【3】
「ところで坂東さん、気になってることがあります」
「どうしました? 裸眼は0.1前後です」
「それじゃないです。このお店、タバコ吸っていいんですよね?」
「実は俺も気になってました。たぶんコレが灰皿だと思うんですけど……聞いてみます」
「お願いします! お酒の席で吸えないのはキツイです!」
「安心してください、俺もです」
前に一人で来て雰囲気にやられてスゴスゴ帰った時は、昼過ぎだけどたしかにタバコが吸えた。
今回予約した時も喫煙席をお願いしてる。というか、いまどき珍しく全席喫煙可なはずだ。
聞いてみると、たしかに取り皿にも見える青い器は灰皿で、窓際のこの席も喫煙OKだった。禁煙席はないらしい。
「つまり、夜も全面喫煙可能だと」
「タバコは匂い移っちゃいますもんね、時間で分けても吸わない人は気になると思います」
「ですよねえ。けど……」
手で口を隠して小声で伝えようとすると、森田さんは髪をかきあげた。左耳にかける。ピアスが揺れる。俺のチキンハートも揺れる。
「けど、誰も吸ってませんよ? カップルも、若めの女の子グループも、合コン感たっぷりな集団も」
揺れそうな声はなんとか抑え込んだ。
危うく変質者になるところだった。
「店員さんがOKって言ったんです、私は吸いますよ!」
「強気ー! まあ俺もガマンできませんけどね!」
足元に置いたコートのポケットからアイコスを取り出す。
森田さんより先に火をつける。もとい、スイッチを押して煙を吐く。
横並びで座ってる俺たちの正面は窓だ。
うしろからほかのお客さんに見られたところで気にならない。お店は全席喫煙OKですし。
窓に反射してうっすら店内が見える。
何人か、紫煙を吐き出す二人をチラチラ見てる。
ガラス越しに森田さんと目が合って、なんだか二人で悪いことをしてるような気がして、ニヤニヤ笑い合った。
「もう、なんで笑うんですか」
「いやあ、楽しいなあって。ほんと、今日は誘ってくれてありがとうございました」
「こちらこそ、急なお誘いだったのにありがとうございました」
「連絡来ないと思ってたんですけどねえ。酔っ払ってるかノリか社交辞令だろうって」
「だから最初はあんな返信だったんですね!」
「あんなって。おかしかったですか?」
「坂東さん、予防線張りまくりだったじゃないですか! 『絵も壺も買いませんよ?』って! 笑っちゃいましたよ!」
「笑ってもらえたならよかったです。いやあ、マジのお誘いだったのかって動揺しちゃって」
「ですよね、なりますよね。ちなみに私、読書会の帰りにメッセージ送った記憶ありませんでした」
「ほら! ただの酔っ払いの勢いじゃないですか!」
「けど坂東さんと仲良くなりたいなーって思ってたのはほんとですよ?」
「ぐっ」
「坂東さん?」
「なんでもないです、変な声あげてごめんなさい」
「坂東さん?」
「いやほんと聞かないでスルーしてくださいなんでもないんで。夜景がキレイですねえ」
「とうとつー! 話題転換ヘタクソかー!」
笑顔の森田さんを横目に煙を吸い込む。
さすがに、いまのセリフと楽しそうに覗き込んできた仕草と表情の破壊力ヤバかったとは言えない。流してくれたのありがたい。夜景キレイ。
「そういえば、聞いてもいいですか?」
「はいどうぞ。あ、37歳独身バツなし彼女なしのニートです」
「それじゃなくてですね! それに坂東さんニートじゃなくて作家じゃないですか!」
「そうですね、いちおう。ちゃんと開業届も出してますし確定申告してます」
「作家専業ってすごいなあ。聞きたかったのはそれです!」
「確定申告ですか? もうすぐ手をつけないとなあ」
「じゃなくてですね! 坂東さんってどうして作家になったんですか?」
「どうして。WHYですか? HOWですか?」
「差し支えなければどっちも聞きたいです」
「そんなたいした話じゃないんですけどね」
アイコスの光が消えて、ヒートスティック部分を灰皿に捨てる。
氷で薄まってまろやかになったベリーベリージンジャエールを飲み干す。あ、おかわりはこれじゃなくてシャンディガフで。
