第21話 百合の夜空の星に願いを込めて

「アンジには自由恋愛をさせたのだが、こんなつまらない男に引っ掛かるとは……やはり、近隣諸国の皇族に嫁がせるべきであったな」


 国王は物思いに耽っていた。

 悪役令嬢アンジは婚約破棄になった。


 マアガレットとエレェイヌが私に近付いて来た。


「ワタシは自由恋愛だからユリと愛せているわ」

「ワタシは自由恋愛だからユリが好き」


 自由恋愛反対‼︎

 マアガレットとエレェイヌ、そしてカレンダとエルサとテルザのメイド三人衆は自由恋愛過ぎて、私が不自由です!


 ざまぁ惨敗者で自由恋愛敗北者のトッシィは置き去りのまま哀れに倒れたままだ。

 誰にも見向きされない。

 エレェイヌ・テリア家の武闘会で負けたお嬢様も置き去りにされたままだったし……

 “ざまぁ”で負けた敗残者は誰にも手を差し延べてもらえないのか。

 それが“ざまぁ”というもの……ざまぁ!


「名はなんと申すか」

 

 国王が私に話しかけて来た。

 緊張するぅ!

 アンジのお爺ちゃんの割には若々しく精悍さがあり、なんだか仕事が出来る感じのダンディな国王だ。


「あ、泡……泡……」


「この者はワタシの妹で、ユリ・リボンヌと言います」


 マアガレットが代わりに応えてくれた。


「ウム、リボンヌの者であったか。

 ……マアガレット、良き家族が出来たのだな」


「はい! ありがたきお言葉、胸に染み入ります」


 マアガレットの事を知っている?

 というより、ひとりひとりの顔と名前を覚えている感じをさせる国王だ。


「ユリ、先程の“ざまぁ”はお前の力か?」


「は、はい!」


「オマエの“ざまぁ”の力がワシの謁見の間まで届き、トッシィの破廉恥な姿を見る事になるとは……

 見事な“ざまぁ”の力であったぞ!

 ユリ・リボンヌ」


 私は目から涙を流していた。

 この異世界に来てから、こんなまともな人間がいるなんて……なんて感激なの!

 しかもこんなにダンディで気品がある人もいたなんて……まるで……まるで……


「お父さん……」


「エッ?」

「エッ?」

「エッ?」

「エーーーー!!!!」


 皆さん驚きました。

 私も驚きました。

 解説しよう……小学校の生徒が信頼している女先生に思わず『お母さん』と呼んでしまったのと同じ感覚で、私も国王の事を『お父さん』と呼んでしまったのだ。


 ザワザワ! ザワザワ!

 周りが騒いでいます。

 マアガレットもエレェイヌも目を丸くして驚いています。

 当然、国王もビックリしています。

 当然、私もビックリです。


 泡わわ! 私は全身が震えて声が出ず、否定の言葉を口から出す事が出来ない。

 でも早く言わないと……収拾がつかなくなる……


「アナタ! そんな娘がいたなんて、どういう事でしょう?」


 豪華に着飾った中年女性がカツカツとやって来た。

 奥様、王妃、女王でしょうか? 

 少し怒り気味に見える。


「ワ、ワシは知らん! ユリは東方系の顔をしておるな?

 ……ウム?」


 いえ、知らないはずですよ、赤の他人の異世界人ですから。


「父上! 彼女はワタシの妹という事ですか?」


 奥からダンディな男の方が近寄って来た。

 顔が国王に似ているので息子でしょう。


「ワタシにこんな可愛い妹が居たなんて嬉しいじゃないか!」


 またもうひとり、ダンディな男の方が現れた。

 この方も国王の息子?

 二人はダンディな兄弟でしょう。


「ナンテお盛んな王でしょう」


 奥様、女王はやっぱり怒っています。


「確かに、あの頃はお盛んではあったが……」


 国王は私の顔をマジマジと見ている。

 ど、どうしましょう?

 私はどうする事も出来ずにマアガレットを頼るように見つめた。


「ユリ……」

「ユリ……王女なの?」


 マアガレットは私の事を見つめている。

 エレェイヌはドギマギしている。

 私はおろおろ目が泳いでいる。


「こ、国王陛下! バンザーイ!」


 誰か、媚を売れると思ったのかバンザイを始めた。


「バンザーイ!!!!!!!!」


 それに釣れられ皆んながバンザイを始めた。

 なんて事でしょう。

 会場の紳士淑女の皆さんが新しい娘の誕生を祝福している。

 国王も釣られて手を振っている。

 ニセモノの娘と知らずに。


 このままでは私は王宮で優雅で気楽に暮らさなければなりません。


「ユリ、本当なの? 嘘なら嘘ってそう言って!」


 マアガレットが私に問いかけた。

 ……お姉様!


