第34話 夕焼けの中に吸い込まれて消えてった

 ――間に合って良かった。


 魔物討伐後。世界の危機を知ったルリが、俺を迎えにきてくれたのだ。


 なんでも、クレアドールでは『飛空挺』という空飛ぶ船の開発が終了したらしい。さすがは最先端都市といったところだ。おかげで、カルトナまでひとっ飛び。なんとか、姉ちゃんたちに追いつくことができた。


「カ、カルマくん! 危険です! リーシェは手に負える相手ではありません!」


「なに言ってんだ? 手に負えるもなにも、リーシェは仲間だろうが」


「なか……ま……?」


 リーシェが頭を抱えて悩んでいる。無理もない。アホな姉ちゃんたちのせいで、気がついたら魔王まで討伐させられていた始末なのだ。


 なんという責任感。なんという正義感。すべての元凶は、うちの姉とイシュタリオンさんだ。


 ――いや、俺も……か。


 俺をリストラから始まった壮大な事件。俺がもっと強ければ、こんなことにはならなかった。リーシェは犠牲者だ。


「……お姉ちゃんのうしろに下がっているのです……ここは、任せて……カルマくんは逃げるのです……」


 満身創痍になりながら、俺を守ろうとする姉ちゃん。だが、それを制する俺。


「やめとけよ、姉ちゃん。もう、魔力は尽きてんだろ?」


 そして、俺はリーシェを優しく見つめる。


「リーシェ、すまなかった。俺がふがいないばかりに、迷惑をかけたな」


「そ、そんな……違う……カルマのせいじゃない! あたしが……すべては、あたしが――カルマをリストラしようって言ったからッ――あああぁぁあぁぁぁッ!」


          ☆  


 ――すべては、あたしの一言が原因だった。


『カルマは、パーティから外した方がいいわ』


 カルマをリストラしようとしたあの日、リーシェはふたりにそう提案した。


『な、なぜですかッ? 私は、カルマくんと一緒にいたいです!』


『そうだそうだ! カルマがいるから、私はがんばれるんだ!』


 子を守る母親のように、ふたりは罵声を浴びせる。けど、リーシェは呆れたように反論した。


『魔王城に近づくにつれ、敵も強くなってきている。カルマを危険な目に合わせないためにも、この辺りで別れておいた方がいい。幸い、クレアドールなら、不便な思いをさせないだろうし、今なら資金も潤沢にある。合理的な判断よ』


 その言葉に偽りはない。だが、別の理由もあった。


 ――カルマのせいで、フェミルとイシュタリオンが戦いに集中できていない。


 魔物と遭遇すると、ふたりはまず最初にカルマの護衛をしようとする。積極的に攻撃しようとしない。


 さらには、アホなこともしでかす。例えば、ドラゴンのブレスがカルマを襲うと、彼を庇ってふたりが火炎を浴びるという、非効率的な行動をする。完全な状況悪化。


 実際、カルマの戦闘力は高く、護衛などいらないぐらいには戦える。自分の身も守れるのだ。


 ――だが、あのふたりはそれを理解しない。カルマを甘やかすことに人生を懸けている。


 だから、リーシェは言葉巧みに、カルマのリストラを提案した。正直なところ断腸の思いだ。リーシェも、カルマのことは好きだった。


 本当は強いのに、足手纏い扱いされていることを良しとしている。素直に後方支援をしてくれるし、雑用も喜んで引き受けてくれている。性格も優しい。努力家だし、自己犠牲精神もある。尊敬に値する男性だった。


