【3】


「さて、話は尽きませんが、時間もいいところですし、坂東先生の『しのばずエレジイ』に移りましょうか」


「よろしくお願いします」


 気づけば時間は過ぎていた。

 森田さんの『あなたは砂場でマルボロを』の略称は『あなボロ』に決まったことは覚えてる。なんか議論が白熱してたのもなんとなく感じてた。

 それどころじゃなかったけど。


 緊張しながら視線を上げる。

 参加者8人がいっせいに俺を見る。

 弱いくせに、持ち込んだ缶ビールを呷る。


「審査員からは『文章は読める』『まあまとまってる』と言っていただけましたが賞なしでした。課題、うん、作品の課題はわかっているつもりです」


「坂東さんかたいですよー!」


「おっ、その辺も語っちゃってください。聞きたい聞きたい」


「頭で書いてて、自分の感情? エネルギー? が作品にこめられてない。で、頭で書いてるわりに図抜けた技術や文才があるわけでもない」


「えっ自己批判重くない!?」


「気軽に、坂東先生、気軽にいきましょ」


「改稿版書いてみたり、同じ『家』ってテーマでファンタジー要素とコメディ要素ありにして書いてみたんですけどね、やっぱり俺に恋愛モノは書けないなあと」


「はい! 改稿版も同じテーマの別作品も読みたいです!」


「森田さん酔ってます?」


「酔ってませんよー」


「気にしないでください坂東さん。もりたは飲み出すといっつもこんな感じなんで」


「はあ……。いちおう、プリントしたヤツもありますけど……」


「おおー!」


「さすが坂東先生、準備いい! せっかくなんでざっと読んでみましょうか」


 家でプリントしてきた紙束を取り出す。配る。

 みんな無言で読みはじめた。

 紙をめくる音と、お酒を飲む音だけが聞こえてくる。

 俺の心臓の鼓動も聞こえる気がするけど気のせいだ。


「あ、最後のヤツは二万字オーバーで長めなんで、流し読み推奨です」


 思わず口を挟んじゃうぐらい緊張してるらしい。

 弱いくせにビールをひと缶あけたところで、みんな一通り読み終わったらしい。


「坂東先生、なんでファンタジー封印したんですか! ダンジョンのヤツ面白いじゃないですか!」


「これ粗いけどいいですよね。編集したい」


「ありがとうございます」


「僕は『上野異聞録』が好きです。同じテーマ、同じ舞台、ほぼ同じ登場人物でこれだけ雰囲気変えられるのかと。前半後半でガラッと変わるのもグッときました」


「ありがとうございますありがとうございます」


 新規の短編はおおむね好評だ。

 そのあとも、『ダンジョン大国 日本』は長いからここを削って、とか、『上野異聞録』はサブタイトルに「冬」とあるってことは春夏秋冬で書くつもりですか、などと話が進む。

