第21話 姫騎士様は悩みがいっぱい

 ――軍事国家カルトナ。


 イシュタリオンの祖国だ。

 この国の子供は義務教育を終えたあと、軍事学校か士官学校で二年間過ごす義務がある。


 卒業後は、予備軍人として登録(普通の生活をしてもいいけど、緊急時には手伝ってね、という契約)される。そこに男女差はない。つまり、国民総軍人。


 この度、イシュタリオンの知らぬところで、壮大な謀が企てられていた。


「ほう、今度はアークルードを討ち取ったか」


 カルトナの女王――ククレ・カルトナ4世は、大臣からの報告を受け、楽しげに微笑んだ。


「はっ。どういうわけか、リオン姫(イシュタリオンのこと)たちは戦力を分散させて、魔王軍を各個撃破しているようでして」


「理解に苦しむ。――が、まあ、好都合じゃ」


 くふふ、と、笑うククレ。


 ――この時を待っていた。


 魔王軍との戦争が終息に向かう頃には、どこの国も消耗している。その時こそ、カルトナが世界に覇を唱える。無論、魔王に与するというわけではない。魔王亡き後の世界を考えてのことだ。


 ――この世界は弱すぎる。


 カルトナのように、常に強敵を想定して国を創らねばならない。なのに、どこも経済だの繁栄だの平和だのばかりを提唱している。結果がこの有様。弱い国は統一され、強い国が管理するべきなのだ。


「リオンも、たまには役に立つようじゃ。各国の軍をクレアドールに収集してくれた。どこもかしこも手薄になっておるじゃろう。今が好機である」


 この企てを、イシュタリオンは知らない。だが、結果的に彼女のおかげで、ククレの計画はよりいっそう現実味を帯びてくる。


「では――」


 大臣の髭面がニタリとゆがむ。


「うむ。まずは、ブラフシュヴァリエに侵攻する。軍を向かわせよ。間もなく魔王との戦いが終わる。その前に、世界を我が手中に収める!」


 この日。イシュタリオンの祖国から、凄まじい数の軍が出撃するのであった。


          ☆


 イシュタリオン・カルトナ。

 カルトナ女王の三女。王位継承権三位。王族が軍部を掌握するために、軍人の道を選ばされた。


 その選択は、カルトナ国にとって正解だった。イシュタリオンはめきめきと頭角を現し、過去に例を見ない実力と頭脳を身につけた。卒業後も軍部で活躍を続け、最年少で最高司令官という立場となる。


 頭脳、剣術、魔法、カリスマ性のすべてに優れ、国民の9割が彼女のファンクラブに入会しているという始末。


 王族貴族は、軍人に成り下がった哀れな姫と、見下しているかもしれないが、カルトナに選挙というものがあったのなら、女王は間違いなくイシュタリオンになっていただろう。


 そんな彼女が、一世一代の壁にぶち当たっている。


「……不覚……ッ……」


 白装束に身を包み、滝に打たれるイシュタリオン。布は透け、下着のような水着が輪郭をあらわにしていた。


 ちなみに、滝と言っても大浴場の滝である。サウナ後のための、キンキンに冷えた水が、5メートルほどの高さから流れ落ちていた。


「イシュタリオン様……もう一時間にもなります。このままでは、風邪を引いてしまいますよ……」


 心配そうに声をかけてくれるのはルリだった。メイドの格好のまま、彼女はずっと見守ってくれていた。


「そんな軟弱な身体ではない――」と、反論するイシュタリオン。


 ――くそッ! 煩悩が消えぬ! 


 失態に次ぐ失態。いつになれば、自分はカルマを捨てることができるのだ! そもそもカルマが愛おしすぎるのが悪い! いや、かわいいは正義だ。責めることはできまい。


 彼は、我々のために、健気に実力をつけてきた。自分のできることはなにかと、炊事洗濯をがんばってくれた。優しい言葉もかけてくれる。励ましてくれる。街に到着すれば、宿屋の手配も、道具の調達もしてくれる。風邪を引いた時は眠らずに看病してくれる。実力不足を補って、あまりある愛を彼は与えてくれた。


 そして今も、イシュタリオンたちと別れる悲しみを押し殺して、どうしたら快く旅を再開できるかを考えてくれている。


 ――我々は、彼をリストラし、酷い言葉を浴びせたというのに!


