第9話 百合の通常の三倍
「オッハよーございまーす! ユリお嬢様ー!」
「うえっ‼︎」
朝のごきげんな挨拶と共に強烈な重力がベットの私に押しかかって来た。
「く~苦しいぃ、ちょ〜!」
その怪物体はシーツの上から私をギュッと目一杯締め付けて、私の胸に顔をすりすりした。
「タップ、タップ!」
私はたまらずその怪物体の背中を叩いてギブアップを表明したが、その怪物体はさらに私を押さえ込み身体を密着させた。
どうやらこの怪物体はタップの意味が分からないらしい。
「ユリお嬢様、だーい好き!」
ブチュー!
私の胸を圧迫していた怪物体はテルザであり、ヒョイと顔を出して私に激しい接吻をおこなった。
うっうっ、い、息が出来ない……
「プフアァァー! さっ、お着替えお着替えぇー!」
テルザは思いっきりシーツを剥ぎ取り、接吻の余韻と呼吸困難で意識がもうろうとした私に構わず私の寝巻きを剥ぎ取った。
“すぽーん、すぽーん、すぽーん!”
あっという間に私を裸にしたテルザは、再びダイブして私の身体をもみくちゃにイジくりまわした。
「ノー、ノー、のーん‼︎」
私は逃れようと暴れたがテルザに羽交い締めから逃げだせない。
テルザ・ヤッセーノはエルサの妹で、大人しい姉と違って元気いっぱいのヤンチャな子だ。
お風呂などお湯の管理がメインで、他になにをやっているかは不明だ。
胸のサイズがエルサと同じなので、いずれ姉を超えるでしょう……エルサ残念!
ああ、もう身体がもたない……死んじゃう……逝ってしまいそう……
「死ぬ、死ぬぅ~! 逝く、イクぅ~‼︎」
***
朝食の時にマアガレットから言付けを預かったエルサが、午前のティータイムに出向くようにと言ってきた。
私は午前のティータイムはあまり出なかった。
この異世界に来てから、なぜか朝は頭はすっきりしているのに身体は疲れている事が多く、お昼前のこの時間は眠たくなって寝てしまう事がある。
まぁ、地球にいた頃の休日は昼間寝て夜起きる生活でしたからね。
今は毎日が休日みたいなものなので、その感覚かもしれない。
なので、ほとんど午前のティータイムには出れなかった。
私は裏庭のテーブルのイスに座って待ったがなかなか来ない。
暇なのでイスを傾けて二脚でバランスを取ったりした。
……今日の春の風は少し淋しい……
私はひとりで皆んなを待っている。
私は日本人なので三十分前行動で裏庭のティー会場に来たのだ。
この異世界にも時間があり、しかも私の地球と同じ二十四時間体制だ。
ここリボンヌ家にもゼンマイ仕掛けの柱時計が掛けてある。
でも朝が空が明るくなったら起き、夜は暗くなったら寝るのがこの世界の一般人の生活リズムだ。
一般的に午後のティータイムは十五時で、午前のティータイムは十時。
ティータイムは貴族だけではなく、リッチな村民もやっているひとときだそうだ。
そして今、予定時刻より三十分過ぎている。
しまった! 彼女らは日本人ではないので時間にはルーズだったか!
“ガダンッ‼︎”
イスの二脚立てのバランスが崩れて倒れてしまった。
「お痛たたたっ!」
腰をさすりながら長らく孤独の時間を過ごしていたら、やっとエルサがティーセットを用意してやって来た。
「エルサ~」
「ど、とうしましたか、ユリお嬢様!」
潤ませた瞳の私に驚いたエルサは駆け寄って心配してくれた。
「い、いえ……なんでもないの……」
腰の痛みとひとりの寂しさで私は涙を流していたようだ。
地球での孤独は慣れていたが、この異世界に来ての孤独は愛姉妹がいつも側にいてくれたので、ひとりが慣れていなくて寂しくなっていたのだ。
でも甘えたらつけ込まれて抱き締められて揉み揉みされるので平常心を心掛けることにした。
「お茶! お茶! お茶‼︎」
私は平常心を保ちながら催促をした。
「お待ち下さい、ユリお嬢様!」
エルサは素早くお茶の準備をした。
私のために、通常の三倍の速さでお茶が出て来たと感じられた。
偉い、さすがはエルサ!
「どうぞ、ユリお嬢様」
今日の紅茶もいい香りだ。
匂いだけでも美味しいのが分かる。
さすがはエルサ。
“じゅるじゅるじゅる”
あっ! この味は……またいつもと違う。
この色、この匂い、この味……今度こそ違いの分かる女の本分を見せつける時が来た!
「ふふっ」
「どうしましたか? ユリお嬢様」
今度こそドヤ顔で正解を出す時が来た。
「エルサ、この紅茶、隠し味はドクダミね……ふふっ、とっても美味しいわ」
「イエ、違います!
