【2】


「編集の武原です。三日間よろしくお願いします」


「三日と言わず長い付き合いしたいですねー。坂東です、よろしくお願いします」


 著者役と編集役、それぞれが組みたい相手を書いて事務局に渡す、お見合いパーティ風の隠れ告白タイムが終わった。

 濃すぎる参加者たちに怯えてたけど、無事に編集さんとのカップルが成立した。

 相手は男性だけど。まあリアルなお見合いパーティでも婚活パーティでもないんで。


 三日間、俺とコンビを組んで短編を創り上げるのは、編集役で参加した武原さんだ。

 大学生しながら某有名ライトノベル系エージェント会社? プロデュース会社? でアルバイトしてるらしい。

 下心なんてない。

 いいもの書けたら某有名ライトノベル系エージェント会社で売り込んでくれたり、まかり間違って契約してくれちゃったりするかなーとか、そんな下心で選んだわけじゃない。

 純文学、SF、雑誌、ライター系、編集未経験、いろんな編集さんがいる中で、武原さんなら「組んでる姿が見えた」だけだ。お仕事ください。


「このあとどう進めていきましょうか? 坂東さん、いつも企画を考えるときはどんな感じでやってますか?」


「だいたい、ざっくりネタ出しで数打ってますね。で、編集さんとそこから取捨選択したり組み合わせたり、どれかをベースにもう一回ネタ出しするって流れが多いですね」


「おおー。なら、今回もそれでいきます?」


「そうしましょうか。発表された『家』をテーマに、何本かネタ出してみます」


「じゃあ僕はその間に、三日間の締め切り組んでみますね。三日目の朝イチに完成稿提出って、これけっこう時間ないと思うんです」


「まだ白紙なのに、40時間後に入稿ですもんね。助かります!」


「じゃあ一時間後にネタ見せてください」


「いきなりタイトすぎぃ! いやわかってましたけども!」


 俺の嘆きを、武原さんはニコッと微笑んで受け流した。

 叱らないの優しい。けど時間伸びないの優しくない。


 ほかのコンビが和やかに談笑するのを尻目に、俺はノートパソコンを起動した。

 いつものネタ出しフォーマットを開く。

 ネタ出しする時は、「何を考えるか考える」労力を減らすために、だいたいこの自作フォーマットを使ってる。

 仮タイトル、ジャンル、テーマ、想定読者、読後感、あらすじ、キャラ、それぞれ一行〜三行程度で書けるようにしたヤツだ。

 あらすじだけは起承転結に分けてるから、三行以上書ける。


 練るのはあとにしようと、『家』をテーマにした短編小説のアイデアをごりごり書き殴っていく。

 ほかのコンビがはしゃいだり、二人でランチに行く中、俺と武原さんは無言でキーを叩き続けた。

 …………あ、女性参加者も多いんですね。男女ペアも存在するんですね。なんか華やかだなあ。俺たち以外。




「坂東さん、僕ちょっと印刷してきますね」


「あ、なら最初のネタ出しはここまでにして俺も印刷します」


「了解です。じゃあ持ち寄って話し合いましょうか」


「うっす」


 短編ハッカソンの会場は八王子の山の中だ。

 周囲にはコンビニも飲食店もない。

 それだけに、事務局はいろいろ用意してくれた。

 コーヒー、紅茶、お茶といった飲み物、お菓子。

 普段は「セミナー」が開かれる場所らしく、食堂や宿舎もある。食堂は営業時間決まってるらしいけど。


 それに、執筆に必要な環境も整えてくれた。

 Wi-Fi。ありがとうございますネットがないと調べ物がしんどいタイプの現代っ子です。各種辞書もあるし一部は持ち込んだけど。

 電源と延長コード。手書き原稿用紙は辛いもんね、ってそもそもイベントのゴールが「電子書籍化して販売開始」だったわ。パソコンないとどうしようもないわ。

 それに、プリンタ。ほんと助かります。校正は紙でやりたいタイプの旧時代っ子です。


「まずスケジュールからいきましょうか」


「ですね……うへえ」


 初日にテーマが発表されて、三日目の午前中には入稿する。

 スケジュールが厳しいことはわかってたけど、実際見るとキツイ。


「遅くとも、今日中にプロット確定しましょう」


「いま夕方ですけども。日付変わるまであと7時間しかありませんけども」


「坂東さんの執筆速度次第ですが、最低でも二日目夕方には初校をください」


「いま夕方ですけども。あと24時間しかありませんけども」


「そこから出し戻し、修正です。初校後に大きく流れを変える必要がないぐらい完璧なプロットを今日のうちに組んでしまうか、修正対応できるよう早めに初校をもらいたいっていうのが本音ですね」


「わかります。わかりますとしか言えません」


「デザイナーさんに表紙をお願いする必要もありますし、今日早めにプロット決めちゃいましょうね」


「はいぃ……」


 電子書籍をダイレクトパブリッシング——セルフ出版——すれば、各種電子書籍ストアに本が並ぶ。

 きちんと売る気なら、とうぜん表紙は大事なわけで。

 今回、短編ハッカソンの事務局はデザイナーを集めて「表紙デザインチーム」を作ってくれた。

 けど、いくらプロ集団ったって、表紙は中身がないと創れないわけで。

 せめてプロットがないと創りようがないわけで。

 プロットがあったところで、時間がないと創りようがないわけで。


「スケジュール感を共有できたところで、ネタ出ししましょうか」


「はいぃ……」


 武原さんが作ったスケジュール表を横によけて、プリントしたネタを渡す。

 一時間で組んだのはネタは6つ。


「ざっくり分けると、異世界系が3つ、現代モノが3つです」


「おー。『小説家になろう』で活躍してる坂東さんの現代モノって気になりますね」


「先に異世界系ですけど……今回の短編ハッカソンのテーマは『家』なので。一つは、魔王を倒した勇者が、約束と違って『家』に帰れず、仲間の女性陣に言い寄られるドタバタコメディ短編」


