第23話 クランクランの魔女

 数日後。


 とりあえず報告。――イシュタリオンさんの計略によって、戦争は回避された。クレアドールにいた各国の兵たちは仲直り。それどころか、イシュタリオンさんの手腕に感動し、さらに良い関係となっていった。


 そして、クレアドールはとんでもないことになった。


 カルトナから50万もの民が移住してきたのだ。これは、カルトナの民のほぼ全員と言ってもいい。おかげで、クレアドールの人口が凄まじいことになっている。


 元々、数万人規模の街だった。

 その後、宮殿を建築したおかげで、経済が潤って移民が増えた。さらに、各国から兵を派遣してもらって10万人以上増えていたのだ。賑やかになった結果、他も村や町からも人がやってきた。


 そんなこんなで、現在100万にも届く人口になっている。戦力も充実。国のひとつやふたつ余裕で滅ぼせる規模である。しかも、そこの領主というか、最高権力者は、不思議なことに俺なのである。


 カルトナからの移住者の中には、貴族も大勢いたのだが、そいつらの方から、俺の宮殿へとわざわざご足労いただき、大量のお土産までいただいてしまった。


 しかも、なぜか媚びへつらってくる。俺の知らないところでカルマ・ワークスという貴族のコミュニティがつくられ、この町の経済と平和を守ってくれているらしい。


「凄いですね。まるで新しい国が創られているみたいなのです……」


 街の入り口。城壁の上から街を眺めてつぶやく姉ちゃん。


「まさか、これほどの経済効果があるとはな……カルマバブル恐るべし……」


 バブルもなにも、イシュタリオンあなたが起こしたんですよね? というか、あなたの故郷、ゴーストタウンになってるって聞いてますけど、いいんですかね?


「けど、これだけの人が増えると、衣食住が心配ですね」


 人口増加に耐えうるか、不安になる俺。


「問題ない。――ルリ、フレア」


 イシュタリオンさんがパチンと指を鳴らす。ふたりが解説してくれる。


「住居に関しては問題ございません」と、ルリ。


 町の外に大量のテントを設立し、何十万という人たちを住まわせているらしい。カルトナの兵士たちが、四六時中見張ってくれているので安心安全。


 そもそも、カルトナの人たちって全員が軍人経験あるから、野営もお手の物なんですね。


 合わせて、急ピッチで集合住宅マンションの建築も行われている。この町には労働力が溢れているので、もの凄い勢いで建てられていくそうだ。


 衣服に関しても問題ない。亡命中に立ち寄った町で、大量の布を購入してきた。老人たちが高い裁縫技術で、連日連夜衣服をつくってくれている。景気が良いので給料も良い。みんな喜んで仕事に従事してくれている。


「もちろん、食事に関しても、問題ございません。このフレア・ミスティオ。麗しきイシュタリオン様のため、華麗に手配させていただきました」


 バラの花を向けてくるフレアさん。独特な性格だ。軍の最高司令官も副官も、突き抜けたアホで大丈夫なのだろうか?


