第20話 百合の使用の際の用法、用量

「キィー! なんて屈辱なの! 憎、憎、憎、憎、憎、憎、憎しい~!」

 

 あまりの悔しさからアンジは私の下着の一番濡れた部分を口に入れて噛み噛み噛みし始めた。

 ありえない!


「ユリの下着はワタシの物です!」

「ユリ! ワタシも欲しい!」


 マアガレットとエレェイヌは物欲しそうにブヒブヒ! 鳴いている。

 アンジはずっと私の濡れた勝負下着を夢中で噛んでいる。

 全員が恥ずかしい!


「ワタシのユリを舐めないで!」

「ユリを舐めるのはワタシよ!」


 ある程度、冷静になったアンジはマアガレットとエレェイヌに見せつけるかのように私の下着を咥えている。

 マアガレットもエレェイヌもとても悔しがっている。


 もう、どうでもイイです。

 これ以上は私の頭がおかしくなります。 

 パフォーマーオヤジ、先に進めてください。


「エ〜、戦いの準備は整いました。

 おふた方、中央に対峙して構えて下さい」


 私の心の懇願が届いたのか、無意味に膠着した会場をパフォーマーオヤジが進めてくれた。

 私は足を震わせながらも中央に歩み出た。

 目の前にはアンジがいる。

 私と対峙したアンジは大事そうに私の下着を胸の懐にしまい込んだ。

 ざまぁクイーン戦の始まりだ。

 でもその前に私の勝負下着を返して!


「アナタも“石の心”を使うのかしら?」


 私の下着が閉まってある胸を大事そうに両手を置いたアンジが私に聞いて来た。

 “石の心”そう私には必殺技がある!


 ……あれ?

 必殺技のための酷いセクハラ魔改造をしたはずなのに、どういった技なのか知らない。

 使用の際の用法、用量を教えてもらってない!

 どうやって使うのですか? お姉様!

 私はマアガレットの方を見て回答を求めた。


 マアガレットは私に気付いて答えてくれた。

 親指を上げて『頑張って!』と……彼女と心は通い合ったが、見当違いの回答だ。


 マアガレットの地獄の修行(エロ責め)を耐えた私に“石の心”の極意や使い方は教えてくれなかった。

 教えて下さい! 本当に私は、ただの玩具だったのですか? お姉様!


 今は、あれこれ考えてもどうしようもない。

 試合は始まったのだから、集中するしかない。

 でも刺繍入りの勝負下着を奪われてしまったのは痛い。


 アンジはなかなか“ざまぁ”を仕掛けて来ない。

 どうしましょう?

 マアガレットは私の“ざまぁ”は無双って言ってた。

 なら、負けないんじゃない? このまま見合ってもキリがないし……

 私は自分から仕掛ける事にした。


「ざまぁ!」


 私は手をアンジに向けて叫んだ。


 …………

 …………


 カラーン! カラーン! カラーン!


 …………


 会場全体が映像に変わり始めた。

 勝った! 全然怖くないじゃん!

 目の前のアンジの腕がゆっくり動き出した。


「ざまぁ返し!」


 えっ! 彼女の掛け声に映像が反転して見覚えのある景色が見え始めた。

 田んぼの真ん中の道路で、前から田んぼを売って買った鈴木さんの真っ赤なポルシェがこちらに走って来る……


 あれ! 私の世界の景色が見える?

 これは、相手が勝利を確信したと思わせてからの返し技……これがアンジの王族の技なの?

 私はすぐさま“ざまぁ”を掛け直した。


「ざまぁ!」


 …………

 …………


 カラーン! カラーン!  カラーン!


 …………


 また映像の世界が変わった。

 先ほどと同じアンジの過去の世界が会場を覆っていく。


「ざまぁ返し!」

 

 アンジがまた叫んだ。

 あれぇ? また反転して、田んぼを売って買った鈴木さんの真っ赤なポルシェが!

 鈴木さんが近付いてくる映像に変わっていた。

 鈴木さんのドヤ顔が近付いて……この先はあまり知られたくない。


「ざまぁ!」


 私はまた腕を伸ばして叫んだ。


 …………

 …………


 カラーン! カラーン! カラーン!


 …………


 再びアンジの世界の映像が広がった。

 どうやら、どこかの庭園らしい。

 あれ? この庭園って……


 アンジの身体が動いた。

 また“ざまぁ返し”を使う気?

 でも先ほどより時間が掛かってるみたい。

 アンジの身体の動きが遅くなって来ている。

 う~ん、また返されるわね、どうしよう?


「ざまぁ返し!」


 …………

 …………


 カラーン! カラーン! カラーン!


