第12話 百合のohトモダチ

 そこは美しい庭園であった。

 花々が咲き乱れて華やかであった。

 花壇と花壇の間の石段に小さな女の子……子供の頃のエレェイヌが、そこにいた。

 

 あれ? ここって私ん家の庭だよね。

 向こうから女の子がやって来た。

 あれはマアガレット!

 年齢は以前観た映像より、若い小学校の中学年くらいだ。


 エレェイヌとマアガレットが見つめ合っている。


 ……二人とも、カワイイ……


「マアガレットお姉様ぁ!」


 ぬぬ?

 エレェイヌがマアガレットを、マアガレットお姉様と呼んだ?


「ドォ! お部屋に飾るお花は見つけた?」


 マアガレットがエレェイヌに優しい目で話した。

 どうやら部屋の花瓶に刺す花を探しているようだ。


「ワタシにはどれがいいのか、分かりませんわ?」


 どこかマアガレットに甘えるように聞いて来た。

 エレェイヌのおバカさん、自分で選べないなんて。


「アナタにはこの花が似合うんじゃなくて」


 マアガレットお姉様……エレェイヌには食虫植物がよろしくてよ、ほほほっ!


「マアガレットお姉様ぁ! お目が高いですわ!」

 

 お子様なら『お値段が高いんでしょ!』って駄々をこねた方がよろしくてよ、ほほほっ!


「アッ、フルイア! サッ、行きましょう! エレェイヌ」


 玄関の近くで、あのメイドのフルイアが二人をじっと見つめながら立っていた。

 マアガレットはフルイアの元へ歩き出したが、エレェイヌが彼女の手を掴んで引き止めた。


「お、お姉様ぁ~」


「どうしたの?」


 モジモジしているエレェイヌに困惑している幼いマァガレット、なんて可愛らしい場面でしょう。


「お姉様ぁ、大好き……」


「マア! ワタシもエレェイヌの事、大好きよ!」


 微っ栗、衝撃の百合展開!

 いえ、子供同士の大好きだもんね、友達としての大好きだよね。


「違うの! そういうんじゃなくて……

 ワタシ! お姉様のお嫁さんになりたいの!」


「エレェイヌ……」


 衝撃の百合展開! パートⅡ!

 本当に百合の話でした。

 エレェイヌの真っ赤な頬がさらに赤く染まりリンゴのようになった。

 マアガレットも釣られて頬が赤く染まっていった。

 

 えっ!

 エレェイヌは顔をマアガレットに近付けて、唇を突き出した。

 まあ! エレェイヌったら。

 二人の幼い唇が磁石のように吸い付いていくようだ。


「ごめんなさい!」


 マアガレットはエレェイヌを突き飛ばして、メイドのフルイアの方へ走って行った。

 突き飛ばされたエレェイヌは転んでしまい、花壇のレンガに頭をぶつけて頭を押さえてうずくまってしまった。


「ウエッツ! ウエッツ!」


 身体を痙攣させながら泣いているエレェイヌ。

 フルイアの所に着いたマアガレットは彼女に抱きついた。

 しばらく抱き合った二人はエレェイヌの所へ歩いて行く。

 マアガレットがフルイアを引っ張って連れて来たのだ。


「ワタシ、フルイアと付き合ってるの。

 だからアナタと付き合えないわ」


「そ、そんなぁ~」


 マアガレットはフルイアに再び抱きつき抱擁して見せた。

 

「マァガレットお嬢様ったら、フフ」


 フルイアが怪しい目付きで微笑んだ。


「ワタシ、フルイアと結婚の約束をしているの。

 エレェイヌ、だからアナタとは結婚出来ないの!」


「ガーン‼︎」


 今、子供のエレェイヌが『ガーン‼︎』って口に出して言ったよね!


