第30話 もうリストラなんてしないなんて、言わないよ絶対

 その頃。魔王討伐の報せを受けた人間界では、大変なことになっていた。世界が平和になったと勘違いした国々が、我先にと時代の布石を打とうとしていた。


 フェミルとカルマの故郷。ジスタニア国。

 城門から、5万の軍勢が出陣する。先頭にいるのは国王のガルフォルド。戦の装備を身に纏い、兵士たちを鼓舞する。


「時はきたッ! 魔王ヘルデウスは滅び、世界は魔族の脅威から解放されたのである!」


「「「「「おおおおおおおッ!」」」」


 魔王が死んで、近隣の魔物が弱体化した。同時に、砦や関所、森に潜伏していた魔王軍の連中も撤退。魔王討伐の任が完了したことを実感し、確信も得ていた。


 ――だが、魔界のこともゲートのことも彼は知らない。ガルフォルドは聡明な国王だが、勇み足で次の一手を打ってしまう。


「ジスタニアの民よ! これで平和になったと思うかッ? 否ッ! 我々には脅威が残されている! 先日も、悪辣なカルトナが挙兵し、各国を攻めんとした! 魔族が消え、人間の世となった今こそ、ジスタニアが世界を統一し、真の平和を手に入れねばならぬッ!」


 魔王討伐・即挙兵。

 これは、ガルフォルドが前々から予定していたことだ。現在、各国は魔王軍との交戦によって疲弊している。もちろん、ジスタニアも同じだったのだが、守りに徹して消耗を最小限に抑えていた。


 今こそ、最大の好機。


 まずはカルトナだ。噂によると、謎の民族大移動が起こって、兵どころか民すらも残っていないという。眉唾ではあるが、真実ならば好機である。


「ジスタニアの勇敢な兵たちよッ! これよりカルトナへ向かう! 世界を統一する時がきたのだ!」


          ☆


 リーシェの故郷。クランクラン。


「陛下。ジスタニアが動き出したようでございます」


「ふむ……そうか。我らも動くとするかのう。……大臣、わしの装備はあるか?」


 クランクランの王、ゲミオンは玉座から重い腰を上げる。


「まさか、陛下自ら出陣するおつもりですか?」


「当然じゃ……これはおそらく、わしの最後の仕事となるじゃろう……」


 ゲミオンは齢76。若い頃は勇敢な王として、数多の戦場を駆け抜けてきた。世界統一など不可能な歳になったと、野心を諦めていた。だが――。


 ――最後に覇を唱えられる。


 魔王のおかげで、そのチャンスが訪れた。ガルフォルドから、各国へ援軍要請の手紙。カルトナを滅ぼすと言っている。応じたフリをし、機を見てジスタニアもカルトナも手中に収める。


「やるぞ、大臣。ガルフォルドが疲弊した時がチャンスじゃ……」


「しかし、疲弊しますかな……噂によると、カルトナの兵力は10に届くかどうかといったところとの報告が……」


「10万か……さすがに揃えてくるのぅ」


「いえ……10……人です……」


「なんじゃ、そのふざけた数字は……」


「なんでも、民が大量のリストラに遭ったとか、あるいは女王がリストラされたとか…………」


「嘘に決まっておるだろう。ククレも策士よの。ガルフォルドを動かすために、適当な噂を流したのじゃ」


「なるほど、そういうことでしたか!」


「うむ。いまこそ、クランクランが世界を治める時じゃ」


         ☆


 ――やっぱ強えわ、うちの姉ちゃんたちは。


 魔王城跡。ゲートから向かってくる魔界の魔物たちと激戦を繰り広げた俺たち。おそらく1000はいたと思う。俺も結構本気で戦ったけど、十数匹ぐらいしか倒せていなかった。