「三、四年前だったかなあ、当時、鬱っぽくて仕事を辞めて実家に戻って、ニートしてたんです」
「すでにたいした話なんですけど?」
「実家は田舎なんで本屋もなくて。遠出する気力もなかったんで、WEB小説を読み漁ってたんですよね。で、俺も書いてみようかなあって」
「それまで創作はしてなかったんですか!?」
「ええもうさっぱり。で、初めて書いたのが『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた』で。心身が弱ってただけにストレスフリーな物語になってですね」
「『10年ニート』ですね。WEB小説読む友達が知ってました!」
「ありがとうございます。ストレスフリーがよかったのか投稿サイトのランキングに乗って、出版社さんからお声がけいただいて。で、本を出していまに至ると」
「処女作で!? すごいなあ。しかも、そこから作家業を続けてますもんね」
「まあほら、専業って言っても元が無職ですからね。ニート兼業ですよ。37歳なんでもうニートの定義から外れましたけど」
「いえいえほんとすごいですって!」
「それに最新のシリーズは打ち切りになりまして。なかなかしんどい世界です」
「うわあ、大変そう……」
「おかげでヒマになっちゃったんでこうしてデートできてます!」
「ポジティブ! ポジティブ? あ、坂東さん! デートって認めてくれましたね?」
「あーはい。ポジティブというか、後ろ向きに考えるとやってけない気がしまして」
「応援してます! 『しのばず』みたいな恋愛モノは書かないんですか?」
「恋愛モノはちょっとハードル高いすね……俺も森田さんの創作、応援してます。『あなボロ』すごくよかったですもん」
「ありがとうございます! 2月に『あなボロ』の展示やるので見にきてください!」
「展示、ですか? ラノベでもマンガでもない、文字モノの小説で?」
「はい。詩歌だとたまにあるんです」
「へえ。インスタレーション的な?」
「インスタレーションとはちょっと違うんですけど……説明が難しいです」
「文章作品で展示かあ、楽しみにしておきます。ラノベやマンガやアニメ系みたいにキャラや挿絵のパネルってことはないですしねえ」
「ないですねえ。というか坂東さん、インスタレーションで通じるんですね」
「うーん、なんとなく知識として? けど見に行ったことはないんです」
「私は知り合いがやったりするんで行きますけど、普通はなかなか行きませんよねえ」
「ですねえ。興味はありますけど、行くなら現代アートやインスタレーションより、舞台かミュージカルを観に行きたいかなあ」
「え? あー! そういえば短編ハッカソン前のSNS自己紹介で、『レミゼラブル』が好きって!」
「ですです。新シリーズ準備中なんですけど、その中のキャラでもじった名前を使ってたりします」
「新シリーズ! あ、じゃあ年明けは忙しくなっちゃいますか?」
「いろいろ種は蒔きたいですけどね、たぶん落ち着いてるんじゃないかと」
「じゃあ観劇に誘っていいですか? 友達が行けなくなっちゃって、チケット余ってるんですけど」
「ぜひぜひ! やった、行ってみたかったんですけど初心者にはハードル高くて!」
「坂東さんがよければレミゼも行きませんか? たしか年明けにチケット販売はじまるはずですよ」
「おおおおおお! やったーーー!! ぜひぜひ! 観たかったんですよねえ!」
「人気公演なんでチケット取れるかわかりませんけど……」
「その時はその時です! いやあ、今日来てよかった!」
「私もうれしいです。観劇誘える人って少なくて」
「俺もです! ミュージカル興味あるんですけど、俺も初心者だし誘える人もいないんで! 友達いないんで!」
「さらっと自虐ぅー!」
とりとめのない話が続く。
最初は緊張してたのに、いまはリラックスして話せてる。相手は26歳の女の子で、二人っきりなのに話が弾む。お酒も料理も進んで、時間も進んでいく。
20時過ぎに合流して、気づけば22時をまわっていた。
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