【6】
三日目お昼の締め切りまでに、全20組、20本の短編小説が提出された。
メイン会場に居並ぶ事務局の方々や、疲れ果てた著者と編集陣が拍手を送る。涙ぐんでる人もいる。
今回は全ペア提出できたらしい。過去にはドロップアウトした人たちもいたそうなので。
「おー、森田さんも無事に出せたのか。あの状況からすげえな」
独り言は歓声に紛れて聞こえない。
けど、短編ハッカソンは原稿を出し終えて終わりじゃない。
提出したのはあくまで「当日審査のためにプリントした原稿」だ。
このイベントのゴールは、「電子書籍の販売開始」なわけで。
お昼休憩を挟んで、このあとは電子書籍化の作業が予定されている。
セルフパブリッシング。
紙の本を作ることも、電子書籍を作ることも、いまはそんなに難しくない。完成度を別にすれば、だけど。
俺は二度目の参加で二度目の作業、武原さんは「直接触ったことはないけど言ってることはわかる」だけあって、電子書籍化は順調に進んだ。
あとは講師の合図に合わせて「発行」ボタンを押すだけだ。
会場にはまだちらほらと、作業に苦戦してるコンビもいる。
俺はこっそり、ほかの組の短編を読み始めた。
プロットや初校、再校、全行程がファイル共有されてるもので。最初からされてたのに覗く余裕はなかったもので。
俺以外の参加者19人分のプロットを流し読みする。
衝撃しか受けなかった。
「おあーマジかーみんなすげえ」
思わず声が漏れるほどレベル高い。プロット時点で面白い。
「どうしました坂東さん!? ミスありましたか!?」
「いや、時間空いたんでほかの人の作品を見始めたんですけどね。すげえなあって」
「ああ、そっちですか。面白いですよね」
「まだプロット見てるだけですけどね。けどこのテーマが『家』だからって、『家が家を喰う』ってネタとかずるい。強すぎる」
「それ、初校読みましたけどすごいですよ。思わず笑っちゃうぐらい面白いです」
「あとで読んでみようっと。そんで恋愛モノ多いですねー。普段恋愛書いてる人たちとガチンコか……」
「大丈夫イケますって! 『しのばずエレジイ』、よかったですから!」
「うわ……森田さんすげ……冒頭のワンシーン読んだだけでもうやられてるんですけど……」
「どれですか?」
「『あなたは砂場でマルボロを』ってヤツです。すごい。『寝起きのシーンで物語スタート』ってありがちなのに小物の描写でリアル感が圧倒的。なんでこんなに情感が乗ってるのか。なにこれ勝てる気しないんですけど」
「だ、大丈夫大丈夫、『しのばずエレジイ』も負けてませんよ!」
「待ってくださいまたやべえの見つけた。書き出し時点ですごい。なにこれすごい。好き。無理。好きだけどこんなの書けない。無理、なんでこの人このイベント参加してるの。上手すぎるんですけど」
「大丈夫ですって! 坂東さんの文章は読みやすかったですから!」
書き上げた高揚感も受賞の確信も、秒で打ち砕かれた。
耳に届く武原さんの励ましが心に届かない。
ほかの参加者のプロットを、再校を、ただ読み込んでいくだけのマシーンと化す。
けど「これよりは面白いわ」「なにこれ面白い」って感情のジェットコースター状態なのでマシーンとは言えないかもしれない。
よかった、プロット確定時や執筆前に読まなくてほんとよかった。
こんなん読んだら自信喪失して書けなくなるわ。なにこれみんなレベル高すぎない? 無理ぃ。
「最後の方の作業も終わりました! それではみなさま、『発行』ボタンを押してください!」
「ほら坂東さん、やりますよ! せっかくなんで坂東さんが押してください!」
「はい…………」
波に揺られてるうちに、全員の電子書籍化作業が終わったらしい。
パソコン画面の片隅にある『発行』ボタンをクリックする。
