ、茨木は悲鳴を上げた。
「ああ…痛や痛や、おのれっ若年とて侮ってしもうたわ。」
罵声を浴びせながら天に昇っていく茨木童子を睨み付けながら、若き綱は一生かけても鬼を滅しようと誓った。
(二)
「我ら源氏は武家の棟梁ぞ…いつまでも平家ごときの下風についてはいられぬ。」
鎮守府将軍だった父満仲の口癖だった。
西海貿易で得た財力を持って力を増してきた平家に対し
同じ帝の血統ながら、武家であることにこだわる源氏は
貴族の番犬のような地位におかれて、実に都合よく使われてきた。平家への対抗心も巧みに利用され貧乏くじばかり引かされてきたのだ。
頼光も若い頃から武芸を磨き、兵学を学んで戦上手として知られるようになった。しかし、人の良い父のように上手におだてられて貴族に酷使されるのはご免だった。
先の大江山攻めの際、病気を理由に従軍しなかったのはどうみても無謀な戦いだったからだ。
兵役を拒んだことへの貴族の仕返しは十倍以上だった。あること無いこと陰口を流され、源氏全体の名誉すら地に落ちる状況に一族からの風当たりも激しくなった。今度の大江山侵入の話を断れなかったのはこれが理由だ。
「よる年波には勝てんか…。」
熟練の技で最小限の動き、力にとどめて戦い続けているが、こう鬼の数が多くては息が上がる。
ばしゅ…
「もう何匹斬ったか…数えるのも面倒じゃな…。」
頼光は疲労に震える腿を右手でパンと叩いて、鬼の血で濡れた太刀を構え直した。
(三)
バリバリバリバリバリバリ
ぷしゅうううううううう
「ははははは…あんたの呪力はどこまで持つかねえ!雷を防ぐためとは言え、地下から水を吹き出さすのは相当の力を使うはずだよ!」
敵ながら良くおわかりだ。まぁ、もう限界なんてとっくに越えているがな…。
「はは、あんたら一人一人の力は恐れるに足りんが、協力して戦われると少しやっかいだ!まあこの戦いでは、こっちの分断策が見事に当たったねえ。はははは…」
そうだったか…敵ながら見事。だが我らは負けるわけにはいかんのだ。
卜部氏は下級貴族、つまり貧乏公家である。古より占いで帝に仕えてきたが、最近は陰陽師が占いを任されるので宮中に呼ばれることはまず無くなった。それ即ち、もはや卜部氏発展の機会が無いということを指す。幼いころから秀才ともてはやされた季武がとった行動は、なんと商売敵の陰陽師となることだった。
一族のそしりをものともせず、覚悟を持って陰陽師になった季武に訪れた卜部氏再興の絶好の機会、それが今回の大江山侵入だ。誰に言われるまでもなく
「頑張らねばならんのさ…この命がけでな!」
水柱の勢いが激しくなった。
「ほう…楽しませてくれるじゃないか!」
バリッバリッバリバリッ
茨木童子は雷を増幅させた。
(四)
はぁはぁはぁ
しゅしゅーっ
ぐぅおっ ぐぅおっ
襲いくる熊たちに次々矢を放っ…
不思議なことに千鳥は矢をつがえない。
神弓を引くと、文字通り矢が浮かび上がってくるのだ。
熊野を離れるときの父の言葉が甦る。
「よいか…八咫烏は出来るだけ使わぬように。お前も気づいたであろう、神弓の矢は普通のものではない。それはお前の気じゃ、魂と言っても良い。」
どういうことですかっ?
「神弓は射手の命を吸いとって矢に変える。一矢放つごとにお前の寿命は確実に減る。矢を放ち過ぎると…」
過ぎると…
「お前の命はその場で失われてしまうだろう…。」
はあはあはあはあ…
全身から汗が滝のように流れる。
私は神にこの身を捧げた。それがどういうことか、私はどう生きたらいいのかずっと考えてきた。
社殿から出ず、殿方と交わらない。これで神への義務を果たしたことになるのか疑問だった。
そのときやって来た人々を苦しめる鬼との戦い
私はこれだと思った。
神より与えられた使命だと思った。
しゅしゅしゅしゅ
ぎゃう ぎゃうっ
だから…ここで命尽きても悔いはない!
(五)
「はぁはぁ…とっ、とりあえずここまで来れば。」
まだ山の中腹だろうが、周囲が森になり鬼の気配も熊の気配もない。僕は茂みに潜り込んで座り、リュックからペットボトルを出して水を飲む。
はぁー、人心地ついた。みんな大丈夫かな…まあ超人的な人ばっかりだけどね。僕以外は…。
どうしよう…完全に孤立させられた。作戦だったら見事だね…鬼が本気になったってこと?
ビスケットが残っていたはず…ごそごそ、あった。
ポリポリ なんか懐かしい味
彩芽、大丈夫かな?こんなんで助けられるだろうか。
ビスケットくずが地面にこぼれた。
小さな虫が集まってくる。
これは現代も同じだなあ…あり、うんっ?蟻?
なんか違うぞ…小さすぎてわからなかったけど、この形状は………くもっ、小さな蜘蛛が何百何千と集まってっ!
何気なく触れた灌木がにちゃつとした。
慌てて手を引き剥がす。周りの緑はいつのまにか白いレースに覆われていた。
当たっていた木漏れ日を遮って、巨大な影が大杉から降下してくる。
牛の顔、蜘蛛の胴体…よりによって僕ひとりのときに…
とにかく…敵う相手じゃないから逃げないと!
足が動かない…びびってんのか僕?
いや違うぞ…無数の小さな蜘蛛が目まぐるしく動いて…
いつの間にか下半身はミイラみたいじゃん。
身動きひとつ出来やしない!
ぽたっ ぽたっ
上から水が……いや、生臭い!
見上げると牛鬼の口からヨダレが流れてる。
「おいしくないよ…おいしくないってば。しかも現代の添加物だらけフードに毒されてるから、身体によくないよっ!」
聞いてないか…いや、意味わかんないのかも。
「おーいっ、誰か助けてーっ!」
木霊が響くだけ…みんな手一杯かぁ…
真っ赤な口が迫る。
蜘蛛の糸は腹までぐるぐる巻きにしてきた。
死にたくない 死にたくない 死にたくない
助けはこない 助けはこない 助けはこない
自分で戦うしかない。冷静に、僕はやれる。やれるはず
両手はまだ動く…何か武器になるようなもの…
リュックを探った。金属の感触…これはっ!
何だ…ナイフか。それもかなり小さい…武器にならんよ。
生臭い息がかかる。じっくり来やがって
なぶって怖がらせてから食う気なんだろう…
アニメとかのパターンじゃん。
くそっ、こいつの弱点は…確か…
「!」
ひらめいた。僕って天才、そして強運…。
この小さなナイフ、普通のナイフじゃない。使ったことないけどキャンプ用の…
しゅつ…
抜いた鞘と擦りあわせた。
ぼっ…空中に炎がゆらめく。
その火は一瞬で蜘蛛の糸に燃え広がっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます