【6】
「すんなり入れてよかったですねー」
「えへへーほんとですー」
森田さんがドサっとソファに倒れ込む。
けっこう限界だったらしい。
途中、コンビニで買ったペットボトルのキャップを外して水を渡す。
横になったまま、森田さんは水をがぶ飲みした。
「コートください、掛けておきます」
「ありがとうございますぅ」
「はい、スマホ入ってました。タバコも。吸います?」
「吸いますぅ」
ぐでっとしてても喫煙するらしい。
ただ、森田さんはソファにもたれかかったままだ。
二人分のコートを掛けて戻ってきても変わらない。
「俺も紙巻きにしようかな」
電子タバコのアイコスじゃなくて普通の紙巻きタバコを取り出す。
アイコスは連続で吸えないからいちおう持ってる。
滅多に吸うことはないけど。今日、待ち合わせにそわそわして吸ったのがひさしぶりだったぐらいで。
ローテーブル上の灰皿に置いてあった、ラブホのロゴ入りライターで火をつける。
「ずるい! 私も吸う!」
と、森田さんががばっと起き上がった。
雛鳥みたいに口をパクパクさせてる。
森田さんのタバコを一本抜き取って差し出すと、すっとくわえた。何これちょっと面白い。
先端をひょこひょこさせてるのは火をつけろってことだろう。
煙を吸い込み、灰を落としてくわえタバコで近づく。
意図は通じたらしく、森田さんも顔を近づけてきた。
タバコの先っぽ同士が触れ合う。
息を吸い込んだ森田さんのタバコに火が移る。
紫煙が吐き出された。
「えへへー、坂東先生とキスしちゃいました!」
「シガーキスですけどね」
「ほんとにキスしちゃいますか?」
「しちゃいますん!」
「どっちだー! 言い方移っちゃってるじゃないですかー!」
緊張してるわけでも、変にふざけてるわけでも、カッコつけてるわけでもない。
二人してバカなことを言い合うのが自然体で楽しくて。
狭いソファの隣に腰掛けてタバコを吸う。
今日はひさしぶりに紙巻きを何本も吸ったせいか喉がいがらっぽい。
「なんか、不思議な感じですね」
「ほんとですねえ。ライターを借りた時は坂東さんとこうなると思いませんでした」
「いや思ってたら衝撃ですって」
「たしかに!」
「俺も、読書会の時もデートのお誘いいただいた時も、こうなると思いませんでした」
「ですねえ」
「不思議な感じはあるんですけど、同時にしっくりきてる気もします」
「わかるー! 昔から知ってた? みたいな」
「まあわりと言われるんですけどね。だいたい『一年に一回ぐらい会う親戚に似てる』って人が多いです」
「それもわかるー!」
言いながら、森田さんはリモコンを取った。
テレビの電源を入れてビデオオンデマンドの内容をチェックする。
「坂東さんはどういうヤツが好きなんですか?」
「いきなり下ネタきた!」
「下ネタじゃないですよ? 映画の話ですよ?」
「うわ引っかけ質問がエグい。危うく答えるところだった」
「あっ! これ見ていいですか! 坂東さんにも見てほしいんですこの映画!」
「へえ、森田さんはどんなヤツが好きなんですか?」
「内容はアレなんですけど、俳優のお尻がいいんです!」
「なんでそれを俺に見せたいと思いました? ねえなんで?」
「内容はアレだし演出? がやたら安っぽいんですけど! 俳優さんの上裸もお尻もいいんですよー!」
「そうですか、楽しみですねえ。内容アレすぎません?」
「ピンク映画なんですけどね、俳優さんが果てる時にお尻がピクピクするのがリアルで!」
「ド下ネタだった。なんで俺に見せたいと思いました? 嫌いじゃないですけど」
「嫌いじゃないんかーい! ほらー!」
「ノンケですよ、ですけど、好みのイケメンの裸は見たくありません?」
「ええ……?」
「いやなんで引いてるんですか。見せたいと思ったのそういうことじゃないんですか」
「坂東さんもしかして……?」
「心は男で体も男で、恋愛対象は女性です」
「なるほどなるほど? じゃあ性欲の対象だけ」
「
ラブホの大画面テレビに映画が流れる。
会員制の、女性向け男性派遣サービスの話らしい。
俺でも名前を知ってる俳優さんの演技はさすがだ。あとイケメン。
ほかの俳優さん女優さん? うん、よくわからないけど上手い下手ってあるんだなあと。いままで俺が見てきたものは上澄みなんだなあと。
