第32話 合理的な世界

 ジスタニア軍が行動を開始。カルトナ城を囲む城壁へと取り付く。抵抗する様子はない。兵たちは梯子をかけて余裕綽々と登り始める。


 同時に各国も城への攻撃を始めたようだ。もっとも、カルトナに動きがないので、ただただ勢いよく壁を登っているだけだった。


 だが、その中で唯一不審な動きを見せる国があった。


「将軍……なぜ、クランクランはこちらに向かってくるのかな?」


「なぜでございましょう……? もしかしたら、こちらの城壁の方が手薄とわかったのかも」


「手薄もなにも、抵抗がないのだから、どこから攻めようが関係ないだろう」


 不可解を表情に滲ませながら、クランクランの軍隊を眺めるガルフォルド。


「もしや……。――将軍ッ! 兵を戻せッ!」


 ――このタイミングで不審な動き。まさか、裏切ったのではないか? そもそも、ガルフォルド自身、頃合いを見計らって裏切るつもりであった。


 カルトナだって火事場泥棒的に他国を侵略しようとしたのだ。クランクランだって、似たような考えを持っていてもおかしくない。


「は、ははッ!」


 察した将軍は、すぐさま合図を送る。城壁から次々に兵が戻ってくるも、陣形を整える前にクランクラン軍が突っ込んできた。兵たちが一気に蹂躙されていく。


「くそッ! やられたッ! 陣形を整えるんだ! 応戦しろ! クランクランが裏切ったぞッ!」


 クランクランの動きを見て、ブラフシュヴァリエや、他の小国も動き始める。


 ジスタニアを助けようとする国。クランクランに加担する国。


「連中も、俺と同じ事を考えていたというのか! おのれッ!」


 カルトナという静かな城を攻め落とす一戦。それが途端に色を変える。ジスタニア派、クランクラン派に分かれて大戦が始まった。


「陛下、ここは引きましょう!」


「ならん! 退却したら信頼を失う。寝返る国が増える! ――戦えッ! ジスタニアの英雄たちよッ! 勇者フェミルが開いてくれた平和の道だ! この一戦にて盤石なものとするんだッ!」


 狼狽する兵を奮い立てるため、ガルフォルドは親衛隊を引き連れて、前線へと出る。クランクランの先兵を蹴散らしていく。


「国王陛下だッ!」

「さすがは陛下ッ!」

「陛下こそ、英雄ですッ!」

「ガルフォルド王万歳ッ」


「我に続けぇッ! クランクランの雑兵など、敵ではないぞッ!」


 兵たちに檄を飛ばすガルフォルド。クランクランも負けてはいない。ゲミオンの采配によって、精鋭が突っ込んでくる。戦いは激化。これまでにない大規模な戦になりそうだった。


