第32話 百合の美しき湖の女神

「無駄な抵抗をしなければなにもしない。

 ワタシは神聖タルタルソーニア帝国第十三王女マドゥーラ・コーフイ・モゥゴハァーン・タルタルポンズ・ベンダー様直属の親衛隊長ヌゥベル・ハウ・バレッシーだ。

 先程ここで“ざまぁ”を使用した人物を探している。

 心当たりがある者は名乗り出るが良い」


 親衛隊長のヌゥベルは長い台詞を噛まずにスラスラ言えた。

 

「ここにはワタシの他、部下の女性二名だけで男性はいない。

 入り口の立て看板に『女性専用、男立ち入り禁止死刑』と書いてあったからな」


 二人の女性も親衛隊でヌゥベルの部下だ。

 

「ここに一列に並んでもらおうか」


 ヌゥベルは薄着の少女たちに命令した。

 部下たちは独特の形状のライフル銃を彼女たちに突き付けて脅した。


「隊長の命令どおり早く並べ!」


 薄着の村娘たちは始めて見る武器だったので、短い変な棒で脅されていると思い、舐められていると怒り心頭であった。

 ライフル銃は宗主国である大タルソーニア皇国の軍人しか所持出来ないので地方の彼女らは分からない。

 ヌゥベルはもう一度聞いた。


「あの飛行船に向かって“ざまぁ”を仕掛けた者は誰だ?」


「……」


 ヌゥベルの高圧的な態度に誰も答えなかった。

 彼女は貴族の中で育ったので一般庶民の扱いには慣れていなかった。

 しかも爵位が伯爵の令嬢なので、庶民とはほとんど縁がなかった。

 身近な貴族軍人は庶民らを下に見て乱暴に扱っていたので、そうゆうものかと自分も同じ態度を取ったのだ。


「どうやら痛い目に遭わなくては分からないようだ」

 

 彼女は腰のサーベルを引き抜いて、村娘たちに向けた。

 これも彼女が見た貴族のやり方だ。


「サア、言え! 誰が我が軍の飛行船にざまぁを仕掛けた!」


 村娘たちは怯まなかった。

 剣よりざまぁの方が強いと信じていたからだ。

 でも一般庶民はざまぁの使い方を知らない。

 しかし、リボンヌ家のメイドが使える事は知っている。

 ひとり前に出て発言した。


「いったい、なにを怒っておいででしょう。

 ざまぁで機械を壊す事は出来ません!」


 メイドのエルサは皆んなの代表として前に出た。

 毅然とした態度であったが、テルザには姉が震えているのが分かった。


「そうです! そちらのミスで壊れたのではないでしょうか」


 姉のエルサひとりに負担させてはいけない! メイドのテルザも加勢した。


 思わぬ反撃にヌゥベルは怯んでしまい、次の言葉を見失った。

 お嬢様育ちのヌゥベルには自分に歯向かう者などおらず、このあとどうやって対処すれば良いか分からなかった。


「隊長! この者達を懲らしめてやりましょう」

「隊長! 辱めるのがよろしいかと」


 二人の部下が提案して来た。

 なかなかの提案であったが、マドゥーラ王女に対しての反抗ならともかく、親衛隊長の自分への反抗で罰するのは王女の評判が下がるのではと思ったりもした。


(調子付いて、思わず王女様の名前を出してしまった。

 出さなければ、一兵士としての悪評だけで済んだものを……)


「ギャッギャ! ウブウブ……」


 そんな時、湖の方から異様な叫び声が聞こえた。


「なんだ?」


「な、なんでもありません‼︎」


 湖にユリを隠した村娘たちは、声が聞こえた方を隠すように身を動かした。


「どけ!」


 村娘たちの行動に不信を持ったヌゥベルは村娘を制して湖へ向かった。



   ***



 テルザに突き飛ばされて溺れた場所は湖の浅瀬であったが、村娘Aに突き落とされた場所の深さは一メートルくらいあり、泳げない私にとっては生死をさまよう深さであった。


 キャッキャウフウフ! 

