第12話 ダメだこいつら……。早くなんとかしないと

「く……くくッ……賢者リーシェ……ですか……」


 山奥の小屋の中。ロッキングチェアに揺られながら、アークルードはつぶやいた。遙か遠く彼方から、膨大な魔力を使いリーシェの精神に介在したが、実態はこちらにあった。精神世界で奴を殺せば、ソレ即ち心の死。廃人と変えることができたのだが――。


「ゴフッ――」


 現実の世界。突如として、血を吐き出すアークルード。おびただしい赤が、木目の床を彩っていく。


「か、彼女は強すぎますね……はは……」


 類い希なる魔力と知力。そして、魔剣デッドハートの力。加えて、四天王のロットの魔力まで吸収している。


 アークルードは敗北。すんでのところで精神世界から帰還することができた。あのまま続けていたら、廃人になっていたのはアークルードの方だった。


「彼女は……現実世界で殺すしかありませんね……」


 次は油断しない。必ずリーシェを討ち滅ぼす。奴は魔物にとっての敵だ。奴を倒さなければ、未来はない。だが――。


 ――パリ、バリ、バリバリバリ――バギャン。


 正面の空間。なにもないところに稲光が迸る。そして、亀裂が生じたかと思うと、空間が裂け――人の腕が伸びてくる。時空を越えてリーシェが顔を覗かせる。


「な……リ、リーシェッ!」


「逃がさないわよ……アークルード……」


 怒りの形相を滲ませ、彼女は空間をぶっ壊し、空間転移をしてきた。


「ど、どうやって……」


「……魔剣デッドハートが、あんたの血の匂いを覚えた。こいつがあんたを求めた。神器の渇望は空間をも越えるらしいわ。次元を切り裂き、獲物のもとへ主を向かわせてくれる」


「ば、バカな……」


 ここまで魔剣を使いこなしているとは――!


「くっ――!」


 アークルードはロッキングチェアを離れ、聖剣ライフバーンを握る。リーシェが剣を薙いだ。聖剣を弾き飛ばされてしまう。


「ふん、聖剣を上手く使いこなせていないみたいね。認められていないのかしら?」


 言いながら、彼女はライフバーンを拾い上げる。


「あなたは……認められているというのですか……?」


「少なくとも、デッドハートは私を主と認めてくれているみたいよ。ライフバーンはどうかしら?」


 聖剣と魔剣の二刀流。賢者リーシェが身構える。


「く、くくくッ――ふははははは! す、凄いですね! あはは、尊敬に値しますよ! しかし、追いかけてきたのは軽率ですねぇ!」


 アークルードの背中が隆起する。そして、全身が毛に覆われていく。身体が膨張し、徐々に巨大化。小屋を破壊するように膨れ上がる。手を大地に突き、まるで四足歩行の獣――巨大な白虎へと姿を変えていく。背には天使の如き翼を携えていた。


「グガァアアアァァオッ!」


 咆哮すると、その圧でリーシェの前髪がぶわりと持ち上がった。


「ふぅん……。それが本当の姿? それとも変身? ま、どっちでもいいけど」


「雌雄を決しよう、リーシェ! このアークルードの全力を持って、貴様をこの世から滅してみせましょう」


「かかってきなさい。もっとも神に近い生物さん。相手してあげるわ――」


          ☆


 一方その頃。クレアドールの町。商店街。


「この服ステキです! カルマくんに似合うと思います。――あ、こっちもかっこいいですね。カルマくんはどっちが欲しいですか? いっそのこと、店ごと買っちゃいますか? お姉ちゃん、奮発してなんでも買ってあげますよ」


「待て、リーシェ。例え普段着でも、防御力のあるものの方がいい。魔法繊維を使った、こっちのジャケットの方が良くないか?」


「かわいくないです」


「ならば、オーダーメイドでつくらせるというのはどうだ?」


「それは名案です! じゃあ、デザイナーを雇った方がいいですね!」


 ――ダメだこいつら。早くなんとかしないと……。


 たった数日のカルマロスのせいで、以前にも増して甘々度が増している。今日なんて『カルマくんの服が足りなくなると困るので、買い物に行きます!』と、商店街へと足を運んだら……このザマ。服を買うのではなく『店』の購入の検討を始めた。


 さらには、トップクラスのデザイナーとの交渉を開始している。こうしている間にも、魔王軍の侵略が進んでしまっているというのに、姉ちゃんたちは一向に旅を続ける気配がない――。


 ――その日の夜。


 俺と姉ちゃんとイシュタリオンさんは、町のレストランで夕食を取ることにした。テーブルを囲む姉ちゃんは、もの凄く幸せそうだ。イシュタリオンさんも楽しそう。ふたりとも『ずっと、この幸せが続けば良いのに』って顔をしている。