「ぶるぅうえぃ~~ん! ぶるぅうえぃ~~ん!」


 私は全身が震えて上手く泣けません。


「ユリ!」


 マアガレットは駆け寄って、泣き出した私を抱きしめてくれた。

 絶対に言わなければいけない。

 真実を言わないといけない。

 私は国王の方を向いて、震える声で頑張って話した。


「おえっ、おえっ! お、王様、わ、私の言い間違いです。

 お、親子ではありません。

 娘でもないです。

 ひっく、ひっく!

 わ、悪気はないのです。

 お、王様の、や、優しさが、う、嬉しくて……お父さんを思い出して……ひっく! 

 そ、それで……つい、お父さんって……

 びえ~~ん! びえ~~ん!」


 辺りは静寂になり、私の鳴き声だけが会場に響いた。



   ***



 私はお咎めなく、無事帰る事が出来た。

 馬車の中で私はずっとマアガレットに抱きつきて泣いていた。


「びえ~ん! びえ~ん!」


「モウ、泣かないで」


「ぎよえっぴ、ぎょえっぴ」


 私は泣きながら王宮で暮らした方が幸せなのでは? マアガレット家に戻れば、またセクハラされ放題の生活が始まるのでは? と頭をよぎった。


 いえ、人見知りの私の居場所はマアガレットの所しかありえない。

 王宮ではいろいろな人と挨拶しなくてはいけない、日々営業の毎日だ。

 私には到底無理な生活だ。

 ただ、どちらを選んでもリスクが多い……


「ウィヒヒーン!」


 馬車を押していた牝馬のマリリンがいなないた。


「どうしたの? カレンダ!」


「マアガレットお嬢様! 鍵を掛けて、頭を下げてください!」


 窓からこっそり前を覗くと、黒装束を着た人物が道を塞いでいた。

 なにヤツ!

 この台詞が似合う人物にやっと出会えた。


「なんの御用ですか⁉︎」


 カレンダがドスの効いた声で怒鳴った。


「後ろの娘を頂きに馳せ参じました」


 女の声! 黒装束! 出た! ジャパニーズ・クノイチ!


「カレンダ! やっておしまい!」


 マアガレットが悪役っぽい台詞でカレンダに命令した。

 カレンダは手を伸ばしてタイミングを取っているようだ。


「ざまぁ!」


 カレンダの放った“ざまぁ”が発動した。


 …………

 …………

 

 カラーン! カラーン! カラーン!


 …………


 カレンダの使う“ざまぁ”が観れる!

 私は身を乗り出して観る事にした。


 クノイチの“ざまぁ”の世界の映像が広がった。

 カレンダの“ざまぁ”は私の所にも観えるくらいの強さの“ざまぁ”だ。

 これって結構強力だよね。


 古い屋敷が見え始めた。

 あれ?

 あれって昔の日本のような造り……

 屋敷の前で目の前にいるクノイチと同じクノイチが挨拶のため身を屈めていた。

 その先には綺麗な着物を着た女性が立っていた。

 日本の着物に似ているが少し違って見える。

 女性の顔は良く見えないが、身分の高い人物であろう。


「姫巫女様! 必ずや、百合様をお守りいたします」


 えっ、私? うしろの娘って私の事?


 前にいる“ざまぁ”に掛かっているリアルのクノイチの身体が動き始めた。


「カレンダ! 気を付けて!」

 

 マアガレットが馬車の窓口から身を乗り出し、ハコ乗り暴走族みたいで、笑えた。

 その時、クノイチが大声で叫んだ。


「“うっせえーわぁ”‼︎」


 その掛け声と共に“ざまぁ”の映像がひび割れ、ガラスのように砕け散った。


「え~!」


 カレンダの“ざまぁ”を破った! いえ、壊した!

 それより、その力強い掛け声に私は驚いた。


 クノイチは立てず膝を地面に付いて休憩した。

 かなりダメージを食らったようだ。


「カレンダ! まだ“ざまぁ”は出せる?」


「ハイ! 出せます!」


 マアガレットが馬車から降りてクノイチに近付いた。


「秘技! “ざまぁ、猫の手借り”!」


 マアガレットの右手が大きく光り出した。


「サア、洗いざらい教えて貰うわよ」


 え~、なんですか? そのお姉様の手は?

 その秘儀を洗いざらい教えてください!