 いや、大丈夫じゃなかった。祖国がゴーストタウンになってたわ。


「我々は亡命前から、艶やかに布石を打っておりました」


 女王に不審な動きが見られると、すぐさま商人を雇って、大量の食料をクレアドールに運び込ませることにした。


 もちろん、自給する必要もあるので、急ピッチで牧場や畑、果樹園を広げている。完成すれば、城郭都市の内側で何百年でも暮らせる自活能力が爆誕するとのこと。


 ここまでやると、さすがに現状の城壁では収まらないので、城壁の外側に、さらに城壁をつくることにしたようだ。


 たぶん近い将来、巨人が進撃してきても大丈夫なぐらいの堅固な町になるだろう。


 それらに使う石材も調達中。近隣の岩山が消滅するぐらいの勢いで採石している。伐採も進み、森も消えかかっているので、同時に緑化活動にも取り組んでいる。


「明日にはバーニッシュ村への道が完成します。どうか快適な旅をお楽しみください」


 そう言って、フレアさんは恭しく一礼するのであった。


「もう、完成するんですね……」


 そんなわけで、旅の再開の時が近づいてきた。


 バーニッシュ村までは馬を使って丸一日ぐらいだろうか。道が整備されているなら、半日ぐらいで行けるかもしれない。


 道中はカフェやお土産物を販売する休憩所などもつくられているそうなので、かなり快適な旅になるとのこと。


 ――だが、道開発の裏で、とんでもないものがつくられていた。


          ☆


 一方その頃。リーシェのいるホロヴィル大陸では――。


「ヒャッハーッ! なにが魔王軍だッ! 俺たちモヒカン山賊団には御頭がついてるッ! もうおめえらの好きにはさせねえからなぁッ! 死んで後悔しやがれッ」


「グレイトマムに逆らう者は容赦しない。魔族は死んで然るべきだ」


「俺たち傭兵団は、金のためにしか働かねぇと思ってたけどよ。ボスみてぇな奴に会うと、命懸けで仕えちまうんだよなぁ……どこまでもついていくぜ」


「わしらは、勇者様のためなら死んでも構わん……むしろ、勇者様のために死にたい。お役に立って死にたい……老い先短い命……勇者様のために使いたい……おおぉ……」


 数多の魔物を駆逐し、リーシェは魔王城へとたどり着いていた。


 地図には載らぬ島なので、情報を集めながらの旅。フェミルたちとの合流も考えたが『魔界のゲート』なるものの話を聞いてしまったゆえに、急がねばならなかった。


 結果、大陸の原住民たちから情報を集め、ようやく魔王城に到達。


「長い道のりだったわ……」


 呆れ混じりの苦笑をこぼすリーシェ。


「ヒャハハハ、御頭ぁ、ようやく魔王を殺れるんすねぇ!」


「誰が御頭よ」


 旅の途中。村を救ったり、山賊の襲撃に遭って返り討ちにしたり、祖国を失った軍団を助けたり、瀕死の傭兵団を救出したりした結果、それら全員が仲間になった。気がつけばリーシェには1万もの人間が付き従っていた。


 そいつらは徐々に経験を積み、実力をつけていった。結果、こうして魔王城の周辺にいる魔物ぐらいは、余裕綽々で倒せるようになった。


 ついさっきまで、キルフレイムとかいう四天王に匹敵する親衛隊長が3万ほどの魔物を率いて出撃してきたのだが、返り討ちにした。魔王城の周辺には、おびただしい数の魔物の死骸が転がっている。


「む……。グレイトマム。本国の情報が入ったようです」


 元亡命軍の隊長がレターバードを肩にとめて報告する。グレイトマムとはいったいどういう意味だろう。軍の中では、偉い人のことをそう呼称するのだろうか?


「グレイトマムが気に懸けているクレアドールですが、順調に経済成長を遂げているようです」


 ホッと胸を撫で下ろすリーシェ。まあ、フェミルもイシュタリオンもいるし、心配はないだろうと思った。


 今更だが、この状況は悪くないと思い始めてきた。フェミルたちが、カルマの側にいてくれるおかげで、リーシェは心置きなく旅を続けられる。


 あのふたりは天然だが、カルマの防衛能力だけは長けている。実に合理的だ。


「あと……カルトナという国が戦争を始めたそうです」


「ふーん」


 混乱に乗じて、世界征服といったところか。醜い話だが合理的だ。


「しかし、カルトナの民が神隠しに遭い、侵攻は失敗したそうです」


「神隠し? そういうこともあるのね」


「そちらの方には、興味はございませんか?」


「ない」


 これを機に世界各国も動きを見せるかもしれない。けど、リーシェには気に懸ける家族はいない――。


 リーシェは貴族の娘だが、現在においては家族と呼ぶ者はいなかった。いや、生みの親は健在なのだが、リーシェ自身が家族と認識していない。


 というのも、両親や親戚との折り合いが悪く、リーシェは家族を捨てたのだ。


 リーシェの親は教育熱心だった。スクールのテストでは、常に一位を取らなければ許されなかった。達成できなければ、食事を抜かれる上に外出も禁止された。


 彼女は幼い頃から、その教育が合理的ではないと思っていた。罰則を用いた教育では、モチベーションにブレーキがかかる。


 反論してみたが、所詮子供のわがままだと父には取り合えってもらえなかった。ならばと、反骨精神から絶対に一位を取らなかった。勉強はしつつも成績は平凡。塾も家庭教師もつけるが平凡。


