第34話 百合の高所恐怖症
三十分で我が家に着いた。
私たちの馬車の他、もう一台の馬車もついて来た。
別働隊の地上班の馬車らしい。
私はゆっくりと馬車から降りた。
これから飛行船の弁償の話が行われるのでしょう、気が重いです。
カレンダが出迎えてくれた。
でも、びっくり! お客さんをたくさん連れて来たものだから慌ててマアガレットを呼んだ。
マアガレットは客を見て眉をひそめた。
「大タルソーニア皇国の軍がなにようですか?」
それに親衛隊長のヌゥベルが応えた。
「リュドミア・ゴスロリスキーの失踪の件について伺いたいのです」
そちらの件ですか、このまま飛行船の故障の件はスルーして欲しいですね。
ヌゥベルと部下二人、新たなおじさん軍人と小さい大人の補佐役の男は裏庭のティー会場に案内され、私を含めた七人で薔薇のエキスが入った紅茶で乾杯した。
「と、おっしゃると彼女らはざまぁ対決で負けたあと、そのまま隣村の宿屋に帰ったと」
あまり情報が得られず、がっかりするヌゥベル。
そんなことより飛行船の話は出ませんように……ひたすら手を合わせてお祈りをする私。
補佐役の男ギャンブレーが話の補佐をした。
「リュドミア・ゴスロリスキー伯爵はかなりのざまぁ使いとの話ですがユリ・リボンヌ嬢はどうやって勝てたのですか?」
「……ユリのざまぁは基本のざまぁ力が強いのです」
マアガレットはあまり言いたくない感じだ。
どうやら私のポテンシャルを世間に知られたくないようだ。
貪欲な彼女は私を独り占めしたいのだから仕方ない事だ。
それにもっと広まったら、大人気者で引っ張りだこになってサイン責めにあって、スケジュールがぎっしぎしでプライベートがなくなるのが耐えられなくなって、私は引きこもりになってしまうでしょう。
補佐は今度は私に質問をした。
「アナタの技はどういったものなのだ?」
「え〜ここんとこがこうなって……こうですね……わ、分かりません!」
猫のみゃー助からいただいた力とは流石に言えない。
異世界人とバレてしまいますから。
「……そうですか……それからアナタが飛行船にざまぁをかけましたね?」
「ぎょえっぴ!」
あ〜ん! やっぱりこの話は出ましたか……
「ユリ、どういう事?」
マアガレットは不思議な顔をした。
事情を知らない人には不思議な話ですよね。
私は覚悟を決めて発言した。
「お金はないです! チャラにしてください!」
私は頭を下げて大金のチャラをお願いをした。
マアガレットから借りたら、一生イキ地獄です。
私は百合であって百合ではないのだから、耐えられません。
「イエ、そういう事でななく、ただ単純にざまぁだけの力で飛行船を行動不能に出来たのですか?」
えっ、弁償は結構という事ですか? そういう事ですよね? OK?
「ユリ、どういう事?」
マアガレットが私に聞いて来た。
「泡わ! そ、そういう事です」
「ユリ、あいからわず意味が分からないわ」
「マア、その事はあとにしまして……マアガレット嬢、アナタの先祖に大予言者ノセタラ・ダマスがいらっしゃいますよね。
その予言の一番有名な予言、1919の予言の意味する事が解りますか?」
急に予言の話に変わってマアガレットも私もびっくり!
「ノセタラ・ダマスって誰だ?」
ヌゥベルの部下のひとりが話に入って来た。
「黙りなさい!
