第11話 神域のアークルード

 フェミルとカルマの故郷ジスタニア。世界の中心国にして大都市。


 この日。謁見の間にて国王のガルフォルドが、大臣や騎士団長たちの報告を受けるていると、兵士が嬉々とした顔で、慌てふためき飛び込んでくる。


「こ、国王陛下ッ! 朗報でございますッ!」


「どうしたんだい、騒々しい?」


 優しい言葉で問いかけるガルフォルド。彼は世界の最高権力者ながら齢32。若き聡明な王として国民の期待を背負っている。顔は凜々しく美男子。それでいて頭が良く、常に冷静沈着。まさに王に相応しき人物であった。


「はッ! 勇者フェミル様が、四天王フォルカスを籠絡しましたッ!」


「籠絡……どういうことだい?」


 兵士は、クレアドールの出来事を詳しく王に説明した。それらを聞いていた大臣や騎士団長の面々がどよめき始める。


「な、なんと……レッドベリルに次いでフォルカスまでも……」「さすがは勇者フェミル様」「噂では、リーシェも大活躍らしいぞ。不死身のロットを倒したらしい」「勇者様万歳!」「四天王を仲間にしてしまうとは驚きだ」「だが、そのフォルカスとやらは魔族なのだろう? 大丈夫なのか?」「なにを言うか! 勇者様のご意向なのだ。尊重すべきである!」 


 ガルフォルド国王は驚きつつも、平静を装って意見を述べる。


「まったく……フェミル・グランバートには驚かされる。彼女は、ぼくの想像の遙か上の活躍をしてくれるよ」


 事情はわからぬが、ここ数日で魔王軍の戦力は一気に減衰。どうやら、パーティを分散して、四天王の各個撃破を目論んでいるようだ。魔剣デッドハートも手に入れたという話だし、世界の平和も近いかもしれない。


「我々も負けてはいられないね。フェミルだけに苦しい思いはさせてはいけない。みんなには、より一層の努力を求める。そして、今こそ反撃の時。各騎士団は、機を見て攻めに転じよ。魔王軍の士気を一気に削ぐのだ」


「「「「「「おおおおおおおおッ!」」」」」


 鼻息荒く、怒号の如き声援が打ち上がる。だが、その中で騎士団長が不安げにつぶやいた。


「し、しかし、国王陛下……」


「なんだい?」


「四天王には、あのアークルードが残っております」


「ふむ……? 最後の四天王か……。油断こそできないが、勇者フェミルなら遅れを取らないと思うが?」


「いえ……アークルードは別格でございます」


「ふむ……どういうことだい?」


「は……」


 神域のアークルード。情報によれば、もっとも魔王に近い存在とも呼ばれ、もっとも神にも近い存在とも言われている。その力は、他の四天王が束になっても敵わない。魔王軍の中には、なにゆえ彼のような人物が魔王に仕えているのかわからないと口にする者もいるほどだ。


「そ、そんな奴がいるのか……」


 青ざめる大臣。ガルフォルドも、一抹の不安が胸をよぎる。だが、ここで皆を不安にさせてはならないと、気を強く持つ。


「大丈夫だよ。フェミルたちなら、例え相手が神であろうが悪魔であろうが必ず倒してくれるさ――」


 もし、勇者が敗北したら終わりだ。いや、ひとりでも欠けてはいけない。彼女たち以上の特化戦力は存在しないのだから――。


          ☆


 ジドー洞窟から生還を果たしたリーシェは、最寄りのトトル村に寄った。宿を借りて48時間眠り続けた。不眠不休で十数キロのダンジョン探索に、加えて幻獣と不死身のロットを撃破した彼女の疲労は限界を迎えていた。


 彼女自身が、どれほど眠り続けていたのかなど自覚はない。帰還途中も、夢と現実の判断もできないほど疲弊していた。


 ――だから、これも夢か現実か理解できなかった。


「ここは……? 花畑……?」


 ベッドに倒れ込んだところまではかろうじて覚えている。だとしたら、ここはいったいどこだ?


 見渡す限りの地平線――その彼方にまで、花畑が続いているという謎の世界。現実世界に存在しがたく、これまで見たことのない光景。その中心にリーシェは佇んでいた。


「――目が覚めましたか」


 現れたのは、真面目そうな青年だった。目を閉じているのかと錯覚するような糸目で、落ち着いた表情をしている。敵意は感じられないが、その堂々たる態度から、リーシェは彼がただ者ではないことは察した。


「誰……?」


「私は四天王のアークルード。お初にお目にかかります、賢者リーシェ」


「アークルード……? ――ッ!」


 魔剣デッドハートを構えるリーシェ。


「警戒しないでください。ぼくはあなたを歓迎しているのです」


「歓迎?」


「ここは私の精神世界。いわば私の心の中。あなたという友を迎えたくてご招待いたしました」


「精神……世界……?」


 ともすれば、リーシェの肉体は宿屋に残したままで、心だけが誘導されたか。鵜呑みにしたわけではないが、そう解釈しておくリーシェ。


「貴方は希有な存在。人間の中でも凄まじく高い魔力を誇っている。頭もいい。ロットを一瞬で葬るだけの戦闘力を持っている。――そして深い闇を抱えている……。だから、どうです? 私の仲間になりませんか?」


