【4】


「坂東さん、そろそろ二時間経ちますけど大丈夫ですか?」


「何がですか?」


「おいばんどうー! 会って早々『二時間ぐらいが限界かも』って言ってたの誰だー!」


「そういえば……けど、森田さんと話してるのなんか自然で、ぜんぜん平気そうです」


「うぇへへへへ、そうですか? こんな酔っ払いでも?」


「はい、めっちゃ楽しいですよ。自分でも不思議なほど」


「なんだろ、うれしいです」


 おたがいの直球に会話が止まる。

 窓の外、夜景の光が減らないせいか、遅い時間になってきたって実感がない。単に俺も森田さんも酔ってるだけか。

 けど、実感がなくても時間は過ぎていて。


「失礼します。22時半でフードがラストオーダーになります。追加のご注文はありますか?」


「えっもう?」


「私はウーロンハイ追加で!」


「俺はいいです。というか、ドリンクもラストオーダーですか?」


「いえ、ドリンクのラストオーダーは23時です」


「わかりました。フードはちょっと考えさせてください」


「かしこまりました」


 店員さんが各テーブルのラストオーダーを聞いてまわる。

 お店は0時閉店らしい。

 気づけば、店内のお客さんはちらほら数えられるぐらいになっていた。


「新宿なのに閉まるの早いですねえ」


「まあ終電逃しちゃいますしちょうどいいんじゃないですか? あ、森田さん電車大丈夫ですか?」


「私は平気です! 坂東さんこそ危ないんじゃないですか?」


「そうですね、マンガ喫茶かサウナかカプセルホテルを決意しなければそろそろです」


「そっかー、ううー」


 何やらうにょうにょする森田さんをスルーする。

 この前よりは平気だったっぽいのに酔ってきたんだろう。

 お開きの前にと、俺は足元のリュックを漁る。


「実はクリスマスプレゼントがあるんです」


「ええっ!? 私なにも用意してませんよ!?」


「いいんです、そんな大層なものじゃなくて、さっき新宿をふらふらしてたまたま見つけたヤツなんで」


 たまたま見つけたヤツなのは間違いじゃない。

 ふらふらしてたのも間違いじゃない。


 プレゼントを探して、だけど。

 わざわざ言うこともない。

 二人で会うのは初めてなのにプレゼント探してさまよったって、重く思われるのは避けたい。


 あー、けどこの紙袋と包装……。


「森田さん、プレゼント、この場で開けてもらえますか?」


「いいんですか? 私はいいですよ?」


「ちょっとね、この場で開けてもらえないと笑えないかもしれないもので」


「えー、なんですか、気になるんですけどー」


 リュックに突っ込んだ俺の手元を覗き込んでくる。


 近い。

 アルコールで上がった体温を感じる。

 右腕にセーターの柔らかさを感じる。


 なんとか無視して、俺はプレゼントをリュックから引き抜いた。


「…………え? この袋、え?」


 森田さんが戸惑う。

 それも当然だろう。


 プレゼントは、小さな手提げ袋に入っていた。

 某有名ブランドの名前が箔押しされた、「永遠」「不朽」をテーマにした指輪リングが入ってそうなサイズの、手提げ袋。


 森田さんの反応にニヤつく。


「クリスマスプレゼントです。ほら、約束通りいま開けてください」


「えっえっ」


 挙動不審になった森田さんが面白い。

 よく見れば袋の色が違うはずなのに気づいてないっぽい。

 まあ俺も色が違うって店員さんに教わらなければ知らなかったけども。

 女性に人気で、好きな男性もいるって言われても、俺には縁がないブランドなので。


「えっ、あの、えっ」


 小さな手提げ袋の中から出てきたのは正方形の箱だ。

 某有名ブランドの、「永遠」「不朽」をテーマにした指輪リングが入ってそうな、高級っぽい箱だ。


 森田さんの動揺が加速する。

 頭の上に大量の「?」「!」を幻視する。

 ニヤニヤしながら眺める。


「その箱もいま開けてください」


「え、でもえ、二人で会ったのは今日がはじめてでこんなお高いの、えっ」


「お願いします、開けてください! そうすればわかりますから!」


 手が止まった森田さんに懇願する。

 いやほんとに、ここで気持ち悪がられて突き返されたらシャレにならない。マジで笑えない。


 俺の勢いに押されて、森田さんはカパッと箱を開けた。

 中が見える。


「…………え?」


 首をかしげる。髪が揺れる。箱を顔に近づけて中身をまじまじと見る。

 その間に、俺はテーブルの上の手提げ袋を持つ。


「あの、坂東さん? これは?」


「ほら、この袋に書いてあるじゃないですか。イル・チョコラートって。つまり、チョコレートです。チョコです」