そうでしたか……アナタがあの大予言者ノセタラ・ダマスの御子孫であったか……」
やーい、叱られたぁ! 私に酷い提案をしたバチが当たったと心の中で大はしゃぎした。
ヌゥベルは話を続けた。
「ワタシは第十三王女マドゥーラ様の親衛隊隊長。
マドゥーラ様は予言のざまぁを得意としておられましてノセタラ・ダマスの事は大変お調べになっておられました」
ざまぁの予言? そんなものがあるのか。
「イエ、ワタシには予言の詳しい内容は知らされておりません」
マアガレットは知らないようだ。
クノイチの番子はマアガレットが知ってると言ってたのに。
このティー会場にエルサが言伝の手紙を持って現れた。
ヌゥベルに手渡すと、それを読んだ彼女はイスから立ち上がった。
「飛行船が直ったようだ。
直ちに次の目的地に向かう事とする。
皆んな準備に取り掛かれ!」
「ハッ!!!!」
部下たちは一斉に立ち去る準備をした。
ふう〜、どうやら弁償はなかった事になりそうです、良かった良かった。
私は暗いどんよりとした気持ちが、晴れ渡り花がパッと先開いたからのような気持ちになった。
「ユリ・リボンヌ……湖の事、大変迷惑をかけた……お詫びをする……すまなかった……」
ヌゥベルが私に詫びを入れて来た。
驚いた私は上手く対応出来ない。
「そうでありんすか……」
でもこれで一件落着、良かった良かった。
私は立ち上がって喜んでいると、ヌゥベルはまだ目の前に立っていた。
「ぎょぎょぎょ!」
ヌゥベルは私を見つめたまま膠着している。
私はどうする事も出来ずに膠着状態になった。
見つめ合う二人……
「バレッシー伯爵様、部下の皆さんはお帰りの準備が終わったようですわ」
マアガレットが私たちの間に入って邪魔をしてくれた。
「リボンヌ子爵……ご自愛くださいませ」
ヌゥベルは颯爽と帰って行った。
***
ヌゥベルは飛行船に乗る時も、私を見つめながら乗り込んだ。
彼女たちを見送った私はせいせいした。
なにしろ彼女の百合は未遂で終わったのだから。
「ユリ、どういう事かしら。
あのオンナとはどういったお関係なのかしら」
私の背後から悪魔の声がした。
「マ、マ、マアガレットお姉様ぁ……なんの事でしょうか?」
私は怖くてうしろを振り向けない。
マアガレットはうしろから私を羽交い締めにして胸を揉み出した。
「あんあん! なんでもありましぇぇん! ただお漏らししただけでぇぇしゅっ!」
「マッ、なんてはしたない子なんでしょう。
これは躾が必要ね」
「え〜〜! それって地下の拷問室行きですかぁぁ!」
私は飛行船が行ったあと、地下の拷問室に行きました。
***
ヌゥベルは艦橋の窓から下にいるユリ達をいつまでも見ていた。
彼女はうしろからマアガレットに抱き締められていた。
今日の出来事で不安なユリをなぐされてあげたのだろう。
二人の姿を見ていたら胸が苦しくなって来た。
(なぜ?)
こんな思いは生まれて初めてだ。
初めて出会った湖……湖の水しぶきが光を反射してキラキラと輝いていた……そこから現れたのは布教用テキストの挿絵よりも美しい少女……いや……やはり彼女は女神……
「ユリ様!……あっ、ワタシは今なにを……」
ヌゥベルは遠ざかって行くユリを潤んだ瞳で見つめながら叫んでいた。
***
マアガレットと二人っきりの地下の拷問室……私は金属のイスに座らされただけで縛られもしない……でも心は縛られて逃げ出す事は出来ない……
「ハアハア、ユリ……アナタのすべてはワタシの物なの……」
あいからわず独占欲で意地汚い餓鬼リーダーのマアガレット。
「はあはあ、あの軍人さんとは……あん! 話をしたああ〜ん! だけですぅぅぅん……」
「ユリは皆んなが欲しがる魅力を持っているから鳥かごを用意しないとダメね」
「そ、しょんなぁ〜!」
酷い提案です。
「ハアハア、ユリ……予言の話が出たから知りたい?」
「はあはあ、そんにゃあ〜!」
予言の話? でも私の思考能力が現在十パーセントまでダウンしているので、どこまで理解できるか分かりましぇぇん。
「ハア……でもワタシも憶測しか言えないわ……意味は教えてもらっていないもの……フゥ」
マアガレットが知らない事が確定。
「でも最初の数字1919の事なら知っているのよ……アウン!」
クノイチの番子が1919の事を私のイクイクだと嘘を教えた数字の謎が解明される。
「この数字はアナタの国の言葉でイクイクというのは知ってるでしょ。
よくイクイクって言うからアナタの事だと思うわ」
ふざけないで! クノイチと同じ事を言われた。
そんなエッチな事を大予言者が言う訳ないでしょ!