 …………


 またアンジが“ざまぁ”の世界を反転した。

 また田んぼを売って買った鈴木さんが……

 面倒臭いわね。ええい! 私は両手を出した。


「ざまぁ返し返し‼︎」


 アンジは『はっ!』とした顔をした。

 対応出来ない表情をしている。

 勝った! 面倒臭がりの私の勝ちだ!


「アンジぃ、危ない!」


 アンジに技が掛かる前にトッシィがしゃしゃり出てアンジの前に出た。


「アフ~~ン!」


 トッシィの喘ぎ声が会場全体に響いたと同時に鐘の音が響いた。


 …………

 …………


 カラーン! カラーン! カラーン!


 …………


 新しい映像の世界が広がった。

 見知らぬ屋敷の中の映像だ。

 その映像が会場一杯に広がった。


 そこにはトッシィと見知らぬオバサンがいた。

 お互いバスルームから出て来てから着るタオル生地のガウンを羽織って、ワインのような液体が入ったグラスを手に持っている。


「トッシィ……ワタシ達、こんな関係のままでいいのかしら?」


「マダーム! なにを言ってるんだい?」


 なにか将来の事を心配しているオバサンと、なにも考えていないトッシィの会話が続いた。


「だってアナタは王族の公爵令嬢と婚約したのでしょ」


「マダーム! 心配ないさぁー! 

 僕たちのアぁイは永遠さ!」


「ワオゥ!」


 トッシィはオバサンの腕を引っ張って二人は激しく抱擁した。


 コンコン!


「トッシィ様、お客人が参りました」


 執事が割って入っていた。


「分かった。

 マダーム! ここで待っててくれるかい」


 トッシィは足早に玄関に向かった。


「マダーム! ご機嫌麗しいぃぃく!」


「トッシィ様! お会いとうございましたわ」


 玄関には新しいオバサンが待っていた。


「ハグァワッ!」


 いきなりハグをしたトッシィにオバサンは発情して吐息を漏らした。


「マダーム! サア、奥の客間へどうぞぉ」


 客間と言ってもそれほど広くなく、テーブルと長いソファーが置いてある程度だ。


「アァ、トッシィ! どうして婚約なんて……もうワタクシ我慢出来ないわ」


 オバサンはトッシィの首にしがみ付いてソファーに倒した。


「マダーム! お激しい」


 その時、また執事が現れた。


「トッシィ様、お客人です」


「マダーム! 少々お待ちア~レ!」


 リズミカルな口調でトッシィは足早に玄関に向かった。


「マダーム! お元気でなにより」


「トぉッシィ~い! キィ〜!」


 また新しいオバサンがトッシィにいきなり抱きついた。


「マダ~ムぅ! まだ時間はたっぷりありマ~ス」


「アラ、ワタシったら! 会いたくて会いたくて、仕方なくってよ。

 婚約したら、もうダメなの?」


「そんな事はノンノンノン! サア……調理場へ」


「トッシィ、どうしてそんな場所なの?」


「マダ~ムぅ! アナタを調理シタ~イ! なんチッテ!」


「ホホホホッ!」


 トッシィはオバサンを調理場に連れて行った。


(おそらく、豚足にして食べるのね)


 おそらく会場の皆んなもそう思っただろう。


 そのあとトッシィはひとりになって、化粧室で身だしなみを整えてから、ひとりひとり会いに行った。


「マダーム⁉︎」


 部屋にはオバサンが居なかった。

 客間に行っても、調理場へ行ってもオバサンは居なかった。


「ハテ? 皆さん、かくれんぼが好きなんだから、お茶目ぇぇ!」


 そうハシャギながら玄関を探しに行くと、そこにはオバサン三人衆が揃っていた。


「マダーム? マダーム?? マダーム???」


 オバサン三人衆はトッシィに向かって喋り出した。


「ワタシ達のような美魔女が好きなのに、どうしてあんな若い娘と婚約したのかしら?」


「ワタシ達の方が魅力的なのに、なぜ若い令嬢と婚約なんて?」


「ワタシ達が好きなんでしょ! あんな若い公爵令嬢と婚約なんてダメよ!」

 

「そ、それは、お金の為だよーん! マダーム!」

 

 トッシィはオロオロしながら真実を応えた。

 そこでこの映像は停止した。


「そうよね、だってトッシィは……マザコンなんですもの」


 映像のオバサン三人衆の一人が、この映像を観ていた今のトッシィに向かって喋った。


「マザコン?」

 