ユリお嬢様が急かすので薔薇のエキスを通常の三倍入れてしまいました」
「あら、そう……」
「ハイ……」
見つめ合う二人の間に短い沈黙があった。
「ほ、ほほほほほほっ、ほ!」
「フ、フフフフフフッ、フ!」
でも通常の三倍の所は合っている。
“じゅるじゅる”
あ~美味し……
「ユリ、今日も愉快そうね」
さっそうとマアガレットと現れ、私の前の席に座った。
「この屋敷の生活に慣れたみたいね」
慣れると判断するのは時期尚早だと思う……セクハラな皆さんには馴れないし、一生馴れたくない。
「ユリの故郷の事を聞きたいわ。
アナタの国の事をもっと知りたいの。
前にも聞いたけど応えなかったし…… ユリは異国の人でしょう。
その異国の情報がないと、里帰りが出来ないでし。
それにアナタの国の変わった服装や四角い建物や、あと馬のいない馬車の情報が知りたいわ」
前にも聞いた……それは拷問室で拷問の時……あんな状態では話せるはずはない。
「私の世界、それは……」
素直な私は素直に応えようとした。
しかし、これは危ない、ダンガーだ!
うっかり罠に引っかかるところだった。
これはきっとタブー案件だ。
地球から異世界転生転移した者は、決して地球の事を語ってはならないのが一般的だし、定番だ。
神様のうっかりで死んでしまい、ボーナス特典をもらって異世界で知らず知らずのうちに大活躍するのがセオリー。
うっかり地球の事を喋ってしまったら……猫のみゃー助の場合は大丈夫だと思うけど……きっとダンガーだ。
だいたいマアガレットに知られたら二つの世界が大混乱になってしまうのは目に見えている。
なんとか誤魔化さなくては。
「え~と、なんでしょう……あっ! あれあれ、あれですよ。
あそこがこうなってああなって、こうですね。
そこ間違いやすいんですよねぇ、いや~まいりましたぁ。
あっ、そうなんですよ!
そこのところがちょっと違うんですよねぇ……いや~はや……
見えてますかぁ……今、手を振ってま~す!
うん、うん、そうですか、そうですよね。
まったく世界は広いですねぇ、広い広い……
え~と、え~と、泡わわわ……ははは、もう……ちょべりば」
私は手振り素振りで誤魔化した。
話を聞いていたマアガレットは深いため息をついて肩を落とした。
エルサはがっかりしてうつむいている。
勝った! いや、なんとか誤魔化した。
でも、なんだか勝ったような気になって鼻高々だ。
「今度また、ユリが落ち着いたら聞くわ」
マアガレットは首を横に振って呆れ顔だ。
やはり私は勝ったのだ。
「お菓子が出来上がるので持ってきますね」
ほら、エルサが言い訳をして逃げて行く。
やはり私は勝者なのだ。
敗者のマアガレットは話を変えてきた。
「ユリ、話というのは三日後の事よ」
負けたことを認められず話題を変えてくるなんて往生際が悪い奴め。
「三日後、ワタシと一緒に“ぶとう会”に行くわよ」
「ぶとう会?」
舞踏会……まさにウェブ小説サイトで何度も読んだ“お嬢様”と“悪役令嬢”そして“ざまぁ”の晴れの舞台。
さまざまな思惑が入り混じり、泣いて泣かされるクライマックス!
これは見逃せない!
「見たいです……いえ、行きたいです!」
行くことは命令で拒否できないのに、私は了承の返事をした。
「ワタシの妹としてアナタのお披露目を兼ねた催し物になるわ」
私、踊れるかしら。
「わ、私、経験がないのですが大丈夫でしょうか?」
「アナタなら大丈夫よ。
アナタの素晴らしさを皆んなに披露するのよ。
この武闘会で」
憧れの舞踏会……レッツ・シャルウィダンス!
***
昼食を済ませた私は悩んでいた。
ダンス、なんとかしないと……まったく踊れない私は思案を巡っていた。
広いラウンジをぐるぐる回りながら思考していたら目が回ってきた。
こんな私がセンターで踊るなんて……どうしたら……
プライド的にマアガレットには教わりたくないし、なによりダンスを教えると言いつつ、そのまま押し倒されそうで怖い。
「ユリお嬢様!!」
前方から、マアガレットとの事を想像して身体を震わす私を見つけたメイド姉妹が近付いて来る。
そうだ、この姉妹にダンスのこと聞いてみよう。
「ふ、二人とも……ダンス……知ってますか?」
「も、もちろんです、ユリお嬢様」
エルサは不思議そうに応えた。
テルザも同じ顔を私に向けた。
私はもちろんの事を聞いてしまったようだ。
皆さんダンスは知ってますよね。
「え~と……ダダンス……踊れますか?」
「ダダンス⁉︎」
テルザがニッと歯を見せた。
揚げ足をとらないで! 人見知りは簡単には治らないの、ぐすん!
「乙女のたしなみ程度なら踊れますわ」
乙女……ぽっ!
大人しそうなエルサから、まさかのキーワードが出て私の頬は赤く染まった。
「おおおお教えて、ほ、ほほほほ欲しいの」
私は動揺して言葉が上手く出ず、さらに倍、赤面してしまった。
「おおおお、ほほほほ」
おバカなテルザが私の真似をして遊んできた。
「テルザ、辞めなさい」
姉のエルサが妹のテルザをたしなめた。
さすがはお姉さん。
メイド姉妹がこそこそ話し合ってる。
話終わった二人は私に向かって言い放った。
「私たちでよろしければお教えしましょう」
「手取り足取りお教えいたします」
うれしい! これで華々しい社交界デビューを失敗せずに済む。
さっそく、私はラウンジの中央をぶん取って両手を広げて二人を呼んだ。
「レッツ、アン・ドー・トワッ!」
「?」
「?」
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