第18話 生と死を司るもの
「ここです……」
村長たちに連れてこられたのは教会だった。礼拝堂を素通りして奥へ。管理人の部屋と思しき寝室へと案内されるリーシェ。
――さて、この結界を張っている奴は何者か。
とりあえず、クレアドールに戻るルートを知っているとありがたい。フェミルもイシュタリオンもどこでなにをしているかわからない。
こうなったら、迷子になったとかなんとか適当な理由を付けて、カルマに会いに行こう。誰も文句は言わないはずだ。っていうか言わせない。
「シスター・ルルカ。勇者様をお連れしました――」
「勇者じゃないっつーの」
紹介されたのは、痩せ細ったおばあさんだった。ベッドへ横になり、かすかな呼吸を繰り返している。リーシェを見るや、ほんのわずかに微笑み――瞳に涙を浮かべた。
「お……おぉ……ま、間に合いました……か……」
ルルカと呼ばれたおばあさんは、咳をしながら身体を起こす。村長が「無理をしないでくだされ」と、身体を支えていた。老々介護の現場を見せつけられている気分だ。
「アークルードを倒してくださった、勇者様ですね」
「リーシェ・ラインフォルトよ。あなたね、結界を張っているのは」
ルルカは、小さく相槌を打った。
「相当の魔力を持っているのはわかるわ。ただ者じゃない気配も感じる」
「しかし、それも過去のこと。私の魔力は魔王軍には通用しませんでした……見つからぬよう結界を張るのが精一杯なのです……」
「――あんたに聞きたいことがあるわ」
「なんでしょう」
「あたしは、バングランド大陸に戻りたいの。具体的にいうと、クレアドールって町に行きたい。もし、方法があるなら教えてくれないかしら」
尋ねると、ルルカは首を左右に振った。
「それは……できません……」
「なぜ?」
「私はもうすぐ死にます……そうなると結界は消え、この村に残された人々は、魔王軍に皆殺しにされるでしょう」
なんとも残酷なことを言う。先刻から、村長だけでなく村の人たちはずっとリーシェのあとを付いてきていた。暇なのだろう。いや、村の行く末が気になっているに違いない。
「なので、お願いです……どうか、私が死んだあと、この村の者たちを守ってくださいませんでしょうか」
「……は? ……それって……要するに、あんたの跡を継いで、結界を張り続けろってコト?」
「……察しの良い方で助かります。……私の最後の頼みです……どうか、村人たちをお助けください……」
「冗談じゃないわよ! 私には、魔王を倒す役目があるの! あんたみたいに未来永劫田舎に引きこもっていられるほど、暇じゃないんだからね!」
「勇者リーシェ。あなたに、魔王ヘルデウスは倒せません……」
「コレでもアークルードを倒したのよ」
ふん、と、不機嫌そうに鼻を鳴らすリーシェ。
「たしかにアークルードは魔王に匹敵するだけの力を持っていると言われています。――しかし、それはあくまで噂――」
「どういうこと?」
アークルードは魔王の分離した一人格。善の部分を切り取った存在。その時点ではたしかに互角。だが、切り離されたあとは違う。魔王はその悪意を増幅させ、独自の進化を遂げていった。
「アークルードに苦戦しているようでは、魔王には勝てません――」
「……苦戦なんかしていないわ」
「嘘でしょう? 丸一日以上、世界が鳴動していましたよ。ずっと、戦っていたのではないのですか?」
エヴァンスとも戦っていたもん。
成長だってしてるもん。
「……なんとでも言いなさいよ。とにかく、私はこんなところで油を売っているわけにはいかないの」
「つまり……この村の人たちを見殺しにするわけですか?」
「見殺し……?」
ふと気づく。村人たちの、すがるような視線に。
「もうお仕舞いじゃ……」
「ここまでの命か……」
「ぼくたち死んじゃうの?」
「えーんえーん」
「薄情だ……酷すぎる……」
「死にたくないよぉ」
絶望の嘆きを奏でる村人たち。
ニィと、薄い笑みを浮かべるルルカ。
「……このババア」
「魔王には勝てません。……しかし、あなたの魔力であれば、この村の者たちだけなら救うことができます」
ルルカが言うと、続くようにして村長が言葉を荒げる。
「勇者様! お助けくだされ! わしは死にたくないんじゃ! 死ぬには、まだ早すぎる!」
「いったいあと何年生きるつもりよ」
あまりの身勝手な要求に、軽蔑の言葉を浴びせるリーシェ。また、別の男が言う。
「お願いします! 来年になったら結婚しようって誓い合った恋人がいるんです!」
「いま結婚しなさいよ。なんで来年まで待つのよ」
奇抜な服装の女性も気を落とすようにつぶやく。
「画家になるのが夢だったのに……」
「この暗い世界でなんの絵を描くのよ。世界を平和にさせろよ。救世主を引きこもらせて描くほどのものかよ」
「……というわけで、リーシェ様が残ってくださらなければ、この村の人たちは死にます……。凶暴な魔物の餌になって、生きたまま内臓を引きちぎられたりもするでしょう……なにとぞ、この者たちのためにも、村をお救いください」
ニチャァと笑うルルカ。
「なにが『というわけで』よ! ただの責任転嫁じゃない!」
「かもしれません……。しかし、この者たちを生かすも殺すもリーシェ様次第……。どうか、役目を引き継いで――」
「うるせえ、ババア!」
リーシェは、持っていたライフバーンをルルカの腹部へと突き刺した。