 両親は、こんなにも金をかけているのに平凡な成績しか取れないのかと、自分の娘を恥じ、やがてリーシェを見限ったのだった。


 ハイスクールに通うタイミングで、リーシェは屋敷から追放。寮生活を強いられる。


 みっともないからラインフォルト家の名字を使うなと言われたので、適当に『リーシェ・クラン』とか名乗っていた。


 そのタイミングで、リーシェは頭角を現した。そもそも地頭は良かったし、勉強自体はしていた。加えて、魔力も身体能力も、すべてにおいてトップクラス。


 クランクランは、学術都市と言われるだけあって、成績の良い者は優遇される。学者や教授などが、こぞってリーシェを重宝するのだ。


 圧倒的な成果を出すリーシェは神童と評価された。企業やギルドからも仕事の依頼が寄せられる。国中の噂となって、国いちばんの学校へと転校した。連日、新聞に掲載されるぐらいの有名人となった。


 そうなると、黙っていないのが実家だった。名誉や名声が大好きな両親が、すぐさますり寄ってきた。しかし、リーシェはすでに自活できるだけの金を手に入れていた。研究協力金は並大抵の額ではない。特許も数多くあったし、出版もしている。


 余裕綽々で、両親との関係を断ち切ることができたのだが、リーシェは姓をラインフォルトに戻す――。


 両親は喜んだ。国いちばんの才女を従えることができたと思った。だが、両親の思惑通りにはいかなかった。リーシェが幼い頃の、非合理的な扱いを、世間へ赤裸々に語ったからである。


 復讐したかったわけではない。両親の罰則と世間体を気にする教育方針が間違っていると、世間に知らしめたかったからだ。


 リーシェがいいなりにならないとわかると、両親は人格攻撃を始めた。新聞社も使って、リーシェを批判した。結局、両親が欲しかったのはリーシェという個人ではなく、リーシェの保有していた名誉と肩書きだけだった。だから、リーシェは家族を家族と思えなかった。


 けど、それは社会も同じ。


 ――寄ってくるのは私欲のある奴ばかり。


 けど、カルマたちは違った。どんなにリーシェが弱っていても、苦しんでいても絶対に見捨てない。魔力が尽きて、足手纏いになった時も、カルマたちは見捨てなかった。


 仲間こそ宝だ。仲間がいれば、そこがリーシェにとっての国である。まあ、なんだか忘れられているような気もするが、今回は仕方あるまい。


 カルマをリストラした方がいいと発案したのはリーシェだし、あいつを心配する気持ちもわかる。リーシェだって、許されるのなら、すべてを捨てて駆けつけたい気分だ。


 まず、己の役目を果たす。目の前に魔王城があるのだ。これを攻略すれば旅は終わり。カルマのところに戻れる。これだけがんばったのだから、いっぱい褒めてくれるに違いない。


 ――いや、まずは謝ろう


 演技とはいえ、彼をリストラ――役立たずなどと罵ってしまった。心にもないことを言ってしまった。きっと、彼は傷ついている。まず、ちゃんと謝る。それからめいっぱい褒めてもらうのだ。


 ――ああ、ちくしょう……。


 カルマの顔を思い浮かべると、涙が出てくる。ホームシックだろうか。カルマシックだろうか。まあいいや。終わらせよう。絶対に終わらせよう。終わらせて、帰ろう。


「全軍、突撃しなさい。雑魚の相手はあんたたちに任せるわ。魔王は……このあたしが倒す――」


「「「「うおおぉぉぉぉッ!」」」」


 怒号と共に、老若男女が突撃していく。荘厳な門を突破し、城内へ突入。魔物たちを蹂躙していく――。


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