第2話 姉ちゃんのせいで山が消滅しました

 一方その頃、フェミルたち勇者御一行は、クレアドールから少し離れたアルバレス山岳にいた。夜は更け、テントを張って焚き火を囲んでいる中、勇者フェミルは半泣きになりながら鶏肉を囓っていた。


「う……ううぅ……カルマくんのごはんが恋しい……」


 今日の夕食は野鳥の丸焼き。味付けは塩のみ。もし、ここにカルマがいたら、きっと胡椒や香草で絶妙な味付けにしただろう。隠し包丁によって火の通り加減を均一にし、柔らかくジューシーに仕上げてくれたハズだ。もしかしたら、果物を使って即席のオリジナルソースをつくってくれたかもしれない。


「なに泣いてんのよ! もう終わったことでしょ! あ、あんたがそんなんだと……あたしまで泣きたくなってきちゃうじゃない!」


 水晶のように透き通った蒼髪サイドテールの女性――賢者リーシェも、さっきまでは強がっていたのに、いつしか涙を滲ませていた。


「……仕方ないだろう。ここから先は、魔物もよりいっそう強くなる。カルマを傷つけたくないし、怖がらせるようなこともしたくない。我々のエゴで、彼を連れ回すのはさすがに憚る」


 銀髪ポニーテールの女性。姫騎士イシュタリオンが、奥歯を噛むように言った。


「……けど、あんな言い方はなかったのかもしれません」


 フェミルがつぶやくと、リーシェが首を左右に振った。


「ううん。厳しく言わなきゃダメ。カルマは優しいから……」


 カルマ追放計画を立案したのは、賢者リーシェだ。これからの旅は、より過酷になる。これ以上カルマを連れて行くのは、かわいそうだと判断。ならばと、過ごしやすいクレアドールで別れるのが賢明。


 中途半端なリストラではダメ。フェミルたちが嫌われるレベルで突き放さないと、カルマは強引についてきてしまう。だから、三人は心を鬼にして、カルマに戦力外通告をする。まさに、身を切る思いだった。


「世界が平和になったら……あいつは、我々を許してくれるかな……」


 姫騎士イシュタリオンが寂しそうにつぶやいた。


「ゆ、許してくれるわよ! あいつ、単純だし! 優しいし! 頭いいし……」


「そ、そうですよ! カルマくんは良い子です! ちゃんと事情を話せばわかってくれる子なのです! 世界を平和にしたあとで、みんなで一生懸命謝りましょう!」


 これは、フェミルたち三人で決めたこと。絶対に最後まで貫いてみせる。カルマのためにも、あえて悪辣で冷徹な姉を演じて見せなければならないのだ。


「カルマの奴……弱くはなかったわよね……」


 リーシェがポツリとこぼす。フェミルが肯定する。


「ええ。カルマくんは旅の中で成長していました。私たちが強すぎただけなのです……」


 カルマは一生懸命だった。フェミルたちが安心して旅が続けられるよう、常に最高の料理を振る舞ってくれた。洗濯も進んでやってくれた。雑用も文句を言わずやった。だから、あんな冷たい言葉を告げられるなんて思ってもいなかっただろう。


 フェミルの脳裏に、悲しむ弟の姿が過る。きっと、いまごろ食事も喉をとおらず、枕に顔を埋めてむせび泣いているのではないか。


「う……ううッ……やっぱり心配です! いまからでも遅くはありません! クレアドールに戻りましょう!」


 奮い立つフェミル。だが、イシュタリオンがそれを引き留める。


「落ち着け、フェミル! いまさら戻ってきてくれと言っても、もう遅いッ! カルマには、あの町で幸せに暮らしてもらわなければならないんだッ!」


「そうよ! なにを言い出すのよ! 寂しいのは、あんただけじゃないんだから!」


「でも――!」


 カルマのことが気になって集中できないフェミル。本当に幸せに暮らしているのだろうか。町の人たちに虐められていないだろうか。あの子は優しいから、家事炊事を手伝うとか言い出しているに違いない。調子に乗った召使いたちにこき使われているかもしれない。


「寂しいからではないです! 心配なんです! だって、もしかしたら、新しい町に馴染めず、体調を崩して風邪を引いてしまっているかもしれません! 町に慣れるまで、様子を見るべきだったのです!」