しかも堂々と装丁が豪華な本の一番メインな所に書き入れる訳がない。
「ソコは確定よ」
そんなぁ〜恥ずかしい。
「アトネェ、最後の末妹……これもアナタの事だと思うわ」
最後の末妹……確かにマアガレットがこのまま百合で通すなら私が最後の妹になるかも……
そうなったら……そうなったら……
「ああぁぁん、い、い、1919ー!」
このあと記憶がありません。
***
この夜、私は眠れずに部屋の窓から顔を出して夜空を眺めていました。
雲がなく星がよく見えます。
「風が涼しいわ……夜遅くまで起きてるなんていけない子……うふ」
星空は私を包み込み、どこまでも続いて行きます。
前の世界では、いくら田舎に住んでいてもここまで綺麗には見えませんでした。
「あっ、流れ星!」
今、私の目の前を通過しました。
すぐさま祈りを捧げました。
(いつまでも世界が平和でありますように……)
また流れ星が落ちて来るかもしれません、私は窓から身を乗り出して遠くまで探しました。
むっ!
遠くて光が点滅しているように見えます。
むむっ!
少しづつ近付いているように見受けられます。
むむむっ!
やはり幻ではありません。
「ぎょえっぴ!」
昼間見た飛行船がやって来るではありませんか!
どんどん我が家に近付いて来ます。
あっという間に真上です。
飛行船からロープが一本だけ垂れて来ました。
そのロープは私のいる窓に来ました。
真上を見るとなにかがロープを伝って落ちて来るのが見えました。
人、人です! 人がひとり降りて来る!
私の名前は百合ですが、百合ではありません!
この衝撃的事件で私は真実に目覚めた。
いえ、今はそんな事に喜んでいる場合ではない。
何ヤツ!
その人物は私の目の前で止まり、手を差し伸べた。
「ユリ様! お迎えに参りました」
その時、飛行船から強力なエレキテルランプが点灯して辺り一体を照らし出した。
私に手を差し伸べた人物はヌゥベル親衛隊長!
頭にエレキテルランプを刺してちょっと怖い。
「サア、手を握って」
私は急な出来事で対応出来ず固まっていた。
“バーン!”
私の部屋のドアが思いっきり開いた。
「ぎょえっぴ!」
「ユリ! 大丈夫! 窓から下がりなさい!」
ドアを開けたのはマアガレット。
私がマアガレットに意識をしている間にヌゥベルは私の手を掴んだ。
そしてグイッと引っ張られた私はヌゥベルの腕の中、あぁ〜ん!
「マアガレット嬢! ユリ様はワタシがいただく」
「待ちなさい!」
マアガレットの静止も聞かずに私を抱いたヌゥベルはロープに引っ張られながら飛行船の中へと向かって行く。
「あ〜れ〜!」
私は悲鳴をあげたが、誘拐される事よりも高所恐怖症なので高さに悲鳴をあげていた。
「ユーリー!」
下でマアガレットの叫び声が聞こえる。
もう届かない位置まで私たちは上昇している。
「ユリ……」
マアガレットは諦めたかのように下を向いて呟いた。
「マアガレット嬢! 百合様の救出、私クノイチの貼足番子にお任せあれ」
マアガレットの背後に、いつの間にクノイチの番子がいた。
「ア、アナタはあの時のニンジャ!」
「そこを退いてくださいませ。
私が必ず連れ戻して来ます」
番子はマアガレットを窓から退かして、まだ垂れ下がっているロープ目掛けて飛び出した。
しかし、あと一歩足らずロープには届かなかった。
番子は真っ逆さまに落ちていった。
「あ〜れ〜!」
その間に飛行船はロープを回収してハッチを閉じた。
そして移動を始めた。
番子は運良く裏庭の花壇に落ちたので生きていた。
「マ、マアガレット嬢! か、必ず助けて戻って来ます」
番子は足を引きずりながら飛行船を追っていった。
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