 マアガレットの光り輝く右手はクノイチの頭を狙っているみたいだ。


「……ざまぁ、ざまぁ! さまぁ‼︎」


 どこからか、逆やまびこのように響く女性の声が聴こえてくる。

 その声と共に、クノイチのうしろに“ざまぁ”の世界のような空間が現れ始めた。

 

 クノイチは立ち上がり、私を見て口を開いた。


「百合様! 次こそ、その身体を我手に」


 え~、また百合ですか?

 私、また百合に狙われているの?


 そのうしろの空間から光の針“薔薇の棘”が飛んで来て、クノイチの胸を貫いた。

 ただ、その“薔薇の棘”は長く空間のさらに向こうへ伸びていて、長いと言うより釣り糸のように見えた。


「あん! 去く、去く、去きま~す! 姫巫女様、そちらに行きま~す! ぴくぴくぅ……」


 全身をひきつらせて失神したクノイチは、光の針に引っ張られて空間の中へと入って行った。

 イッてしまった去り際が少し情けないクノイチであった。

 

「ざまぁ‼︎ ざまぁ! ざまぁ……」


 また、やまびこのように女性の声が響きながら空間が消えて行った。


 私たちは呆気に取られ、しばらく茫然としていた。

 マアガレットは私に問い詰めた。


「ユリ! アナタ、なにか知ってるの⁉︎」


 ぶうん! ぶうん!

 私は首を大きく振って否定した。

 私こそ知りたいです!


「……とにかく、早く帰りましょう」


 私達はリボンヌ一族の屋敷に急いだ。

 帰り道、私は新たなる技の数々を考えていた。

 マアガレットが使った“ざまぁ、猫の手借り”とクノイチが使った技だ。

 特に“うっせえーわぁ”の事を考えていた。

 考えていたら、なんだか歌を歌いたくなった。

  ***

 屋敷に戻った私たちはいきなり会議を始めた。

 まだ、皆さん帰って来ていなかったが、一番年上のお爺ちゃんがいた。

 この人がリボンヌ一族の大元締めらしい。


「やはりこの娘が狙いだったのか」

 

 お爺ちゃんは私の全身を見渡した。

 ……なぜ私が? お爺ちゃんは知っているの?


「やはりユリの身体でしょうか?」


 お姉様! どうして私の身体なのですか?


「やはり身体か……とにかくひんむいて見ないとソコん所どうなっているか分からん!」


「ひんむく……裸ですね」


 まったく意味のない不毛な会議でした。

 ただ二人のイヤらしい視線が私の身体に突き刺さっただけでした。

 

 

  ***


 

 夜はひとり、私にあてがわれた部屋でくつろいでいた。

 リボンヌの皆さんは屋敷の広場で、宴会で盛り上がっている。

 バカ騒ぎの声が私の所にまで響いてくる。


 これから私の異世界生活はどうなるのでしょうか?

 このまま私は皆んなに陵辱されるだけなのでしょうか?


 あの“悪役令嬢”と“婚約破棄”のキーワードを保持するアンジとのざまぁクイーン戦の再戦は行われるのでしようか?

 気持ち悪! のトッシィの死に際の心がなんとかは……まぁ、どうでもいいでしょう。

 去り際が情けなかったクノイチとその国の姫巫女と私は、どんな関係なのでしょう?

 そしてマアガレットお姉様の初めての相手、メイドでエロの伝道師のフルイアとは何者なのでしょうか?


「裸じゃー、裸じゃー!」

「ユリ殿はいつも裸だぁ!」

「ウ〜ン、見てみたい」

「どワハハハ!!!!」


 宴会は、まだまだ続いています。

 私の居ない所で、私の名前を出さないで!

 なぜ、私の身体なのでしょうか?


 私は窓を開け星空を見ました。

 雲ひとつない夜空はとても綺麗で、どこまでも続いているようです。

 向こうの世界では毎日のほほ~んとして、なにもなかった、なにもしなかった私ですが、こちらの世界では毎日が危機です。

 とっても可哀想な可愛い私は夜空の星に願いを込めて祈りました。


「私は……皆んなのお陰で日々、イかされています。

 だから、お父さん、お母さん、お爺ちゃんにお婆ちゃん……私を助けて下さい」


 こんな私ですが、この異世界ではノラ猫のみゃー助からもらった“ざまぁ”がある。

 いろんな“ざまぁ”を見て来ましたが……まぁ皆さん、私の“無双のざまぁ”でコテンパンでしょうね。


 う~ん、寝よ!


 “バーン!”


「ユリ! 今夜も咲き乱れるわよ!」

「ユリお嬢様! 今夜も満開です!」


「ぎょえっぴ、ずぅどぉるぴぃ‼︎」

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