【3】
ネタは決まった、そのあと組んだプロットもGOが出た、ところでメイン会場は閉鎖された。
そこからは各自、泊まる部屋にこもって書くなり編集さんと議論するなり、参加者同士の親交を深めるなり、明日に備えて——明日の自分に期待して——寝るなり、自由な時間だ。
俺は一人、部屋で執筆した。
コミュ症だから、じゃない。
初挑戦のジャンルなのに、明日書いて初校出して編集さんのバックもらうのが怖すぎるからだ。
夕方にネタが決まって、21時過ぎにプロットが確定してそこから書き出して、深夜3時過ぎ。
編集の武原さんにメッセージを送る。
”なんとかラストまで書き上げました!”
”お疲れさまです! さすがの執筆速度ですね!”
もう深夜もいいところなのに、武原さんからすぐ返信があった。
”推敲どころか読み直しもしてませんけどね”
”これからチェックですか?”
”今日は一服したら寝て、明日午前中に読むつもりです。初校として渡すのはそのあとでいいですか?”
”もちろんです! じゃあそのつもりで準備しておきます”
”ぶっちゃけ、一拍置かないとこれが面白いかどうか自信なくて……”
”不安ならいつでも見せてくださいね”
”……予定通り、明日午前中に自分で読んで修正したあとで”
”了解しました! 短い睡眠かもしれませんけどしっかり頭を休めてください”
”ありがとうございます。おやすみなさい”
”おやすみなさい。僕はやることあってまだ起きてるんで、何かあったら連絡ください”
世の編集さんはいつ寝てるのか。
解けない謎に頭を悩ませながら、俺は部屋の外に出た。
原稿がひと段落した、至福の一服タイムだ。
ちなみに部屋は全室禁煙だった。作家と編集さんが集まるイベントなのに。時流……。
「あ、坂東さん。お疲れさまですー」
「森田さん? あれ、女性の部屋は違う棟に固まってるはずじゃ」
「そうなんですけど、ちょっとグチりたくてデザインチームの知り合いのとこに来ちゃいました」
「はあ。知り合いがいるっていいですね。人見知りなんでうらやましいですよ」
「えー? こうして話せてますよ?」
「そこはほら、同好の士ですから。同じ著者枠参加ですし、いちおう同じ? 創作者ですし」
「いちおうって。坂東さん、本出してる専業作家ですよね?」
「あとほら、同じスモーカーですし」
「たしかにー。まさかこんなに喫煙者がいないと思いませんでした。女子棟はタバコ吸う人ほかにいないかもです」
「編集さんも作家さんも、めっちゃタバコ吸うイメージですけどね。時代だなあ」
「おっさん。発言がおっさん」
「紛うことなきおっさんなんで。37歳男性なんで」
半笑いでタバコに火をつける。もとい、アイコスを起動する。
森田さんは吸ってたタバコを揉み消して、次の一本に火をつけた。
「けっこうヘビースモーカーなんですね」
「いやー、悩んでる時はついつい。坂東さんどうですか? 順調ですか?」
「まだ一度も見直してないですけど、ラストまで書き切りました」
「……はい?」
「ラストまで書き切りました」
「え、正気ですか? いま初日ですよ?」
「日付はとっくに変わって二日目ですけどね。いやあ、初挑戦のジャンルなんで、書けるかどうか不安で。出来はともかく、とりあえず最後まで書こうと」
「プロの本気を見た」
「普段書いてるジャンルと違いすぎますからね、素人ですよ素人」
「ええー? 何系を書いたんですか? 差し支えなければ」
「恋愛です。異世界なし、コメディなしのガチ恋愛モノ」
「おおー、ライバルですね。私も恋愛でいくんですよ」
「マジか……恋愛なんすか……ジャンルかぶりは初挑戦組には厳しい……ほかの女性陣も恋愛モノ書く人いそうだもんなあ」
「けど、組んだ編集さんにプロット見せても『恋愛わからないからなあ』って。どうしたらいいんですかねこれ」
「ジャンル変えるとか? ほら異世界系やコメディに挑戦してみたり」
「坂東さんライバル減らそうと思ってません?」
「ははははは」
「変えませんけどね。『貴方の心に致命傷を負わせたい』が森田のキャッチコピーなんで」
「……編集さん大変そうだなあ」
「坂東さんの編集さんはどうですか?」
「めっちゃ伴走してくれますよ。初挑戦の恋愛モノでも『これが読みたい!』って背中押してくれましたしね」
「いいなあ」
「思う通りにしたらいいんじゃないですか? 変な言い方ですけど、編集さんをうまく利用したり、合わないなら合わないでおたがい割り切って進めていくしかないですよ」
「短期決戦ですもんねえ」
「ですです」
手の中のアイコスがぶるっと震える。
最後にひと吸いしてタバコ部分を捨てる。
つられたように、森田さんは紙巻きタバコの火を揉み消した。
「プロット、自分でもうちょっと揉んでみます。今日は徹夜かなー」
「俺は今日はもう寝ますよ。いちおう書き切ったんで」
「煽ってます? ねえ坂東さんそれ煽ってます?」
「それじゃ、おやすみなさい」
「余裕かよー! はい、おやすみなさい。私は寝ませんけどね!」
真っ赤なコートのポケットにマルボロの箱を突っ込んだ森田さんを背後に階段を上がる。
カギを開けて部屋に入る。
立ち止まる。
そういえば……。
「女の子におやすみを言われたのは、いつ以来だろ」
記憶にない。
ないけど初めてじゃないはずだ。初めてじゃないと思う。
いや母親と姉貴と妹にはあるけども。そういうことじゃなくて。
……恋愛、書けてるんですかねえこれ。
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