第31話 悪魔と悪魔と悪魔と寝返り天使

 魔界。


「そん……な……ぼくの魔力が枯渇するなんて……」


 ツェルギスは絞るように言った。リーシェは、そんな彼の首を鷲掴みにして持ち上げていた。


 周囲は砂漠。植物の権化となったツェルギスは、魔界中の養分と魔力を完全に吸い上げた。


 だが、リーシェの無尽蔵なエナジードレインによって、その魔力をすべて吸収した。変化後の姿を保つこともできず、彼は人間の姿へと戻っていた。


「終わりよ、ツェルギス」


「は、はは……。ぼくは死ぬのかな……?」


「死ぬんじゃないわよ。殺されるの。あたしに」


 絞るように、ツェルギスは言う。


「……殺してどうするんだい? 魔界の王になろうとでもいうのかい?」


「どうもしない。あたしは、守っただけ。あんたたちが仕掛けてくるから、合理的に返り討ちにしただけ」


「それで……平和になると思っているのかな?」


 ツェルギスは手元に『本』を召喚する。反射的に、リーシェは手刀を打ち込んだ。彼の腹部を貫く。砂漠の大地へ倒れるツェルギス。本がバラバラになった。その1ページが、リーシェの正面に浮遊する。彼女は、何気なく掴んで見やる。


「……なにコレ?」


 人間界のカルトナの映像だ。世界各国から戦力が集結している。今にも戦争が始まりそうな感じだった。


「きみの世界、大変なことになってるみたいだよ。ヘルデウスがいなくなったから……さあ、戦争だぁってね。ゴフッ……」


 リーシェは、軽く魔力を送り込んでページを焼き尽くす。


「人間ってバカだよね……。争いが終わると、次の争いを探そうとする。一生、殺し合いを続けたがる種族なんだ。……惨めだと……思わないかい?」


「バカだってのは同意。けど、惨めだとは思わない」


「ふふ、そっか。……いまのきみなら、世界を支配できる。このくだらない争いを力で終わらせることができる。やっちゃいなよ」


「うるさい。あんたと交わす言葉はもうない。――ばいばい、ツェルギス。あんたこそ、最低の敵だったわ」


「ば、ばいばい……賢者さん――」


 ほのかに笑みを浮かべるツェルギス。彼に触れて、完全に魔力を吸収。灰に変える――。魔界の王だった生物は、魔界の砂漠へと消えていくのであった――。


 ――終わった、か。


 あっけないものだとリーシェは思った。いや、実際はそんなことはなかった。ツェルギスとの死闘は、その余波で魔界を滅ぼしかねなかった。というか、砂漠化しているし、放っておいたら滅びるかもしれないけど。


「さて……と……」


 リーシェが呪文を唱える。すると、人間界へのゲートが開いた。すでに、十分なほどツェルギスの魔力を自分のものにしている。この程度の魔法は朝飯前になっていた。


「戦争戦争戦争、魔物魔物に魔王魔王。争いばかり、喧嘩ばかり。ほんと、嫌になるわ。このあたしが、全部終わらせてみせ――うっ――」


 突如として目眩。ガクンと膝を突くリーシェ。


「なん……なの……?」


 さすがに疲労が蓄積されていたか。


 疲れを覚えるほどやわな身体でもなくなったし、ツェルギスとの戦いでもほとんどダメージはない。けど、自覚できない疲れがあったのかもしれない。


 けど――視界がぼやける。


 すると、目の前に魔剣デッドハートの思念体が出現した。いや、思念体かどうかはわからない。疲労で幻を見ているだけかもしれない。


『リーシェ様』


「デッド……ハート……?」


『リーシェ様は、世界を統べるに相応しい御方だ。人間界に戻り次第、王を名乗って世界を支配すべきである』


「私が……王……? ツェルギスみたいなことを言うのね」


『そうなれば世界をは思いのまま。カルマという男も惚れ直すであろう。世界にとっても、リーシェ様のような頼もしい人物に支配された方が良い』


 世界を統べるということは、リーシェの思うままになるということ――。


 別に、権力に興味があるわけではない。カルマのことも……個人の問題――。


『リーシェ様、いけません』


 今度は、ライフバーンの思念体が出現した。


『たしかに、リーシェ様は素晴らしい心の持ち主です。しかし、人間がどう生きていくのかは、人間たちが決めることなのです。リーシェ様とは言え、個人の想いを誘導するのは、エゴでしかないのです』


