第3話 敵は四天王か。はたまた賢者か剣聖か

「ふん……クレアドールの町か」


 制圧すれば、人間共の経済にダメージを与えることができるだろう。そういう意味では、攻め滅ぼす価値は十分にあるのだが――レッドベリルは、さほど興味がなかった。


 先日、この辺りの海域でドラゴンが討伐されたという。Sクラスのハンターですら手を焼くあいつを始末できるのは、勇者フェミルぐらいだ。奴が、この町に潜伏している可能性は高い。


 レッドベリルの目的はただひとつ。

 ――勇者フェミルの抹殺。


「奴と戦い、俺はさらなる強さの高みを目指す」


 嬉しそうに、ぐぐっと拳を固めるレッドベリル。


 レッドベリルは『強さ』を求めていた。ただ強く。さらに強く。とにかくおのれの強さを追い求めている。勇者フェミルと戦えば、必ずや己の武勇に磨きがかかるだろう。さらに強く。もっと強く。いまは魔王軍四天王の位置に納まってはいるが、いずれは、魔王ヘルデウスすらも蹂躙してみせる。


 レッドベリルは、数多の魔物を従え、町の入り口にやってきていた。通常の倍はあろう馬に跨がり、レッドベリルは町に向かって吠える。


「我が名はレッドベリル! 勇者フェミルを連れてこいッ! 隠し立てすれば、命はないと思え!」


「ひぃぃぃッ!」


 数名の番兵が、槍を向けながらも後退する。怯えるのも無理はない。


 レッドベリルの顔はまるで鬼の如く。衣服の上からでもわかるはち切れんばかりの筋肉を搭載した真っ赤な巨躯。しかも、その背後には1000もの魔物。


「怯えてばかりだな、人間! 勇者がこの町にいることはわかっている! さっさと連れてこい!」


 しかし、番兵は震えてばかりで従おうとしない。おそらく、町の中にいるであろう自警団の到着を待っているのだろう。


 ――少し脅かしてやるか。


 レッドベリルが馬から下りる。すると、次の瞬間――レッドベリルの姿が消えた。兵士たちの槍がへし折れ、背後から声をかける。


「ふん。常人には俺の動きを捉えることはできまい」


 慌てて、振り返る兵士たち。レッドベリルの姿を確認するや、すぐさま尻餅をついてしまう。


「ひぃッ!」「な……な……」


 レッドベリルの動きは人間や獣の動きを凌駕する。類い希なる身体能力は魔族の中でもトップクラスだ。


 その時だった。町の中から鎧に身を包んだ兵士たちが大勢やってくる。どうやら、援軍の到着のようだ。


 レッドベリルが、それら援軍に閃光魔法を撃ち放つ。兵士たちは、まるで爆竹を食らった蟻の大群みたいに吹っ飛んでしまう。


「ひぃいぃッ!」「つ、強すぎる!」「ゆ、勇者様を……」「援軍を……」「こ、この町はお仕舞いだ……」


「脆いな……」


 勇者はまだこないのか。そんなに薄情な奴なのか? いや、この様子だと、本当にいないのかもしれない。……まあ、それならせめて魔王軍の幹部としての務めを果たそう。この町を壊滅すれば、少しは魔王ヘルデウスも認めるだろう。


 と、その時だった。自信に満ちた青年の声が、町の奥から届けられる。


「そのぐらいにしとくんだな、赤鬼さんよ」


 海のように蒼い法衣を纏った青年。頭上には勇ましいサークレット。左右の手には剣と短剣。装備に男心をくすぐるかっこよさがある。


 誰だ? こいつが勇者か? いや、勇者フェミルは女だと聞いている。


「誰だ貴様は?」


「俺はカルマ。勇者フェミルの弟だ」


「弟だと……? ふん、貴様に用はない。俺はフェミルと戦いたいのだ!」


「生憎と、姉ちゃんはここにはいねえよ」


「どこにいる?」


「さあな」


「隠し立てするか? ならば、貴様を痛めつけて、フェミルを呼び寄せる餌にしてくれるわ」


 勇者の姉弟というのなら話は早い。こいつには人質としての価値がある。


「どうかな。姉ちゃんは、俺を『足手纏いだ』とか言って、捨てていったからな。弱すぎるんだとよ。お荷物なんだとよ。雑用係もできてねえ、落伍者なんだとよ。……どうでもいいと思ってるんじゃねえか?」


