第14話 大改革れぼりうしょん

 数日後。

 その日。俺が起きた時には、フェミル姉ちゃんもイシュタリオンさんもいなかった。


「ルリ、姉ちゃんたちはどこへ?」


「部屋にはいらっしゃらないようです。朝から誰も見ていないそうで……捜索隊を出しますか?」


「いや、いいよ」


 うーん? なにを企んでいるのだろう。いつもなら、買い物に行くにも俺にべったりだった。朝食を食べる時も一緒だった。ここ何日か、様子がおかしいし……良い兆候だと思いたい。うん、きっと心を入れ替えて、旅の準備を始めたんだ。


 これなら、フォルカスに記憶を消してもらわなくても、安心して見送ることができるかもしれない。


 ――と、思った俺が浅はかだった。


 昼になると、まずイシュタリオンさんが戻ってきた。凄まじい数の軍隊を引き連れている。その数、なんと10万。町の中央通りを進軍して宮殿の庭に入ってきたのである。三階のバルコニーから眺めていた俺は、他国の侵略かと勘違いしたぐらいだ。それぐらい荘厳。軍隊は庭へと綺麗に整列。明らかに素人の動きではない。俺が硬直していると、イシュタリオンさんが跳躍するように上がってきて説明してくれる。


「ふははは! どうだ! 凄いだろう、カルマ!」


「こ、これは……?」


「ジスタニアから2万。ブラフシュヴァリエから2万5千。エシリアから1万。カルトナ5千。その他近隣諸国から4万! これだけではないぞ! 各関所に兵を配置。港にも軍艦を配備したのだ!」


 なんということでしょう。イシュタリオンさんは俺を守るだけでなく、この地域一帯を完全に守護することにしたのです。


「町を囲むように城壁も建築させるつもりだ」


「じょ、城壁……ですか?」


「城郭都市という奴だな。数日のうちには完成する。これだけの兵が暇を持て余しているのだ。労働力は十分確保できている」


「ど、どうやって、これだけの戦力を――」


「各国に文を送ったのだ。このクレアドールの町が、いかに重要なのかをな」


 中立都市でありながら、貿易の盛んなクレアドールの町は、多くの国の経済が絡んでいる重要拠点だ。ここの防衛強化をイシュタリオンは各国に進言した。


 クレアドールを滅ぼされたら、世界経済に大きな痛手になる。同時に、魔王軍の拠点にされることで、各国への侵略の足がかりにされてしまうことを懸念した。


 事実、各国の文官、学者が見直してみたところ、人間界をひとつの国と仮定した場合、このクレアドールは重要な拠点となり得る。イシュタリオンの進言が凄まじく正当であると判断し、軍隊の派遣を快諾した。


 また、国王連中にとっても喜ばしきことだった。魔王軍という外敵が存在している最中、各国との交流も必要だと考えていた。だが、過去に戦争していたという関係もあるので、おいそれと交流など言い出せない。


 しかし、イシュタリオンが、進言してくれたおかげで、きっかけができた。各国の国際交流地点。それが、クレアドールの町である。


「す、凄い……」


 動機はアホだが、これで各国の力はさらに増すだろう。異文化交流と合同軍事訓練に技術交換。凄まじい効果を得られるに違いない。


「けど、食料はどうするんですか!」


 10万の兵を養うためには、相応の食料が必要となってくる。しかも、屈強な連中。めっちゃメシを食いそうだ。このままでは食料が枯渇してしまう。


「問題ない」


 そう言って、イシュタリオンさんが門を指差す。見やると、そこには馬車の一団。行列を成して入ってきた。先頭には姉ちゃん。俺の姿を見つけると、手をぶんぶん振りながら駆けてくる。


「カルマくーん! ――とうッ!」


 跳躍。三階の高さにあるこのベランダへと、軽やかに着地する。


「フェミル。港の方はどうだ?」


「完璧です。事情を話したら、すぐに大規模な改装をしてくれると約束してくれました」


「か、改装……?」


 流通の要はやはり海路になる。クレアドールの港を大規模に。世界各国から食料や武器、人材や資財などを運べるよう船の数を増やした。


 また、数多の軍船を配備することで、魔王軍の略奪を防ぐ。近隣の海賊も傘下に収めることで、海の治安も良くした。そして、大量の兵糧を買い付け、運び込ませたのである。


「し、資金はどこから――」


「大丈夫です。お姉ちゃんはお金持ちですから」


「いやいやいや! ……さすがにこれだけの規模となると……」


「これでも私は王族だぞ。見くびるなよ」


「たしかに、イシュタリオンさんは王族ですけど――」


「ふっ、見くびるなと言ったのは、身分のことではない」


 イシュタリオンさんは、自らのコメカミに人差し指を当てた。


「頭?」


「そうだ。金持ちの定義を知っているか? 金持ちとは、お金を持っている人間を意味するのではない。お金を稼ぐ術を知っているものが金持ちというのだよ」


 イシュタリオンさんは、この町の開発に際し、さらなる企業や店の買収を行った。貿易の要になると踏んでいた彼女は、流通関係の企業を中心に投資。平和になったあとは、人が多く集まるだろうからと、住居用の土地も大量に買いあさっていた。レストランや宿泊施設も事前に買っていたのだ。


 経済に関して完全に一人勝ち。本来なら妬まれる立場になるのだろうが、彼女は手に入れた資金を、還元するようにしている。さらには町長に交渉して、町の税金は驚くほど安くさせた。豊かになれば、安い税金でもまかなえるのである。


 クレアドールはウハウハなバブル経済。人々には凄まじい量の仕事が与えられ、しかも給料は凄まじく高い。失業者などいない状態。住居用の土地は安く貸し出している。定額給付金も配っている。民は安心して金を使いまくれるので、景気の良い循環が起こっているのである。


 経済、戦力、治安、そのすべてにおいてパーフェクト。ふたりの手腕は凄まじいにもほどがある。


 ――この人たちは天然の天才なのだ。


 アホなのに天才。俺に対して、気持ち悪いぐらいアホになれる。だが、その実態は世界を救えるほどハイスペック。


 ただ強いとだけいうわけではなく、思考回路や行動力、知識など、すべてに置いて凡人を凌駕する。俺は、眼下に広がる兵や荷馬車などを眺めながら、困惑と怯えを滲ませる。


 ニッと、最高の笑顔を見せてくれるイシュタリオンさん。


「これで安心できるだろう、カルマ」


「はい?」


「いや、安心できるのは我々の方か……これで、後ろ髪を引かれることなく旅に出ることができるな」


「そうですね、イシュタリオン」


 姉ちゃんとイシュタリオンさん。ふたりは、寂しそうな表情を浮かべた。そういえば、この人たちは、俺のために行動していたのだ。決して、経済をどうこうしようということに興味があるわけではなかったのだ。


「じゃあ、姉ちゃんたちは……」


「はい……。明日、旅に出ます。……残念ですが、弱々で役立たずのカルマくんとは、ここでお別れです。お姉ちゃんは悲しいです。こんなにも役に立たないとは――」


「いや、そのフレーズはもういいって!」

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