第16話 姉はなくとも子は育つ
魔王軍幹部エヴァンスは強敵だった。強力な召喚魔法を駆使し、最終的には百万にものぼる魔物を展開。だが、魔剣と聖剣を従えたリーシェの敵ではなかった。
――血塗られた賢者。
戦いが終わると、リーシェはそう呼ぶに相応しい姿へと変貌を遂げていた。数多の魔物の血が肌と衣装を塗りつぶす。血液の色は赤や黒に留まらず、緑、紫、金に銀。全身が七色かつ金銀に彩られる。毒々しい貴婦人のラメ入りネイルアートの如く、謎の色に輝きつつあった。
そして、戦闘の凄まじさを語っているかのように、大地にはおびただしい魔物の屍が広がっていた――。
――つ、疲れた……。
強くなっていると実感しているリーシェ。しかし、疲労と不快感だけはいかんともしがたい。
とにもかくにも移動しよう。時空間を裂いて、アークルードのもとへたどり着いたがゆえに、ここがどこかもわからない。アテもなく、リーシェはさまよう。
森の中。道なき道を歩いていると、明らかに『結界』のような魔力が肌に触れるのを感じた。
「魔力の気配……?」
悪意は感じない。そして、リーシェを拒むような感覚もない。『人間は通過できるが、魔物は退けるタイプ』の見えない結界だろうか。だとしたら、この辺りに誰かいる――。
結界内に踏み込んで、しばらく進むと村が見えてきた。羊ぐらいしか防げそうにない木の柵。建物も木造ばかりである。村の前には、大勢の村人たちがいた。リーシェが近づくと、連中は涙を流しながら跪いた。
「な、なに……」
村長と思しき老人がこう言った。
「ゆ、勇者様……」
――違う。誰と間違えとるんじゃい。
☆
「――なるほど、そーゆーことね」
リーシェは、村長の家へと案内され、事情を聞かされる。ここは地図には載らぬ小さな大陸『ホロヴィル』にある、ランシアという村。アークルードの魔法によって、大陸は視認できないようになっていたらしい。また、海流を操っているゆえに、船での接近も不可能とのこと。そう考えると、あいつも凄まじい魔力を持っていたのだなと痛感させられる。
「ったく……頭が痛いわね……」
一刻も早く、フェミルたちと合流しなければならない。聖剣と魔剣も、本来なら勇者フェミルが使うべきなのである。まあ、それら神器も、最近ではリーシェを主と認めているみたいだけど。
……嗚呼、カルマに会いたい。そろそろ、リーシェの中のカルマ成分がなくなってきている。
「……この大陸は、魔王軍の支配下にありました。……それを、勇者リーシェ様がお救いくださったのです」
感動の涙を流すのは村長。彼はリーシェの到来を大歓迎してくれた。服は綺麗にしてくれるし、美味しいものも食べさせてくれた。
村の人たちもリーシェのことが気になっているのか、窓の外から、迫り来るゾンビのように家の中を眺めている。
「勇者じゃないわよ。あたしはリーシェ。クランクランの賢者」
「我々にとっては、リーシェ様こそ救世主……まさに勇者様でございます」
まあ、この町の人たちは、外の世界と遮断された生活を送っていたのだ。無理もない。この辺りの魔物は強いし、アークルードに見つかったら奴隷にされてしまうだろう。結界を張って、村を維持していくのが限界だったはずだ。――けど――。
「――で、誰?」
「は……?」
「この結界を張ってる奴。……いるんでしょ? 会わせてよ」
この小さな村には、アークルードの目を逃れるほどの結界を張れる人物がいる。おそらく、相当な使い手だろう。この村に興味はないが、そっちには興味がある。
村長の表情に真剣味が帯びる。
「さすがは、勇者様……お気づきでしたか」
「いいから、案内しなさいよ――」
☆
――ついに、この時がきた。
勇者フェミルと姫騎士イシュタリオン。そのふたりがようやく旅に出てくれる。俺のリストラ計画が終焉を迎える。
俺を甘やかすという名目で行われた、クレアドール改造計画のおかげで、町は凄まじい発展を遂げた。さらには、各国から兵を派遣させることで、国同士の絆もより強固になった。世界経済も発達しているらしい。
忙しくて、ちゃんと報告を受けていないのだが、噂では魔王軍の戦力が大幅に低下しているそうだ。あとは、こいつらを送り出して、世界を平和にしてもらうだけだ。
「姉ちゃん。イシュタリオンさん。絶対に帰ってこいよ」
荘厳な門の前で、ふたりを見送る俺。その背後には俺の家臣団も控えている。もともとは召使いぐらいしかいなかったのだけど、もはや国とも形容できるぐらい町が肥大化したので、家臣団が結成されてしまったのだ。
というか、現在、俺は町のボス的存在になっている。レッドベリルと戦った辺りから、俺のことを英雄視している人たちが増えたらしく、町長をはじめ、町の権力者たちは俺のことを崇め奉るようになってしまった。
さらには、企業やギルドを買収したので、俺の行動ひとつで経済が動いてしまう。そんなわけで、経済や軍事、法律のプロたちを集める必要があった。
現在、家臣が100名。召使いが1000名。そして、各国から集められた兵士が10万ほど、俺に仕えてくれている。それらが勇者フェミルと姫騎士イシュタリオンを見送らんと、ずらりと整列しているのであった。
「カルマくん……」
「はい?」
姉ちゃんが震えている。
「こ、これだけの人たちを従えるなんて……り……立派になりましたね……」
ぽろぽろと涙を流し始める姉ちゃん。イシュタリオンさんも感激の涙をこぼしていた。
「姉ちゃんが雇っているだけだろ!」
どうやら、ふたりにはこれら軍隊を俺が率いているように見えるらしい。手配したのおまえらだろうが。
「ま、まったく……ここまで用意してあげないと、留守番もできないだなんて、ほんとにカルマくんは困った子です。やはりリストラして正解でした」
「うむ。そもそも凡人が魔王討伐に同行するのが無謀だったのだ。戦力外通報もやむなしだな」
「そういうのはいいから……」
「カルマくん、これからはお姉ちゃんの手を離れ、立派にやっていくのですよ」
「わかってるって」
「朝は、ちゃんと早起きするんですよ? ご飯も食べるんですよ? お勉強しておくのです。身体も鍛えましょう。睡眠はたっぷりと取るように」
「子供か」
「ふふ、子供じゃないですよね。さすがの弱々カルマくんも、それぐらいならできますよね」
もう、つっこむのはやめよう。アホな奴に『アホか』とつっこむのは、ただの確認作業だ。
「カルマ、しばしの別れだ」
「はい。イシュタリオンさんもお元気で――」
旅立ちの時。家臣団が『勇者様、いってらっしゃいませ!』と、一同頭を下げた。倣うようにして、召使いたちも頭を垂れる。さらに10万の兵士たちが『うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉッ!』という怒号のような声援を浴びせたのち『勇者様万歳! 勇者様万歳!』と、繰り返すのだった。
そして、姉ちゃんたちは、町の人たちのつくった花道を、パレードの如く進むのであった。
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