 だが、その時。

 戦場のど真ん中に、巨大な稲妻が落ちる。


「な……」


 その威力は凄まじく、大地を砕かんばかりであった。だが、驚いたのは稲妻にではなかった。稲妻と共に現れた『人間』が、彼の者たちの視線を集めた。


 クレーターのど真ん中へと跪くように推参。『彼女』は、ゆらりと立ち上がり――ガルフォルドを睨む。


「ひっ!」


 思わず、情けない声をこぼしてしまうガルフォルド。それぐらい、彼女は恐ろしく冷たい目をしていた。


「き、きみは……リーシェ・ラインフォルト……?」


 フェミルの仲間。ガルフォルドは会ったことがある。だが、これほどの圧を持っていただろうか。


 対峙しているだけで、冷や汗が止まらない。まるでドラゴンに睨まれているかのようだ。


「なにを……やっているのかしら……?」


 ――マズい。


 リーシェはクランクランの出身。この場においては敵国の民。特化戦力である彼女は数万の兵に相当するだろう。


「こ、これはこれは、クランクランの英雄よ! 魔王討伐大儀であった!」


 とにもかくにも英雄を敵に回したくはない。魔王討伐の功績もある。労いの言葉を投げかけて、様子を見るガルフォルド。


 だが、リーシェが腕を振るった。すると、大地が派手に抉られていく。被害はないが、誰もがその強大な魔法に震え上がってしまった。


「な、な……こ、こここ攻撃ッ! 攻撃ッ!」


 兵たちが一斉に矢を放つ。だが、それらはすべてリーシェへと触れる前に燃え尽きてしまう。まるで、強力な炎の結界に守られているようであった。


「もう一度聞くわ。……なにをやっているのかしら?」


 リーシェが右腕をかざす。すると、巨大な影がジスタニア軍を覆った。見上げると、そこにはバカでかい氷塊があった。まるで城が浮かんでいるかのようだった。


「や、やめろ、リーシェ!」


 狼狽しながら叫ぶガルフォルド。


「さっきからなに? 一方的に襲いかかってきてさ。あたしの質問、答えてもらっていないんだけど……?」


 頭上の氷塊が落下する。

 人を避けて大地へ吸い込まれる。


 瞬間、砕け散って周囲の温度を下げた。氷は粒子化し、カルトナの大地を雪で覆っていった。あまりに凄まじい魔力だと思った。まるで、この周囲一帯を支配しているかのようであった。


「は……はは……」


 脱力し、自虐的に笑うガルフォルド。


 ――バケモノだ。


 マズい? よくない? 殺される? 我が国にもフェミルという勇者がいたはずだ。奴は、まだ戻ってこないのか。なぜ、リーシェだけ戻ってきたのだ!


「おお、リーシェ! 祖国の一大事を聞きつけ、帰ってきてくれたか!」


 クランクランの軍勢の中から、国王ゲミオンが歩み出てくる。老齢でありながら鎧などを着ているので、足下がおぼつかない様子だった。


「魔王を倒したそうじゃな? おぬしこそ、まさに英雄! ささ、その偉大な力で、ガルフォルドを討ち取るのじゃ! こやつこそ、世界の平和を怖そうとする敵ぞ!」


 そう言って、彼女の手を取ろうとするゲミオン。だが、その手をリーシェは振り払ってしまう。


「黙れ――」


「り、りーしぇ?」


 リーシェが右手を掲げた。すると、太陽のようなエネルギー球が出現する。凄まじい熱気が戦場に帯び、先刻の雪が一気に蒸発する。


 太陽球が大地に落ちる。凄まじい爆発が起こった。こちらも兵に当たらないよう落としたのだろう。


 爆発と共に巨大なクレーターができた。

 蒸気と粉塵がカルトナの大地へ吹き荒れる。その一撃で、戦場にいたすべての兵が慄き――戦いをやめるのだった。


「な……なにをするのじゃ……」


 怯えながら、ゲミオンが問いかける。


「あんたたちに任せていられない。魔王がいなくなったら、すぐに覇権争い。殺し合いばかり。それでも、王なの?」


「違うぞ! リーシェ! この戦は平和のため! クランクランの民を守るために必要なのじゃ!」


「民を守るために、民を死地に送るのは合理的じゃないわ。即刻、戦をやめなさい」


「な……なにを言うか! わしが誰だかわかっておるのかッ! クランクランの王、ゲミオンであるぞ! 調子に――」


 ぎろり、と、リーシェが睨む。


「黙れ。これからは、あたしが世界の秩序を守る。戦争のない平和な世界をつくる」


「そ、それはどういうことじゃ――」


「すべての王に告ぐ。即刻退位なさい。そして、このリーシェをすべての国の王にしなさい。これからは、あたしが世界の秩序をつくる。万民、我が民。戦など起こるはずがない。起こらば、即、罰する」


