【10】
案の定、外村さんのリアクションは過剰だった。
通話しなくてよかった。トークでよかった。
”なんですかそれ! 恋しなさいって言ってから展開早いな坂東さん!?”
”ほんと自分でもびっくりです”
”それでなんで手を出さなかったの!? やれたかも委員会にかけるまでもないよ!?”
”いやあ、なんとなく、あそこで手を出しちゃったら、それで終わりになりそうな気がしたんですよね”
”はあ、どういうことですか?”
”別にセフレが欲しいわけじゃないんですよ。森田さんとそうなりたいわけじゃないんですよ”
”それもう恋じゃん。惚れちゃってるじゃん”
”いやそういうことじゃないと思うんですけど。話してて楽しい友達というか”
”坂東さんめんどくさいな! また会いたい、もっと会いたいって思うんでしょ?”
”はあ、それはまあ”
”なんでそれで自覚ないの!? ほら考えすぎない!”
”それ執筆へのアドバイスですよね?”
”逆に「考えなさい」って伝える作家さんもいるけどね、坂東さんは「考えすぎない」方がいいと思うよ。執筆も恋愛も!”
”はあ……”
”考えすぎるとドツボにハマって勢いなくなっちゃうタイプね。だから早くまた会いなさい! なる早で!”
”それは会うんですけどね。年明け二日に”
”展開早いな!?”
”おたがいスケジュール合うのがその日しかなくて。逃したら2月になっちゃいそうで”
”ほうほう。どこで会うの?”
”初詣に行こうかと。外村さん、文芸系の神社知りませんか?”
”うーん、どこかあったかなあ。けど坂東さん、その時期の初詣はどこも混むよ? 大丈夫?”
”あー、都内も混むんですか……”
”場所にもよるけどね、有名なところは混雑するよ”
”うあー、そっかー。人ごみで外で長時間って、まだ自信ないんですよねえ”
”病み上がりだもんね。それに2日ってどこも初売りじゃない?”
”それもあるのかー。ヤバい、どうしよう”
”坂東さん一人暮らししてるんでしょ? もう部屋に呼んじゃえば? いろいろ覚悟決めてさあ”
”部屋、部屋かあ。落ち着くし長時間も問題ないのは間違い無いんですけど……”
”疲れてダウンするよりいいんじゃない? そうしなよ! それで報告してね!”
”外村さん楽しんでません? 煽って楽しんでません?”
”そんなことないって! いろいろ経験した坂東さんのラブコメ楽しみだなあ”
”いやこれ恋なんですかね? ほんと、好きってなんなんだろ”
”考えないで感じなさいよ! 坂東さんどうしたいの?”
”うー、あー”
”まあ僕に言うことじゃないけども。考えすぎないで、その子に伝えてみたら?”
”大丈夫ですかね、嫌われないですかね”
”坂東さんめんどくさいな!”
”うう……”
”そこまでいろんな話してるんだし大丈夫でしょ。ダメだったとしても、いまじゃなくていずれダメになるんじゃない?”
”まあ、たしかに”
”だからカッコつけないで、見栄張らないで、考えすぎないで、思うままにぶつかってきなさい”
”ありがとうございます! さすが既婚者、頼りになります!”
”はいはい。がんばってねー”
”ダメだった時は飲み誘います”
既読がついても返信はなかった。
アプリだとトークの終わりがわかりにくい。
まあ、外村さんとしては言いたいことは言ったってことだろう。
「部屋かあ。森田さんがOKなら、それが一番落ち着くのは間違いないんだけど……うーん……」
さすがに誘いづらい。
女の子に「部屋に来ませんか?」って直結厨ばりの下心に思われそうだし。
けど初めて二人で会ってその日にラブホ泊した身としてはいまさらな気もするし。
外村さんの「考えすぎない!」って忠告が頭の中でリフレインする。
思うままに。
ぼんやり思ってるのは「森田さんと楽しい時間を過ごしたい」じゃない。「森田さんと一緒にいると楽しい」だ。
おたがいのことはおたがいの創作でだいぶ理解してるかもしれないけど、二人で会ったのはまだ一回。
がっかりされることも幻滅されることもあるだろう。
気は合うし興味あることもかぶってるし、かぶってないところが興味あったポイントだったけど、知っていけばズレだってあるはずだ。
いまは本出してそれなりにやってるけど、過去にはいろいろあった。
カッコつけないで、見栄張らないで、考えすぎないで、思うままに、ぶつかる。
もっと前にこんなことを言われてたら、無視していただろう。
けど。
森田さんに、そう接したいと思った。
ぶつかるって意見の衝突ってことじゃないと思うけども。たぶん。
自分に自信はない。
素を出すうえで伝えておいた方がいい話はけっこうなマイナスだろう。
もしかしたら、拒否られてもう会えなくなるかもしれない。
それでも。
親しくなってから幻滅されるより、嫌われるよりいいはずだ。
森田さんと一緒にいたいし、長い付き合いをしたい。
だから、もし受け入れてもらえたら————
紙巻きタバコに火をつける。
紫煙が換気扇に飲み込まれていく。
震える指でスマホを入力する。
できた文章を見返す。タバコが短くなるまで。
火を揉み消して、怖れを揉み消して、送信した。
”1月2日、車で迎えに行って、部屋に連れ帰ってもいいですか? 街は混んでるようですし、ゆっくり話したいと思いまして”
メッセージは、すぐに既読がついた。
アイコスを起動する。
返事はまだ来ない。
ポップコーンを作るときの、焼けたトウモロコシの匂いを嗅ぎながら、俺は、コンロ脇に置いたスマホをじっと見つめていた。
まだ、返信は届かない。
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