『なにを言うか、ライフバーン! 貴様は、主の器がわからんのかッ!』


『リーシェ様は支配など望んでいないのです!』


 心の中の悪魔と天使が喧嘩をしているかのようだ。事実、そういうことなのだろう。リーシェの中に迷いが生じているらしい。


『まあ、ぼくはデッドハートくんの、言っていることが正しいと思うよ』


『ほう、ツェルギスもそう思うか?』


 心の中の悪魔が一匹増えた。しかもツェルギス。どうやら魔力を吸収したせいで、心の中の残滓となったらしい。


『リーシェなら人間を掌握するぐらいわけないさ。ノブレスオブリージュ(富のある者は、富のない者に還元しろ的な意味)として、民たちのために力を使うべきだ』


『――うむ。たしかに、俺もそう思うぞ』


 今度はヘルデウスも出てきた。総勢四人が、リーシェの前へ幻影として説教してくる。


『おまえはカルマのために戦っているのだろう。世界を平和にすれば、そやつも喜ぶのではないか?』


 ちょっと、悪魔のささやきの数が多すぎないだろうか。


『あら、リーシェ様には思い人がいらっしゃるのですか! なるほど……たしかに、このライフバーン。リーシェ様の意思を尊重したいと思っておりましたが、同時に幸せも考えております。ならばと、その力を使い、世界を平和にしてカルマ様と楽しく過ごすのも、良いかと思います』


 天使が寝返った。四人全員が、リーシェに悪魔のささやきをしてくる。


「ふざけないでッ……あたしの使命は、魔王を倒すことッ! もう終わったのッ! おうちに帰るのッ!」


『違いますわ。リーシェ様の使命は、世界を平和にすることでございます』


『うむ、主殿はそれを成すことができる唯一の御方だ』


『はは、楽しいから言っているわけじゃないよ。ぼくは、事実を言っている。民のために戦うことは悪いことじゃないだろ』


『カルマを守るためなら、おまえは凄まじい力を発揮する。最後の大仕事だ。やってこい』


『さあ!』

『さあ!』

『さあ!』

『さあ!』

『『『『さあ!』』』』


「うっさぁあああぁぁぁぁいッ!」


 劇団のように催促する四人を爆発魔法で吹っ飛ばす。どうせ、幻なんだから意味ないんだろうけどさ!


「はあ、はあ……どいつもこいつも……自分勝手なんだからぁああッ!」


          ☆


 カルトナ城の包囲。それはいとも簡単に行われた。道中の関所や砦などの防衛拠点に兵はおらず、各国の軍隊は速やかに国内へと侵入。


すぐさまカルトナ城を囲んだ。大国ジスタニアを筆頭に、クランクラン、ブラフシュヴァリエなど、その他7カ国が参加する包囲網となる。


「将軍、カルトナの様子は?」


 ジスタニア軍本陣。国王であるガルフォルドが直々に指揮を執っていた。


「はっ……それが、城内に兵の気配がなく……どうやら、民族大移動が行われたというのは真実なのかもしれません」


「これだけの城を放棄したというのかい?」


「事実、クレアドールという交易都市の人口が爆発的に増えているとのことです。眉唾ではないかもしれません」


「カルトナの情報操作かもしれないよ?」


 カルトナはもぬけの殻。そう思わせておいて、攻撃を仕掛けた瞬間、伏せていた兵が現れる。そういった罠かもしれないのだが――。


 将軍と対策を考えていると、斥候の者が入ってくる。


「陛下。やはり、カルトナには抵抗の気配がございませぬ。城門に近づいても動きがありません」


 さらなる報告を聞いて、思案するガルフォルド。


「ふむ……腑に落ちないけど……それが本当なら、またとない機会ではあるね……」


「陛下。このままカルトナを制圧してしまいましょう」


「ならば、我々が先陣を切るか。……将軍、各国に支援するよう伝えてくれ」


「は、仰せの通りに」


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