第11話 百合のグッドソルト!

 皆さん、下品に腹を抱えて笑っている。

 マアガレットが、こちらを見て困り顔をしている。


 ごめんなさい、お姉様!

 あぁ私、いつもこんなのバッカリ!

 私の人生、恥だらけ!


「アナタ、中々面白い人ね」


 エレェイヌは私を背にして大勢のお嬢様方に声をかけた。


「サア! 皆んな、たくさんの料理を用意いたしましたわ!

 優雅なひと時を楽しみましょう!」


 皆んなの興味が用意された食事の方へと向かった。

 これってエレェイヌが助けてくれたのかな?


「アナタ、彼女に貸しを作ったわよ」


 マアガレットが耳元で小声で囁いた。

 やっぱりそうだったんだ……

 ついでにお姉様は私の耳たぶを甘噛みした。


「あふん!」


 え~、こんな場所でも……ですか?


 そのあと、私はマアガレットの金魚のフンとして後ろに隠れて誰にも気付かれないよう堂々と振る舞った。 

       

「それでは、いよいよお待ちかね! 武闘大会の始まりよ!」


 エレェイヌが音頭を取ってなにか始まるみたいだ。

 お嬢様一同も大盛り上がりだ。

 大会って……そう、舞踏会だもんね。

 優雅で甘美なダンスパーティーが始まるんだわ!


 私はメイドのみんなから密かにダンスを教えてもらったのだが運動オンチなので大して上手くならなかった。

 そう、ヤッセーノ姉妹から教わった翌日、もうひとりのメイドのカレンダにレッスンを頼んだのだ。


 しかし、カレンダは優雅なステップのダンスを披露してくれたが、私はまったくついていけずにガッカリさせてしまったのだ。

 方針を変えたカレンダは私に淫美なプレイのダンスの教示を始めて私たちは優雅にイってしまった。


 なので、ダンスが始まったら会場の隅で空気になる予定だ。

 しかし、女の子ばかりのダンスパーティーだなんて……


「まずは、お互い因縁のある二人から、ドウゾ!」


 因縁?

 あぁ、このダンスで仲直りするのね!


 二人のお嬢様が会場の真ん中で向かい合い睨み合った。

 周りの皆んなが静かになって空気が変わった感じがした。


 なになに、なんですか?


「ユリ、よく見てなさい! アナタもここで戦うのよ」


 た、た、た、た、戦う? なぜですか?


 マアガレットは応えてくれなかった。

 それは私が口をパクパクしただけで音声を発しなかったからだ。

 仕方がないので二人の様子をただ見学した。

 

 二人のお嬢様は真剣な表情でお互いを見ていた。

 双方がなにかのタイミングを図っている感じだ。


 二人のお嬢様が突然叫んだ!


「ざまぁ!」

「ざ・・」


 きゃぴっ! 

 えっ! “ざまぁ”って、ひょっとして?


 …………

 …………


 カラーン! カラーン! カラーン!


 …………


 例の教会の鐘のような音が響いて……

 あれ、場面が変わらない? 例の面白可笑しい映像が流れない。

 動きを止めたお嬢様二人が立ったまま、なにも変わらない。

 DO YOU 事?


 戸惑っている私に、マアガレットが察して教えてくれた。


「“ざまぁ”にはいろんなタイプがあるの。

 一般的なタイプは“ざまぁ”を掛け合った二人だけが、あの世界を観る事が出来るの。

 それより強い力を持った人は周りの人にもあの世界を観せる事が出来るわ。

 ……そしてアナタは屋敷の外まで観せられる事が出来る凄い子なのよ」


 私は初めて自分が凄い子だと知れた。 


「ぐふふっ」


 だけど、どちらのお嬢様の“ざまぁ”の技が掛かったのか分からない。

 しばらく見ていると、片方のお嬢様の胸元に光の針のような物が突き刺さった。


「あ、あれは!」


 自分やマアガレットに飛んで来た光の針と同じ物だ。


「ソウ、あれは“薔薇の棘”と呼ばれる物よ。

 勝敗は決まったわ。

 “薔薇の棘”が刺さった方が負けよ」


 マァガレットはなにも知らない私に教えてくれた。


 …………


 カラーン! カラーン! カラーン!


 …………

 …………


「オエーン、オエーン! 去っちゃったよ~!」


 “薔薇の棘”が刺さったお嬢様が泣き崩れ、そのあと気を失ってしまった。


「どうやら勝敗がついたみたいね」


 そう言ってエレェイヌは立っていた方のお嬢様の腕を上げた。


 よく分からない? ちぷんかんぷーん?


