第29話 百合のメインディッシュです
「アナタが闘わないのなら、こちらの殿方の恥ずかしいざまぁな過去を披露しましょうか?」
黒いローブの女性が指差した先は、執事の初老ダンディー。
彼はリュドミアに目で『ワタシにお構いなく、お逃げください』と合図をして、彼女も理解した。
二人の間には深い絆と誰にも言えない想いがある。
ああ、彼のざまぁの世界を見たい……彼の心の中が知りたい……しかし、それはいけない事、タブー……彼は幼い頃からずっとワタクシの側にいて、悲しい時も苦しい時もずっと隣で見守ってくれた、ずっと歳上の優しい人……
リュドミアは決心した。
「戦うのはワタクシです!
アナタはワタクシだけに集中してください!
ワタクシ……強いですのよ」
リュドミアは右手を上げてざまぁの心の力を解き放った。
「ざまぁ!」
なにも身構えていない黒いローブの女性を確実に捉えた。
「爽やかな風だわ」
黒いローブの女性は頭もすっぽり被ったローブの上から髪をかき上げる仕草をした。
“ざまぁ”を含んだ爽やかな風が黒い彼女を通り越して、丸い暗黒空間に流れていった。
「ナッ⁉︎」
辛い思いで身に付けた“爽やかな風だわ”をあっさり使われてリュドミアは固まってしまった。
「これはいい! 何度でも、何億回でも使えそうです」
何億回⁉︎
そこまで軽い力ではない! リュドミアは驚きと畏怖で汗が止まらない。
「では、もう終わりにしましょう」
黒いローブの女性は右手をリュドミアに向けた。
「ざまぁ」
「リュドミアお嬢様! お逃げください!」
執事の初老ダンディーは老体ながら全速力でリュドミアの前に出た。
「ヒデ爺!」
「アハーン、ビデ爺サイコー!」
ヒデ爺こと執事の初老ダンディーは黒いローブの女性の“ざまぁ”を直接受けてしまった。
…………
…………
カラーン! カラーン! カラーン!
…………
「ヒデ爺……幼い頃からずっと側にいてくれて……本当にありがとう……アチラに嫁いでも……アナタのこと……忘れませんからね」
涙を堪えたリュドミアは言葉を詰まらせながらも凛とした態度で執事と向き合った。
ヒデ爺ことヒデキルド・サージョは、まだ二十歳にも成っていない彼女の立派な姿に涙を抑えきれなかった。
二人のいる場所はすでに片付けられ、なにもない彼女の部屋。
屋敷から出かける時はいつも執事の自分を連れ立って……彼女は自分だけの秘密を、専属のメイドではなく執事の自分にだけ教えてくれた事……幼い頃から『ヒデ爺、好き』と言ってくれた事、すべてが走馬灯のように思い出された。
「ヒデ爺!」
映像のリュドミアは自分を抑えきれずに映像の執事に抱きついた。
「お嬢様! いけません!」
彼女を離そうとした手が彼女を抱きしめた。
彼も自分を抑えきれなかった。
このバグはお嬢様と執事のバグではなく、男女のバグ……
歳の差など、すでに関係ない二人。
彼女は婚約が決まった夜に執事の自分の部屋にやって来て……すぐに追い返したが、自分の中にも彼女と同じ感情がある事に、心の奥にずっと隠し持っていた彼女への想いに気付いてしまった。
……だから、いけないと思いながらも、最後に彼女を抱きしめてしまった。
最初で最後の男と女としてのハグ……
「つまらない、消え去りなさい」
黒いローブの女性は開いた右手でなにかを握り潰すかのように閉じた。
その瞬間、執事の初老ダンディーのざまぁな世界が消え、真夜中の寂しい荒野の道沿いに戻った。
「ヒデ爺!」
リュドミアは執事に駆け寄り、大切な人を抱きしめるように介護した。
「ハッ! リュ、リュドミアお嬢様!」
「ビデ爺!」
リュドミアは、幼い頃から今も変わらない想いで、めいいっぱい抱きしめた。
「リュドミアお嬢様……ワタシはいったい……いったいどんな“ざまぁ”を喰らったのでしょうか?」
「?」
リュドミアは執事がなにを言っているのか分からない。
「この握り潰した技“ざまぁ、世界をこの手に”は今見たざまぁの世界を消し去る事が出来るのです。
今見たざまぁの世界は殿方の記憶から消えてしまったという事です。
殿方にとって二人のお別れの挨拶はなかった事、つまり無になったのです」
黒いローブの女性が自分が使った技の説明をした。
