第6話 ここはおまえに任せて、私は先に行く

 町から出て行ったと思ったら、また戻ってきた俺の姉ちゃん。本人曰く、レッドベリルを討伐してきたらしい。たぶん本当。東の森が轟々と燃えさかっている。町の魔法使いたちが、消火に向かってくれた。


「まったく……なんというていたらくですか」


 宮殿の医務室。治療中の俺の前で、ぷんすかと怒っているフェミル姉ちゃん。うん、面目ない。俺は、姉ちゃんたちに心配かけないよう、ぬくぬくと暮らさなくちゃいけないのに、迷惑をかけてしまった。


「ごめん。……俺ってやっぱりお荷物だよな……」


「そ、そんなことはありま――い、いえ、そうなのです! カルマくんはお荷物で、足手纏いなのです。せっかく、住むところも生活費も十分用意してあげたというのに、こんなことになっているなんて……まあ、イシュタリオンの用意したこの人たちが、頼りなかったということもありますけど……」


「「「「「「「「もうしわけございませんでした!」」」」」」」」


 俺のベッドの周囲で、ルリを始めとした召使い一同が深々と頭を下げる。顔面蒼白。ちょっとかわいそう。というか、凄くかわいそう。彼女たちもイシュタリオンさんも悪くないもんな。レッドベリルが、すべての元凶なわけだし。


「けど、姉ちゃんは、なんで戻ってきたんだ?」


「え、えっとそれは……まあ、一応、元仲間なわけですし、弟なわけですし、ちゃんと生活できているのかを確認しにきました。これも、お姉ちゃんとしての務めですね。――で、なにか不自由はありませんか? ……とりあえず、召使いは別の人を雇った方が良さそうですが……」


 軽蔑のジト目を向けられ、震え上がる召使い一同。


「いやいやいや! みんなめちゃくちゃ優秀だよ!? ルリたちがいなかったら、それこそ町が滅んでいたし!」


「しかし、カルマくんを率先して戦わせるような人ですよ?」


「仕方ないだろ! 緊急事態だったんだから!」


「……ふむ。そうですか。まあ、カルマくんがそこまで言うなら許してあげます。けど、この件はイシュタリオンに報告させていただきますからね」


 しゅんとなってしまうルリたち。相手が四天王じゃ、どうしようもねえよ。


「しかし、どちらにしろ調整が必要のようですね」


「調整?」


「はい……足手纏いでお荷物のカルマくんは、リストラされることすらできないぐらいダメダメなのです」


 リストラされることすらできないってどういうことだよ。っていうか、それって姉ちゃんが過保護だからじゃないのか?


「なので、しばらく滞在して、カルマくんが安心して暮らせるような状況をつくらないといけないようですね。このままじゃ、集中して旅を続けられません」


「は? ダメだろ! 姉ちゃんたちは、魔王を倒すっていう使命があるじゃないか!」


「黙るのです! そもそも、カルマくんがちゃんと暮らしていないのが悪いのです!」


 なんて理不尽な。そもそも、俺をリストラしたのは姉ちゃんの方じゃないか。


「まずは、腕っこきの傭兵を雇う必要があるようですね。ルリちゃん、募集を懸けてください」


「はいっ、かしこまりましたっ!」


 うーん。嬉しいんだけどさ。それだったら、もういっそのことリストラを撤回したらいいんじゃないかな。この町にいるよりも、姉ちゃんと一緒にいた方が安全だと思うんだけどなぁ。


          ☆


 ジドー洞窟。それは十数kmにも及ぶ長い長いダンジョンである。いにしえよりの伝承では、魔剣デッドハートを神が隠すためにつくったといわれている。


「ここが洞窟の入り口か……」


 イシュタリオンが、鬱蒼とした洞窟を覗き込みながらつぶやいた。


「生きて帰った人間はいないらしいわ」と、リーシェも慎重に言葉を落とす。


「引き返すなら今のうちだぞ」


「冗談でしょ? せっかくここまできたのよ。とっとと、魔剣を見つけて、魔王を倒してカル……国に帰るんだから」


 勇者フェミルが離脱したあと、リーシェとイシュタリオンは旅を続けた。カルマのことは気になるが、これも使命である。というかルールである。あの日、アルバレス山岳で勇者フェミルとの死闘の結果、リーシェたちは負けたのだから。


 貧乏くじを引かされた感はあるが、カルマが安全に暮らすためにも、この苦労は必要なものだとリーシェは思った。クレアドールの環境が整えば、フェミルも戻ってくるだろう。


「フェミルがいないのは寂しいがな」


「別に、フェミルがいなくたって変わらないわよ。なんだったら、私ひとりで魔剣を取りに行ってもいいぐらいだわ。そしたら、あなたは聖剣ライフバーンの探索に向かえるしね。ふふ、合理的だわ」


 得意顔で告げるリーシェ。ふと、その時、鳥がイシュタリオンの肩に止まった。


「おや? これは……レターバード……?」


 届けたい人物に手紙を運んでくれる連絡用の鳥。イシュタリオンは、脚部に突いている筒から手紙を取り出し、視線を落とす。


「ふむ……む……? こ、これは……なんということだ……」


「どうしたの?」


「……四天王レッドベリルが、クレアドールに出現したらしい」


「なッ――」


「いや、大丈夫だ。すでにフェミルが討伐したのだが――」


 タイミング良くフェミルが駆けつけたおかげで、大事には至らなかったようだ。リーシェは、ほっと胸をなで下ろす。経緯はともあれ、フェミルを向かわせて良かった。カルマも無事なようだし。


「フェミルは怒っているようだな……。私の手配した召使いが不甲斐ないせいだ……」


 手紙にはクレームの嵐。申し訳なさそうな表情を浮かべるイシュタリオン。


「仕方ないわよ。急な話だったもの。ま、カルマが無事だったのなら、それでいいじゃない」


「良くない!」


 イシュタリオンの一喝に、リーシェは身体をビクつかせる。


「これは……私の責任だ……人選に不備があった……もし、フェミルが駆けつけてなかったら、カルマが危険な目に遭っていたかもしれない。最悪、死――」


「そ、そんな……」


 考えたくはない。けど、たしかにそういう未来もあったかもしれない。


「けど、とりあえず、フェミルが合流したことだし、私たちは魔剣を――」


「――リーシェ。ここは任せた」


「……はい?」


 なにを言っているのだろうこのお姉さんは。冗談だよね? 冗談ですよね?


「……冗談よね?」


「冗談ではない! これは私の失態である! 私は、急ぎ召使いを再編成してくる! すまないが、洞窟探索は頼んだ。さっき、言ったよな? ひとりでも十分だと」


「それは言葉のアヤよ! 生きて帰った奴がいない洞窟なのよ? ひとりで大丈夫なわけないじゃない!」


「いいや、大丈夫だ!」


「大丈夫じゃないって言ってるでしょうが!」


 強く言い放つが、イシュタリオンは聞いていない。彼女は正気だろうか。とにもかくのも、彼女の頭の中にはカルマのことしかないようだ。


「というわけで、私はクレアドールに戻る。あとのことは頼んだぞ!」


「あ、ちょっとッ! ふざけるなぁあぁぁぁッ!」


 リーシェの呼びかけもむなしく、イシュタリオンは勢いよく駆け出すのであった。

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