第33話 越えられない壁

 数時間前。ホロヴィル大陸。俺は、魔王の一番弟子を名乗るバジレウスを含め、魔物たちの軍団を駆逐していた。


「す、凄え……」


 モヒカンたちが感嘆の声をこぼしている。

 しかし、さすがに苦戦した。


「カルマさん……お強いんですね……」


「姉ちゃんたちに比べれば、たいしたことないよ」


 これでも、子供の頃から姉ちゃんに鍛えられてきた。姉ちゃんのポテンシャルが普通だと思って、それに合わせるように暮らしてきた。


 一緒に旅をしてきたせいで、レベルも尋常じゃないのですよ。姉ちゃんたちが凄すぎるせいで存在が霞んでいるけど、俺に勝てる人間が存在するのかってレベルなんですよ。


 姉ちゃんたち→越えられない壁→俺→越えられない壁→それ以外の人間。みたいな。


「みんなは大丈夫か?」


「死人はいませんが、怪我人は結構……」


「じゃあ、怪我人の治療を急いでやってくれ。――で、あとは任せる」


「任せる……? カルマさんはどうするんですか?」


「姉ちゃんたちを追いかける」


「し、しかし、カルマさんも、ずっと働きっぱなしじゃ……」


 クレアドールからの強行のせいで、めちゃくちゃ疲れてる。けど、休んでいる場合じゃないしな。


「世界の運命が懸かってるんだ。行ってくるよ――」


 さてと、追いつけるかな……。

 

 そんな心配を胸に抱いたその時、俺は上空に巨大な船が飛んでいるのを見た。


          ☆


 勇者フェミル。それは、世界最強の人間。

 いや、人間を超越した生物である。


 世界で唯一魔王を倒せる存在。神に匹敵する存在。否、人間にとっての神が勇者。魔物にとっての神が魔王。フェミルに並ぶ者などなく、圧倒的な力量を誇る存在。


 フェミル調べでは、


 フェミル→越えられない壁→リーシェ、イシュタリオン→越えられない壁→人間→越えられない壁→カルマくん。


 彼女は、そう思っていた。

 ゆえに、この状況は予想外であった。リーシェの実力が、フェミルの遙か予想を上回っている。


「デッドフレイムッ! おりゃあ、なのですッ!」


「涼しいわね」


 リーシェが軽く腕を動かしただけで、灼熱の業火が消えてしまう。というか、吸収されてしまう。


「グラビトンアイスロック!」


 氷と重力の混合魔法。巨大な氷塊が重力を帯びてリーシェを押しつぶす。だが、拳を振り上げ、いとも簡単に砕かれてしまう。


「精霊魔法シルフィードデバイスッ!」


 真空派が巻き起こり、周囲一帯を切り刻む。だが、リーシェには一切当たらない。


「ええい、召喚魔法ッ! 雷神トルートッ!」


 ハンマーを持った巨人が、魔方陣から出現する。リーシェがひと睨みすると、トルートは顔を青ざめさせながら、大地の彼方へと脱兎の勢いで去って行った。


「背後を取ったぞ」


 その隙に、イシュタリオンがリーシェの首に剣を当てていた。


「あ、そう?」


 リーシェが指をパチンと鳴らす。すると、剣が粉々に砕けてしまう。


「ば、バカな……」


 イシュタリオンの剣は特別製である。世界最高の鍛冶職人が、ミスリル鉱石でつくった。それに、世界最高峰の魔法術者が、何年もかけて魔力を込めた。人工的につくられた究極の剣。魔剣や聖剣を除けば、最高峰の剣のハズだった。


「くッ……こうなったら、手加減はできんぞッ!」


 イシュタリオンの両手から光の剣が出現する。魔法剣二刀流。彼女の魔力を具現化したものだ。フェミルは『ヤバい』と、思った。


 イシュタリオンの必殺奥義だ。巻き込まれたら例え勇者といえどひとたまりもない。フェミルは距離を取る。


「奥義ッ! ブレイドストームッ!」


 間合いに入った物体を、神速の動きで切り刻む。否、切り刻むというレベルではない。一秒間に数百回繰り出される剣撃は『すりおろす』レベルだ。


 ――だが。


 リーシェは涼しい顔して回避している。そして、ピースで挟むように光の剣を掴む。光の剣は霧散して消滅した。


「そん……なッ……」


「無駄よ。あたしの実力は、あんたたちを軽く凌駕している。あきらめなさい。そして、すべてを委ねなさい」


 リーシェが人差し指を下ろす。

 すると、強力な重力がイシュタリオンを襲った。跪いて動けなくなる。


「イシュタリオンッ! ――はッ?」


 心配するフェミルをよそに、リーシェが軽く拳を握る。サイコキネシスか。フェミルの身体が圧縮され、身動きができなくなる。


「うぐッ……! こ、これは……」


「ひれ伏しなさい。新たな時代の幕開けよ」


「こ、こんなことッ! か、カルマくんだって望んでいませんよッ!」


「カ……カル……マ? ……う……うぅ?」


 その単語に反応したリーシェは、目眩を覚えたように頭を抱えた。


 フェミルは、その隙を見逃さない。

 すかさず精霊魔法を発動。究極の精霊奥義ホーリーアラウンド。天からの光芒が対象一体を消滅させる。殺すつもりはないが、殺すつもりでやってちょうどいいと判断。すべての魔力を注ぎ混む。


 イシュタリオンも同時に全魔力を解放する。

 究極奥義タリオンソード。全魔力を使い、6万本の剣を上空に出現させる。それを、対象に収束させるかのように降らせる。


「う……うう……うるッさぁあぁあぁぁいッ!」


 リーシェは全身から魔力を解放する。その余波で、ふたりの奥義が消し飛ばされる。


「にゃあああんッ!」


「くぁあぁぁぁッ!」


 フェミルもイシュタリオンも、突風に煽られて吹っ飛んでしまった。


 粉塵が舞う。肩で息をするリーシェ。


「あきらめなさいよ! 負けを認めなさいよ! なんで! なんで合理的な支配を拒むの! もっと、もっと、楽に生きなさいよ! あたしが、全部背負ってあげるんだからぁあぁぁぁッ!」


 その時だった。巻き上がった粉塵の中から、カルマが現れるのであった。


「おまえだけが背負う必要ねえよ……」


「カル……マ?」


 神を超越した賢者は、ぽかんと口を開いて、彼の者の名前をつぶやくのであった。


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