第27話 百合の早口言葉風
「あの〜リュドミアお嬢様、もうそろそろ帰らないと宿に着くのが夜中になってしまいます」
リュドミアの執事が恐る恐る催促した。
執事の初老ダンディーは、お歳を召しているので暗くなったら眠くなるのでしょう。
それでは馬車の居眠り運転で事故になりますから。
「夜の道はなにがあるか分かりませんですから……」
治安の方でしたか……まあ、居眠り運転は襲われやすいですから。
「分かったわ、ハンカチはどうでもいいでしょう。
さっそく始めましょう……ユリさん」
分かりました、執事の初老ダンディーのために早く終わらせて宿で安眠させてあげましょう。
「では、屋敷の中にお入りください。
室内の方が集中できますし……」
カレンダが屋敷に入る扉を開いた。
扉を開くと、そこには聞き耳を立てたテルザがビックリした表情で立っていた。
まあ、テルザらしい。
好奇心には敵わず、仕事をサボって来ていたようだ。
「いえ、ここがよろしいですわ。
それにちょうど今、爽やかな風が吹いていますし……」
リュドミアは縦ロールの髪をかき上げながら微笑んだ。
リュドミアの言う通り、涼しくて優しい爽やかな風が私の身体を包んでくれる。
……爽やかな風……
「うぃやぁぁぁー!」
私はあの忌まわしき豊穣祈願の村祭りのステージに立った時の、あの爽やかな風を思い出して恐怖で怯え出した。
ちょうど爽やかな風が吹いて、私のカンニングペーパーが旅立って行ったあの村祭り。
村人が暴動を起こし、お漏らししてしまったあのステージ。
もう村には行けなくなった原因の、ちょうど爽やかな風。
私は呼吸困難に陥りました。
これはフラッシュバックという症状ですね。
「ユリお姉様、大丈夫ですか⁉︎」
「ユリお姉ちゃん、大丈夫⁉︎」
ヤッセーノ姉妹が私を支えに抱き寄ってくれた。
「たたたたたん! 大丈夫です……」
心から心配している眼差しのエルサとテルザが私を励ましてくれている。
ああ、二人の温もりが嬉しい……
私は大きく深呼吸をした……空気の窒素と酸素に混ざって二人の匂いがした。
なんて暖かい匂いなんでしょう……
私には二人の愛が見えます。
二人の愛でなんとか自分を取り戻す事が出来た。
「なんなんですの? さっきから……意味が分かりませんのよ! まったく」
リュドミアにとっては、無駄な時間がどんどん増えて行く。
「ユリ、大丈夫?」
マアガレットが心配して声をかけてくれた。
「ユリお嬢様、これを羽織ってください」
そう言ってカレンダは夏用のカーディガンを掛けてくれた。
「ありあとうー!」
ああっ、皆んなの愛が嬉しい……この恩を返してあげたい……でもそれを聞いたら皆んなはきっと私の身体を求めるでしょう……そして求めに応じたら私にとって倍返し以上のお返しで、大損だ。
「アナタのその情緒不安定な態度、相当ざまぁな目に合っているでしょ。
それほどの負の力を溜めていたなら、アンジ様の“ざまぁ返し”に勝てたのも納得がいくわ」
そんな事を言われる筋合いはない。
「ほーほほっ、ゴスロリバツイチ年増女には敵いませんことよ」
「ナッ! 口を開いたと思ったら、なんてコトを言う小娘でしょう!」
リュドミアは顔のシワが今後も残るレベルの怒り顔で私を睨みつけた。
「あの〜、リュドミアお嬢様、お時間が……」
執事の初老ダンディーが時間を気になって気になってしょうがないようだ。
もう眠たい時間だと。
「クゥ〜! 早く初めの合図を取りなさい、マアガレットさん!」
リュドミアに催促されたマアガレットは私に確認を取った。
「ユリ、戦えるわよね」
「オフコース!」
私たちはテーブルから少し離れた芝生の上で対峙した。
リュドミアは役に立たない小さな帽子と小さなアンブレラを執事の初老ダンディーに渡して、呼吸を整えている。
やっぱり役には立たないのね。
そう言えば彼女はアンジの“ざまぁ返し”を攻略出来る技を持っているのよね。
まあ、私の無双の“ざまぁ”にはなんの意味も持たないけれども、ね!