 冗談を言っている表情ではない。彼女の顔は真剣味を帯びている。


「そんなこと、できるわけがない!」


 ガルフォルドが恐る恐る主張した。


「可能よ。事実、クレアドールが成功している。カルマの人望で、すべての民が平和に暮らしていると聞く。それと同じ事を、あたしが世界規模でやるだけ」


「せ、世界規模……しかし、それはまさしく支配だ。魔王と変わらないではないか!」


「なんといわれても結構。あたしは名誉などいらない。ただ世界の人々が合理的に幸せになればいいだけ。そのために合理的な行動をするまで」


「の、飲めるわけがない! このガルフォルドが退位など……・」


「この刻をもって、戦争は終焉を迎える。退け国王。剣を捨てよ民。逆らう者あらば、このリーシェ・ラインフォルトが相手をする」


「う……ぐ……おのれッ! こやつはリーシェではないッ! 全軍、攻撃しろ!」


 ガルフォルドが叫ぶと、ゲミオンも呼応する。両軍の挟撃を受けるリーシェ。


 雨のように降り注ぐ魔法を、バリアにて防ぐ。素手で剣を受け止める。槍を枝のようにへし折る。拳で鎧を破壊する。


 リーシェが少し腕を動かしただけで、爆風が巻き起こる。万の兵による猛攻ですら、傷ひとつつけることができない。


 将軍が恐怖に満ちた表情でつぶやいた。


「バ……バケモノ……。か、勝てるわけがない……た、退却を――」


「ダメだ! 奴は、このぼくに退位しろと言っているのだぞ! そんなことが許されるわけがない! 奴を……リーシェを殺せぇぇッ!」


 ガルフォルドは蹂躙するつもりでやっているのに、リーシェは余裕綽々。しかも、死人はひとりも出していない。手加減されているのだ。


「やめなさい……やめなさいよ……ッ! どうして、みんなバカなのよ! 合理的じゃないのよ! 戦争したくないんでしょ! 戦いたくないんでしょ! 国王とか、貴族とか、領地とか、どうでもいいじゃない! もっと、幸せに生きられるはずなのッ! なのに! なのにぃぃぃぃぃぃぃッ!」


 リーシェが泣くように叫ぶと、強烈な超音波を食らったかのように、兵たちが耳を押さえてしゃがみ込んだ。


「あたしのいうとおりにしていれば、合理的だしッ! 絶対に幸せになれるんだからぁぁぁぁ!」


 その時だった。

 そんな彼女の喚きを貫くように、小鳥のさえずりのような声が、戦場へと届けられる――。


「――リーシェに、その権利はありませんよ」


 誰もが、声の主を見た。桃色の髪の女性だった。世界の英雄だった。彼女の姿を見た瞬間、ジスタニアの兵たちは歓喜の声で染まった。


「勇者……フェミル……様……」

「勇者様だ……」

「勇者フェミル様が、ご帰還なされたぞ!」

「や、やった!」

「フェミル様ぁぁッ!」

「イシュタリオン様もいらっしゃるぞ!」


 勇者フェミル。姫騎士イシュタリオン。そのふたりが、戦場へと現れた。ガルフォルドは、安堵のあまり崩れるように膝を突いたのだった。


「た、助かっ……た……?」


「フェミル……」


 リーシェは冷めた瞳で、フェミルを見やる。


「まずは、謝らせてください。あなたにばかり大変な使命を背負わせてしまったことを」


 フェミルは深々と頭を下げる。


「別に恨んでないわ。あんたたちがカルマを守ってくれたおかげで、あたしも心置きなく旅を続けることができた。合理的な判断。合理的な結果よ」


「リーシェはいつも合理的。しかし、これは道理的ではありません。いかにあなたが正しくても、世界を支配する権利などないのです。人は縛るものではありません」


「縛るんじゃない。導くのよ。それともなに? フェミルは戦乱の世を望んでいるのかしら?」


「望んでいませんよ。ただ、力で導くことはしない。民は支配を望んでいない」


「バカね。世界は『王』という欲望の主がすでに支配している。あたしは、その呪縛から解き放つの。邪魔するのなら、例えフェミルでも容赦しないわ」


 すると、イシュタリオンが剣の柄に手をかけた。


「その野望は私が止めるぞ」


「やれるものなら、やってみなさい。これより、リーシェ・ラインフォルトによる合理的な世の中の始まるの。誰にも邪魔はさせないんだから」

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