「は? 仲間? 魔王軍に入れって言うの?」


 あまりに間抜けな要求に、リーシェは態度を弛緩させる。


「魔王軍ではなく、この私……アークルードの友になって欲しいのです。そして、共に魔王ヘルデウスを倒しましょう」


「魔王を倒す?」


 アークルードは静かに頷いた。


「私と魔王は一心同体。正確には、魔王ヘルデウスの『善』の部分とでもいいましょうか……」


 その昔、魔界に魔族の青年がいた。青年は、ふとしたことから人間界へと降り立った。人間界は彼にとって心地の良い場所だった。だが、人間は彼の存在を許さなかった。忌むべき存在だと排除しようとした。


 だから、魔族の青年は抗った。人間の世界には、魔物という似たような境遇の種族がいる。それらを束ね、人間という種族に対抗したのだった。


 しかし、人間との戦いは熾烈を極める。最後は勇者と呼ばれる存在によって、魔族の青年は封印されてしまった。


「その封印された魔族の青年って言うのが、魔王ヘルデウスってオチかしら?」


「そういうことです。しかし、長年の時を経て、彼は復活しました」


 そして、人間を排除しようと再び動き出した。今度は同じ轍を踏むまいと、ヘルデウスはさらなる成長を求めた。


 人間が強かったのは『心』があったからだ。だが、それは孤独を極める魔王にとって、理解しがたい感情だ。ゆえに、切り離すことにした。心の中にあった善の部分を排除し、残酷な精神を手に入れる。甘さを捨て、非情になったヘルデウスは、さらなる邪悪な魔力を手に入れたのだった。


「で、その善の部分が自分だって言いたいわけね」


 アークルードが微笑んだ。


「さすがは聡明なるリーシェ。察したようですね。――そう、私は、魔王から切り離された『善』の人格です。魔王と同一人物でありながら、相容れない存在。だから、私は魔王ヘルデウスを倒し、平和な世界をつくりたい」


「平和な世界……?」


「ヘルデウスは人間を滅ぼそうとしているが、私は違います。……人間を支配する。人間は愚かだ。同種で争いを繰り返しながら、他種族まで滅ぼそうとしています。ゆえに、誰かが支配してやらねばならないのですよ」


「へぇ……支配ね? 要するに家畜にでもするってことかしら?」


「そうです。人間こそ世界を破滅させる害悪。誰かが調整してあげなければならないのです。あなたなら、人間の醜さも理解していると思うのですが?」


 善の部分と言っても、価値観が人間と違いすぎる。滅ぼすか、あるいは支配するかの相違だ。支配してやることで、幸福度が増すとでも思っているらしい。別に珍しいことではない。人間界にだって、動物愛護を語っておきながら見世物にしているのだから。


「同意できないわね。人間のあたしからしてみれば、滅亡も地獄。支配も地獄。合理的に考えて、あんたとは友達になれそうにないわね」


「理解力のある人間だと思っていたようですが……買いかぶっていたみたいですね」


 アークルードの身体から魔力が滲み始める。


 ――所詮は魔王と同じ狢か。


「気に入らない奴は殺す――ってことかしら? 魔王の『善』の部分だとか言っておきながら、やってることは魔王と変わらないわけね」


「ヘルデウスは人間を滅ぼそうとしています。私は人間を管理しようとしています。その違いは大きいですよ?」


 アークルードがパンと手を叩いた。すると、彼を中心に花畑が枯れていく。そして、リーシェの肌がヒリついた。


 ――これは毒――?


 この場がアークルードの精神世界だというのならば、奴に有利な空間なのだろう。ケタが違う。これまで出会った魔物や魔族なんかとは比べものにならない、おぞましいまでの支配的な魔力をリーシェは感じた――。


          ☆


 ――悲しくて、残念で、そして空しい。


 アークルードの心の中に、ちいさなため息のような感情が灯る。リーシェは友になり得る存在だと思った。それだけの知と魔力を持っていると思った。だが、一時の感情によって、拒まれてしまった。


「空間を毒で満たしました。聡明なるリーシェよ……あなたの寿命はあと1分もないでしょう。考え直すのなら今のうち――ッ?」


 その時だった。アークルードの右腕が斬り飛ばされる。


「なッ……」


「生憎と、あたしの身体は合理的じゃないの。毒如きじゃ死なないわ」


「あ、あなたはッ……! ま、まさか魔剣デッドハートをッ――」


 使いこなしているというのか? 勇者しか扱えないと伝えられているというのに!