 姫騎士イシュタリオンは、カルトナの才の粋である。知恵と武力にて、ありとあらゆる困難を乗り越えてきた。考えろ。考えるんだ。必ず、旅を続ける方法があるはずだ。


 弱さは受け入れろ。

 未熟さも受け入れろ。

 理想も幻想もいらぬ。


 成すべきは旅を続けること――。


 旅を――続ける――はッ?


 その時だった。イシュタリオンの両目が開かれる。瞬間、闘気が爆発。滝が弾けるように逆流した。そして、周囲に雨のように降り注ぐ。濡れるルリ。されど、彼女は微動だにしなかった。


「……ととのった」


 ジャブジャブと、冷水から出るイシュタリオン。


「ようやく理解したぞ。我々の道が――」


 白装束を脱ぎ捨て、そうつぶやくのだった。


          ☆


 翌日。俺は、街道沿いに伸びる『壁』を眺めながら問いかけた。


「……今度は、なにを思いついたんですか、イシュタリオンさん」


「道の整備だ。……我々は心の弱さを受け入れるべきだったのだよ」


「心の弱さ? それと『道』が関係しているのですか?」


「カルマも薄々感づいていると思うが……私たちは、おまえから離れられない」


 だから、道をつくることにした。


 ――町と目的地を結ぶ道を。


 現在地から、次に向かう予定のバーニッシュ村へと『整備された道』で繋ぐのだ。両サイドを石造りの壁に守られた道は、旅の安全を保証する。そして、ところどころに関所や監視塔。詰め所も点在させる。


「共に旅をする。カルマも守る。両方やらなくっちゃあならないのが姫騎士のつらいところだな。旅に出る覚悟はいいか? 私はできてる」


 クレアドールに俺を置いていくのはあきらめたらしい。その代わり、行く先々を安全な環境に整えて、俺を連れて行くという本末転倒の作戦に切り替えたようだ。


 現在、暇を持て余した10万の兵たちが、必死になって道を構築。それらの道は両サイドに高い壁が揃えられている。


 要するに、この道を進んでいる限り、ほぼほぼ魔物からの脅威を退けられるのである。


 もちろん、そんな大規模な『道』と『道を守る壁』の工事は、簡単ではない。


 だが10万だ。それだけの数が総動員されたら、それはもう凄まじいスピードで工事は進む。二、三日のうちにトラベルロードが完成するだろう。


 もちろん、工事には危険が伴う。魔物が蔓延る荒野や草原で、仕事をするのだから。


 しかし、そこは勇者御一行。姉ちゃんが「とりゃー」と、屈強な魔物を退けており、工事は滞りなく進んでいた。


 そもそも、10万の兵ともなれば、野生の魔物ぐらいではどうにもできない。四天王クラスが攻めてこない限り大丈夫である。


「……道、つくるぐらいなら、このまま部隊ごと移動するってのはどうなんすか?」


 10万の兵が蛇のようにならんで作業しているのである。余裕綽々で、次の村にいけると思うのですが――。


「これは、私たちのわがままであってはならない。ゆえに、経済と直結させる必要があった」


 クレアドールからバーニッシュ村までの道を整備すれば、旅人や商人が移動しやすくなる。現時点でクレアドールは、世界有数の経済都市。往来をしやすくすれば、心臓から身体の末梢にまで血液を送り込むが如く、すべてが潤っていく。


 アホなのは事実だ。けど、天才なのも事実。この町はバブルともいわれる経済成長が始まっている。人々は高賃金で働けるし、美味いモノも集まってきた。人だって増えてきた。治安もいい。この町のように発展しまくれば、マジで超安心安定の世界になる。


「た、大変だーッ!」


 その時だった。馬に乗った兵士が駆けてくる。彼は、手に持っていたビラをまき散らしながら、さらに叫んだ。


「戦争が始まるぞーッ!」


 当然、作業は中断。俺たちは、人間の醜さを目の当たりにするのだった――。


          ☆


 ――カルトナ乱心!