 それを『弱い』と、切り捨てるのは、あまりに非道だと思ったが、このままではフェミルもイシュタリオンも、使い物にならなくなるから仕方がなかった。


 ――問題は、あのアホふたりの、甘やかし度が桁外れだったことだ。


 まさか、カルマの愛おしさに帰ってしまうと思わなかった。完全に読みが甘かった。リーシェの責任だ。


 満足すれば、戻ってくると思ったが、その読みも外れ、ふたりはカルマを甘やかし続けた。町を発展させ続けた。


 リーシェの提案が発端なので、責任を取って旅を続けたのだが、なんの因果か魔王討伐までしてしまった。誰も責められない。むしろ、元凶はリーシェなのである。


「カル……マ……」


「リーシェ」


 対峙するリーシェとカルマ。


 相手が魔物だろうが四天王だろうが魔王だろうが怖くはない。けど、カルマと戦うことだけは怖い。リーシェは冷や汗を滲ませながら奥歯を噛む。


 ふと、魔剣デッドハートが、脳の奥から語りかけてきた。


『主殿。カルマのことは捨て置け。まずは、愚王共を蹂躙せよ』


 次はライフバーンが語りかけてきた。


『まずは世界を平和にすることが先決でしょう?』


 さらに魔王ヘルデウスが語りかけてくる。


『おまえの力なら、カルマを動けなくすることぐらいはできるだろう。問題ない。当初の予定通り、おまえは世界の王になるべきなのである』


 ツェルギスも語りかけてきた。


『きみは、わがままを貫き通すことのできる唯一の人間だ。他人の感情を挟む必要はないんじゃないかな?』


「黙れッ!」


 叫んで、語り部たちを脳裏から払拭する。そして、カルマを見た。さらに、右手を天に掲げる。


「カルマ。下がって。これは、あたしの最後の仕事。戦争ばかりの世界を終わらせるために、あたしが王になる」


 上空に小規模な太陽を生み出した。

 いや、正確には小規模な太陽の『幻』だ。熱も光もイミテーション。これで、カルマが引いてくれたらいいと思った。


 けど、彼は引かなかった。


「リーシェが王になる必要なんてない。あとは、みんなに任せようぜ」


 恐怖を微塵にも見せないカルマ。


 こういうところに尊敬させられるのだ。どんな相手にも絶対に媚びない。絶対に揺るがない心の強さ。


「その偉い連中が、役に立たないから、このあたしが世界をひとつにするのッ! 退けッ! カルマ! この灼熱の太陽を、あんたに落とすわよ」


「落とさないよ」


 そう言いながら、カルマはゆっくりとこちらに歩いてきた。


「近づくなッ! 脅しじゃないんだからッ!」


「俺の知るリーシェは、そんな奴じゃない。仲間を傷つけるような奴じゃない。ぶっきらぼうなところもあるけど、仲間想いで、優しい奴なんだ。頭が良くて、誰よりも責任感があるんだ。おまえだってクレアドールに戻りたかったはずなのに……ひとりで旅を続けて、世界のために……俺たちのために、最後まで戦い続けてくれたんだ」


「知った風なクチをッ!」


「その仲間や、大勢の人々。守りたかった国を、おまえが傷つけるわけがない」


 ――全部見抜かれている。


 ズルい。

 パーティの中では、いちばん弱いのに、いちばん支えてくれている。理解してくれている。


 こういう人間が、リーシェには必要だった。平和な世界にも必要だと思った。だから、守りたかった。


 その、守りたかったという気持ちすらも、彼はきっと見抜いているだろう。


「帰ろうぜ。リーシェ」


「あたしには、まだやることがあるッ!」


 睨みつけるリーシェ。


「帰るんだ」


「まだ……やることがあるって言ってんでしょうぉぉぉぉぉッ!」


 太陽球(幻)をカルマに落とす。凄まじい光が大地に広がった。粉塵が舞った。


 けど、カルマは涼しい顔してスタスタと歩いてきたのだった。そして彼は、リーシェの頭にポンと手を置いた。


「ほら、リーシェは、こんなことをする奴じゃなかった。さ、帰ろうぜ」


 ――嗚呼、全部見抜かれていた。


 信じてくれていた――。


          ☆

 

 リーシェの脳内。精神世界。


 真っ暗闇の中。デッドハート、ライフバーン、ヘルデウス、ツェルギスの四人がリーシェを囲んでいた。


『なぜだッ? 主殿であれば、このままカルマを気絶させることができるだろう! あとは好きに世界をボブゲふぁッ!』


 デッドハートの顔面に拳を叩き込んだ。彼は、漆黒の世界の遙か彼方へと吹っ飛んでいった。


 すると、ライフバーンがおろおろしながら咎めてくる。


『な、なにをなさるのですか? 我々はリーシェ様のためを思って――』


「うるさい」


 パァンと頬を叩いて黙らせる。すると、ライフバーンは、よよとへたり込んでしまう。その後頭部を掴んで、そのまま漆黒の大地へと押しつける。ズブズブと沈んでいき、最後には消えてしまう。


 不可解そうに眺めていたヘルデウスが、諭すように語りかけてきた。


『リーシェよ。カルマを好いているのなら、精神魔法を使えば良いのではないか? その方が合理的でゴバッ!』


 アッパーカットを食らわせる。黒い空へと打ち上がり、ヘルデウスは星となった。


 それを『おー、飛んだね』と、眺めるツェルギス。そして彼は、楽しげに話しかけてくる。


『あはは。冷静になった方がいいよ。一時の感情にもにゅっ!』


 頬を挟み込むように鷲掴みにする。


『もがにゅ! もにゅにゅにゅにゅッ!』


「黙れ」


 そのまま、クレーンのように持ち上げる。そして、竜巻のように身体をひねり――ツェルギスを闇の彼方へと投げ飛ばすのであった。


「はあ……はあ……これでよし」


 ――なんというか、カルマに頭をぽんぽんされた瞬間に、どうでもよくなった。


 世界のことなど知ったことか。世界を滅ぼす力を手に入れたとか、権利があるとか、英知があるとかどうでもいい。彼が幸せなら、それでいいや――。


          ☆


 そして、現実世界。

 ぽんと頭を叩かれた瞬間。彼女はカルマを抱きしめるのだった――。


「うん……帰る……っ」


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