【2】


 車を走らせる。

 午後二時を過ぎても道は空いていた。


「家を出る12時ぐらいまでかな、箱根駅伝見ましたよ」


「えっその話していいんですか!? 語っちゃっていいんですか!?」


「どうぞどうぞ。運転中なんでリアクション悪いかもしれませんけど」


「やったー!」


「けど初心者なんでお手柔らかにお願いしますね?」


「はいっ!」


 促すと、森田さんが熱く語り出した。

 スポーツはそんなに見ないけど、駅伝は好きらしい。


 鉄紺の誇り? すみません色で判別できないんですけど何大学の話でしょうか。

 あっはい五区はわかります。箱根路ですよね。その坂の東が「坂東」なんですよ。あ、聞いてない。ですよねいま駅伝の話ですもんね。

 山の神は知ってます、走りを見て衝撃を受けたことあります。はあ、新・山の神。代替わりしたんですね。降臨されたんですね。新……真?

 SNSのアカウント名が一時的に「正月は駅伝おばさん※ミュート推奨」にするだけあって、森田さんの語りは止まらない。


「私ばっかり喋っちゃってすみません!」


「いえいえ気にしないでください。好きなものの話をはじめたら止まらないですよね」


「そうなんですよ! 明日も楽しみです! 坂東さんは語り出したら止まらないものってあります?」


「んー、なんだろ。最近はラグビー? アメフトも好きですね」


「ラノベじゃないんかーい!」


「スポーツに引っ張られちゃいました。そりゃねえ、ラノベもWEB小説も、語り出したら止まらないですよ」


「聞きたいです!」


「んー、運転中はやめておきましょうか」


「そっか、そうですね。今度ゆっくりねっちょり聞かせてください」


「ねっちょりはしないな!」


「えっ? エロ小説の話じゃないんですか?」


「ないですね! 読むのも書くのも、わりとエロもグロも恋もないジャンルが好きですね!」


「からのー?」


「ないですね! 『恋や微エロが書けるようになったら強いのに』ってよく言われますけども! 書くのも読むのもないですね!」


 首都高も車は少ない。

 高井戸ICから中央環状線をまわって川口線に入る。新井宿ICで一般道に降りる。


「家はこの辺なんですか?」


「まだここから一時間ぐらいかかりますね。最寄りの高速出入り口はもう少し先なんですけど、この先は別料金だし下道でもあんまり時間かわらないんで」


「はあ……運転できるってすごいですねえ」


「慣れですよ慣れ。18歳で免許とって、37歳ですから」


「ずっと無事故無違反無免許で?」


「そうそう無事故無違反無免……免許はあるな! 事故と違反はないけども!」


 ノリツッコミに森田さんがくすくす笑う。

 助手席もだいぶ慣れてくれたらしい。


「高速降りましたし、タバコ吸います?」


「いいんですか!?」


「もちろん。喫煙車です。窓が開けられない時はさすがにアレですけどね」


「やったー! 坂東さんがタバコ吸う人でよかった!」


「こちらこそですよー。運転中とか食後とか飲んでる時とか、吸わない人と一緒だと気を遣っちゃいますもん」


「ですよねー!」


「あ、灰皿これです。俺は吸い終わったら捨てるだけなんで使ってください」


「そっかーアイコスかー」


 窓を少し開ける。冬の風が冷たい。

 アイコスのボタンを押す。

 紙巻きタバコと違って、灰を落とす必要がないのは運転中にはありがたい。


「暗くなるの早くないですか?」


「まあ冬ですからね。あとその、東京より明かりが少ないって理由も……」


「そんなに変わります!?」


「変わります。ほら」


 ちょうど、高速と並走する国道を右折して、最近できた道に入ったところだ。

 いくつか信号を超えると、一気に道路沿いに建物がなくなる。


くらっ! え、なんですかこの道」


「いやいや、これ明るい方ですからね。ちゃんと街灯もあるし交通量もあります。ちなみに、あと30分くらい走ってもっと田舎に行きます」


「えっ私どこに連れていかれるんですかこれ」


「俺の部屋ですよ?」


「それは知ってますけどー」


「あ、あとショッピングモールです。買い出しに」


「それも知ってますけど!」


 さっき森田さんが言ってたことがわかってきた。

 生活圏に森田さんがいる。


「なるほど。いつもの日常に、いないはずの人がいるって違和感ありますね」


「ええー? 違和感ないようになりたいです」


「あっはい」


「なんで流しました? あとでちゃんと聞かせてもらいますからね!?」


 あとで。

 あとで、話をする。

 俺の部屋で、話をするつもりだ。

 カッコつけないで、見栄張らないで、考えすぎずに。

 その結果がどうなるかわからないけど。


 家が近づくにつれて緊張してきた。

 いつも行くショッピングモール内のスーパーで買い出しする間も緊張が高まってきた。森田さんは「広い広い」ときゃっきゃしていた。


 すっかり陽が落ちる。

 まだ17時過ぎなのにあたりは暗い。

 車を止めてエンジンを切る。


「着きました。ここです」


「はい」


 二人して言葉少なだ。

 俺の緊張が移ったのか、森田さんも緊張してきたのか。


 部屋のカギを開ける。

 ドアを開く。


「どうぞ、入ってください」


「はい」


 この部屋に初めて人を招いた。

 この後も、これからも、どうなるかわからない。


 けど、森田さんと、俺の部屋にいられることがうれしい。



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