「幾千幾万の命の魔力が――あたしの身体には宿っている」


 魔剣デッドハート。生物の血をすすり、使用者の魔力へと還元する特性を持っている。ロットを倒したせいか、不死身の魔力の一部が、リーシェに影響を与えているのかもしれない。人間とは思えない、凄まじい魔力を誇っている。


「く……くくっ! さすがは、私が認めただけありますね!」


 右腕の切断面から、数多の触手が飛び出す。


「な、なんで再生できるのッ!」


「ははっ、まさか、この武器を使うことになるとは――ゴぼぉアァアァッ!」


 触手が、アークルードの口へと突っ込まれる。そして引き抜くと、そこには『剣』が絡められていた。


「な、なにそれ……って、嘘でしょッ! ま、まさかッ?」


「はは! 気づきましたか! この剣こそ、あなたのデッドハートと対を成す神器!」


 ――聖剣ライフバーン。


 デッドハートが生を奪う剣だとしたら、ライフバーンは無限の生を生み出す剣。魔力と細胞を活性化し、凄まじいエネルギーを生み出す。


 地面を斬りつけると、大地から植物が生え渡る。極太の蔓が噴出し、リーシェを鞭のように打ち据える。


「ちぃッ!」


 彼女は態勢を整えながら、その蔓を上っていく。植物が彼女を捕らえんと、根や蔓を蛇のように絡みつかせる。


「ざっけんなッ! 触手プレイに興味はないのよぉッ!」


 デッドハートに斬りつけられると、植物は毒でも食らったかのように腐り落ちる。さすがは生を奪う剣だとリーシェは思う。


「まさか、あんたがライフバーンを所有しているとはね! 道理で見つからないハズだわ!」


 苦笑しながら、蔓の猛攻を防ぐリーシェ。


「こちらも、切り札のひとつやふたつ、用意しておいた方がいいでしょう?」


「悪いけど、その剣はあたしがもらうわ。合理的に使ってあげる」


「私に勝てると思っているのですか?」


「人間のため、民のため、カルマのため、絶対にあなたを倒す。例え、相手が魔王に匹敵する力を持っていようとも――」


「はははははははははは! 笑わせますねッ! ヘルデウスに匹敵するこの私を殺すなどッ――1000年早いですよ! リィィィィィシェェェエェェッ!」


          ☆


 一方その頃。クレアドールの町。


 俺はリストラされたはずだった。なのに、いつしか姉ちゃんもイシュタリオンさんも戻ってきてしまっている。


「カルマくんと一緒にお風呂に入るのは久しぶりですねえ」


 洗い場にて、俺の頭をしゃこしゃことシャンプーで泡立てていく姉ちゃん。なんだかとても嬉しそうだ。


 うーん、少し恥ずかしい。子供の頃から一緒にいるのだけど、血は繋がっていないわけだし、3、4年ぐらい前から身体の方もナイスバディになってきてしまっている。まあ、姉ちゃんはタオルを巻いているけどさ。


「風呂ぐらいひとりで入れよ」


「いいじゃないですか。広いお風呂だし、一緒に入った方が合理的です」


 合理的……か……。まあ、宮殿の風呂はアホみたいに広い。魔法を使ったジャグジーから、絶景星空露天風呂。サウナに水風呂。プールまで併設されている。ひとりで使うにはもったいないぐらいだ。


「カルマ!」


 ガララララ! と、戸を開けて入ってくるのはイシュタリオンさん。タオルに包まれた豊満な胸を張ってご登場。


「な、ななな、なんでイシュタリオンさんまで!」


 姉ちゃんはともかく、この人とお風呂はヤバいだろ。っていうか、あなた一応、姫様でしょう!


「羞恥心を持ってくださいよ! 俺、男ですよ!」


 そりゃ、長旅サバイバルで、そういったことを忘れかけていたけどさ!


「大丈夫だ! 私は気にしないぞ!」


 そう言って、彼女ははらりとタオルを落とす。うわ、まずい! と、思ったのだけど、その下にはビキニを着ていた。


「あ、水着……?」


「うむ! プールもあるし、この方がいいだろう?」


 ホントだ。なんで、俺も姉ちゃんも裸で入ってるんだ。水着でいいじゃないか。


「なるほど。水着の方が遠慮なく遊べますね。カルマくんも、ちんちんをぷらぷらさせなくてすみます。収まりが良いです」


「勇者がちんちん言うな」


 そんなわけで、俺も姉ちゃんも水着に着替えて、めっちゃ泳いでめっちゃ遊ぶのだった。凄く楽しかった。――けど、このままじゃダメなんだろうな……。


 これでは、いつまでたっても旅が進まない。俺のせいで、姉ちゃんたちはこのクレアドールの町に縛られている。


 姉ちゃんは、俺をリストラしきれないでいる。


 俺がなんとかしなくっちゃ――。


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