「不憫な……」


「うるせえやい」


 まあ、とりあえず、こいつは捕らえておくか。人質としての価値があるか微妙になってきたが。


 レッドベリルが動いた。閃光の如き早さで間合いを詰める。そして、奴の腹部に拳を叩き込もうとした。その時だった。


「――な……!? 動き……が……に……ぶ……く……?」


 急激にレッドベリルの動きが鈍くなった。カルマは、攻撃を容易く回避する。そして、持っていた二本の剣で、レッドベリルの身体を斬りつける。


「ぐはッ――!」


 斬り飛ばされる。距離ができると、再び動きが元に戻った


「な、何が起こった……?」


「時間剣ティクノタクス」


 カルマは二本の剣を時計の針に見立てて正面へと構えた。


「周囲の時間をゆがめ、間合いに入ってきた奴の動きを遅くする。早さが自慢か? だとしたら相性が悪かったな」


「お、おのれッ! ならばッ――」


 レッドベリルが掌から閃光を放つ。すると、蒼い法衣がキラリと輝いた。瞬間、閃光が反射。レッドベリルへと戻ってくる。


「な……ぐぎゃぁああぁぁぁッ!」


 爆風に吹っ飛ばされるレッドベリル。


「鏡面法衣ミラーオーシャン。俺に魔法は通用しないぜ?」


 膝を突くレッドベリル。すると背後に控えていた魔物連中が狼狽した。


「レ、レッドベリル様ッ!」


 そして、狼狽は人間たちの方も同じだったようだ。誰もが、カルマという存在に驚いている。


「す、凄い……」「あの人って、勇者御一行の雑用係だったよな?」「バ、バカ! 雑用係じゃねえ! カルマ様だ!」「あんなに強かったのか……」「リストラされたって噂だったのに……」


 体勢を立て直すレッドベリル。動きを鈍くされるというのなら、距離を取って戦うまでだ。落ちている剣を投げつける。さらに槍なども。カルマは、それを剣で弾き落としていく。


「なかなかやるではないか。面白いぞ、カルマ」


 間合いができると、レッドベリルは楽しげに笑った。


「なかなかタフだな。さすがは四天王ってところか」と、吐き捨てるカルマ。


「貴様如きの脆弱な攻撃が効くものか」


「いや、魔法を反射しただけだから、脆弱なのはあんたの魔力――」


「黙れぃッ!」


 レッドベリルが一喝する。すると、周囲の人間、魔物たちが一斉に震え上がった。


「カルマといったか。おまえの力はよくわかった。人間にしては多少やるようだな。しかし、俺が相手をするほどでもなさそうだ」


「負け惜しみか?」


「負け惜しみではない。興味があるのは勇者のみ。おまえの相手をしてやるほど、暇ではないと言うことだ。――おい」


 グリンベルが合図をすると、配下の魔物たちが吠える。まるで、町を威嚇するかのように。


「あとは任せたぞ。俺は城に戻る」


 カルマという奴は、たしかに強い。人間の中でも最強クラスなのだろう。だが、どうしてもレッドベリルが相手をしなければならないほどではない。配下たちで十分だ。


 レッドベリルは馬に跨がると、その場を去る。そして、入れ替わるように配下の魔物が町へと突撃するのであった。


          ☆


 レッドベリルが去ってくれたのはありがたい。正直なところ、俺ひとりで勝てるかどうか怪しかった。剣での一撃を食らわせたのに、ほとんどダメージがなかった。奴の魔法だって、反射できたから良かったものの、まともに食らえば相当のダメージだった。


「けど、ここからも相当シンドイだろうなぁ」


 俺は薄っぺらい笑みを浮かべた。


 残った魔物も厄介。1000はいる。果たして、俺ひとりで守り切れるだろうか。――いや、守って見せなければならないだろう。


 俺に何かあったら、フェミル姉ちゃんが心配して戻ってきてしまう。それに、町の人たちも大変なことになってしまう。


「カルマ様、どうかお下がりください!」


 ルリが宮殿の者たちを引き連れてきた。メイドたちは杖を構え、詠唱を始める。執事たちはレイピアを構えていた。庭師たちも剣や棍棒を手にしている。暗部の連中も殺気を漂わせている。なんという頼もしい召使いたちだろうか。傭兵よりも強そうだ。


