【5】
けっきょく、原稿が仕上がったのは三日目の早朝だった。
音読チェックでスムーズにするだけだったはずが、なんだかんだ修正してほとんど寝られなかったからなあ。
「最終チェックOKです!」
「ありがとうございます! ではこちら、提出形式にした原稿です!」
「ありがとうございます! 一緒に行きましょう坂東さん!」
「もちろんですよ武原さん!」
二人して熱に浮かされたみたいだ。
まだ朝の7時すぎなのに。
「お疲れさまでした。ずっとオンタイムでしたね」
「ありがとうございます。武原さんがうまくコントロールしてくれたんで」
「いやいやいや、坂東さんのおかげですよ! 二日目の朝に初校あげてくれましたからね!」
事務局にお褒めの言葉をいただいて、編集の武原さんと讃え合う。
とにかく、完成した。
「あとは電子書籍化の作業だけですね。お疲れさまでした!」
「ほんとお疲れさまでした。伴走ありがとうございました!」
「少し間がありますけど、坂東さんちょっと寝てきますか?」
「いやあ、寝たら起きられない気がするんで、外でタバコ吸って休憩してます」
「了解ですー。じゃあ僕はデザインチームから表紙データ受け取っておきますね。あ、書誌情報まとめておかないと」
「よろしくお願いします。相談あったら言ってください」
コーヒーを淹れてメイン会場の外に出る。
じゃっかんふらついてこぼしそうになったけど留まった。
まだ校了してなくて修羅場な人たちのパソコンにコーヒーかかったら洒落にならない。
眠気がまとわりつく頭に、山の朝の澄んだ空気が心地いい。
「紙巻き持ってくればよかったなあ」
「じゃあ吸います?」
「え? あ、ありがとうございます」
一人のつもりだったのに一人じゃなかったらしい。
喫煙所の柱にもたれかかってた森田さんがすっとタバコの箱を向けてくる。
「金マルでよければ。ライターのお礼です」
「ありがとうございます。マルボロはひさしぶりです」
「坂東さんは原稿終わりました? 終わってますね、気の抜けた顔してますもんね」
「さっき提出してきました。森田さんは?」
一本抜き取ってくわえる。
シュボッとライターの火を差し出してくれた。
くわえタバコのまま会釈して息を吸う。
タバコに火が灯る。
「終わってないです。というか聞いてくださいよ、このタイミングでラスト変えたいって赤字きたんですけど!」
「……は? けっこう調整いる感じの?」
「採用したら頭からがっつり修正必要なんです! むしろ組み立て直しなんですけど!?」
「いやあ、そのレベルの赤は無理でしょうねえ。デッドラインがあと4時間ちょっとで、それまでに修正終わればいいってわけでもないですし」
「ですよねですよね!」
「書いて、読み直して、校正さんいないんでセルフ校正して、体裁整えて印刷して提出。まあ現実的じゃないですね。全体にかかる修正は昨日の夜でもキツイかなあ」
「それなー! あったまきちゃって!」
「ああ、それで終わってないのにタバコ吸いにきたと」
「ですです! ぶちぎれちゃいそうだったんで!」
いままでより早口だ。
ついでにタバコを吸うペースも早い。
あっという間に吸い終わって揉み消して、すぐ次の一本に火をつけた。
「まあ、編集さんの提案蹴るのもありだと思いますよ? 特に今回はスケジュールの問題ですから」
「でもそれでやったって迷いが出るじゃないですか! 蹴らない方がいいものになったんじゃないかって!」
「あー、はい、たしかに。後悔は残るでしょうねえ」
「ですよねえ!」
「けど、締め切りはあるわけで。電子書籍化して一斉に販売開始ですから遅れられませんよ? たぶん紙よりも」
「うう……ほんとなんでいま言ったー!」
朝の澄んだ空気に、悲嘆と紫煙が消えていく。
森田さんは灰皿をがしゃがしゃ鳴らしてタバコの火を消す。
「はあー。グチってすみません。いってきます」
「切り替えられるってすごいですね。いってらっしゃい。健闘を祈ります」
「くそー余裕かよー! これだから締め切りを守るタイプの物書きはー!」
追い詰められた創作者に向ける、気の利いた言葉は思いつかない。
真っ赤なコートのすそをはためかせて、森田さんは会場に戻っていった。
短編ハッカソンは、初対面の編集さんとその場でコンビを組む。
おたがい、ほぼ自己紹介の情報と感覚だけで「この人と組みたい」と希望を出すことになる。それに、かぶったらくじ引きの運任せなわけで。
とうぜん、相性はわからない。
おたがいのクセもわからない。
過去にはバトルになったこともあるらしい。怖い。
ほんと武原さんと組めてよかった。
「まあ、審査はこれからだけど」
でも、俺が恋愛モノを書く気になって、書けた気がするのは武原さんのおかげだ。
そこに後悔はない。
…………いまのところ。
拾い上げの受賞歴なしラノベ作家としては賞とりたいからね! 仕方ないね!
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