「ぐぎゃぁあああぁぁぁぁッ!」
「ひ、ひぃい! 勇者様がご乱心じゃ! 一大事じゃ! ルルルルルルカ様ぁッ!」
「安心しなさい。殺してないから」
「へ?」と、素っ頓狂な一文字を落とす村長。
「ライフバーンは生命を司る聖剣。私の魔力を命の力に変えて、このババアに分け与えただけ。――見なさい」
ルルカという名のばあさんが、ベッドから跳ね起きる。
「こ、これは……」
ルルカが、拳を握って魔力を練る。すると、身体からオーラが迸り、天井を焦がさんばかりの柱となった。
「それだけ元気になれば、あと数年は村を守れるでしょ? その間に、私は必ず世界を平和にする。約束するわ」
「なんという力……なんという生命力……この私の本来の力が戻りつつある! ほ……ははははははッ!」
これで村を守ってくれなど言わないだろう。ようやく、元の大陸に戻れる。
「さ、方法を教えてちょうだい」
「ありがとうございます! これでッ――これでッ――!」
ルルカの溢れた魔力が黒くなっていく。漆黒のそれが彼女を包み、肉体を溶かしていくのであった。
「なッ――」
そして、骨と化す。漆黒の魔力をローブのように纏い、手には大鎌が出現する。その姿はまるで死神であった。
死神ルルカが魔力を解放する。瞬間、教会が消し飛んだ。リーシェはすかさず、自分と村の人たちをバリアで守る。
「はははははははッ! すばらしいぞこの力ッ!」
瓦礫と化した教会。そこに屹立するリーシェ。これはいったいどうしたことかと思う。
うん、全然焦らない。
いや、こういう展開を予想していたわけではないけど、これまでの困難に比べたら、ババアの反乱のひとつやふたつどうでもいい。とりあえず、状況把握はしておきたいので、村長を問い詰める。
「どゆこと?」
「ひ、ひぃぃぃッ! 悪くない! わしは悪くないんじゃあ!」
恐怖で言葉が出てこないようなので、上空に漂うルルカに聞く。
「どゆこと?」
「私の本当の名は魔王軍の元参謀バスタールッ! 貴様を倒し、私は再度魔王様にお仕えしてみせるッ」
という、かっこいい名乗りを挙げたあとに、ルルカ――バスタールは説明してくれる。彼女は、元魔王軍の参謀だったのだが、ロットやレッドベリル、フォルカスなどの新進気鋭の若者が優秀だったので、立場を追いやられてしまっていた。
彼女に昔ほどの魔力はない。ならばと、この村を守る老婆のフリをして、勇者パーティをこの地へと釘付けにする。そうすることで時間を稼ぎ、魔王の野望の手助けをするつもりだったとのこと。
「魔王の野望? 人間を滅ぼすだけじゃないの?」
「魔王様は人間界だけではない。いずれ魔界をも支配しようとしている。そのためにゲートを開こうとしているのだ!」
「魔界……? ゲート?」
「そうだ! 間もなく、人間界と魔界を繋ぐゲートが完成する。その時こそ、混沌の時代の幕開けなのだ!」
「そういうこと……ね」
「感謝するぞリーシェ。貴様が生命力を与えてくれたおかげで、もはや老人のフリをする必要もなくなった。若き頃――最盛期の魔力で、貴様ら勇者一行(お一人様)を葬り去ってくれる!」
「ひぃぃぃッ! わしらは、バスタールに脅されただけなんじゃぁッ!」
――で、町の人たちは保身のためにバスタールの策に乗ったわけか。
「死ね、リーシェッ! 不可避の死アンデッドリミデッドッ!」
バスタールの指先が光る。そこから放たれた閃光がリーシェを貫いた。ダメージはない。
だが、正面に半透明の数字が羅列する。それは、一秒ごとにカウントを減らしていくのだった。
「なにこれ?」
「それは貴様の寿命だ! 0を迎えた時、貴様は死を迎えるッ!」
「ふーん」
「誰も死には抗えない! 死を司る我こそ最強ッ! さあ、己の無力さを噛みしめながら死ぬがいいッ! ――って、ええぇええぇええぇぇッ!」
吃驚仰天するバスタール。無理もないだろう。カウントしていたはずの数字が、天文学的な寿命を指し示していた上に、むしろ逆流して増えていっているのだから。
「な……なんで……」
「いや、この魔剣も死を司っているわけだし、聖剣は生命を司っているわけだし……この程度の操作は、ちょろいかなと……これでも賢者だし」
危機感なく言い放つリーシェ。
「な、な……」
リーシェは死の宣告の数字を素手で掴んでみる。たぶん、普通は掴めないのだろうけど、ちょいと魔力の波長をシンクロさせてみたら、触れることができた。クッキーみたいにバリバリとかじってみる。無味。
とりあえず、プッ! と、バスタールめがけて吹き付けてみる。すると、彼女の正面にも余命へのカウントが出現した。
「わわわ、私に余命がッ? そそそそ、そんなッ! こ、これでも死神族の末裔ッ」
「いや、死神族とか言っておきながら、老いとか全盛期とかがそもそもおかしいでしょ。まあいいわ。どっちにしろ、生命魔法も即死系魔法も、あたしの方が上ってコトで――」
「や、やめッ――」
凄まじい早さで、バスタールのカウントが減っていく。リーシェは、そういえば抜いたままだった聖剣ライフバーンを鞘へと戻す。そしてパチンと完全に納めたところで、バスタールの生命のカウントが0を迎えるのだった。
「ぐぎゃぁあああぁぁあぁぁッ!」
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