「では、始めて!」
マアガレットの合図でリュドミアの表情が変わった。
私は様子見……リュドミアも“ざまぁ”を出さず、私の様子を伺っている。
いえ、どこか涼しげに私を見ている。
でもこの張り詰めた空間は……またお見合いの時間だ。
この時間こそ無駄なので、執事の初老ダンディーはもっとリュドミアを急かした方がよろしいのでは。
仕方ないなぁ。
初老ダンディーのために私から攻めて、早く宿に帰れるよう手配してあげましょう。
私は右手をリュドミアに向け、大声だが少し可憐みと色気を加えて“ざまぁ”を放った。
「ざまぁはぁぁん!」
見事、私の“ざまぁ”の波動はリュドミアに向かって一直線だ。
(決まった!)
リュドミアは相変わらず涼しげな顔で縦ロールの髪をかき上げた。
「爽やかな風だわ」
私の“ざまぁ”が爽やかな風と共に彼女を通り過ぎて行った……私を含め、姉妹全員もそう見えたに違いない。
リュドミアは何事もなく爽やかな風と戯れている。
「?」
なに、夢? これはただのケアレスミスだよね……駄目ならもう一撃出せばいいだけ。
「ざまぁ!」
私の“ざまぁ”は確実にリュドミアを捉えた。
「爽やかな風だわ」
リュドミアは相変わらず涼しげな顔で縦ロールの髪をかき上げた。
そして爽やかな風が彼女の髪を優しく撫でた。
(ざまぁが爽やかな風となって彼女を通り越して行った……)
私は連続二回の“ざまぁ”を使ってみた。
「ざまぁ! ざまぁ!」
今度は防げないはず!
「爽やかな風だわ、爽やかな風だわ」
リュドミアは二回爽やか表情で縦ロールの髪を二回かき上げた。
これがリュドミアの必殺技⁉︎
爽やか表情を崩さないリュドミアは笑みを浮かべた。
また連続掛け声をしてみた。
「ざまあ! ざまぁ! ざまぁ!」
「爽やかな風だわ、爽やかな風だわ、爽やかな風だわ」
再びリュドミアは爽やかな笑みを浮かべながら縦ロールの髪を三回かき上げた。
それと共に私のざまぁな爽やかな風が彼女の髪を優しく撫でながら通り過ぎていった。
「参ったかしら……フフッ。
この必殺の技“爽やか風だわ”はざまぁの心の力をほとんど使わないですから何度でも繰り出す事が出来るのよ。
どうかしら……負けを認めなさい。
今、敗北を認めればアナタのざまぁな姿を皆んなにさらさずに済むわよ」
なんてこったい!
アンジの“ざまぁ返し”はざまぁの心の力をたくさん使用しているせいか、だんだん身体の動きが悪くなっていった。
しかしリュドミアは相変わらずの澄まし顔だ。
彼女の爽やかな表情は、ざまぁの心の力をほとんど使わないからっていうの?
……ざまぁの心の力ってなに?
……なぜ、マアガレットはなんにも教えてくれない……
はっ! マアガレットは悪役令嬢だから私にイジワルしているのか?
私は悪役令嬢のマアガレットを含む餓鬼ども四人衆の方に目をやった。
「ユリ……」
マアガレットが心配そうに私を見ている……
「ユリお嬢様……」
カレンダが私が負けて倒れるのを見越してお布団を用意している……
「ユリお姉様……」
ああ、エルサは私の事が心配で紅茶を入れる手が止まっている……
「ユリお姉ちゃん……」
ああ、テルザは私のざまぁの映像が観れるとワクワクしている……
私が皆んなの顔色を伺ったので、皆んなに余計心配させたようだ……テルザを除いて。
さて、どうしましょう。
でも、出来る事は今までのように連発するしかないし……
私は仕方なく再び右手を上げて手のひらをリュドミアに向けて叫んだ。
「ざまぁ! ざまぁ! ざまぁ! ざまぁ!」
「爽やかな風だわ、爽やかな風だわ、爽やかな風だわ、爽やかな風だわ」
またもやリュドミアは涼しげな顔でざまぁな爽やかな風を受け流した。
「ユリ、大丈夫なの?」
見ているだけのマアガレットは心配しか出来ない。
心配なら代わってもらっても良いですか?