 短編ハッカソンで書いた『しのばずエレジイ』の改稿版についてはあんまり触れられなかった。

 けど。


「やっぱり本出してる人が得意ジャンルで書くと違うなあ。ファンタジー要素あり恋愛なしの方がダントツ面白い」


「えー? 私、『しのばずエレジイ』のオリジナル好きですよ?」


 森田さんは、短編ハッカソンで書いた短編がいいと言ってくれた。

 改稿版じゃなくてオリジナルだけど、


「ありがとうございます。恋愛モノを、女性にそう言ってもらえるの嬉しいです」


「どこがって言うのはわからないんですけどね、なーんか好きなんだよなー」


「森田さん酔ってます? けっこう飲んでますもんね?」


「気にしないで坂東さん。もりたはいっつもこんな感じだから」


「酔ってますよー! でも、しのばず、気になるところはあるんです」


「これぜったい酔ってるヤツ。酔っ払いが必ず『酔ってない』って言うヤツ。そもそも二度目の酔ってない宣言」


「なんというか、愛が感じられなかったんですよねー。老夫婦の長年の愛を書きたかったんでしょうけど、どこが好きなのか愛してるのかわからなくて」


「ほうほう。三人称だったからってのもあるんですかね。はっきり書けばよかったかなあ」


「うーん、直接的な表現はなくてもいいと思うんですけど」


「間接的にかあ、ハードル高いなあ。たしかに、森田さんの『あなボロ』は直接書いてなくても感じられましたもんね」


「えへへへへー。わりと実体験をベースにしてるんで。あ、脚色はしてますよ?」


「うわー、森田ちゃんエグい恋してんなあ」


「もりたはこういうヤツだもんな」


「書けない。俺には恋愛モノ書けない」


「え? 坂東さんまさか?」


「童貞じゃないですけども! 37歳童貞ではないですけども!」


「坂東先生独身だもんね。浮いた話はないの?」


「いや全然です、いつからないかもう記憶にないですよ。ほんと、好きってよくわからなくて」


「もったいない。ほんと、こんな清潔感ある作家、なかなかいないよ?」


「小汚くならないように気をつけてます。生活リズムが不審者なんで」


「わかる! 平日に私服でうろうろするしね!」


「けどここにいるみなさん清潔感あるじゃないですか。そもそも、家にこもって書いてるか喫茶店で書いてるかぐらいですからね、出会いなんて——」



「坂東さん、デートしましょデート!」


「…………は?」



「デートしましょ!」


「森田さんどうしましたいきなり?」


「だって独身で恋人いないんですよね? だから私とデートしましょ!」


 イスにぐてっと体重を預けて、森田さんはへにゃっと手を挙げた。

 酔っ払いの思いつきこわい。


「あーはいはい、じゃあとりあえずアドレス交換しましょうね。はいこれ」


 QRコードで俺のアドレスを表示する。

 なんだか楽しそうな森田さんがスマホを取り出してへにゃへにゃする。

 ちゃんと読み取れてるかはわからない。

 まあ、酔っ払いが満足して大人しくなってるからこれでよしだ。


「三人称だったら、わかりやすく直球なセリフを入れた方がよかったんですかねえ」


「あ、話し続けるんだ坂東先生」


「なんか酔っ払いのあしらい慣れてますね?」


「うーん、そういうシーンならいいと思うんですけど、『しのばず』はそれっぽいところなかったじゃないですか。そうなると言わされてる感でるかなーと」


「なるほどー。やっぱり出会いか告白のシーンを入れるべきだったかー。時間足りないだろうって削っちゃったんですよ」


「そこ! 恋愛モノでそこ削っちゃダメでしょ!」


「書き直せー! 書き足して中編ぐらいにしてなんかコンテスト出せ!」


「待ってください、僕ふと気になったんですけど。これ、なんで主人公は上野公園を歩いてたんですか? それも、何もないあたりを」


「主人公、行き詰まった作家の設定なんで、『学問と文筆なら似てるだろ』ってことで湯島天神で祈願して、せっかくこの辺に来たから上野の明正堂でも行ってみるかって移動してるとこですね」


「そこ! そこも書きなさいよ! その辺の苦悩が書いてあれば、上野公園で変わり者っぽい老人に話しかけるの納得感出るでしょ!」


「なにかネタになればってね! うあー惜しい! 削った箇所が惜しい!」


「……落ち着いたら加筆して完全版書きます」


「完全版!? 私も読みたいです!」


「あ、起きたんですね森田さん」


 こくこく舟をこいでた森田さんが急に話に入ってくる。

 手元にあった俺のスマホを回収する。


「坂東さん、しのばずの完全版書くんですか? 読みたいです!」


「あーはい、落ち着いたら書くかもしれません」


 まだ酔ってるみたいなので流す。

 二言喋ったらまた力尽きたみたいだ。


「よし。坂東先生が完全版を書くと決めたことですし、この辺でお開きにしましょうか!」


「了解です。みなさんありがとうございました!」


「坂東先生、聞きそびれたことはないですか?」


「いえ、特に。対面でこういう話をする会ってはじめてなので、いろいろ勉強になりました。『読書会』主催ありがとうございました」


 主催してくれた編集さんにお礼を言う。

 いろいろ意見をくれたみんなにも頭を下げる。

 森田さんはへにゃへにゃしてる。

 ほんと、参考になった。いまはアレだけど森田さんの感想も。


 こうして、短編ハッカソン延長戦、自作の読書会は終わった。

 会場を出て駅へ歩く。


 同じテーマでファンタジーとコメディ要素ありにした短編の評判がよくて、個人的には満足感があった。

 新規短編を抱えてなかったら、きっと『しのばず』への後悔だらけになったことだろう。

 あ、外村さんから「恋しなさい恋」って言われたけど、森田さんの「デートしましょ」発言は酔っ払いのたわ言だと思ってます。


 そんな、ねえ。

 酔ってるのと話の流れに乗っかっただけで、ほんとに誘われたわけじゃないのはわかってる。

 37歳のおっさんを、26歳の女の子が誘うなんて、ねえ。


 酔ってるのか顔が熱い。

 ぎりぎりだったけど終電には間に合った。

 ほっとして、電車の中でスマホをチェックする。

 主催した編集さん、参加してくれたみんなにお礼を送ろうかと思ったところで。


 スマホが、ぶるっと震えた。


 メッセージの通知が届いた。


”もりたです。坂東さん、今日はありがとうございました! また機会があれば、ぜひもりたとデートしましょう! 良い週末をお迎えくださいまし!”


 ……。

 …………。

 酔っ払いのたわ言だろう。

 もしくは社交辞令。それか絵でも売りつけられるか?

 俺知ってる、こういうの本気で受け取ったら痛い目見るって。


”マジでもりたさんからメッセージきた!? はい、ぜひー。その、社交辞令とマジの区別がつかないもので、おヒマな時にでも、もりたさんからお誘いいただけると助かります。それでは、いい週末をー!”


 明日、森田さんがシラフの時に見て後悔しても、ふわっと「なかった話」にできるだろう。

 またメッセージが来るまで考えないことにする。


 とりあえず、俺はWEB小説投稿サイトを開いた。

 お気に入り小説が更新されてないかチェックする。

 最新話を読み出す。

 考えごとを忘れるには、WEB小説が最高です! ちげえし、気になってるわけじゃねえし! 酔いどれ女子の言葉を真に受けてその気になってるわけじゃねえし!


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