「か、風邪……だと……?」


「ちょ、ちょっと! 考えすぎよ! それに、私たちは魔王討伐の使命を背負っているのよ! あいつに時間をかけている暇はないわ! 合理的に考えなさい!」


「じゃあ、私だけ戻ります。ふたりは、引き続き魔剣デッドハートを探していてください」


 魔剣デッドハートとは、魔王を倒すのに必要な神器のひとつである。この山岳の先にあるジドー洞窟に存在すると言われている。当然、魔王軍も探していて、フェミルたちに足踏みをしている暇はなかった。


「いや、私が戻ろう。召使いを手配したのは私だ。環境管理は私の責任である」


「それならあたしが戻るわ。合理的に考えてみれば、あの宮殿には娯楽施設が足りなかった。プールとかもあった方がいいわね。急いで設計しなくちゃ」


「いけません。姉である私が戻ります。――これは、勇者フェミルの命令です」


 毅然と言い張るフェミル。だが、リーシェもイシュタリオンも譲らない。


「姉といっても血は繋がっていないのだろう」


「職権乱用反対。物事は合理的に決めるべきだわ。勇者であるあんたこそ、旅を続ける責任があるでしょ?」


「ほう……この勇者フェミルの提案に異を唱えると?」


 フェミルの額の紋章――勇者の証である精霊の紋章が光り輝いた。瞬間、彼女の身体から魔力が迸る。見えない圧が、リーシェたちの前髪をかきあげる。


「果たし合いで決着を付けるというのなら、一向に構わんぞ」


 剣の柄を掴み、ぶっ殺すぞと言わんばかりに睨みつけるイシュタリオン。ピンと空気が張り詰め、殺気が渦巻いた。


「合理的かもね。けど、死なないでよ? 私、手加減は苦手だから――」


 全身にパリパリと稲妻を纏うリーシェ。


 この日、戦いの余波でアルバレス山岳の五分の一が消し飛ぶのだった――。


          ☆


 翌日。俺は、天蓋付きのベッドで目を覚ました。いや、目を覚ましたというよりも、起こされた。


「カルマ様っ。おはようございます!」


「「「「「おはようございます」」」」」


 ベッドの傍らで優しく語りかけてくるルリ。その背後にはその他大勢のメイドや執事が控えていて、同じく頭を下げて朝の挨拶。なんで、こいつらパジャマの俺に傅いているのだろう。


「起こすとか、そういうのいらないから……自分で起きられるから……」


「はいっ! かしこまりました」


 元気よく、にこやかに了承するルリ。


「ご朝食はなにになさいますか?」


「ええと……そういうのも、自分でやるからさ……。適当にパンとか焼いて食べるよ」


「それはなりません! カルマ様の手をわずらわせることがあったら、イシュタリオン様にお叱りを受けてしまいますもの!」


「じゃ、じゃあ、サンドイッチで……」


「はい! ――みなさん、急いで御用意を――」


 ルリが言った瞬間、ローブを纏ったアサシンのような連中が一斉に散開する。


「……今の人たちなに?」


「カルマ様直属の暗部です」


 暗部。要するに暗殺部隊。俺と敵対する連中を、抹殺するために編成されたとかなんとか。しかし、この町では、彼らの役目はほとんどないので、現在は任務は調達だ。要するに『おつかい』を担っている。本日は、初めてのおつかいらしい。仕事をもらえて嬉しそうだった。


「さあ、カルマ様。お着替えしましょうね~」


 そう言って、ルリはベッドに身を乗り出して、俺のパジャマのボタンをはずそうとしてくる。


「ちょ! ひとりでできるからっ!」


「え……けど、これもメイドの仕事ですし……」


「いいから! っていうか、出て行ってくれっ!」


          ☆


 ルリたちを退出させて、ひとりで着替える。貴族のような服を用意されていたが、さすがにそんなの堅苦しくて嫌なので、着慣れたシャツとベストを纏う。


 食堂へ行くと、そこには大きなテーブルがあった。よく、王族とかがずらりと並ぶ長方形の長いテーブルだ。厳かな椅子に俺ひとりだけ着席すると、いかに長テーブルのスペースが無駄かがわかる。