 倒れた状態でこの映像を観ている今のトッシィにはこの意味が分からず、映像のトッシィと同じようにオロオロしていた。

 端のオバサンから順番に手を差し伸べて今のトッシィに向かってオペラを始めた。


「♪マザー!」

「♪マザー!」

「♪マザー!」


 三人揃って、


「♪マザーぁぁぁあぁぁ!!!」


「マダーム? マダーム?? マダーム???」


 この瞬間、トッシィは初めて自分がマザコンである事を自覚した。


「♪ざまぁ!」

「♪ざまぁ!」

「♪さまぁ!」


 また三人揃えて、


「♪ざまぁーーー!!!」


「アフ~~ン! マダーみ、や~~ん!」


 トッシィの真上から“薔薇の棘”が飛んできて、見事にトッシィの胸に突き刺さった。

 

「去く、去く、僕の心の一部がドピュッとどこかに去っちゃう~!」


 トッシィの周りには赤い薔薇の花びらのような物がトッシィを取り囲むように舞い上がった。

 まさにイケメン向きの演出であった。


 …………


 カラーン! カラーン! カラーン!


 …………

 …………


 マザコン愛憎劇場は幕を閉じた。

 トッシィの“ざまぁ”の世界の映像は消え、無様な彼は目の前でぶっ倒れていた。


「トッシィ……アナタって人は、あんなオバサン達と……

 ア、アレェェェ……」


 あの映像を観たアンジもぶっ倒れてしまった。

 会場一杯にいた人々は一言も話さずシーンと静まり返って、ただ見ているだけだった。


「勝った……」


 これって勝ったんだよね!

 私、ざまぁクイーンになっちゃった……よね?

 バンザーイ! これで老後は心配はなくなった!

 トッシィが心とかなんとか言ってたけど、どうでもいいわ!


 満面の笑顔でマアガレットとエレェイヌの方を向いた。

 二人はなんともいえない表情をしていた。

 あれ? 会場の皆んなも様子を伺っている。


「物言い!」


 初見のオヤジ達がわらわら出しゃばって来た。

 その中の一人が大声で発言した。


「この試合、無効!」


「えー! なんでー⁉︎」


 あなた達は私の敵なの? すぐに敵味方を判断したがる私。


「試合に割って入って“ざまぁ”を受けたのがトッシィ様でして、アンジ様はトッシィ様の“ざまぁ”の世界を見て倒れたのであって、直接“ざまぁ”をもらって負けたのではありません。

 ですので、この試合は無効!」


「ちょべりば! なんてこった!」


 直接でなくても、ご覧のようにざまぁクイーンのアンジは倒れているのに!

 戦意喪失という事で勝ちなんじゃないの?

 ほら、見て! アンジの胸のパットがズレて無様で見っともない姿なんだから勝ちでいいでしょう!

 しかも私の勝負下着も胸元から見えてるし。


 ぶーぶー! お姉様、私の代わりに文句のひとつも言ってください!

 怒った私は表情には出さずに心の中だけで文句を言い放った。

 なぜなら、未だに人見知りが発動中だからだ。


「凄い“ざまぁ”であった! 誰の“ざまぁ”なのだ?」


 会場の中二階から、良く響く男の声がした。

 声のする方を見ると、お洒落な服を着たオヤジが私の方を見ていた。


「オヌシか? 初めて見る顔だな」


 だ~れですか~?

 会場の皆んなを見たら、紳士は胸に手を当て、淑女はスカートの裾を持ち、頭を下げているではないか!

 私ひとりがぼけ~っと立っていた。


「ユリ、国王陛下ですよ、頭を下げなさい」


 こくおう? 国王? て、王様ですか? 

 私は慌てて頭を下げた。

 おっす!


「良い良い、頭を上げなさい」


 おっす!


 国王は階段を降りて来てアンジを抱き起した。


「アフ~ン……お、お爺様!」


「大したやられっぷりだな、アンジ」


「ワ、ワタクシは“ざまぁ”はもらっていませんわ!」


「とりあえず胸を直しなさい。

 アンジ、胸に置いてある刺繍の布はなんなのだ?」


 王様が私の濡れ濡れの刺繍入り勝負下着に興味津々〜!


「エッ、キャァ! こ、これは、お、お宝です、お爺様!」


 アンジは私の刺繍の入った勝負下着を握り締め、無様に倒れたトッシィの方を見た。


「……トッシィ、許しませんよ! あとユリ!」


 アンジは私の勝負下着を掴んだまま、悪態をつきながら立ちあがろうとした。

 しかし立てずに親衛隊を呼び寄せて肩を借りながら階段を登った。

 アンジたちは私に畏れをなして一目散に部屋へ逃げ帰ったようだ。


 それにしても、あいからわず私に対して、ついで感が強い。

 あと私の濡れた勝負下着はもう帰って来ない気がする。

 お宝と呼んでいたので、家宝にでもするつもりでしょうか。

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