 ああ、薄着のワンピースのエルサとテルザの二人の天使が私の周りをくるくると……なんて可愛い笑顔なんでしょう……

 ああ、カレンダが私たちを優しい笑顔で見つめている……彼女の手料理がたくさん……なんて美味しそうなの……

 あっ、あれは! そうマアガレットです。

 お姉様は颯爽とこちらに向かって来る……美しさとカッコよさを兼ね備えた主役級お嬢様のツワモノです。

 盛りに盛った髪の毛を崩して、豪華なドレスを脱ぎ捨てて……全裸で私の所に向かって来ます。

 そして私の全身を見つめながら『サア、皆んなでユリを食すわよ!』『ハイ!!!』皆んなも全裸になって私に向かって来ます。

 とんでもない事です。

 いつの間にか私も全裸になっていて、皆さん私の身体に絡み合って来ます。

 ああ、皆んなの舌が、指が……マアガレットの甘えたな唇が、私の……


「ギャッギャ! ウブウブ……」


 走馬灯です。

 死の間際に見るという過去の映像が目の前で流れていた。

 私はマアガレットの唇を思い出して意識を取り戻したが、死の間際である事には変わりない。

 足は底を蹴っているがパニックでドタバタして立ち上がる事まで頭が回らない。


 私の胸が騒いでいる……なにかがバタバタ動いている。

 私は目を開けた。

 今まで水の中で目を開ける事が出来なかった私は、初めて目を開けてみた……開眼です。


 私の胸には……UMA、オオサンショウウオ!


「ぎょえっぴぶくぶくぷく……」


 驚きと恐怖で、酸素が……意識が……

 

「百合社長、湖でのバカンスは最高ですね」


 目の前に私の秘書がいる……

 隣にはCEOのマアガレットが微笑んでいる……

 そう私の会社と親会社との合同で、湖の避暑地で慰安旅行を楽しんでいる……

 私は私の秘書とCEOの三人で手を繋いで湖にダイブ……

 あっ、私、泳げないんだ……

 私は二人の手を振り払おうともがいたが、まったく離れない……

 私たちは湖の底、暗闇の深淵に向かって堕ちていく……眠い……

 

「コォォォ!」


 その時、私の胸から私に向かって叫ぶ声が!

 私は再び目を覚ました。

 天界からカムバックです。

 どうやら私は天使[私の秘書]と悪魔[マアガレット]に導かれて死の世界に向かう所だった。

 それを私の胸にいた生命体が呼び戻してくれた。

 私はその者に感謝の念を込めて見た。


「‼︎」


 驚愕‼︎

 そうでした、繰り返しの恐怖、UMAのオオサンショウウオだ。


「うぃやぁぁぁぶくぶく……」


 オオサンショウウオは生き物が持っている博愛精神だろうか、死にゆく私を助けるため水面に出ようと足をバタつかせて浮上しようとしていたのだ。

 そのバタバタが心臓マッサージになって、二度の生還を果たしたのだ。


 そんな事など露知らず、胸の抱いているUMAの恐怖にもがいていたら運良く川底に足が着いた。

 はっ、これはチャンス!

 私は足を踏ん張らせて立ち上がった。


 “じゃぱぁーん!”


「ぷはぁっ!」


 酸素だ! 私は目いっぱい口で空気を吸った。

 私、生きてる! また青空が拝めるなんて!

 生への喜びに溢れた私は満面の笑顔で目の前を見た……目の前には軍服を来た赤髪の軍帽を被った女性が剣を構えて私を待ち構えていた。


(ちょべりば!)

 


   ***



 ヌゥベルは音のした方へ急いだ。

 言葉の意味は分からないが、明らかに女性の悲鳴に似た叫び声だ。

 怪しければ捕まえるし、危ない目にあっていたのなら助けねばならない。


 思っていたより近場であった。

 湖のその部分は激しく波立ち、泡も吹き出している。

 暴れたのであろう、その一帯が土を舞い上げて黒く汚れている。


 “じゃぱぁーん!”