「マアガレットお姉様! なぜ、すぐに“ざまぁ“を出さなかったのですか?」


 不思議過ぎて早口で聞いてしまった。


「マズ、心の準備が必要なのよ。

 精神を統一しないと“ざまぁ”は使えないから。

 それに意識を集中させないと簡単に“ざまぁ”が掛かってしまう事もあるから。

 返し技のある“ざまぁ”もあるから警戒していたのね。

 それで出遅れてしまう事もあるけれど……」


「技……」


 なんか面倒臭い!


「フフッ、我が家秘伝の技“石の心”とかね」


 確かマアガレットが使っていた技の名前だ。

 技の名前は知っているけれど、どんなトリックなのか分からない。

 だって必殺技を使う時には大きな声で技の名前を叫ぶのが普通でしょ。


「そして、始まりの鐘の音“チャイム”が鳴ったらお互い動けなくなるの、普通は……」


 普通は……頭を使ったらお腹が空いてしまった。

 そういえばマアガレットの金魚のフンとして活動していたのでなにも食べていなかった。

 

 “ざまぁ”の掛け合いはドンドン進んでいったが、私は興味がないので料理が置いてあるテーブルの方へ足を運んだ。

 ブュッフェ方式の料理がずらりと……このよく分からないお肉、美味しそう!

 私は肉を片っ端から自分の皿にかき集めた。

 

「はふ、はふ、ぶりゅるる!」


 ちょっと味が薄いわ。

 あっ! 向こうのテーブルに置いてあるのは焼肉のタレ的な物かしら?

 テーブルの反対側には黒い液体の入ったガラス瓶が置いてある。

 少し遠くにあるが移動せず、テーブルの上で身体を伸ばして取ろうとした。


「グッドソルト!(よいしょ!)」

 

 ガタッ!


「ぎょえっぴ!」


 上手くつかめず焼肉のタレらしき液体が入ったビンを倒してしまった。


「ギャー‼︎」


 悲鳴が起こった。

 なんとビンを倒した向こう側にお嬢様が!

 焼肉のタレ的な汁がこぼれて、テーブルのすぐ向こう側にいた、後ろを向いてくつろいでいたお嬢様のドレスのスカートに茶色く付いてしまった。


「ア、アナタ! なんて事を!」


「ひぃ~! ご、ご、ごめ、め、め、めぇ~!」

 

 私は白目を向いて謝ったが、すぐに目をつむって下を向いたままじっと動けなくなった。

 また、人見知りのせいで上手く謝れない私。


「アナタ! 確か、マアガレットさんの妹でしたわね」


 茶色の汁をぶちまけた相手は、この会の主催さんのエレェイヌだった。

 そのエレェイヌの激オコのレベルは、私では対処出来ないので一目散に退散したいくらいのレベルですね。


「アナタ! チョット待ちなさい! 

 逃げようとなんで、とんでもない娘ですわね!」


 うしろを向いて背中を丸めてこっそり忍び足でウォーキングする私に向かってエレェイヌは言いがかりをつけて来た。


「のん、のん、のん!」


 NO! 違います、雲隠れです!

 私は振り向きざまエレェイヌに対して人差し指を立てて車のワイパーのように左右に振って全否定した。


「アナタ! このワタシ、エレェイヌ・テリアから、このまま逃げおうせると思っているの⁉︎」


「な、何枚だ~何枚だ!」


 まるで呪いだ。

 あの焼肉のタレ的な汁は呪物なのかもしれない。

 私はこれ以上罰が当たらないよう手を合わせて祈った。


「アナタ! ワタシと勝負しなさい!」


「笑止⁉︎」


 勝負ではなく笑止と言って欲しいという願望が、この口から出てしまった。

 エレェイヌは懐から白い布を私に投げつけて来た。

 どうやら木綿のハンカチーフのようだ。

 こんなに怒っているのに私にプレゼントするなんて、なんて心の広い女性なのでしょう。

 

「アナタ! 中央に来てワタシと勝負よ!」


 え~‼︎

 彼女は何回『アナタ!』と叫んだでしょうか?


 勝負とは一体なんなんでしょう?

 私はマアガレットに助けを求めようと泣きそうな表情で辺りを見渡した。


「ヘ、ヘルプミィあん!」


 マアガレットはすぐうしろから私の耳に息を吹き掛けた。

 この騒動を知った彼女は自分の方から来てくれたのだ。


「ユリ、勝負しなさい。

 相手からハンカチを渡されたら、それは“ざまぁ”勝負を正式に挑まれた事なのよ」


 マアガレットは後ろから私にピッタリくっ付き、耳元でアドバイスしてくれた。

 あれは呪いのハンカチーフ……のしを付けてすぐに返品したい。


「おね、おね……」


 ああん! マアガレットの吐息で耳がくすぐったい。


「アナタなら大丈夫よ。

 ワタシの妹として挑むのですから、負けるはずはないわ。

 堂々として挑むのよ、チュ!」


 あぁ~ん、お姉様! 分かりました。

 でも、最後の耳キスはいらないです。

 単純な私はアドバイス通り堂々とふんぞり返って中央の舞台に立った。

 マアガレットの耳キスで血行が良くなったせいか足取りが軽い。


「アラ、勇ましい事だコト」

 