「やだよ。おまえたちだけでなんとかなる相手じゃないだろ」


「し、しかし……あの数では……」


「俺だって、元勇者御一行の一員なんだ。せっかくの力も、使わなくちゃもったいないだろ」


「カルマ様……」


「ま、手伝ってくれるってんのなら感謝するぜ。さすがに、俺ひとりじゃ守り切れるかわからないからな」


「はい!」


「絶対に街への侵入を許すな。みんなで協力して、生き残るぞ」


 姉ちゃんの望みは、俺が町で平和に暮らすことだろう。けど、ここで戦わなければ、それも叶わなくなる。


「うおぁらあぁぁぁあぁッ!」


 魔物の群れに突っ込む俺。時間の動きを鈍化させ、次々と魔物を切り裂いていく。敵の攻撃を軽快に避け、剣を振り下ろす。ちなみに額のサークレットはグラビティオンと呼ばれる魔法道具。重力を操作し、俺の体重を軽くして高速移動を可能にしたり、剣を重くしたりして威力を上げることができるのだ。


「カルマ様に続くのですッ!」


 ルリたち召使いたちも魔物討伐を始める。俺の世話のために集められた連中なのに、屈強な魔物と互角以上に渡り合っている。


 しばらくすると、町の方から援軍がきてくれた。


「カルマ様が戦ってくださっているぞ!」「カルマ様を守れ!」「死なせるな!」「カルマ様になにかあったら、我々がフェミル様に殺されるぞ!」


 切実だ。どうやら、姉ちゃんたちは町の人たちに、俺の重要性を説いて回っていたようだ。まあ、士気も回復したし、とりあえず勝負にはなっている。


 ――しかし、状況はあまり良くない。


 現状、俺がハイパフォーマンスで戦っているからこそ、士気も高く優勢を維持していられる。だが、あと10分もしたら、魔力が切れる。魔法道具は消耗が激しい。そうなると、かなりの戦力低下になる。


 ――それを、悟られてはならない。敵にも味方にも。


「うおああぁぁらッ!」


 剣を振るう。時間剣ティクノタクスが俺の魔力を奪う。コールドライガーの氷のブレスが放たれる。法衣ミラーオーシャンが跳ね返す。さらに魔力が奪われる。


 ――まずいな。


           ☆


「はあ、はあ……さすがは剣聖と賢者……苦戦したのです……」


 どうも、フェミルです。


 剣を杖代わりに、ゆっくりと歩を進めます。満身創痍状態。服はボロボロ。マントは焦げ焦げ。けど、私は一生懸命クレアドールを目指します。


 ――カルマくんの様子を見に行く権利争奪戦。それは壮絶な戦いでした。アルバレス山岳中腹でのバトルロワイヤル。特にルールを設けなかったせいで、相手が動けなくなるまで戦う羽目になりました。


 実力からすれば、私が勝つのはわかっていたのですが、イシュタリオンもリーシェもそれを理解しているのか、ふたりがかりで私を狙ってきたのです。死ぬかと思いました。殺されるかと思いました。それでもなんとか撃退。


 彼女たちもカルマくんに会いたくてしかたがないのでしょう。なかなかギブアップをしなかったのです。結局最後は『カルマくんのことを思えば、いちばん強い人が、様子を見に行くのが理想ではないですか?』という説得によって、なんとか承諾してもらいました。


 ――待っててください、カルマくん。


 もうすぐお姉ちゃんが会いに行きます。新しい町での生活に慣れるまで、一緒にいてあげます。どのぐらいかかるかな? 一週間? 一ヶ月? いや、一年ぐらいかかるかもしれません。


 ……仕方がないです。こうなったら、勇者の肩書き返上して、イシュタリオンたちに魔王討伐を任せるしかないかもしれません。


 あ、やっとクレアドールの町が見えてきました。ようやく、カルマくんに会えます。けど、ちょっと気まずいです。リストラした手前、優しい言葉をかけるのもおかしいし……。


 うーん、どう考えてもツンデレな感じになっちゃいます。これ以上、カルマくんがお姉ちゃんに依存しないように、付かず離れずの関係を構築しないと――。


「あれ……?」


 町が騒がしいです。何かあったのでしょうか……?


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