 突如として水しぶきが上がった。


 ヌゥベルは動揺したが剣術を修行した身として、そして親衛隊長としてすぐさま腰の剣を身構えた。

 剣は切るでも叩くでもなく、突くタイプの細身のロングソードだ。

 彼女はどんな事でも対応出来るつもりであったが、そこから現れた者に彼女は目を見張り動けなくなった。


 その者は美しき白い薄着をまとい、虹を反射した水面から突如として現れた。

 現れた瞬間、世界がスローモーションとなり、水しぶきの水の玉がその者をより輝かせるかのように虹の七色を反射する水晶玉に変わった。

 ヌゥベルは目を開ききっているのにも関わらず、あまりの神々しさで自分の目では上手くとらえきれない。

 自分の想像を超えたその者に脳が追いつかないのだ。


 ああ……この景色、そのお姿は……


 ヌゥベル・ハウ・バレッシーは子供の頃に母に読んでもらった童話を思い出した。

 自分のお気に入りで、何度も読んでもらった思い出の本だ。


 ……


 『美しき湖の女神』

 村の貧しい若者は母親と二人暮らしをしていた。

 母親は病気ガチで、その分若者は余計に稼がなくてはならなかった。

 しかし学のない若者はこの不景気で仕事にあぶれ母親の薬代も払えない始末、闇バイトにまで手を出そうとしていた。

 闇バイトの求人情報誌を手にして探し回っていた時、怪しい集団を見かけた。

 怪しい者たちが老人を囲んでお金をせびっていたのだ。

「やめたまえ」

 考えなしの若者は持ち前の正義感でししゃり出たが、怪しい者たちは若者が手にした闇バイトの雑誌を見て叫んだ。

「オマエが今度のバイトか、ちょうどイイ所に来た、コイツから有り金全部吐き出させてくれ!」

 仕事とはこの事であった。

 若者は老人を見た。

 老人は震え切っており、わずかな望みを掛けて若者にすがった。

「た、助けてちょんまげ」

 恐怖でおちゃらけてしまった。

 そんな老人にカチンと来た若者は、老人の服の中をまさぐった。

「すまん」

「そんなぁ」

 若者は高額な手取りに心を動かされて怪しい集団の仲間入りを果たした。

 しかし老人から出て来たのは、一枚のコインだけでジュースも買えなかった。

 こんな少額のために悪に染まるのか……

「やっぱ、辞めるわ」

 若者は一目散に逃げた。

「テメェ、逃げやがって!」

「追いかけろ!」

「ワシの金を返せぇ〜!」

 若者は元々運動神経は良かったが近年の貧しさから栄養不足で、うしろの怪しい集団と老人を突き放す事が出来ない。

 それでも若者は町から離れた森までたどり着いた。

「オラァ、手分けして探すぞ!」

「オウ!」

「ワシも手伝うぞよ」

 若者はさらに森の奥へと進んだ。

 母親にはこの森に入ってはいけないと言われていたが、そういう訳にはいかないだろ。

 さらに奥へと進むと湖があった。

 湖が邪魔で向こうへは行けない。

「オヌシら、逃すんじゃないぞ!」

「オウ!」

 いつの間にか老人が仕切り始めた。

 若者は焦った。

 彼らの声が近くまで聞こえて来たからだ。

 目の前の湖は大きくはないが深く底が見えない。

 若者は湖に入りたくない。

 決めた髪型を濡らしたくない。

 どうする事も出来ない若者は天にもすがる思いで祈るしかない。

「どうか、助けてください」

 なにも起こらない。

 若者はお供えとして手に持った一枚のコインを湖に投げ込んだ。

 すると、どうでしょう。

 湖から泡が溢れ出て、凄い勢いで水しぶきが上がった。

 そしてそこから美しい女神が現れたのでした。

 しかも胸元には子供のドラゴンを携えて。

「お困りのようですね」

 美しい女神は若者に声をかけましたが、若者は唐突な出来事で声が出せない。

 その時、うしろから怪しい集団が若者を見つけてやって来た。

「オラ! 落とし前を付けんか、オラ!」

 こりゃヤバイぜ!

「神様、女神様、お願いします! ワタクシめを助けて下さい!」

 すると女神は言いました。

「お金が足りませんね。

 もう少しなんとかなりませんか」

 切羽詰まった若者はポケットをまさぐった。

 あったのは大切な母親の薬代だ。

「こ、これは……母親の……」

「早くよこしなさい。

 助かりたいのですよね?」

 自分の命には代えられない……若者は全財産を湖に投げ落とした。

「受理しました。

 これから悪魔排除プログラムを実行します」

 そう言うと胸を抱いた子供ドラゴンを解き放った。

 怪しい集団の前に現れた子供ドラゴンは威嚇を始めた。

 それを見た怪しい集団は目を見張った。

「オイ、子供のドラゴンだ! 捕まえろ、大金になるぞ!」

 怪しい集団は子供ドラゴンを追いかけて消えて行った。

 助かった若者は女神に何度も感謝の言葉を吐いた。

「家族共々、ワタシの団体に入信するのです。

 さすれば、ワタシのありがたいお言葉詩集を購読することが出来ます。

 サア、家に帰って家族共々この書類にサインを書いてすぐに持ってくるのです。

 入会金も忘れずに」

「ハハー!」

 若者は一目散に母親の元に駆けて行った。

 湖の美しい女神は少し豊かになって暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし。


 …………


 これを読んだ母親は『湖の女神教』の信者であった。

 そんな事など知らないヌゥベルは童話の挿絵の湖の女神に心をときめかせた。

 絵の女神があまりにも美しく神々しかったからだ。

 それが目の前に現実にいる!

 ヌゥベルはあまりの感動で涙が出そうになった。


 ちなみにヌゥベルの母親のハマリ過ぎで浪費し過ぎて離縁させられた。

 そしてその後の行方は知れない。

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