 エレェイヌは私と対峙した。

 彼女も結構堂々としてるんですけど。


「アナタ、ユリさんでしたっけ? 歳はいくつかしら?」


「じゅ、じゅ、呪‼︎」


「今、なんとおっしゃったの⁉︎」


 エレェイヌは私の言葉に耳を疑って聞き直した。


「十八ですわ」


 マアガレットが私の代わりに答えてくれた。


「ホーホッ! ワタシと同い年ということですわね」


 そう言われればマアガレットよりも若いせいか、お顔の肌が綺麗かも。


「ユリ! ワタシの顔に泥を塗ったら承知しないわよ」


「は、は~い!」

 

 どきどきー! どきどきー! 私の心が読めたのかしら。


「ホーホッ! マアガレットさんを恥ずかしめないように気を付けなさいよね、ユリさん」


 う~、これは女の戦いでもあるんだわ。

 私も負けられない! どこかで対抗しなくては。

 せめて笑い声だけでも負けたくない!


「ほ、ほーほ、ほ、ほ、ほけきょ!」


 興奮で賑わっていた会場が一瞬で空気が変わった。


「な、な、なんなんですの?」


 エレェイヌや会場の皆さんは最先端の私の笑い声に戸惑っている。


「今のはなんだったのでしよう?」

「サアッ!」

「気合いかなにかでなくて……」

 

 ザワザワ……ザワザワ……

 いろいろ詮索しないでぇ! 緊張して口が上手く回らなかっただけなんです! ただの私のミステークですから。


 この会場に入ってから顔が赤くなる出来事ばかりで大変だ。

 きっと赤面勝負なら私の勝ちだ。


 それにしても恥ずかしい、マアガレットお姉様ぁ。

 マァガレットの方を見ると、うしろを向いて我関せずの構えをとっている。

 あ~ん、いけず。


「もういいわ! サア、始めましよう!」


 エレェイヌが真剣な表情になって身構えた。


「それでは、初めて下さい!」


 初見のお嬢様が急に現れて試合を仕切り始めて、びっくり!

 『初め』の合図でさっきまで、ピーチクパーチクうるさかったお嬢様方の声が静まり返った。


「……」


 いざ、対峙したらなかなか"ざまぁ"が言えない。

 嫌な空気で嫌な汗がどんどん流れ出て来る。

 今までの私なら嫌な汗をかく前にトンズラしていたので、こんな汗をかいた事がなかった。

 彼女が構えを変えながら近付いて来る。


 やっぱり怖い!

 でも相手を良く見ないと勝負すらならない。


 私は彼女を見て思い出した。

 エレェイヌは私を睨み付けて隙を狙っている姿が、田舎のコンビニでたむろっているヤンキーみたいでなんだか滑稽なんですけどぉ~!

 私が吹き出しそうになったのを堪えた瞬間、その隙を逃さずエレェイヌは腕を私の方へ伸ばして叫んだ。


「ざまぁ!」


 しまった! ヤられちゃう!


 …………

 …………


 カラーン! カラーン! カラーン!


 …………


 例の教会の鐘の音が鳴り響き、世界が変わり始めた。

 見覚えのある景色、私の田舎の風景が映り始めた。

 整備された田んぼと舗装された道路の映像が現れた。

 道路に沿って電柱が並んでいる景色が懐かしい。

 時間的には夕暮れらしい……

 そこをひとり歩いている私が見えた。

 長袖のセーラー服で髪はポニーテールにしている……中学二年生あたりか? 学校の帰りで季節は秋頃? 


 あっ! 道の向こうから田んぼを売って買った鈴木さんの真っ赤なポルシェがこちらに向かって来る。

 先祖代々から受け継いでいる大切な田んぼだ。


 その映像をお嬢様方が、口をポカーンと空けて観ている。

 皆んなが私の世界に釘付けだ。

 初めて見る景色なのだから仕方ない。


 はっ! 皆んなに観える位の"ざまぁ"の力がエレェイヌにあるって事?

 この先の展開って……

 いや~皆んな見ないで~! 私の人生、恥ばかり。


 私は自分の顔を手で覆い、ぶりっ子ポーズで誤魔化そうとした。

 はっ! 私“ざまぁ”の中でも動ける……ひょっとして!

 私は手を伸ばした。

 イケる!


「ざまぁ!」


 私の秘密の世界の映像が止まった。


 …………

 …………


 カラーン! カラーン! カラーン!


 …………


 私の世界の映像に上書きするかのように、新しい映像が広がった。

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