第9話 うしろの正面

 ――私は弱い。


 フェミルが苦戦する最中。ほくそ笑む人物がいた。


 魔王軍四天王・喪心のフォルカス。その実力は、魔王軍四天王の中で最も弱い。いつも、仲間の内では『あいつは四天王の中でも最弱』と揶揄されていた。


 反論はできなかった。フォルカスの実力はランク付けをするならAかBランク程度の魔物だろう。四天王にしては、あまりに不十分。


 ――けど、魔王様の評価は違った。


『おまえは弱い。だが、頭がいい。そして、その力は四天王に相応しい』


 その評価は正しいことをフォルカスは知っている。ただ、他の四天王を気にして、己からは声を大にして言えなかった。


 事実、フォルカスの精神魔法は魔王軍の中でも群を抜いている。気絶した者や衰弱した者、心の弱い者を自由に操れる。時間をかければ、この町ぐらいなら、すべての民を魔王の信者に変えることも可能だ。


 ――私は弱い。

 だが、強い――。

 ――そして、頭がいい。


 フェミルの実力は相当のものだが、頭を使えばこの程度だ。人間を気遣って、本気を出せないでいる。このままジリ貧で滅びるだろう。


 操られた人間は死ぬまで戦い続ける。魔法を解除するには、フォルカスを倒すしかないのだが、おそらく奴らは見つけることはできまい。


 ――現在、フォルカスは『召使い』に扮している。


 数日前に編成された召使い一同。未だに、お互いが全員の顔を把握し切れていない。この混戦なら、そもそも顔を確認する余裕もない。


 ――さあ、仕上げといこうか。


 狙いはカルマだ。人質にすれば、フェミルを無力化することができる。人間を操り、カルマを襲わせるフォルカス。


「カルマ様を守れ!」「カルマ様に何かあったら、今度こそクビだぞ! クビをはねられるぞ!」「カルマ様に傷ひとつ負わせるな!」「うぁあぁぁッ! カルマ様! お願いですから怪我しないでくださいッ!」


 凄まじいカリスマ(?)を持ち合わせているようだが、それもここまでだ。操られた人間たちが、まるでゾンビの如くカルマに襲いかかる。操られた人間のパワーは、通常よりも強力。意思がないから痛みもない。己の限界を超えて戦える。


「くっそぁあぁぁッ!」と、叫んで応対するカルマ。


 止めるには殺すしかない。それができないおまえたちの敗北だ。勝利を確信するフォルカス。だが、その時だった。


「まったく……。勇者フェミルよ、なんと無様な」


 突如、女性の声が庭へと届けられた。その声は凜々しく、それでいて周囲を安心させるかのような優しさに包まれていた。誰もが戦いの手を止め――声の方を見やる。


「い、いしゅたりおん……?」


 狼狽気味に、その名をつぶやくフェミル。


 ――姫騎士イシュタリオン。


 軍事国家カルトナの剣聖。世界最高の騎士と誉れ高い第三王女。士官学校では学位も実践もダントツのトップ。その後は軍に入るが、18という若さで軍の最高司令官にまで上り詰めた姫。銀色の髪をポニーテールにまとめ、高所特有の風へと委ねている。詰め襟の服装でありながら胸は豊満。


 その彼女が、宮殿の屋根からフェミルたちを見下ろしていたのだった。なぜ、そんなところに? と、誰もが疑問に思っただろう。


 彼女は「とうっ」軽やかに跳躍。庭へと降り立って、軽蔑の表情でフェミルを睨む。


「おまえが任せろというから、行かせたというのに……。まさか、カルマを危険にさらしているとはな」


「ち、違います! そもそもあなたが、弱々な召使いを雇うのがいけないのです!」


「ふむ……」


 イシュタリオンが召使いたちを一瞥する。


「なるほどな。それに関してはすまなかった。ちゃんと面接した上で、優秀な者をたちだけを選んだつもりだったのだが……」


 召使いたちが「ひぃぃぃッ」「ごめんなさい!」「もうしわけございませんでした!」と、怯えるように謝罪する。召使いに扮しているフォルカスも、同じように怯えながら謝っておく。