「これで弊社ストアにはすぐ並びます! 各種電子書籍ストアは各社、承認までにタイムラグがありますので少々お待ちください。みなさま、お疲れさまでした!」
メイン会場に拍手が響く。
参加者がやることは終了した。
イベントのプログラムは、あと審査結果発表と審査講評、それに懇親会だけだ。
さっきまで作業していたサイトの、電子書籍販売ページを開く。
そこには、参加した20組20作品の表紙がずらっと並んでいた。
「うわ表紙もレベルたか……デザインチームもすごいっすね……」
「『しのばずエレジイ』の表紙、サムネイルでも目立ちますよ! 『サムネじゃ帯の文字読めない』って帯なしデザインにしたの正解でしたね!」
すっかり気落ちした俺を慰めてくれる武原さん優しい。
けどいまはそっとしておいてほしい。
長く続いた拍手と歓声のあと、メイン会場には参加者の感嘆や悲鳴や自画自賛が響き出した。
ほかの参加者の短編を読み始めたんだろう。
原稿提出までみんな余裕なかったからね。
わかる。超わかる。
「審査は長引いているようです。当日審査終了までいましばらくお待ちください」
事務局のアナウンスが聞こえる。
短編ハッカソンでは、さっき提出した原稿が審査されて、当日のうちに各賞発表、講評まで行われる。
電子書籍の売上も鑑みる「グランプリ」だけは別日発表だけど。
とにかく、もうすぐ、この三日間の成果物が、他者に評価される。
あーはー、わかった、わかっちゃったわ。
これがまな板の鯉の気持ちね。
包丁を待つ間、俺は現実逃避してほかの参加者の短編を読みふけった。
なにこれすごい。レベル高すぎィ!
受賞はないだろうって半ば諦めと、受賞できるはずだ!って期待と、緊張と。
吐きそうになりながら審査結果を聞く時間は終わった。
講評の時間も終わった。
結果、受賞なし。
最優秀賞1本、各審査員の個人賞5本、計6本あったのに受賞なし。
20作品中6本あったのに受賞なし。
「け、けどほら、『しのばずエレジイ』、文章うまいって講評もらってますよ!」
「そうですねえ。小説書きはじめて三年の『なろう作家』がプロの作家先生にそう言ってもらえたって、自信になりますねえ」
初めて書いた恋愛モノにしてはよくできたんじゃないか。
審査員の個人賞は「好みで決める」ものだし、単にハマらなかっただけだ。
ぐるぐる渦巻く感情に脳で言い聞かせる。
響いてないことは自分が一番わかってる。
喜びに沸く受賞者以外、俺や森田さんやほかの参加者は渋い表情をしていたんだろう。
「受賞しなかったみなさん。おめでとうございます」
審査員講評は、皮肉めいた、けど、愛のある言葉で締めくくられた。
「コンテストには運もある。だから、賞金も出ないこんなコンテストで運を使わなくてよかったな」
事務局のみなさんが苦笑する。でも「その通りだ」とばかりに頷く。
短編ハッカソンの目的はセルフパブリッシングの普及だから。
編集さんと二人三脚で作品を創る楽しさとクオリティアップを理解してもらうことだから。
「『審査員の見る目がなかったんだ』と見返せ。賞金の出る賞を、もっとデカい賞を獲れ」
壇上の審査員の方々が頷く。
「つまり、書き続けろってことだ。苦しいけど楽しめってことだ」
頷く。
俺は自然と手を叩いていた。拍手を送っていた。
審査員長を務めた作家先生の言葉は刺さったらしい。
作家すごい。分類したら俺も同業者なんだけどマジか。
「最後に。審査に納得できなかったヤツは懇親会で聞きに来るように」
原稿提出後に即審査、審査後に即懇親会。
熱いうちに叩き合えるこのスピード感は短編ハッカソンの魅力だと思う。
さすが小説版ハッカソン。本来のハッカソンもそうなのかは知らない。
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