私はそう言いたくなったが、ぐっと堪えた。
私の無双のざまぁに勝てないマアガレットは、リュドミアには勝てないのだから……
「だいぶお疲れのようね……アナタのざまぁの心の力はまだ残っているかしら……フフッ」
確かに私は疲れている。
同じ言葉をずっと言い続けてるし、右手も上げっぱなしだし……もう飽きたし……
私の声帯は限界に達し、右腕の体力も失われ……なにより、ざまぁ対戦には興味がないですから……
しかし……うーん。
やっぱり私には“ざまぁ”を連発するしか能がないわ。
……そうだ!
私は右手を上げてリュドミアに向けた。
リュドミアも髪をかき上げる準備をした。
「ざまぁざまぁざまぁざまぁざまぁざまぁざまぁざまぁざまぁざまぁ……」
「爽やかな風だわ爽やかな風だわ爽やかな風だわ爽やかな風だわ爽やかなガセダワプシュ‼︎
噛んジッタァ〜!」
リュドミアは私についてこれずに言葉を噛んだようだ。
縦ロールの髪をかき上げる動きもついてこれない。
私の早口言葉風、連続ざまぁ作戦が成功したわ‼︎
「ざまぁ!」
私はこの隙にとどめの“ざまぁ”を繰り出した。
リュドミアは口を押さえている。
どうやら言葉を噛んだだけではなく、舌も噛んだみたいで痛い表情でこちらを見た。
「ん〜んん! んんん〜ん!」
なにを言っているか分からないリュドミアは、私の“ざまぁ”を受け入れるしかない。
…………
…………
カラーン! カラーン! カラーン!
…………
さあ、リュドミア劇場の開演です。
ブラックアウトした周りが徐々に明るさを取り戻し、どこかの屋敷の中を映し出した。
部屋の中は黒い小物がたくさん飾られ、壁にも黒い装飾が備え付けられてあった。
「リュドミア、いい加減にしてくれないか!
屋敷の中が黒い物だらけになっているではないか!」
三十代くらいの男が黒い服を着ながら怒鳴り散らした。
部屋の中央には黒いテーブルに黒いテーブルクロス、そして黒いテーカップを持つ黒いドレスを着たリュドミアが黒いイスに座って黒服の男の罵声を聞き流していた。
「オレの友人たちは影でリュドミアのことをなんと呼んでいるか知っているのか!
皆んなオマエのこと魔女と、黒魔女と呼んでいるんだぞ!」
男は部屋中を怒鳴りつけながら回り続けている。
それでもリュドミアは涼しげな表情で紅茶をすすり続けた。
「結婚する前のオマエのあの白いドレス姿はどこに行ったんだ⁉︎」
“ガチャ!”
リュドミアは思わずティーカップをソーサーに音を立てて置いた。
「あんなモノ、ワタクシの趣味じゃございませんコトよ。
家族の者に無理矢理着せられたに決まっているではありませんか!」
「オレはあの純白で純真なオマエが良かったのに……オレを騙してやがって!」
「マッ! ワタクシは黒くても純真でしたのに……もういいですわ! 来なさい!」
“パンパン!”
リュドミアが手を鳴らすと部屋の外から楽器を持った楽団員がぞろぞろと入って来た。
「今日は……そうね……ドドスコスキーの『後奏曲、への一番』を聴かせて」
「かしこまりました」
こうべを垂れた指揮者らしき人物も楽団員全員、黒服だ。
さらに楽器まで黒く塗り潰されている。
しかも全員男性で黒髪で黒ヒゲを生やしている。
「こんな時に演奏だと!」
男はさらに怒りを露わにした。
「貴族ならどんな時でも優雅に過ごさなせればなりません」
なんだかリュドミアがかっこ良く見えた。
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