第20話 放浪軍

 ――今日、この村は終焉を迎える――。


 ランシア村の村長は、そう確信していた。


 思えば、長く続いた方だと思った。魔王軍の侵攻は凄まじく、いつ魔物に食い殺されてもおかしくなかった。


 ランシアの村は、恐怖バスタールを失ったが、同時に英雄きぼうも失う。


「勇者リーシェ様ッ! ももも、もうしわけございませんでしたッ!」


 廃墟となった教会に、村人たちが集まっていた。全員が跪くようにしてリーシェに謝罪する。


「わ、我々はバスタールに脅されてやっていたことッ! もし、歯向かえば皆殺しにされておりましたッ! どうかお許しを……」


 村長が代表して懇願する。だが、勇者リーシェは興味がなさそうだった。


「ふん……いいわよ。別に、あんたたちが敵だとも思ってないし、責任が取れるとも思ってないし」


 勇者様にお許しをいただき、安堵する村長。だが、ここからが地獄の交渉だと思った。


「じゃ、私は旅を続けるわね。一刻も早く、魔界のゲートとやら封印しないといけないらしいから」


「あ、あの……お待ちくだされ、リーシェ様……」


「なに?」と、素っ気ない態度で聞き返すリーシェ。軽蔑するのも無理はない。彼女からの信頼は0に等しい。


「無理を承知でお願い致します……どうか、この村に残り、我らを御守りくだされ……」


 リーシェが旅立った瞬間、村は魔物の脅威にさらされる。この辺りの魔物は凄まじく強く、一瞬で皆殺しにされるだろう。現状、村人の命はリーシェに懸かっていると言っても過言ではなかった。


 重大な使命があることはわかっている。けど、だからといって死を受け入れられるほど、村長たちは達観していない。


 村長が懇願すると、村人たちも悲痛な声を上げた。だが――。


「知らん」と、一蹴なさるリーシェ様。


 しかし、どんなに軽蔑されようが、筋違いだろうが、全力の泣き脅しによって籠絡してみせるッ!


「おお……そ、そんな……この村には老い先短い老人が大勢――」


「死ね」


「かよわい女子供も、はらわたを引き千切られて、魔物の餌に……」


「死ね」


 村長は、指揮者のように腕を動かし合図を送る。そして「せーの」という言葉に合わせて、子供たちが大合唱。


「「「「「「わーん、怖いよ!」」」」」」


「死ね」


 なんという冷徹女。

 こいつは勇者ではないのか!


「リーシェ様は、我々がどうなってもいいと――」


「死ね」


「あ、後味が悪くありま――」


「死ね」


 マズい。彼女が、これほどまでに怒っているとは思わなかった。というか非情にもほどがある。


「勇者様の経歴に傷が――」


「死ね」


 目が怖い。バスタールを葬った時よりも殺意に満ちている。このままだと『死ね』ではなく『殺すぞ』に変わってしまうのではないか。


 ――はっ!

 もしや、リーシェ様は、我らがまだ魔王軍の手先だと思っているのではないか? 脅されていたとはいえ、バスタールに加担していたのは事実なのだから。


「ご安心くだされ。命惜しさにお願いしておるのです! もし、この村を守ってくださるのであれば、衣食住には不自由させません! 二度とリーシェ様を裏切るようなマネは致しませぬ!」


「殺すぞ」


 そう吐き捨てると、リーシェは踵を返して歩き出した。


「ど、どこへ……?」

「わ、我々はどうすれば……」

「死んでもいいって言うのかよ!」

「ご無体な!」

「助けてください!」

「このアバズレが!」

「なにが勇者だ!」

「死ね、クソアマ!」


「み、みなの者、や、やめよ!」


 さすがに罵声はヤバい。魔物に滅ぼされる前に、リーシェに殺されてしまう。


 諫める村長。そして、リーシェに向かって最後のお願いをする。


「リーシェ様……どうか……どうか、御慈悲を――――」


 そんな縋るような言葉を遮って、彼女はポツリとつぶやいた。


「……そんなに死にたくないの?」


「は、はいッ!」


「なんでもする?」


「もちろんでございます!」


 すると、リーシェは深い溜息をついた。


「――だったら、剣を取って戦え」


「は……?」


「身体、動くんでしょ。だったら、戦いなさい」


「そ、そんな、村の中には、老人も女子供も――」


「老人も女子供も戦いなさい」


「ぶ、武器なんてものは――」


「つくりなさい。ないなら、素手で戦いなさい」


「し、死んでしまいます……」


「死ね。死にたくなければ戦え。――選ぶのはあんたたち。あたしは一切守る気はない」


「ふ、ふざけ――」


「ふざけてなんかない。――明朝まで待つ。覚悟のある者だけ、あたしのところにきなさい」


 ――残酷な選択だった――。


 村に残って魔物に殺されるか。あるいは、リーシェに付き従い、戦って死ぬか。村長に、それを選ぶだけの決断力などあるわけがない。


 けど、ひとりの若い青年が『どうせ死ぬなら、魔王に一矢報いたい』と言い出した。惹かれるように、屈強な若者たちが旅に出る決断をする。


 弱き者は嘆いた。ただ、この場に留まるよりも、せめて強き者と一緒に行動した方が、長く生きられるのではないかと思うようになった。


 村人たちは決断する。

 勇者リーシェと共に逝くと。


「――念を押しておくけど、あたしはあんたたちを守る気は一切ない。自分の身も、愛するものの命もあなた自身が守るのよ。――希望は捨てなくていい。ただ、甘い考えは捨てなさい――」


 ランシア村から、リーシェ放浪軍が出立する。



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