 新聞にはそう書かれていた。


 イシュタリオンの故郷、カルトナから凄まじい数の兵が出陣。現在、ブラフシュヴァリエに進行中とのこと。魔王の脅威のせいで、各国は協力関係にあった。それをカルトナが壊した。


 たしかに、各国は魔王軍への対処で疲弊している。侵略戦争を仕掛けるには良いタイミングだ。一気に覇権を握るつもりなのだろう。


 クレアドールは大混乱。なにせ、世界各国から兵を派遣してもらっているのだ。


 カルトナ兵は、建設中の砦を拠点にして籠城。それをブラフシュヴァリエの兵たちが包囲する。


 他の国も混乱しているらしく、それぞれ町の区画を拠点化。一触即発の睨み合い状態となった。もちろん、工事は完全に中止だ。


 俺たちは、すぐさま宮殿へと戻り、各国の将軍たちを招集する。


 場所は謁見の間。……ん? 謁見の間? この町には、王などいないはずなのに、いつの間にか謁見の間などという謎施設が完成していた。


 玉座に座るのはイシュタリオンさん。渦中のカルトナの王族様である。俺や姉ちゃん、ルリやフォルカスは、家臣のように傍らで佇んでいた。


「イシュタリオン殿ッ! これはどういうことか説明してもらおうかッ! なぜ、あなたの祖国は戦争を仕掛けたッ? 我らを集結させたのは、この企てがあったからかッ?」


 ブラフシュヴァリエの将軍が、唾を飛ばしながら問い詰める。


「我々も聞いておりませんッ! 姫様、ご説明ください!」


 カルトナの将軍も狼狽気味に質問する。


「返答次第では、我々ジスタニア軍はブラフシュヴァリエに加勢させていただく」


 ジスタニアの将軍も怒り心頭だ。

 でも、なんでイシュタリオンさんは、玉座で頬杖をついているのだろう。なぜ、尊大に足を組んで、ふんぞり返っているのだろう。


「黙るがいい」


「黙ってなどいられるか! 開き直るというのであれば、直ちに包囲中のカルトナ兵を皆殺しにし、故郷へと引き返させていただく――!」


「黙れと言っているだろう」


 イシュタリオンさんが、瞳を紅く光らせる。


「ぬぐッ!」


 気圧されるブラフシュヴァリエの将軍。


「……姫、このことは知っておったのですか?」


 カルトナの将軍が訪ねる。


「……知らなかった。――が、予想はしていた」


「よ、予想だとッ?」


「クレアドールに戦力を集めるよう陳情した際、軍事国家であるはずの祖国が随分とケチな采配をした――」


 たしかに、カルトナから派遣された兵は、他の国に比べると少ない。


「ともすれば……ああ、また母上がよからぬことを考えているのだろうとは思うさ。これでも王族にして、軍の最高司令官なのだ。察するよ」


「な、ならばこれは――」


「黙れと言っただろう。……安心しろ。このイシュタリオン。すでに手は打ってある」


 口論の最中、謁見の間の扉がズガンと勢いよく開いた。


「ご報告致しますッ!」と、猪の如く入ってくる兵士。


「どうしたッ!」と、苛立ちをぶつけるように問い返すブラフシュヴァリエの将軍。


「続報でございますッ! カ、カルトナ軍が撤退しましたッ!」


「な……ど、どういうことだ……? 我が軍が勝利したというのか……?」


「そ、それが……その……」


 イシュタリオンが「ふっ」と、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる。


「い、いしゅたりおん……殿……?」


「言っただろう。すでに手は打ってある、と――」

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