「けっこうストレートな『家』の解釈ですね」


「次が、レベルありの異世界で『家』にとらわれた女騎士のダークファンタジー。レベル上げのために御家には血塗られた約束事がある、という」


「おもしろいですねこれ。けど暗くなっちゃいそうだなあ」


「三つ目は、異世界転移した元ニートが異世界に『家』を作るお話ですね」


「このネタは短編じゃキツくないですか? 24時間後までにラストまで書けます?」


「……無理です。ならいっそ『家』ごと異世界に行って」


「それ『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた』じゃないですか。坂東さんもう書いてるじゃないですか」


「知っててくれてありがとうございますぅ」


 武原さん、俺の過去作を読んでくれてたらしい。ありがたい。だとすると俺の文章のテイストもわかってくれてるはずだ。わかってくれてるといいなあ。


「現代モノの方は……一つ目は、いまWEB小説界隈で流行りの現代ダンジョンモノの変化球ですね。引きこもりの部屋の外がダンジョンになった、っていう見立てモノ」


「これバツグンですね! 読みたいです!」


「二つ目もファンタジー要素が少し。昭和の頃? に、南米に到着した開拓団がモンスター=獣と戦いながらジャングルを開拓する、望郷の物語」


「おー、面白そう。これにするなら事実確認がんばります。時代や植生がズレてたらリアルじゃなくなっちゃいますもんね」


「三つ目は、現代モノで、恋愛です。あとコメディ要素皆無です」


「おー、小説家になろう出身のライトノベル作家が描く現代恋愛モノ!」


「ネタとしてはありがちなんですけどね、老人が亡き妻を思う、けど健忘がはじまっててっていう」


 武原さんの返事がない。

 顔をあげると、正面に座った武原さんは、じっと恋愛モノのネタを読み込んでいた。

 待つ。手持ち無沙汰でタバコが吸いたくなってきたけど大人しく待つ。

 コンビを組んだ、編集さんのジャッジを待つ。


「ちなみに、坂東さんが一番書きたいのはどれですか? やっぱり異世界系?」


「実は現代モノの方が刺さってるんです。『家』をダンジョンに見立てたヤツか、最後のファンタジー要素もコメディ要素も一切ない恋愛モノですね」


「……なるほど。その二つのうち、どっちが書きたいですか?」


「どっちかと言われるなら。せっかく編集さんが目の前にいる状態で書くんで、いままでやったことがない『恋愛モノ』に挑戦したいですね」


「おー! よかった、僕が『読みたい』と思ったネタと一緒です!」


「けど、自信ないんですよねえ。恋愛モノですよ? 惚れた腫れたですよ?」


「ネタを読む限りでは、いい短編になりそうな予感があります!」


「好きだとか愛だとか、感情乗せられるかなあ。書いたことないジャンルなんで……」


「書きたいと思ったんですよね? なら編集としてサポートします! 僕もこの短編読みたいですもん」


「しかも今回の短編ハッカソン、女性参加者多いですし、女性誌のライターさんや乙女ゲーのシナリオ書いてる方もいるわけで、そこに『恋愛モノ』で戦うのも」


「いいじゃないですか殴り込みましょ! それに——」


「それに?」


「このイベントでうまくいかなくても、それはそれですよ。坂東さんの引き出しが広がるかもしれないじゃないですか」


「……まあ、書いてみたら足りないところは見えそうですね」


「それがわかったら、今後の執筆活動にも役立つわけで。書き続けていくんですよね?」


「…………なるほど。ポジティブですねえ武原さん」


「ありがとうございます!」


 それに、著者をやる気にさせるのがうまい。

 気がつけば、俺はすっかり書く気になっていた。

 ファンタジー要素のない現代モノ、それも、王道ド直球でコメディなしの恋愛モノ。


「それじゃ、坂東さんはこのネタでもう少しプロット詰めておいてください! 僕、デザインチームにざっくり依頼してきますね!」


「え? 早くないですか? プロット組んでみてやっぱり違うネタにって可能性も」


「スケジュール考えると、デザイナーさんの作業時間も取り合いなんです。先に方向性を共有しておけばそのあとがスムーズですから!」


 武原さんが席を立つ。

 ネタが書かれたペライチをコピーしてデザインチームのいる場所に向かう。


 …………退路を断つのがうまい。

 気がつけば、俺は書くしかなくなっていた。


 会場を見渡す。

 半分ぐらい女性で、俺が場違いなぐらい華やいでて、当たり前のように恋愛経験がありそうだ。

 怯む。

 短編ハッカソンは、最終日に審査員たちが集ってその日のうちに各賞が発表される。

 売上を鑑みた「グランプリ」は別日発表だけど、それはそれとして。


「この人たちと、『恋愛モノ』で戦うのか」


 37歳独身の俺が。

 最後にデートしたのがいつだかわからない俺が。

 いちおう恋愛経験はありますけども? 童貞じゃありませんけども?


 虚勢を張って会場を見渡していると、しかめっつらの森田さんと目が合った。

 人差し指と中指を唇に当てて、ジェスチャーで聞いてくる。


 タバコ吸い行きます?


 俺は力なく首を振った。

 いま女性創作者の恋愛表現なんか聞いたら心折れちゃいそうなんで。


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