第17話 引力の法則が乱れる時
パレードの最中。それは、まるで重力魔法と引力魔法を同時に食らったかのような感覚だった。
フェミルは痛感する。
――足が、動かないッッッ!?
ただ、左右の足を交互に出して進む。それだけの行為なのに、足が凄まじく重い。体感でいうと、踏みしめた大地にクレーターができるのではないかと錯覚するぐらい重かった。
旅に出たくない。カルマと離れたくない。その気持ちが、足を鉛のように重くさせている。
さらに、万有引力の法則が乱れる。
後ろ髪を引かれるというのはまさにこのことか。振り返ればそこにいるであろうカルマが、フェミルに対し引力を発生させているかのようだ。
身体がうしろへと引き寄せられる。精神が背後へと持っていかれる。このままだと、身体から魂が剥がれてしまいそうだ。
「ぐ……ぐぐッ――」
「……お、おまえもか、フェミル……?」
会話を交錯させるふたり。町中の人たちの声援でかき消えてしまうが、お互いの耳には届いている。
「え、ええ……」
イシュタリオンも同じ状況らしい。
カルマと離れるのが嫌で、前に進むのが困難。
以前とは比べものにならないほどの精神的負荷。これはカルマを甘やかしすぎたからか? それとも、彼が立派になりすぎて、もっと成長を見てみたいというお姉ちゃん心からだろうか。
引きずるように足を動かす。この状況、いったいいつまで続くのだろうか。町を出るまで? ならば耐えられよう。
だが、万が一にも、町の外に出てまで、この状況が続くのであれば――。
――私は魔王に勝てないかもしれない。
一刻も早く魔剣デッドハート(リーシェが入手済み)を手に入れ、聖剣ライフバーン(リーシェが入手済み)を使いこなし、四天王のロット(リーシェが討伐済み)を倒し、魔王と互角といわれているアークルード(リーシェが討伐済み)とも決着をつけなければならない。魔王城があると噂の、ホロヴィル大陸(リーシェが到達済み)の場所も見つけなければならないのだ(これらすべて、フェミルは忙しかったので、報告を受けていません)。
「ぐッ――!」
身体がねじ切れそうになる。どうやら、背後が気になって仕方がないらしい。心は前を向いていても、身体は正直である。
もし、カルマが泣いていたらどうしよう。そう思うと、振り返らずにはいられなかった。
身体がぐぐぐと向きを変えようとする。気合いで堪える。
「ぐ……だぁりゃあッ! です!」
勇者フェミルは、大地を思い切り踏み抜く。足が杭のように地面へと突き刺さる。もう一本の足も、杭のように大地へと打ち込む。膝ぐらいまで地面に埋まる。これで、ふりかえることはできない。動くこともできないけど。
イシュタリオンも同じことをして耐えている。町の人たちはパフォーマンスだと思っているようで、より一層の盛り上がりを見せていた。
「よ、よし……ッ?」
一安心したのも束の間。足は固定されても、今度は上半身が背後を向こうとする。
「ま、まずいッ」
フェミルとイシュタリオンは剣を抜いた。それを地面へと突き刺し、しっかりと握りしめる。これで上半身を固定。今度こそ振り返らない。
「な、なんとか耐えたな」
「は、はい……」
「しかし、ここからどうやって進む?」
「……強引に行きましょう」
フェミルは、地面に突き刺さった足をそのまま進める。ゴゴゴゴと胎動するかのように大地をえぐる。線を引いていく。イシュタリオンも倣うように足を動かした。
「おお、凄い……」
「よくわからないが凄い……」
「さ、さすがは勇者様……」
町の人たちからすれば、なにをしているのかわからないだろうが、フェミルは必死なのだ。気にせず、足を進める。
「こ、このままだとマズいぞフェミル……」
「え、ええ……」
足を地面に突き刺したまま動かすのは愚策だった。動かしたあとには、
フェミルとイシュタリオンは、すかさず剣を鞘へと戻す。そして、両腕を地面に突き刺す。
四つん這い作戦だ。そうすることで、後ろ髪を引かれるという肉体と精神的困難を耐えるのだった。
「う……馬を持てッ!」
イシュタリオンがナイス判断をくだす。なるほど、馬に乗りさえすれば、こっちのものである。最初からそうすればよかった。
召使いたちが、馬を引いてきてくれる。だが、それらはフェミルたちを見るや否や「ヒンッ!」「ヒヒーン!」と慌てふためき、暴れて逃げ去る。あるいは泡を吹いて倒れていく。
無理もない。闘気満載の四つん這い女性二人が、なにかを必死に耐えている様は異形。それは人間とは別の謎の生物。馬にとって、恐怖の対象でしかなかったのだろう。
まずい。カルマとの別れを、これほどまでに身体が拒んでいるとは思わなかった。少しでも距離を取らなければ、引き寄せられてしまう。
「うわああぁあぁぁぁッ!」
「うおおおぁあぁぁぁッ!」
咆哮するフェミルとイシュタリオン。その時だった。
「姉ちゃん!」
カルマの心配そうな声が聞こえた。彼も別れを惜しんでいるというのか。しかも、すぐ背後――凄く近くから聞こえた。
まさか、追いかけてきたというのだろうか。なんという恥知らず。なんというお姉ちゃんっ子。お姉ちゃん離れできていないにもほどがある!
カルマの甘えが、フェミルを苦しめているというのがわからないのか!
「う……あ……ぁぁ……」
ぐぎぎぎと、首の骨がゆっくりとひねられる。否応にも、彼の声の聞こえる方向へと向いてしまった。
そこには、カルマがいた。彼は、別に追いかけてきたわけではなかった。門からわずか三歩。これだけの苦心と苦労して、まだ三歩しか進めていなかったのである。
弟は、珍獣を見るかのような瞳で、四つん這いのフェミルたちを眺めていた。
「ふぇみる……ねえ……ちゃん……?」
フェミルは、瞳を潤ませながら、すがるような声で鳴いた。
「か……かるまくぅん……や、やっぱお姉ちゃん……旅に出るの嫌ですぅ……」
町の人たちに、その情けない声が届いていなかったのは幸いだったが――結局、フェミルとイシュタリオンは、一度宮殿へ戻ることにした。
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