“世界をこの手に”……人の記憶ごと握り潰し、無にする技。
ゴスロリスキー一族が研究で集めたざまぁの技のリストには載っていない技だ。
「ありがたく思って欲しいわ。
悲しい思い出を消してあげたのだから」
黒いローブの女性は感謝してもらえると思っているようだ。
リュドミアはヒデ爺を優しく地面に寝かし、ゆっくり黒いローブの女性の方へ向かった。
「不幸な思い出の中にも大切なモノがあるわ」
覚悟の鋭い視線を向けた。
「アナタは危険だわ。
“戦いのざまぁ”を使います。
この意味、分かりますよね」
絶対に負けられない思いのリュドミアは平時には使用禁止の“ざまぁ”を使う宣言をしたのだ。
「戦場で使うざまぁの事ですね。
心配なさらないでください、初めからそのつもりで来ておりますので」
黒いローブの女性の声は楽しげに聞こえる。
「ざまあ、先祖の守り!」
叫んだリュドミアの前に黒いモヤが現れた。
「なかなかの大きさのざまぁな盾ですわ」
リュドミアは頭の小さい帽子を取り、中に入っていたガラスの小瓶を取り出し、フタを引き抜いて中に入っている液体をイッキに飲んだ。
苦そうな表情のリュドミア。
ゴスロリスキー家特製の栄養ドリンクだ。
「自分の今まで人生のすべてのざまぁな姿を見て、一生苦悶しなさい!
黒のざまぁ!」
質量を感じさせる黒い塊がリュドミアから発せられた。
その黒い塊は一直線に黒いローブの女性に向かって行く。
「爽やかな風だわ」
黒いローブの女性は表情は見えないがとても爽やかな髪のかき上げポーズを決めた。
“黒のざまぁ”はダメージを与える事なく爽やかな風となってそのまま通り過ぎた。
「あり得ない! ざまぁ勇者の技“色のざまぁ”を通り抜けるなんて!」
「アナタいけないわ、自分の一族が編み出した素晴らしい技の力を信じないなんて。
それにしても辺境の侯爵が、ざまぁ勇者の“色のざまぁ”……“カラーシリーズ”が使えるなんて……マア、どうでもいいわ。
ざまぁ」
「ナッ⁉︎」
(気合いも精神統一もせずに“ざまぁ”を簡単に出せるなんてありえない!
どこかで……まるでリボンヌ家のユリ・リボンヌのよう……)
黒いローブの女性のざまぁの盾“先祖の守り”を易々と突き破った。
すかさずリュドミアは縦ロールの髪をかき上げた。
「爽やかな風だわ」
しかし“爽やかな風だわ”を出したリュドミアに、黒のローブの女性の“ざまぁ”は爽やかな風のようには通り過ぎず、肌にまとわり付くように彼女を包み込んだ。
「イイイ……イイ〜ン!」
リュドミアの抵抗虚しく、彼女のざまぁの世界は上演を始めた。
…………
…………
カラーン! カラーン! カラーン!
…………
「リュドミアお嬢様、このようなお手紙が」
彼女の専属メイドが持ってきた手紙、それには元旦那の封蝋が押してあった。
彼女は目で合図して専属メイドをさがらせた。
不安を押し殺して慎重に開封する。
手紙を取り出す手は震えている。
ゆっくりとたたまれた手紙を開いた。
その手紙には……正式な離縁の手続きと、新しく後妻に入った女性が妊娠した内容であった。
「ウッウッウッ……」
声を押さえるため口を押さえたが嗚咽が漏れ出していた。
そしてその場でしゃがみ込んだ。
そのざまぁの世界の自分を見ていた実体のリュドミアも口を押さえたが涙が止まらない。
執事のヒデ爺も二人のリュドミアの姿が見れず顔を背けた。
「どうでもイイ話だわ」
黒いローブの女性は手のひらを握り潰した。
“ざまぁ、世界をこの手に”を使ったのだ。
「や、やめてー! アッ……」
拒否の言葉を放ったそのあと、リュドミアはなにを止めて欲しいのか忘れてしまった。
「フフ……アナタのその黒い洋服、とても気に入ってるの。
アナタを特別にワタシが支配する世界の住民になることを許しましょう。
そしてワタシが支配する世界でファッションリーダーになるのです。
そうだわ、その執事も一緒に連れて行ってもイイわ。
なんならそこの若い二人もつけましょう。
そのファッションで、これからも広がっていくワタシの支配する世界を黒に染めていくわ」
黒いローブの女性は饒舌になって浮かれている。
本来、このような性格かもしれない。