 これは俺が弱いわけではない。なんだかんだいって、姉ちゃんもイシュタリオンさんも凄すぎるのだ。おかげで、俺の出る幕の少ないこと。


「す、凄え……」と、瓦礫の陰から感嘆の言葉をこぼすモヒカンたち。


「ようやく、終わりましたね。カルマくん、怪我はないですか?」


「ああ」


 周囲の竜巻結界を消滅させる姉ちゃん。


「カルマ。私は活躍できたよな? がんばっていたよな? 褒めてくれ」


「はいはい。偉い偉い」


 イシュタリオンさんの頭を撫でてやる俺。彼女は「んふふ」と、嬉しそうだった。


 ゲートは役目を終えたのか、次第に小さくなっていった。歪みのような若干残っているが、しばらくの脅威は去ったようだ。


「フェミル。これからどうする?」


 イシュタリオンさんが尋ねる。


「そうですね。とりあえず、リーシェの捜索を再開しましょう」


「ならば、クレアドールから人員を派遣させるか」


「ジスタニアにも連絡を入れた方がいいんじゃないか?」と、俺も提案する。


 魔王を討伐したことは伝わっているはずだ。しかし、魔界のゲートという問題が残っている。再び開くかもしれないし、浮かれている場合じゃない。


 今後のことを話していると、一羽の鳥がやってくる。レターバードと呼ばれる連絡用の鳥だ。イシュタリオンさんの肩にとまる。


「おや?」


 脚部に付いている筒から手紙を抜き出すイシュタリオンさん。


「ふむ……? ……そ、そんな……」


「どうかしましたか、イシュタリオン」


「クレアドールのフレアからだ……。……戦争が始まろうとしている」


 手紙を読んだところ、世界戦争が始まろうとしているらしい。各国が軍隊を動かし、世界統一へ向けて戦を仕掛けようとしているそうだ。


 クレアドールは大混乱。あの町は、世界中から人が集まっている。町の中で分断が起こり、中には祖国を助けんと帰国する者も現れた。


 フレアさんも兵をまとめてカルトナに帰るか思案しているとのこと。


「な、なんでそんなことになるのですか! これでは、なんのために魔王を倒したのかわかりません!」


「倒したのはリーシェだけどな」


「カルマくん、ど、どうしましょう……」


 目下のところ、衰弱したカルトナを奪わんと各国が動いている。最初の戦場はそこだ。


「急いで戻ろうぜ。止められるのは俺たちしかいない」


「はい!」


「そうだな」


 すでに運命の歯車は回り始めている。抑止力がなければ、世界戦争の道へと進むことになる。


 ――しかし、その時だった。魔物の残党が押し寄せるように現れる。三百ぐらいか。


「な、なんということだ……まさか、本当に魔王城が落とされているとは……」


 馬に跨がる金髪碧眼の男。どうやら魔族のようだ。怒りを滲ませると、首元からズズと黒い入れ墨が這い上がってくる。この群れのリーダーらしい。


「おまえらが……やったのか?」


「まだいたのか」


 身構えるイシュタリオンさん。すると、金髪碧眼の魔族が彼女をキッと睨む。そして槍を振るった。真空の渦が、彼女を貫かんばかりに放たれる。イシュタリオンさんは剣を振るって、それを霧散させた。


 姉ちゃんが動いた。だが、その時、俺は時間剣ティクノタクスの力を発動させる。


 姉ちゃんの動きを鈍くしているうちに、俺は魔族の男に斬りかかった。槍で防がれるも、馬上から突き落とすことに成功させる。


「姉ちゃん、ここは俺に任せろ……」


 驚いた姉ちゃんが、困ったように声を飛ばした。


「な、なにを言ってるんですか、カルマ君! 危ないですよ」


「あいつらの相手は俺がやる。姉ちゃんたちは、急いでカルトナに向かってくれ」


「で、できるわけがないだろう! よ、よし! カルマは私が守る! フェミルだけ先に――」


 俺らが言葉を交錯させていると、金髪碧眼の魔族が名乗りを挙げる。


「なにをゴチャゴチャ言っているッ! 我が名はヘルデウス様の一番弟子バジレウス! 許さんぞ! 人間共がッ! 皆殺しだ……」


 ――強いな。おそらくレッドベリルと同等か、それ以上だ。


 世界に散らばっていた魔王軍の幹部の1人だろう。落城の報せを受けて、戻ってきたに違いない。


「俺を足手纏いにしないでくれ。俺だって戦えるんだ」


「そ、そんなつもりはないぞ、私たちは――」


「だったら、行ってくれ。世界を救ってくれ。すぐに片付けて、あとを追うからさ」


 剣を構えると、リーシェの配下たちも次々に口を開く。


「大丈夫ですよ。俺たちがカルマさんを守ります」「絶対に死なせやしませんよ」

「グレイトマムのために、この命尽きるまで、カルマさんを守ります」


 イシュタリオンさんが、姉ちゃんの方にポンと手を置いた。


「フェミル……どうやら、ここはカルマに任せた方がいいようだ」


「は……はい……」


 理解してくれたようだ。


「けど、カルマくん。絶対に死んじゃダメですよ? いざというときは、モヒカンの人たちを囮にして逃げてくるんですよ?」


「わかってる。その代わり、次に会う時には撤回してくれよな。リストラして、ごめんなさいって」


「許してくれますか? 『もう遅いッ!』とか言って、怒ったりしませんか?」


「最初から怒ってないよ。ほら、行けよ――」

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