 百合百合で愛し合うマアガレットとフルイアの二人は、映像を観ている十八歳の今のエレェイヌの方に振り返った。


「エレェイヌ、アナタの身体には興味ないの」


 マアガレットはとんでもない事を告白した。


「マアガレットお嬢様はワタシのモノなよ」


 フルイアは今のエレェイヌの見ている目の前で幼いマアガレットを抱きしめた。


「ガーン‼︎」


 過去の映像のフルイアの言葉に現代のエレェイヌが『ガーン‼︎』と応えた。

 いつの間にか過去の映像は停止していて、新たなざまぁな展開に移っていたようだ。

 百合カップルの二人はトドメの決め台詞を言い放った。


「ざまぁ!!」


「イヤヤー‼︎」


 目の前にいる今のエレェイヌが頭を押さえながら悲鳴を上げた。

 そしてその彼女に向かって“薔薇の棘”が天空から胸元に落ちて来た。

 長い針の様な“薔薇の棘”は彼女の胸に綺麗に刺さった。

 同時に赤い薔薇の花びらのような物まで舞い散った。


(まあ、綺麗だコト)


「去、去……去くぅーー!」


 エレェイヌは去き果て床に崩れ落ちた。


 …………


 カラーン! カラーン! カラーン!


 …………

 …………


 昔の世界の立体映像が消え、振られた女エレェイヌが気を失って倒れている。

 エレェイヌとマアガレットの恥ずかしい映像が会場全体に流れたので、皆んなは対応出来ずに動かなくなっていた。

 

 おろおろ~おろおろ~!

 私、勝ったんだよね。


 “パチ!

 パチパチ!

 パチパチパチ!”


「ウワー!!!」


 周りのお嬢様方から拍手喝采が起こった。


「凄い“ざまぁ”でしたわ!」

「アナタも観た!」

「こんなの初めて!」


 称賛の声が聞こえる。

 皆んなが私の事を褒め称えている。


「アナタ! 凄い“ざまぁ”でしたわ」

「アナタ! マアガレット様の妹君でしたわよね」

「アナタ! こんなの初めて」


 私の所にお嬢様方が集まって来た。

 大注目な私、えっへん!

 マアガレットの方を向いたら、彼女もお嬢様方で人だかりだ。

 こんなに祝福された事は今までに一度もない出来事。

 まさに有頂天な私!


 ふと、エレェイヌの方を見た。

 彼女は一人ポツンと気を失ったままだ。

 誰も彼女を助けてあげない。

 敗者には誰も寄り付かないのか?


 ざまぁ……違う! 彼女は今までの私……

 学校でも、村の行事でも、いつも独りぼっちの私みたいだ。


 エレェイヌに同情と親近感が湧き始めた私は、助けに行った方が良いのではないかと思った。

 でも簡単には足が動かない。

 彼女に声をかける勇気がないのだ。

 どうしよう……

 あっ、そうだ! 彼女には貸しがあったんだ、助けて返せば良いんだ。

 そう思うと足取りが軽くなった。


 私はエレェイヌの所へ向かって彼女を上から見下ろした。


「エ、エレ、エレェイヌ……」


 おどおどしながら小声で叫んだ。

 ダメだ、こんな事では起きるはずがない。

 私は勇気を持って彼女の頭を持ち上げて膝枕をした。


「エレェイヌさん! エレェイヌさん!」


 彼女は起きない。

 初めて膝枕をした私は少し大胆になって、彼女の頬を軽く叩いた。


 “ぺたぺた”


 それでもまだ起きない。

 もう少し強めにしないとダメだ。


「エレェイヌ! エレェ犬!」


 初めての膝枕で興奮した私はさらに大胆になって力一杯頬を叩いた。


 “ばしゅっん‼︎ ばしゅっん‼︎”


「えれぇー犬‼︎」


 両頬を叩いたので首が左右に揺れて取れてしまうかと思えた。


「……ンッ……」


 ようやく目を覚ましたエレェイヌの頬が真っ赤に腫れ始めた。


「よ、よ、ようやく目を覚ましましたか」


 エレェイヌの頬が見る見る内に腫れていったが、私は何事もなかったように振る舞いながら作り笑いで介抱した。

 

「ユリさん……アナタがワタシを……ンッ!」


 エレェイヌは自分の頬の異常に気付き始めて手を当てた。


「エ、エレェ犬!……ど、とうしたの?」


「……痛い……痛いわ!」


「な、な、なんの事でしょうか?」


 なんとかシラバくれようとアレコレ考えた。

 どうしましょう……こうなったら出来ない口笛を吹いて誤魔化すしかない。


「♪ひゆうぅ~ぴ……」


「痛い! 頬が……

 イエ、ワタシの心が痛いのですね……」


 彼女の脳が勝手に脳内変換してくれたのですね……ありがとう神様。


「アッ! ごめんなさい! もう大丈夫だから……

 ウッ!」


 彼女はまだ起きれず辛そうです。


「まだまだまだまだ、休んで!」


「アナタは勝者よ。

 勝者はみんなから称賛される栄誉を受けるべきよ……」


「これは貸しを返したたたたけです!」


「ユリさん……」


 これで貸し借りはチャラです、ふぅ!