 BGMは、美女のハープ。窓から差し込む光に照らされながら、朝に相応しい爽やかなメロディを奏でていた。


 食事はオーダーどおりにサンドイッチ。ハムサンドと卵サンド。使われているハムは、24ヶ月熟成させた超高級品。卵は希少な黄金幻鳥の産みたてのもの。俺の暗殺部隊(おつかい要員)が、この数十分の間に町で調達してきてくれた。


 そして、ブロッコリー満載のサラダと、絞りたてのミルク。ミルクの水位が下がると、ルリがすかさず注いでくれる。


「カルマ様。お味の方がいかがですか?」


「美味しすぎます……」


 朝食だけで、どれだけの費用がかかっているのだろうか。そもそも、この宮殿の建築費用だけで、数十億ゴールドはかかっているはずだ。姉ちゃんたちは、いったいどれほどの金を置いていったのだろうか。いくら金持ちとはいえ、度が過ぎている。まあ――。


 勇者フェミル→国王すら媚びる世界最高最強の英雄。


 姫騎士イシュタリオン→第三王女にして、カルトナ国の軍事最高責任者。剣聖。


 賢者リーシェ→クランクラン国の魔術研究所の最年少教授。魔法や発明品の特許多数。ベストセラー書籍も多数。


 というわけで、彼女たちはいざとなったら、国家予算から簡単に資金を引っ張ってこれたりするんだよなぁ……。


「カルマ様。もし、ご希望がございましたら、なんなりとお申し付けくださいね」


「あの……費用とか、大丈夫なの?」


「はい。フェミル様から、十分なお金を預かっております。それに、リーシェ様が町の会社をいくつか買収してくださったので、放っておいてもじゃんじゃんお金が入ってきますから」


 嬉しいし、ありがたいんだけど……こうしている間にも、姉ちゃんたちは魔王軍や魔物と戦っているわけで、俺だけこんな豊かな思いをしていて、いいんだろうか。


 ――いや、これがフェミル姉ちゃんたちの希望なのだ。


 俺が幸せに暮らすことで、安心して旅を続けることができる。リストラというのも、俺を気遣ってのことに違いないのだから。


「た、大変だーッ!」


 その時だった。突如として扉が勢いよく開き、庭師が慌てふためいて飛び込んできた。


「どうしました? 騒々しい! カルマ様がお食事なさっているのですよ!」


 ぷんすかと叱りつけるルリ。


「申し訳ございません! しかし 町に魔王軍がッ――」


「魔王軍……?」


 俺は表情に真剣味を帯びさせ、その言葉を繰り返した。ルリが、困惑した様子で聞き返す。


「ま、魔王軍……? こ、この町にも兵はいるじゃないですか! 自警団はなにをしているのですッ? ギルドのハンターもいるでしょう!」


「は、はい……ですが、相手は魔王軍の四天王レッドベリルで――」


「な……そ、そんな……」


 表情を青ざめさせるルリ。


 極炎のレッドベリル。その名前は、俺も聞いたことがある。魔王軍四天王のひとりである。真っ赤な肉体の人型の魔物――いわゆる魔族で、その業火は天を焼き、大地を干からびさせる。魔力だけなら、魔王にも匹敵するのではないかと言われている。


「な、なぜ……レッドベリルがこのような町に……」と、ルリが困惑する。


「わ、わかりません。も、もしかしたら、勇者様が滞在されていることが知られたのかも……」


「勇者様は、昨日出立されました! ここにはもういません、お引き取り願ってください!」


 客じゃないんだから、お引き取り願ったところで帰ってくれないだろう。


「し、しかし、ルリ様! レッドベリルの力は凄まじく……町の自警団たちも次々にやられてしまっています。このままでは降伏するのも時間の問題かと……」


「な、なんということ! ――カルマ様、どうかお逃げください! ここは、私たちがなんとかいたしますっ!」


「いやいや、俺だけ逃げるわけにはいかないだろ」


 俺だって、元勇者パーティのひとりだ。それに、姉ちゃんを狙ってきたのなら、弟である俺が責任を持ってなんとかしないとな。


「ルリ、俺の装備を持ってきてもらえるか?」


「え……? ま、まさか戦うおつもりですか?」


 まあ、さすがに相手が悪いかもしれない。レッドベリルというのは、魔王軍の幹部。異端中の異端だ。俺だってギルドの格付けではSランクだが、奴は俺が戦ったどの魔物よりも強いだろう――。


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