「アナタは……あの予言……ノセタラ・ダマスの……予言の古い女……その者ではないの?」
リュドミアが最後の言葉を絞り出すかのような声で訪ねた。
ただの女の感であったが、あながち間違いてはないと確信を持っての質問であった。
「……」
先程の明るさが消え、どんよりとした空気が黒いローブの女性から発せられた。
それはリュドミア、執事、そして気が付いたが気を失っているフリをしている御者兼護衛の二人にも感じられた。
「……その名前を出すな……二度と触れるな……さもないと……命まで……オマエの生きたすべてを消すぞ……」
黒いローブの女性から今まで聞いた事のないくらいトズの聞いた声を出した。
だが、すぐ平常心を取り戻したのか、先程の雰囲気に戻った。
「ワタシは時間を司るざまぁ使い……アナタの執事の時間を戻して若くしてアゲルつもりでしたがヤメました。
このお姿でも充分素敵ですからね。
それでは行きましょうか。
ワタシの時間の力を使い過ぎて肌が老けて来ましたから…….また時間を巻き戻さないと」
「いったい、これからなにをするの?」
リュドミアの質問はこれからどこに行くのか、目的はなんなのかを合わせたものだ。
だが、黒いローブの女性は気にせず話をどんどん進めて行く。
彼女は自分本位でしか話していなかった。
「では戻りましょうか。
ざまぁ、薔薇の棘」
黒いローブの女性のうしろの円形の渦の空間から、光のヒモの付いた光の針が四本飛び出して来た。
それぞれ光の針は四人に刺さり、地上から持ち上げた。
「ここも久しぶりに来ました……」
黒いローブの女性は辺りを見渡した。
そしてノットリダーム村のある方向で動きを止めた。
「ユリ・カミシロ……また『宇宙ざまぁ大戦』で、お会いする日を楽しみにしてます。
その時が来るまで……今は皆んなと楽しく過ごしていなさい……フフ……いずれ地獄を見せてアゲルその時まで……」
黒いローブの女性は円形の空間に戻り、四人が刺さった光の針もその空間の中へと入っていった。
あとには豪華な黒い馬車と黒い馬、そして装丁の豪華な本が残された。
***
リボンヌ家では私の戦勝祝いとして盛大なパーティーが執り行われていた。
私は当然、主役として主賓席に座るはずですが、なぜかメインディッシュです。
私は裸でテーブルの中央に寝かされ、周りには美味しい料理が並べられた。
それを囲むように姉妹たちが裸で食事を楽しんでいる光景をただ眺めている。
「それではユリの勝利を祝ってメインディッシュをいただきましょう!」
「ハーイ!!!」
「ああ〜ん!」
皆さん、夢中で私の身体を舐め回しています。
人間を食べるなんて……私を舐めたとんでもない話です。
「このカモの肉……間違えたわ、ユリのもも肉美味しいわ、ペロペロ」
今朝、村の猟師が持って来てくれたカモと間違えるなんて、とんだマアガレットだコト。
「ユリお嬢様はメインディッシュなのですから動かないで! もっと美味しく足を開いてください!」
理不尽な! カレンダはこんな時は命令口調になる。
「ユリお姉様、とっても美味しいです」
エルサの可愛い唇で私の身体を吸い尽くす。
「ユリおぶべっふぁ、べぶぁぶりってろばぁ」
テルザは口に食べ物を詰め込み過ぎて、なにを言っているか分からない。
「もぐもくもーぐ!」
私の口の中も皆さんが咀嚼した食べ物を入れられて喋る事が出来ない。
味も色々混ざって珍味になってる。
「あん! もぐもぐあん! もぐもぐあ〜ん!」
私……もうだめです。
「ハアハア、ユリ、ユリにとってワタシ達がメインディッシュだから好きに食べてイイのよ」
「ホォウッ、ワタシの身体はユリお嬢様の前ではいつでも食べれる状態です」
「アンアンッ、エルサはユリお姉様のモノです」
「ンッンップファー、ユリお姉ちゃんとずっと一緒だよ」
皆んな、好き勝手な事を言って私を喰らいついている。
「だめだめ!」
だめ、壊れる……自分の中のなにかが目醒める……新しい自分が……
もう抑えきれない!
「もう我慢出来ないのぉ! いいのいいの! 気持ちいいの! 皆んなだいしゅき! い、い、1919ー!」
地獄です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます