第4話 女性としてちょっと憧れちゃいますよね

「はあ……はあ……みんな! 勝利は目前だぞ!」


「おおおおおぉぉッ!」


 ――俺は、強がりを言っている。


 すでに魔力は尽きた。魔法道具の恩恵はすでにない。身体能力だけで魔物たちと戦っている。優勢だった戦況も、いつしか互角へと変貌を遂げている。


 ルリと背中合わせになる。そして、彼女は魔物たちを睨みながら小声でつぶやく。


「カルマ様、逃げてください。あとは、私たちがなんとかいたします」


「もう少しで勝てるんだ。逃げる必要なんてないよ」


「……魔力が尽きているのはわかっています」


 小声で、その事実を伝えてくるルリ。さすがはイシュタリオンさんの用意した精鋭メイド。見抜かれている……か。


「俺が逃げたら、町が滅ぶ」


「このままでは、どうせ滅びます。ならば、カルマ様だけでも生き延びて欲しいです」


「俺に尽くす義理はない。おまえは雇われの身じゃないか」


「カルマ様を尊敬してます。いえ、いま尊敬しました。人々のために命を費やすことのできる、立派な御仁です。イシュタリオン様が、御好意を持たれるのも無理はありません。このルリも、心からお仕えしたいと思いました」


「買いかぶりすぎだ。俺はフェミル姉ちゃんから戦力外通告を受けた、なにもできない雑用係だぜ?」


 言って――俺は闘志を燃やし、魔物たちに向かっていく。一匹、一匹、丁寧に切り伏せていく。その時だった――。


 巨大なゴリラの魔物が襲いかかってきていた。


「カルマ様ッ!」


「くッ!」


 対応する余裕がない。ここでやられるわけにはいかないのにッ! くそッ! 俺が倒れたら、士気が下がる。終わる。


 ――だが――。


 ゴリラの動きが止まった。いや、正確には、ひとりの少女によって止められた。ゴリラの拳を、小さな掌でピタリと止めているのだ。


 淡い桃色の髪を爽やかに風へとなびかせる少女。なぜかボロボロで満身創痍。俺のよく知る人間。俺にとって、もっとも近しい人物――。


「ね、姉ちゃん……?」


 姉――勇者フェミルは、ゴリラの喉元を鷲掴みにして、片手で持ち上げる。頭上でゴリラがバタバタと四肢を暴れさせるが、ビクともしない。


「おりゃあ!」


 そして、彼女はゴリラを大地へと叩きつける。凄まじいクレーターが生まれ、同時にゴリラはミンチと化した。


「これは……どういうことですか……?」


 フェミルが魔物の群れをひと睨みする。すると、その射殺さんばかりの鋭い眼光によって、魔物は驚き、すくみ上がる。中には泡を吹いて気絶してしまう魔物もいた。


 だが、単眼の巨人サイクロプスが棍棒を振りかざして襲いかかってくる。フェミルは、その棍棒を片手で受け止め、魔力で焼き尽くす。そして、腹に拳を打ち込む。景色が見えるほど綺麗に風穴が開いた。


 崩れ落ちるサイクロプスを背景に、彼女はくるりと踵を返す。そして、町人に再度問うのだった。


「これは……どういうことですか……?」


 怒気の孕んだその問いに、今度は町の人たちが泡を吹いて倒れ始める。うん、めっちゃ怖い。いや、俺は慣れているから大丈夫なんだけどさ。


「誰か説明しなさい。……私は、クレアドールの民が、大事な弟を守ってくれると信じていました。それがなんたるていたらく。守るどころか、我が弟を戦わせ、危機に陥らせるとはなんたる裏切り。釈明あらば聞くが、相応の理由なき場合、あなたたちを断罪に処す――」


 怒っている時の姉ちゃんだ。完全勇者モード。姉ちゃんが怒ると、なんだか難しい言葉を使いたがる。


「フェミル様! もうしわけございませんでした!」


 跪きながら、謝罪の弁を述べるのはルリだった。


「魔王軍の四天王レッドベリルが攻めてきて……我々では手に負えず、カルマ様の手を煩わせてしまうことになってしまいました。これは、我々の不徳の致すところでございますッ!」


「ま、まあまあ、落ち着けよ、姉ちゃん。俺は自分の意思で戦ったんだ――」


 庇うけど、うーん。声が届いていない。俺に対し、一瞥もくれない。


「……イシュタリオンめ……。使えない召使いを雇いおって……」


 気づけよ姉ちゃん。メイドや執事が戦ってんだぞ。がんばりすぎなぐらいだろ。


 数匹の魔物が姉ちゃんに襲いかかる。彼女は剣を抜いてひと薙ぎした。それによって一瞬にして真っ二つ。さらにはその斬撃の余波で30匹ぐらい倒した。


「なんのために、リストラしたと思っているのでしょうか……不要な怪我をさせたくないからじゃないですか……。ここなら安心して暮らせると思ったからじゃないですか……」


 戦力外通告じゃなかったっけ? 使えないとか言ってなかったっけ? 本音が漏れていませんか?


「まあいいでしょう。死にたくなかったら、カルマを守っていてください」


 言われた瞬間、召使いや兵士が、俺を中心に、円形の布陣を組む。凄まじい連携力だ。もし、これ以上俺に傷を負わせれば、命はないとでも思っているのだろう。


 俺の安全が担保されると、姉ちゃんは残党を狩りを始めた。


          ☆


 ――のちにメイドのルリは、この時のフェミルをこう語る。


「勇者フェミル様? ええ、それはもう鬼神ようでした。向かってくる魔物をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。――ええ、素手ですよ。剣を使うよりも、素手で叩きのめした方が、溜飲が下がるからじゃないでしょうか。いやあ、握力というものは天性のものだと聞きましたが、凄まじいものです。魔物を素手で引きちぎっていましたから」


「ああ、先程『向かってくる魔物』と表現しましたが、それは正しくはありませんね。正確に言うと……逃げたンですよ……魔物が。フェミル様の強さを理解するや、数百の魔物が離散。――え? どのぐらい捕まえたかって?」


「ふふ、あなたは全ッ然わかってませんね。あの勇者フェミルが怒ってるンですよ? ――逃すわけがないじゃないですか。捕まえたんです……1匹残らず。――メイドの私がこう言うのもなんですけど、チョット憧れちゃいますね。女として」


「え? 皆殺しにすると思ったかって? フェミルがですか? やっぱり、あなたたちはわかってない。勇者フェミルという人物を……。そりゃああなた、ああなってしまったら、普通は勝負ありですわ。普通はね。けど、これは勇者フェミルのハナシでしょ? ……彼女は捕まえた魔物を尋問し始めたんです。連中の中に、言葉を話せる魔物がいまして……ええ、魔族って奴です。そいつから、聞き出したんです。――レッドベリルのアジトを――」

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