「しんらつぅ」
「あれ、声に出てました?」
「酔っ払ってからはときどき出てましたよ? 面白かったです」
「うわあマジか……一人暮らしはじめてから独り言多くなったんで気をつけてたんですけどねえ」
「でも、けなしたりくさしたり、きつい言葉がなかったので安心しました」
「うう……どれだけ聞かれてたのか。大丈夫か俺。大丈夫でしたか森田さん」
「ダメだったら一緒にラブホ来てません!」
「優しさが身に染みる……酔いどれ天使……」
「『酔いどれ』はいらないんですけどー!」
ツッコミながら森田さんがどてっと体を預けてくる。
落ち着かないのかもぞもぞ体勢を変える。
けっきょく、俺は斜めに座らされて、森田さんは俺に背中を預ける形になった。
「お腹が敷布団で肩が枕で、腕が掛布団だと。ふかふかですか?」
「うーん、まあまあですね」
「最近ダイエットしてる身としては喜んでいいのか悲しむべきか」
映画を見ながら他愛もない会話をする。
他愛のない会話をしないと、森田さんの温もりと柔らかさを意識してしまう。
特にしがみつかれた左腕の感触がヤバい。なんだこれ。どうすればいいんだろ。
「ほらこれ! このお尻がえっちなんです!」
「なるほど確かに。筋肉の上に薄く脂肪が乗ってる細マッチョっていいですよね」
「来ました! お尻がピクピクって! えっち!」
「おー、ほんとだすごい。俳優さんすごい。え、待って」
「どうしました坂東さん?」
「加工? 演出? 古すぎません? 昭和のピンク映画をオマージュしてるんですかね?」
「さあ……本気でこうかもしれませんよ?」
「いやさすがに
「出たー! 謎の光の柱ー!」
「えっこれ何かのネタですよね? オマージュ的なアレですよね? まさか本気でやってませんよね?」
「からの、背景に透けたアップを重ねる!」
「ええっ!? 最近のAVの方が演出こだわってるまでありますよコレ」
「いいんですいいんです、これは若手俳優のえっちなお尻を見る映画ですから」
「ええ……そこがよかったのは否定しませんけど……」
「よかったんかーい!」
どうやら、今のがクライマックスだったらしい。
あまりに衝撃でエンディングが頭に入ってこない。
ソファにぐったりもたれかかって呆然とする。
アイコスに火をつける。
「あーずるい!」
「電子タバコはこういう時に便利ですよ。危なくないんで」
「うー、じゃあ起きますぅ」
手を伸ばした森田さんの背中を押す。
重さと温もりが離れる。
引き寄せられるように腕をまわしそうになった自分に驚く。
「坂東さん?」
「森田さん、お湯溜めますか?」
「シャワーにしておきます。お風呂に入ったら寝ちゃいそうで」
「了解です、俺は入りたいんで溜めてきますね。そしたら先に浴びちゃってください」
「えっ?」
「え? 一緒に入らないんですか?」
「ええっ!?」
「そしたら私がお風呂で寝ちゃっても起こしてくれますよね?」
「ああ、そういう。危ないんでシャワーだけにしておいてください」
「じゃあ一緒にシャワー行きましょうか」
「行きませんよ?」
「えっえっ?」
「何もしないって言ったの森田さんですよね!? これも会話逆だな?」
「坂東さん真面目かよー! そうですけどー!」
「あ、ガウンとタオルどうぞ。いってらっしゃい」
「流された……これが大人の余裕……」
見つけておいたお風呂セットを渡すと、森田さんは大人しく脱衣所に向かった。
危ない。俺知ってる、これ「じゃあ一緒に入りましょう」ってなったら止まらなくなるやつ。危ない。
「あ、湯船にお湯溜めそこなった。まあいっか、朝風呂しよう」
ちなみにこのラブホ、洗面所兼脱衣所に扉はない。
なんだかご機嫌な鼻歌が聞こえてくる。ガサゴソ音も聞こえてくる。聞こえてこない。振り返らない。
テレビ、もとい、ビデオオンデマンドで何か流して心を落ち着け、いやアダルトジャンルは見ない。画面いっぱいにアダルト向けを推してくるけど見ない。
適当なアクション映画を流してタバコに火をつける。
今日はやけに紙巻きを吸ってる気がする。
シャワーの音も聞こえない。
なんだこの修行。
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