 ――ダメなんだよ。この状態が続いたら! 姉ちゃんたちは、世界を救う使命を背負っているんだろ――。


「この卵みたいなの美味しいですねぇ」


「知らないのか、フェミル。それはキャビアというのだ」


「そうなんですか? トーストのトッピングに良さそうです。カルマくんの朝ご飯に、買っていきましょう」


 放っておいたら、この状況が永遠に続きかねない。俺のためだと言って、様々な贅沢をさせてくれる。さらには旅に集中させるためだとかいって、ありとあらゆるコトに投資を始めた。結果、町は異常なほどの成長を遂げている。このままだとクレアドールは、町ではなく国家へと変貌を遂げるだろう。


 俺は勇気を出して言う。


「姉ちゃん」


「なんですか、カルマくん」


「このままじゃ、ダメだ……」


「へ……?」


「ど、どうしたカルマ……。なにか足りないものがあったのか? 買ってほしいものがあるのか? どうしたいんだ?」


 イシュタリオンさんも、おろおろと困り果てる。


「違う! 姉ちゃんたちは魔王を倒す旅の途中だろ! こんなところで、遊んでいる場合じゃないだろ!」


「あ、遊んでなんかないです! こ、これはカルマくんが弱々だから、ちゃんとしておいてあげないと――」


「いつまでこんな生活を続けるつもりなんだよ! もう十分だ! とっとと旅に戻れよッ!」


 俺はテーブルをバンと叩いて力説する。静かで優雅なレストランだったので、その行為は目を引いた。けど、勇者に文句を言えるウェイターなどいない。というか、たしかこのレストランも『カルマくんが、いつでも美味しいご飯を食べられた方がいいですよね?』とかなんとか言って、店ごと買い取っていた気がする。


「け、けど、ちゃんと準備をしてあげないと、お姉ちゃんは心配で心配で、旅に集中できません!」


「リストラしたのは姉ちゃんたちの方だろうが! いまさらそんなことを言っても、もう遅いッ! とっとと勝手に旅を続けろよぉぉぉおぉぉぉぉッ!」


「か、かるま……? ……は、反抗期か……?」


「反抗期じゃねえよぉぉぁああぁッ! とっとと旅に戻れって言ってんだよぉぉッ!」


「お、お姉ちゃんだって言わせてもらいますけど……わ、わからないんですよ! どうしたらいいのか! お姉ちゃんにとって、カルマくんは世界一大切な家族なんです!」


「わ、私だって同じだぞ! カルマは世界でいちばん大事な仲間だ!」


「例え世界が平和になっても、カルマくんがいなかったら、お姉ちゃんは世界を憎みます! そんなの絶対嫌です! 滅ぼします! 世界も、家族も救わなければ意味がないんです!」


「それが勇者の言うことかよ!」


「勇者の前に人間です! 誰かの犠牲の上に世界が平和になったところで、それは仮初めでしかありません! そんなの勇者じゃありません! 犠牲を良しとした薄情な人間ならば、希望にはなりえないのです!」


 ――ぐっ! こんな時だけ、しっかり勇者みたいなことを言いやがって!


「汚い軍人や政治家を見たことがあるでしょう! 大勢のためと言って、少数を切り捨て犠牲にする連中を! それを、勇者にやれというのですか? それが勇者のやることですか? みんなのお手本となる精神性を示すことも勇者の使命なのです!」


 家族の犠牲。それが正しいとした場合――。


『ほら、勇者様だって家族を犠牲にして使命を成し遂げたのよ』と、尊ぶ民が現れる。目的のためなら、家族を犠牲にすることが正しいと、それがデフォルトの世界になる。そんなのたしかに間違っている。


 ――けど、俺だって負けてられるか!


「もし、姉ちゃんたちが出ていかないってんなら……俺はこの町を出て行く……」


 断固たる思いで俺は姉ちゃんを睨みつける。


「そ、そんな……どこへ……」


「言うかよ。……姉ちゃんが世界を救うその日まで、俺は姿を消す」


「だ、ダメです! そんなことをしたら、お姉ちゃん、心配で心配で、カルマくんを探す旅に出ます!」


 魔王を倒す旅に出ろや。


「……勝手にすればいいさ。けど、俺だって本気だ。世界を救うためにここまできたんだ。もし、姉ちゃんが意固地になるなら、俺はこの命を絶ってでも――前に進ませてみせる」


「だ、だめ……」


 フェミル姉ちゃんが弱々しく言うと……イシュタリオンさんが静かにつぶやいた。


「カルマ……少し、時間をくれ」


「あ……?」


「勘違いしないでほしい。……フェミルとふたりで話をさせてくれ――心の整理をさせてくれ……」



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