「カルマ、怪我はないか?」


「あ、大丈夫です」


「そうか。私がきたからには、もう安心だぞ。おまえを守るのはいつも私だったからな。……ふふ、あとは任せておくがいい」


「けど、この人たちは操られているだけで、なんの罪もないんですよ。――おそらく、どこかに術者が隠れているはずです。それを見つけないと――」


「そうです! 操っている悪い子を探さなくちゃいけないのです! けど、見当も付かないのです!」


 イシュタリオンは不思議そうな表情を浮かべて、ぽつりとつぶやいた。


「……なにを言っている? 術者なら、そこにいるではないか」


「へ?」と、口を半開きにするカルマとフェミル。


 ――イシュタリオンの視線が、まっすぐにフォルカスへと向けられる。心臓がドグンと脈打った。次の瞬間、イシュタリオンが消えた。そして、閃光の如き早さで接近。鞘から剣を抜き、刃をフォルカスの首元へと突きつける。


「え…………?」


 困惑を超えた困惑。フォルカスは、なにがなんだかわからなかった。だが、イシュタリオンは確信を持ってフォルカスに剣を向けているようだ。


「おまえが術者だろう?」


「は、はわわッ、ち、違ッ――」


 そう否定するゆるふわ銀髪のメイド。小柄な体格で、両の掌をふるふると振って否定する。胸はぺたんこ。外見年齢は14歳ぐらい。顔もあどけないが、召使いとして従事していてもおかしくないような外見だった。


「言っただろう。召使いはすべて私が面接したと。――貴様のようなメイドを雇った覚えはない。メイドは18名。そのうち少女は6名。ルリ、ナターシャ、エカテリーナ、ディアドラ、エリス、ローラ。――で、おまえは誰だ?」


「さ、最近雇われたフォ……フォルともうします」


「カルマの世話がちゃんをできるよう、すでに十分すぎるほどのメイドを雇った。新規雇用をすることはない。さらに言うと――」


 この一連の出来事を、屋根からずっと観察していたらしい。


「屋根から見るとよくわかる。おまえの視線の動きは不自然だ。戦況を見渡すように観察していたな? 随分と余裕があるじゃないか」


 事実だ。操られた人間を、どうやって行動させるのが有効かを考えながら戦っていたからだ。


「誰か、こいつの顔に覚えがあるか?」


 イシュタリオンは視線を固定したまま、周囲に問う。ルリを始め、召使いたちは首を左右に振った。


 ――ヤバい。そして怖い。


 イシュタリオンの眼光が鋭すぎる。妙な動きをしたら真っ二つにされそうだ。そして、姿勢が微動だにしない。一縷の隙も見えない。瞬きすらしない。


「――だ、そうだ。貴様が術者かどうか知らんが……少なくとも不審者であるな」


 ツ――と、冷や汗が頬を伝う。顎へ届き、しずくとなって芝へと落ちる。


 ――くそっ! くそっ! ううっ、こうなったら!


「く……くあぁああぁッ!」


 フォルカスは、人間たちを一斉にけしかける。このイシュタリオンという奴は危険だ。フォルカスの命に代えても、この女だけは始末しなければならない。


「イシュタリオンさん!」


 カルマが叫んだ。――しかし。


 ――ぱ――り――。


「安心しろ、カルマ。もう終わっている」


 イシュタリオンは剣を鞘へと収めた。その瞬間、襲いかかろうとしていた人間たちが、一斉に芝生の上へと倒れ込む。彼女がなにをしたのか、フォルカスには視認することができなかった。


「私の剣は光より早い。そして、魔力を込めることができる。ほんの少しだけ、雷属性を帯びさせた。こいつらは、しばらく痺れて動けん」


 事実、人間たちはホウ酸団子を食べたゴキブリのように悶えていた。視認できぬ剣閃で、ほんのわずかかすり傷程度に斬りつけたらしい。結果、怪我をさせずに全員の動きを封じていた。


「あ……え……?」


 きょろきょろと辺りを見回すフォルカス。操ることのできる人間がいなくなっていた。


「さて……答えてもらおうか。貴様は何者だ? なんのためにカルマを襲った? おっと、妙な動きを見せるなよ。悪いが、私はフェミルのように甘くはない」


 ――完全敗北。


 フォルカスは恐怖で動けなかった。


 イシュタリオンという剣聖は、遙か高みにいる。天地がひっくり返っても勝てる相手ではない。細胞が逆らうことを拒否している。従わなければ死ぬ。


 ――だから、生物としての本能が、フォルカスの心を動かした。だから――。


「わ、私はフォルカスともうします! これが私の能力です! 人間を操ることができるんですよ! 凄いでしょう!? こここ、これなら一次試験は合格ですよね!」


 試験の参加者を演じた。


 強かったら、採用だって言ってたもん!


 しかし――。  


「これだけカルマを酷い目に遭わせて、なにが試験だぁあぁぁッ!」


「ぎにゃん!」


 殴られた。剣の側面で思いっきり殴られた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る