 そうだ! もっと優しくして貸しを作ったように思わせれば……私グット、グットだわ!

 私はエレェイヌの頭を撫でて、優しく微笑んだ。


「エレェ犬……」


「ユリさん……」


 そういえば、私さっきから呼び捨てだわ。

 エレェ犬さんになんて失礼な!

 そうだわ、これをキッカケに!


「わ、わ、わ、私達……お、同い年だから……トモダチ!

 な、な、名前! お呼び捨てにしなな、ない!

 ワタシタチ……ohトモダチ」


「……ユリさん……分かったわ……

 それじゃ……ユ、ユリ……」


 彼女は頬以外の顔も赤らめ、私に目を潤ませながら微笑んだ。


「エレェ犬……うふふっ!」


 私も唯一の必殺技、微笑み返しで対抗した。

 昔から使っている自分を守る防御策だ。


 彼女の表情から険しさがなくなり、マイルドになっている事に気が付いた。

 ひょっとして“ざまぁ”には除霊の効果もあるのか?


「ユリ……アナタ、とても可愛いわ。

 黒い髪も……つぶらな瞳もとっても……」


 エレェイヌは私の首に腕を巻いて、顔を近付けて唇を突き出した。

 これって、“ざまぁ”の世界でエレェイヌがマァガレットにしたのと同じ事を……

 彼女の唇が私の唇に急接近! 避けきれない!

 どうやら除霊は失敗したようだ。


 その時、得も知らぬ力が加わってエレェイヌの頭が床に叩き付けられた。


「サア、ユリ、帰るわよ!」


 その未知の力はマアガレットのハンドパワーで、床にに叩き付けられたエレェイヌは頭を押さえてうずくまっていた。


「ウエッツ! ウエッツ!」


 身体を痙攣させて泣いているエレェイヌから引き離された私は、マアガレットに手を引っ張られて早足に玄関に連れて行かれた。


「マアガレットお姉様! どういたしましたの?」


「いいから!」


「まだ、ダンスをしていません!」


「ユリ! なにを言っているの?

 ダンスなどしないわ!」


 ダンスをしない舞踏会なんて……

  玄関を出て馬車へと向かったが、カレンダが居なかった。

 まあ、ずっとここに居るわけないよね。


「カレンダを呼んでくるわ!」


 マアガレットったらどうして?

 はっ! 私とエレェイヌの事でヤキモチ妬いているのかしら、ふふふっ。


 カレンダがやって来て急いで馬車を動かす準備をした。


「お姉様ったら、ヤキ……どうしたのかしらぁ~」


 マアガレットから『ヤキモチしました』って言わせたい。


「まったく、私の恥ずかしい過去まで皆んなに観られたじゃない!」


 あっ、ヤキモチじゃなかった。

 マアガレットが恥ずかしいって……嘘だ! 有り得ない! マアガレットには羞恥心なんて生まれてこのかた存在しないはずだ!


「あの時のワタシを誰にも見られたくなかったわ。

 ……アナタには二回も見られたわね。

 ところでアナタの世界の、あの続きはどうなるの?」


 私の“ざまぁ”の世界の続きの事でしょうか。


「あの続きですか……大した事はありません!」


 実際、マァガレットの過去と比べれば、本当に大した“ざまぁ”ではない。

 馬車に乗り込んだマァガレットは追求はせずに窓から外を眺めていた。


「……初めての武闘会、どうだった、ユリ」


「武闘会ですか……武闘会?

 え~! 舞踏会ではなくて武闘会だったのですか?」


 マアガレットはなにも語らず、再び窓の外を眺めた。

 彼女の肩が揺れているのは、メイドのフルイアの事を思い出して悲しんでいるのだと思い、そっとしておいた。

 真実は、私の舞踏会を武闘会と勘違いしたのを聞いたマァガレットは、笑いを堪えて肩が揺れていただけであった。


 それにしてもマアガレットとあのメイドのフルイアの間には触れられたくない、なにかがあるのかしら。


 屋敷に帰ってから、私が舞踏会と武闘会を間違えていたのをマァガレットがメイド達に開口一番で言いふらした。


 私はメッチャ笑われた。

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