「…………はい?」


「結婚指輪で有名な某ブランドが、指輪が入ってそうな紙袋と箱に、指輪型のチョコレートを入れた商品です」


 森田さんがきょとんとする。

 理解したのか目が輝き出す。


「たはー! バカ企画ー!」


 はしゃぐ。


「ですよねえ! ほら見てくださいこの紙袋! 無駄な箔押し!」


「包材にどれだけお金かけてるの!」


「ブランド自らネタ商品を似せにくる発想ズルい!」


「それなー! 坂東さんどうしたのかと思っちゃいましたもん!」


「指輪かと思いました? コイツ、二人で会うのが初めての女性に有名ブランドの高額プレゼント持ってきたかと思いました?」


「一瞬不安になりました! キョドッた私の恥ずかしさー!」


「いやあ、いいリアクションでした」


「やられたー! これは反則ですって!」


「けど、笑ってもらえてよかったです」


「ええー? これは笑いますって!」


「ほら、『戸惑いからのネタ商品』だからよかったわけで。『喜びからのネタ商品』の流れになったら怒りわきません?」


「たしかに!」


「だから諸刃かなあって心配もあったんですけどね、森田さんは笑ってくれるかなあって」


「笑いました! くー、ハマったかー!」


「でもこれ、俺の前に買ったおじさまはキャバ嬢にプレゼントするみたいで。大丈夫か? と他人事ながら心配に」


「ヤバい! それはヤバい! 心配になる!」


「『きゃっ、なんとかさん、このブランドの指輪くれるんですか!? きゃーうれしー!』」


「『残念チョコでしたー!』」


「『……は? チョコて。お前なめてんの?』とかなりそうじゃないですか?」


「ありえるー! 大丈夫かおじさまー!」


「だから、笑ってもらえてよかったです。森田さんは喜んでくれると思ってました」


「もうサイコーです坂東さん! これ写真撮っていいですか?」


「どうぞどうぞ。というか食べる前に撮ってやってください。あ、袋も入れないと!」


「たしかにー! なんならチョコなしでSNSにアップしようかな、『クリスマスプレゼントもらっちゃいました!』って」


「ダメですよ森田さん、ほら、手提げ袋にちゃんと『イル・チョコラート』って書いてあります」


「ほんとだー! なんで気づかなかったわたしー!」


「いやそこで気づかれたら驚き減っちゃいますから。気づかなくてありがとうございます」


「だってブランド名のインパクトすごいじゃないですか! そこまで見ませんって!」


 二人ではしゃぐ。

 スマホを構えた森田さんに協力して袋の位置を調整したり光を足したりする。

 撮った写真でまた笑う。

 森田さんが友達に送ったメッセージの反応で爆笑する。

 笑ってもらえるか怒られるかの賭けに勝った。

 まあ、森田さんなら喜んでくれるだろうと思ってはいたけど。

 とにかく、クリスマス前で人の多い新宿を、プレゼント探して二、三時間さまよった甲斐はあった。


「はー笑った。最高のプレゼントをありがとうございます坂東さん」


「いえいえ、こちらこそ、最高のリアクションをありがとうございました」


「うー、なんかちょっとズルいです」


 森田さんがむくれる。

 酔っ払ってるのか感情が見えやすい。


「ねえ坂東さん、もうちょっと飲みません?」


「いいですよ、二次会行きますか?」


「でも二時間が限界なんでしたっけ」


「それが普通に楽しめて。ぜんぜん問題なさそうです」


「ほんとですかー? うれしいです! あ、けど坂東さん帰れなくなっちゃうんじゃ?」


「安心してください、もう終電は行きました。マンガ喫茶かサウナかカプセルホテルでも泊まりますよ」


「ええっ!? 大丈夫ですかそれ!? すみません!」


「終電早すぎるせいなんで気にしないでください。森田さんこそ大丈夫ですか?」


「私はまだあります! うう、ほんとすみません……」


「東京で飲んで盛り上がるとだいたいこうですからね、ほんと気にしないでください。じゃあ二次会行きましょうか!」


「はい!」


 田舎暮らしが都内で飲むと終電は早い。

 プレゼントにはしゃぐ間に、最寄駅までたどり着ける終電は逃した。

 けど。


 乗り換えの都合上、実家に帰ることにすれば、新宿駅までダッシュすればギリギリ間に合うかもしれない。

 あと東京駅発上野経由で家近くの大きな駅まで夜行バスが出てる。まあそこから一時間ちょっと歩く覚悟がいるけど。


 でも俺は言わなかった。


 森田さんと過ごす時間が楽しくて。

 これで解散するには名残惜しくて。



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